石英は高温、高圧でつくられる 後編『希望の結晶』 投稿者:くのひち・トム
「浩之ちゃん、久しぶりに一緒に登校できるね」
 うれしそうにあかりが微笑む。ふふふ、と白い息がこぼれる。
「ちぇっ、たったの一週間じゃねーかよ。大袈裟なんだよ、あかりは」
 対して、ちょっとふてくされ気味の浩之。
「『たったの』じゃないよ、一週間『も』だよ」
「へーへー。あかりでこれじゃあ、志保なんかには『お勤めご苦労さまです、親分』って
言われるのがオチだな…」
「ふふふふ。……でも、またこうして浩之ちゃんと歩けてよかった」
 あかりが半分目を閉じながら呟く。
「まあ、一度は命もヤバかったからな」
 と、自嘲気味に浩之。
「もう、ホントに心配したんだから」
 真顔で、そして少し困ったように、あかりは言った。

「お勤めご苦労さまです、親分」
 浩之は後ろから声をかけられた。
「あっ、おはよう、志保」
「…………」
「ちょっと、ヒロ。挨拶もないとは、どーいう了見よ!」
 ビシッ、っと音がしそうな勢いで浩之を指差す志保。
「『リョーケン』? まさか、お前からそんな言葉を聞くとはな。それに、オレは挨拶
されたおぼえはないゼ」
「なんですってー」
「まあまあ、二人とも…」

 いつもと変わらぬ光景。しかし、内に秘めた変化のきざしは、着実にその芽をのばし
ている。


  ―――『希望の結晶』―――


「あっ、ない!」
 教室の席に座り、安堵のため息をついていた浩之にあかりがかけよってくる。
「どうした? あかり」
「どうしよう、浩之ちゃん。ないよ、なくなっちゃったよ」
 浩之は愕然とする。
(しまった! ちゃんと付けとけばよかった…)
「それで…あかり、ちゃんと確かめたのか?」
「うん、間違いないよ」
 ふっ、と浩之の顔から力が抜ける。そして、穏やかな表情の浩之がそこにいた。
「そうか。……で、あかり、お前はどうしたいんだ」
「うん、やっぱりもう一回探そうかな」
「そうか、探すか。…………へっ!? あかり、いったい何をなくしたんだ?」
「なにって、浩之ちゃんに渡そうとしてた授業のノートだよ。昨日いそいでたから、教
室に置きっぱなしにしちゃったんだ」
 心底申し分けなさそうに、あかりが言う。
(勘違い! ああ…、神よ、感謝するゼ!)
 普段は信じていないが、浩之は神に感謝しておいた。ふと、隣の席の智子と目が合う。
「「…………」」
「委員長、なんか用か?」
「……べつに」

「で、あかり、ホントに教室に置いてったのか?」
「間違いないよ。帰る直前まで書いてたし、鞄の中には入ってなかったし…」
 浩之は右手の人差し指を額につけ、う〜んと唸る。
「そういや、委員長って結構朝早かったよな」
「ん? …うちに言わせれば、他の人が遅くなっただけやけど、まあ確かに今日は一番
やったよ」
「おっし。じゃあ、今日の朝、不信な人物を見なかったか?」
 智子は、シャーペンを指で転がしながら視線を漂わせる。
「そういえば廊下を歩いてるときに、レミィが教室から出てきたな」
「はぁ!? べつにレミィが教室から出てきたって、変じゃねーだろ」
「そうやない! レミィが出てきたんは、この教室や」
 浩之とあかりは顔を見合わせる。
「レミィが? いや、まさかレミィが? …まさかな」

(宮内さん…)
 あかりは病院で、レミィに言った言葉を思い出していた。
『わたし…あなたを許さなかったかも』
 心がチクチクと痛むような気がした。

「よーし、みんな、席につけー」
 担任の木林が、教室に入ってくるのとほぼ同時に、始業を告げるチャイムが鳴り響く。
「ったく、あいかわらず時間に正確だぜ」
 浩之のその言葉で、その場はお開きとなった。
「みんな、テスト直前だからって、あまり無理して風邪をひかないようにな。…お、誰
が活けてくれたか知らんが、スノードロップかあ、先生この花が好きでな……」

 その日は、何事もなく過ぎていった。
 そして、次の日。

「浩之ちゃん、はい」
 あかりがノートを差し出す。眠そうな目をこすりながら、浩之は顔を上げた。
「ん? どうした、あかり」
「はい、授業の要点をまとめたノートだよ」
 複雑な表情で、あかりは立っていた。その表情で、浩之はピンとくる。
「ノートって昨日言ってたヤツか?」
「うん…」
「どこで、見つけたんだ?」
「それがね、今朝来たら、机の中に入ってたの」
「そうか、そりゃ小人さんだな。小人さんは、宿題をしてくれるいい人たちなんだが、
ちょっとイタズラ好きなのが玉にきずなんだよなあ」
 浩之は、右頬あたりに視線を感じる。
「なにか? 委員長?」
「べつに…」

「神岸さん、ちょっといいかしら?」
 クラスの女子が、あかりに話かける。
「うん? なに?」
「あのさぁ、花瓶の花って、もしかして神岸さん? もう、他に花を活けそうな人って
いないんだよね」
 花? あかりは、問題の花を探す。
(――あれは……どこかで……)
「ううん、わたしじゃないよ」
「そう、じゃあ誰なんだろ?」
 納得のいかなそうな顔のまま、クラスの女子は去っていった。

 昼休み。
 あかりは図書館に来ていた。

『あのさぁ、花瓶の花って、もしかして神岸さん? もう、他に花を活けそうな人って
いないんだよね』

『誰が活けてくれたか知らんが、スノードロップかあ、先生この花が好きでな……』

『そういえば廊下を歩いてるときに、レミィが教室から出てきたな』

 大袈裟に装飾された植物辞典を机の上に置くと、あかりは目的のものを探し始める。
「す、す、す……スノードロップ。『ヒガンバナ科の球根。雪のある厳寒期に、純白の
3枚の花びらを持った可憐な花を咲かせる』 花ことばは……」
 パタン、あかりは本を閉じた。

 そして、放課後。
「浩之ちゃん、今日いっしょに試験勉強しない?」
「いいぜ。今回は頑張らねーとヤベエからな」
「ふふふ」

 ピンポーン。浩之が階段を降りていくと、ちょうどAコート姿のあかりが入ってくる
ところだった。
「勝手知ったる人の家…て感じだな」
「えっ? 何か言った?」
「何でもねー。はやく上がってこいよ」
「うん」
 その日は、物理とグラマー(英文法)の勉強に二人はいそしんだ。といっても、浩之が
一方的に教わっていただけだが。
「ねえ、浩之ちゃん。わたしがこの前渡したノート持ってる?」
「おお、持ってるぜ、まだあんまし見てねーけど」
「もう、浩之ちゃん……。ちょっと直したいところがあるから、貸してもらっていい?」
「いいも何も、もともとオメーのだろうが」
 浩之は、あかりにノートを手渡す。受け取り、ぱらぱらとめくるあかり。そして、最
後のページを開いた。
「んっ? なんだそれ? 押し花か?」
 白い3枚の花弁。小さいがどこか力強さを感じさせる花だと、あかりは思う。
「うん、浩之ちゃん。わたし知らなかった。ううん、見えなかった。わたしたちを包ん
でくれる暖かな想いに…」
「はあ、なんだそれ?」

 朝。
 ガラガラガラ。少女は、誰も居ないのを確かめると教室に入る。手にした花束から幾
本か抜き取り、花瓶のものと差し替える。ハミング交じりの彼女は、とても楽しそうに
見える。
「花ことばは、逆境の中の希望…」
「Oh! Who is it?」
 レミィは危うく花瓶を落としそうになりながら、目をまん丸くして驚いている。
「ダ、ダ、ダレデスカ!?」
「やっぱり、宮内さんだったんだね」
 机の影にかくれていたあかりが、姿を現す。
「アカリ…」
「ごめんなさい、わたし酷いことを言ってしまったね。宮内さんの気持ちも考えないで
…本当にごめんなさい」
 レミィは、にっこりと笑う。彼女の目に、また鮮やかな色が戻り始めていた。
「ウウン、アタシも…ヒロユキにヒドイことをしてしまいマシタ。アカリが怒るのも当
然デス。Steadyを失いかけたアカリの気持ち、よくわかりまス…」
 あかりも、にっこりと笑った。自分の心が癒されていくのを彼女は感じる。
「みや……」
 あかりは言葉を飲み込み、息を吸い込む。
「レミィも、浩之ちゃんが好きなんだね」
「ハイ、大好きデス」
 二人はお互いのあごを、相手の肩にのせる。ちなみに、レミィは中腰になってあかり
の背丈に合わせた。

「うふふふふふ…」
「フフフフフフ…」
 どちらかともなく、笑いがこぼれだす。
「ねえ、アカリ。snowdropのもう一つの花ことば、知ってマスカ?」
「ううん、知らない」

「『まさかの時の友』ヨ」


 そして、テストも終わったある日のこと。
「なあ、あかり、明日午前中だけだろ。午後から、遊びに行かねーか?」
「えっ、明日?」
 あかりが、振り返る。浩之は一瞬ドキッ、とする。最近、一段ときれいになったと思
う。…もちろん、口には出さないが。
「ごめんね、浩之ちゃん。明日はだめなんだ。先約があって…」
「そーか、しゃーねーな。で、誰と行くんだ?」
「レミィと志保と保科さんだよ」
 浩之の目が、キラリと光る。
「…オレも行っちゃ、ダメか?」
「ダーメ。女の子の集まりなの」
「さようですかー…」

「かけがえのない…ね」


 ――女の友情はもろく  そして、なによりも深い。