石英は高温、高圧でつくられる 前編『地殻変動』 投稿者:くのひち・トム
 石英とは、つまり、その…水晶のことです(汗)
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 揺れている。藤田家が、揺れている。

「ウィ〜、ヒロユキがゆれてマース!」
 目の前に氷の入ったグラスを掲げ、レミィは虚ろな瞳で微笑んだ。
「ばーか、揺れてんのは、レミィのほうだろうが…うっ」
 と、答えたのは、テーブルに突っ伏している浩之。よく見ると、心臓の鼓動に合わせ
て眼球が震えている。彼の目の前には、空いた缶ビールが1ダースほど、焼酎の瓶が2
本、炭酸飲料水のペットボトルが3本、半分水になってしまっているロックアイスの袋、
カンパリ、ウイスキー、乾いたコルクがこびり付いているワイン、にごり酒…などが無
残な姿をさらしていた。
「いけませんネー、コーコーセーがお酒を飲んでワァ」
「…オメーも、コーコーセーだろうが!」
「Non,Non!」
 レミィは浩之の顔の前で、人差し指を揺らしてみせる。
「アタシは、ジョシコーセーでーす!」
「……ほぅ」
 浩之は、意識が混沌としてくるのを感じた。
「寒いな…」
「暑いデス」
「「…………」」
 浩之は身体を起こそうとしている自分と、起きあがってくる身体のわずかなタイムラ
グを感じる。
「脱ぐか…」
「…ハイ」
 するとレミィは立ち上がり、『バンザイ』をする。
「なんだ、レミィ。うれしいことでもあったのか?」
「んっ、んっ!」
 らんらんと輝く瞳で、背伸びをして見せるレミィ。どうやら、脱がしてほしいという
ことらしい。

「…ったく、しょーがねえなあ」
 おぼつかない足取りで、レミィの前に立つと浩之はセーターの裾を一気にずり上げた。
「Ummm…」
(レミィは居なくなった…。そして、セーターを取り去ったとき、そこに居たのは…)
「プハァッ!」
(やはり、レミィだった…)
「ヒロユキ、カンパイしようヨ!」
(まだ…飲むのか!?)
「すまん、レミィ…オレはもう……」
「ジャーン!」とレミィ。「これは、クラモトが認めたとこににシーカ卸さない、『ジ
ューサンダイ』デース」
 そう言って、取り出したのは日本酒の5合瓶だった。ラベルに『十三代』と書いてあ
る。
「よーし、じゃあ、乾杯だぁ!」
「「カンパーイ!」」
 きゅう。
 浩之は、世界がホワイトアウトしていくのを感じた。
(すべてが…白い。……まるで………雪のよう…だ)
 バタン。
 浩之は、倒れた。
「ヒロユキ? ヒロユキ…ヒロユキ、返事して! ヒロユキー」

 急性アルコール中毒。それが、診断の結果だった。幸いにも、浩之は一命をとりとめ
たが、数日の入院生活を余儀なくされる。
 そして、一週間の停学が2人への処分として与えられた。

 …オフィシャルとしては。


  ―――『地殻変動』―――


 翌々日、某総合病院。
「あの、スミマセン、フジタ ヒロユキの病室はどこデスカ?」
 花束を抱いた金髪の少女が、受け付けの看護婦に訊ねる。その明るい髪の色とは対照
的に、ずいぶんとおとなしい女の子だと看護婦は思っただろうか? 彼女の瞳は、今、
色のある世界を映してはいなかったから。

 モノクローム。

「2棟の303号室の一番奥、東側のベッドです」
 抑揚のない声を頭の中で反芻しながら、レミィは浩之の病室へと向かった。
 消毒臭の染み付いた廊下を抜け、階段を上がり、303と小さく掲げられたプレート
を見つけ、立ち止まる。
(変わる、変われる、変わるとき、このドアを抜けたら、アタシは変わる…)
「ハーイ、ヒロユキ! 元気してマスカ?」
 部屋の奥に浩之を見つけると、レミィは右手を挙げて挨拶する。
「よっ、レミィ。相変わらず元気だな」
 ベッドで上半身だけ起こしていた浩之も、親指を突き上げてそれに答える。
「ヒロユ…」
「――浩之ちゃん、ちゃんと寝てなきゃだめだよ」
 ベッドの脇から、声がした。
「あっ……宮内さ…ん………」
 あかりは、ちからなくレミィの名を呼ぶと、口をつぐんだ。
 真綿に水を染み込ませた感じ…そんな、窒息しそうな重さ。少しでも動けば、たちま
ち水に呑まれてしまうかのよう。
「…そ、そういや、レミィ。オメー、謹慎中だろーが。外出してていいのか?」
「アハハハハハハッ、抜け出てきちゃいマシタ」
「…………」
「知らねーぞ、見つかっても」
「困りマシタ…」
「……あの、わたしお水汲んでくるね」
 そう言うと、あかりは花瓶を胸の前できつく抱きしめながら部屋を出ていこうとする。
「「あっ、あかり(アカリ)…」」
 浩之とレミィの言葉が重なる。その呼びかけに、あかりの歩みが止まった。そして、
顔が見えない程度に振り返る。
「……その花、なんて名前だったっけ? とってもかわいらしくて、きれいだよね」
 それだけ言うとあかりは再び歩き出し、部屋を出ていった。
「…どうしたんだ? あかりのヤツ。最近ちょっとヘンだぞ」
「…………」
 レミィは、雪のように白い花の束をベッドの脇にそっと置いた。
「ヒロユキ…アタシ、そろそろいくネ」
「んっ、もう行くのか?」
「ウン、今日はヒロユキの顔が見たくなっただけダカラ」
「そ、そうか…」
 少し照れ気味の浩之。そして、にっこり微笑むレミィ。
「じゃあね、ヒロユキ」
「おう」

 扉を閉める。
 廊下を進むレミィは、向こうからやってくる人影があかりであることに気付いた。
「アカ……」
 声をかけようとして、レミィは息を呑み込む。ひどく寂しそうな、表情。今にも泣き
出しそうな曇り空、そんな張り詰めた緊迫感が彼女を支配しているようだと思ったから。
 目を合わせないまま、距離が縮まっていく。
 永遠にも感じられる時間。
 ぎこちない素振りが、互いに相手を意識していることを知らせる。
 そして、すれ違う。

「宮内さん…」
 あかりが、レミィの目を見ずに声をかける。
「えっ、アカリ。……レミィでいいヨ」
「あの…もう帰るの?」
「ハイ、タダのお見舞いデス」
「そうなんだ、それじゃあね」
「ウン、バイバイ、アカリ」
 レミィは小さく手を振る。そして、ぼんやりとあかりの背中を見ていた。

「宮内さん」
 背中を向けたまま立ち止まり、あかりがレミィの名を呼んだ。
「……もし、浩之ちゃんが死んじゃってたら、わたし…あなたを許さなかったかも」
「!?」
「……ごめんなさい」
 それだけ言うと、あかりは小走りに駆けていった。

 レミィは何も言えなかった。

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