InAnyHearts(03) 投稿者:華月姫羅
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 このSSは、『雫』小説版EDからの物語です。
 パソコン版しか知らない読者には面白くないかもしれないので、注意して下さい。

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   ※

――カツカツカツ……
 無機質な音が静まり返った教室に響く、退屈な授業。
――キィーンコォーンカァーンコォーン……
 チャイムが鳴る。教師が何か言っているが、すでに皆、席を立ち始め聞こうともしない。
 僕も席を立ち、ドアへと向かう。誰も声をかけようとはしない。気にせず教室を出る。
「ハ〜ルちゃーん」
 後ろから声がした。嫌悪感しか抱けない声。同じクラスの男子が三人、取り囲むように
立つ。
「ハルちゃーん。急に学校来なくなってさぁ、心配したんだよ〜?」
「トモダチなんだから相談してよ〜?」
「ところでさー」
 始めに話しかけてきた奴が口を開く。
「ちょっとお金貸してほしいんだけど、さぁ」
 首に腕を回し顔を近づけてくる。
「今日、お金持ってきてなく――っ!」
 言い終わらないうちに正面に立っていた奴のヒザが下腹部にめり込む。
「ああ? 何だってぇ?」
「すみません……」
 横に立っていた奴が笑いながら話しかける。
「おいおい、加減してやれよ。また学校来なくなったらどーすんだよ?」
 他の奴等も笑い出し、僕から離れる。
「そりゃそーだな。おい、明日持って来なかったら裸踊りさせんぞ?」
 そう言いながら三人が去ってゆく。

  アレで、遊ばないの?

 声が聞こえた。僕にしか聞こえない声。
「うん。アイツらは最後だから」
 他の人には聞こえない声でそう返す。
 『おもちゃ』を壊すまで、何もしはしない。
 ひっくり返したら、気に入るモノが見つかりにくくなってしまうから。
 だから。
「あ、おはようございまーす」
 女子達の声が聞こえた。そちらに振り向く。
「おはよ。ちゃんと部活でなよ」
 女子達に返事と返したその声の主。
 髪の長い、奇麗な、おそらく上級生の女子。
「見つけた」
 知らず、呟いていた。
「僕の『おもちゃ』」
 その時、その女子に声をかける影が一つ。
「さーおりっ」
 背の高い、ショートヘアの女子。
「……へえ」
 二人を『覗く』。
「これは、面白そうだな……」
 『遊ぶ』ためのスケジュールが組み上げられていく。
「ホント、新城センパイと山下センパイってかっこいいよね〜」
「うん。かっこいいよねー」
 女子達の声が聞こえる。
「フフ……」

  見つけたの?

「うん」

  クスクス、楽しそうだね……

「楽しいよ」
 そう。
 見つけたから。もう……。

 『おもちゃ箱』をひっくり返そう。
 ――世界を、回そう……


  【4】

『いけない、いけない。驚かせちゃったよ』
 その子はそう言いながら、くすくす笑い続け続けた。

 その日も、よく晴れていた。そう、まるで今日の様に。
 校門の壁にもたれてそんな事を考えながら空を見上げる。もう日も沈みかけているが、
雲一つ無い空は、それでも紅く輝いていた。
 僕と瑠璃子さんの初めて交わした言葉は、そんな奇妙なものだった。
 それなのに、その瞬間から、僕はあの子に捕らわれていた。
 あるいは、その狂気に。
 そんな思い出に浸りながらも、人の来る気配に身体が反応する。すばやくその人影を確
認して、一歩、踏み出す。
「きゃっ」
 軽い衝撃が身体を襲う。
「あ、すみません。大丈夫ですか――」
 そう言いながら、自分の中に沸き上がる衝動を必死に押さえつつ、倒れた女生徒に手を
差し出す。
「――月島さん」
 そう彼女の名前を呼んだ時、何とも言えない違和感が身体中を駆け巡る。
「ええ、ありがとう」
 彼女が僕の手を取り、立ち上がる。
 細い、細い腕。少し力を入れれば簡単に折れてしまいそうなその腕。
(この身体を、抱きしめてしまいたい……)
 そんな衝動を必死に押さえながら、笑顔を作る。
「ごめん。よく前を見ていなくて」
「私も、よく見ていなかったから」
 彼女はそう言いながら微かに笑顔を見せる。
「長瀬くん、だよね?」
 『長瀬くん』、その言葉を脳が知覚した瞬間、身体中を『粒』が駆け巡る。思考が止ま
り、瑠璃子さん以外、何も見えなくなる。無意識に唇が言葉を紡ぐ。
「瑠……」
「確か、一年の時に同じクラスだったよね」
(っ!!)
 その言葉で意識を取り戻す。
(何を言おうとしていたんだ、僕は……せっかく彼女が手に入れた幸せを壊すつもりなの
か!?)
 彼女の記憶を操作したのは僕だ。だから僕自身が一番よく解っているはずなのに。
 『瑠璃子さん』は、もういないという、その事実を。
「? どうかしたの」
 彼女が不思議そうに声をかけてくる。僕は『長瀬くん』の顔を作り、答える。
「別に。ただ、生徒会長に名前を覚えられるなんて、光栄だなぁ、と思って」
「フフ、何それ」
 彼女が笑う。その瞳には、以前の『瑠璃子さん』の持っている『狂気』は微塵も残って
いなかった。そして僕は、それでいいんだと自分に言い聞かせる。
「月島さん、今帰るの?」
 あくまで、ただの同級生程度の親しさを保って、話しかける。
「ええ、生徒会で。長瀬くんも?」
「うん。待ち合わせしてたんだけど誰も来なくて。もう暗いし、途中まで送るよ」
「え、でも……」
 彼女は遠慮がちに身を引く。
「月島さんの家、あっちでしょ? 多分途中まで道、同じだから。こんな時間に女の子を
一人で帰らせられないよ」
 そう言いながら、彼女の横に身体を移動する。
「ん……じゃあ、お願いしようかな」
 少し微笑みながら、そう答える。
「じゃ、行こ」
 そう言って二人で歩き始める。
 当たり障りの無い会話をしながら適当に相づちを打ちつつ、彼女の横顔を見る。いつの
間にか昇っている月に照らされている、その横顔を。
(同じだ……)
 あの夜と。
 瑠璃子さんを抱きしめた、あの夜と。
 ……その瞳に映る色を除けば。
(瑠璃子さん……)
 僕は、知らずの内に自分の掌を握り締めていた。

 あの日、あの夜、瑠璃子さんを抱きしめた手を。


   ※

「先パーイ、ホントにまだ残るんですか?」
 すでに着替え終わって、体育館の出口に立っている後輩達が声をかけてくる。
「うん。もうちょっとやりたいことあるし。片付けは私がやっとくから」
 ボールを手でもてあそびながら返事をする。
「ん〜……じゃあ、お先に失礼します山下先パイ」
 そう言って後輩達が体育館を出ていく。
「………………ふぅ」
 全員が出たのを確認して腰をおろす。外から後輩達の声が聞こえる。
「ねぇ、新城先パイ最近来ないけど、どうしたんだろ」
「山下先パイといいコンビだったのになぁ」
 その声を聞きながら、ボールを強く抱きしめる。
 知っている。何故あのコが来ないのか、知っている。今日、どこに行っているかも、大
体予想がつく。
(長瀬、祐介――)
 全部あいつのせいだ。あのコとあいつが付き合ってるのは半年前から知っている。
 あのコが見たこともないような笑顔で、教えてくれた。
 胸をえぐられるような思いをした。
 けど、それでも。あのコが幸せそうにしてたから、それだけが救いだったのに……
「っ……何してるのよ、長瀬……!」
 あなたとあのコが一緒にいることで、押さえていた感情が再び湧き上がる。
「しっかりしなさいよ……!」
 どろどろとした、表に出してはいけない――出せばきっと拒絶されてしまうから――そ
んな感情が、押さえきれなくなってくる。
「押さえる必要なんて、無いじゃないですか」
(……っ!?)
 いきなり後ろから聞こえてきた声に驚き、振り返る。
「あ、驚かせちゃいましたか?」
 そう言って何事も無かったかのように伺っているのは、ウチの制服を着た小柄な男子。
 見覚えがある。1年の教室を通った時に何度か見かけた。いつもいじめられていたと思
う。
 けど、今、ここに立っている『そいつ』は、そいつとは明らかに違っていた。雰囲気が、
いじめられてる奴のモノじゃなかった。もっと、何か毒々しい、『何か』。
 けど、そんな事よりも――
(声に出てた!?)
 背筋が冷たくなる。顔が熱くなる。
「あ、えと……」
「フフ、そんなに驚かなくてもいいんですよ。山下恵先輩」
「え、なんで、私の――」
 名前を知っているのか。そう尋ねようとしたが、すぐにそれは意味のないことだと解っ
た。こいつがどういう理由で私の名前を知っていたとしても、例えその理由を知っていた
としても、私の名前を知っているという事実は変わらない。
 それよりも、今やらなければならない事は上手くこの場を切り抜けるという事。
 もし『あの事』が他人に知られたら……全てが終わってしまう。いや、それよりも、あ
のコの傍にいられなくなる。
(……どんな事をしても――)
 だから、どんな事をしてもこの場は上手く切り抜けなければならなかった。
「ねぇ、なんで君、こんな所にいるの?」
 そう。大体、こんな時間に部活の人間以外の生徒がいるという事自体おかしいのだ。上
手くいけば、このネタだけでこの場が収まるかもしれない。
「先輩に会うためですよ」
 けれど相手は、少しも悪びれた様子を見せずにそう答える。
「私に?」
「はい」
(……なる程。そういう事か)
 そういう事なら、何とかなるかもしれない。私は『そいつ』に言う。
「へぇ、私に会いに来てくれたんだ。何か用かな? 私にできる事なら何だってしてあげ
るよ」
 あのコの傍にいられるのなら、何だってしてやろうと思った。
 あのコと離れるよりは、よっぽどマシなはずだから。
「……だから、あの事は、さ――」
「いいですよ」
 私の台詞を遮る様に、『そいつ』が笑顔で私に答える。あまりにも呆気なさ過ぎたので、
反応が少しだけ遅れ、聞き返してしまう。
「……え?」
「いいですよ。先輩がお願いを聞いてくれるんでしたら、誰にも言いませんよ」
「本当?」
「元々、バラすつもりなんてありませんし。むしろ僕は先輩にはもっと素直になってほし
いと思っているんですよ」
「………………?」
 後半から、言葉の意味が解らなくなる。
「え、何、一体……?」
「フフ、理解する必要なんて無いんですよ。あなたは『おもちゃ』なんですから……」
「な……!? え……!?」
 台詞の意味を問いただそうとした瞬間、身体全体、意識全体が不思議な感覚に捕らわれ
る。

  クスクス、クスクス……

 頭の中に女の子の笑い声が響く。

  クスクス、さあ、扉を開けてよ……

「え、ちょ……何!?」
「さあ、ほんの少し、扉を押すだけですよ」
「え……」
 声と同時に、目の前に扉が現れる。

  クスクス、ねえ、早く……

「さあ、手を伸ばせば、それだけで」
 声が重なる。これは一体、誰の声なのか。いや、それよりも……
(これは……声なの?)
 何も解らなくなってくる。全てが、消えてゆく。
 私の手が、前に出る。指が扉に、触れる。
 扉が……動く。
――ドクン!
 世界の色が、変わる。

  クスクス、クスクス……

 私の望むままに。
 私が、変える。
 私が、変わる。

  クスクス、クスクス……

 世界が、反転する……。


                                     99/03/11 TextUp.
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≪あとがき・そして原作者はのたもうた≫

 ……ふぅ。
 なんかオリキャラ『山下恵』が出張ってますね。主人公がぁ……『少年』に関しては、
まだ色々とありますし。
 そういえば、なんか「世界が反転する」って、結構使い過ぎかも。注意はしているんで
すが。
 次回から! 沙織ちゃんがいっぱい出ますから! どうぞ読んでやってくださいです!
 ……あ、ちなみに次回は18禁予定です。では、よろしく。

                                  by華月綺羅