この話を、天神のロリさん(仮名)に捧ぐ… −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− カラカラカラカラ… 誰が刺したのか? 時の流れとは無縁に感じられる日本庭園の中、それは咲いていた。 「風車(かざぐるま)?」 カラカラカラカラ… 時折吹く風に頼りなげに回る風車は、俺に『戦士の墓標』という言葉を連想させる。 ふと、涙を流している自分に気がつく。 「なにやってんだ、俺? 楓ちゃん、待ってるかな…」 俺は、楓ちゃんに部屋に呼ばれていた。普段なら期待に胸躍らせるところだが、彼女 の雰囲気が、なにか重大なことを俺に伝えようとしているのを感じていた。 『耕一さん、部屋でまっています。…柏木家の……秘密を……知って…も…私を…』 語尾がかすれて最後まで聞き取れなかったが、楓ちゃんは必死に何かに耐えているよ うに見えた。 たとえこの先に何が待っていようと、俺は楓ちゃんを守ってみせるさ。 楓ちゃんの部屋の前にくると、ドア越しに声をかける。 「楓ちゃん、耕一だけど…」 …………。 返事がなかった。 「楓ちゃん? 聞こえる?」 …………。 いないのか? 無意識にドアノブをひねると扉は静かに開いた。 …………う〜ん。まあ、梓たちに気づかれてもやっかいだから部屋の中で待つか… 部屋は明かりがついたままだ。主はどこに消えてしまったのだろう。 「これは…」 ふと、壁一面に貼り付けられた風車が目に入る。そして、その下に置かれた… 「日記?」 俺はその頁をめくっていた。楓ちゃんのすべてを知りたいと思った。 4月12日 ---------------------------------------------------------------- 「ああ、結婚して子供ができたら赤ちゃんの世話くらいできないといけないわよねぇ。 そうだ、今のうちから練習しておけばいいんだわ!」 庭木に水をやっていると突然、千鶴お姉ちゃんはそう言って初音と私を吟味しだした。 ――まずい。 「初音、ごめん」 私はそう言って、初音を後ろから羽交い締めにし、足の指ですばやく下着を脱がせ、 大人用紙オムツを履かせた。 「えっ!? なに?」 一瞬のできごとに初音は、状況を理解できていないみたい。こんなこともあろうかと ひそかに特訓してきた甲斐があったと思う。 「さあ、赤ちゃん。オムツを替えましょうねぇ」 千鶴お姉ちゃんの魔の手が、初音を捉える。 「えっ、あ、いやっ、た、助けて〜、楓お姉ちゃん!」 ごめんね、初音。今の私にできるのは、見て見ぬふりをすることだけ… 「ふふふ、きれいに拭いてあげまちゅね〜」 「ふえぇぇぇん、千鶴お姉ちゃん、やめてぇぇぇぇぇぇぇ…」 見て見ぬふり、見て見ぬふり… 初音…無力な姉を許してね。 「えっぐ、えっぐ、えっぐ…ぐすん」 コトがすんだ後、初音は紙オムツをつけたまま庭の片隅で泣いていた。 ……体操座りしながら。 私には何もできないけれど、せめて彼女の魂を癒す手伝いができたらと『この場所』 に風車を刺しておくわ。 ふふ…。 ------------------------------------------------------------------------------ パタン。 俺は日記を閉じた。 ここに居てはいけない、この家から逃げなくてはいけない。 俺の中のエルクゥがそう叫んでいる。 「…耕一さん」 ビクッ、と身体が震える。 振り向いちゃだめだ。逃げるんだ。 「こけしアタック…」 そう言って、楓ちゃんは背中に頭をぐりぐり押し付けてきた。 「――ぬあ!?」 ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり… 逃げなくちゃ、逃げなくちゃ、俺は、俺は… ぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐりぐり… 「はにゃ〜ん」 そう叫んでいた。 カラカラカラカラ… 風車の回る音が聞こえる。