柳川で買おう!(後編) 投稿者:ギャラ 投稿日:11月13日(火)22時53分

「というわけで……」
 と、何もない空中にカメラ目線など向けつつ、大志は言った。
「……吾輩たち三人は、現在JR蒲田駅の駅前に来ております」
「いや、誰に説明しとんのや、アンタは」
 基本的なツッコミを入れつつ、その胸を由宇が裏拳ではたく。
 大志の説明通り、彼ら三人はJR蒲田駅の駅ビルから出たところだった。
 ……ちなみに、和樹は二人の後ろで首に縄など付けられつつガタガタと
震えていたりする。最初は『ホモはイヤだー!』と叫んで暴れた和樹だった
が、大志がホモとヤオイとホモギャグの違いを自らの身体を使って熱く語った
ところ、何か悟るところでもあったのか静かになったのだ。
 その代償としてちょっとばかり目が黒く濁って死にかかっているよーにも
見えたが。
「……ところが、ここで吾輩たちを予想もつかないトラブルが襲ったのです!」
 そんな和樹をよそに、何故かノリノリで説明口調を続ける大志。ほとんど
水曜特番のノリである。
 ……川口隊長、まだお元気なのでしょーか。(割とどーでもいい疑問)
「そう、なんと恐ろしいことか――吾輩たちには、会場である大田区産業
 プラザの場所が分からなかったのです!」
「アホかあああああああああああああああああいっ!」
 すぱこーん、と快音を立てて由宇のハリセンが大志の頭にヒットした。
「普通、電車に乗る前にチェックしてくるもんやろうがっ!」
「何を言われるか、まいしすたー由宇ともあろうお人がっ!」
 怒鳴りつける由宇に、大志が素早く立ち直って怒鳴り返す。
「そもそも即売会の会場など、近隣駅さえチェックしておけば、後はそれっ
 ぽいオーラを出す集団についていけば到着してしまうのが自然の理!
 コンビニでチャンピオンを立ち読みしている人の群から一目でエイケン
 萌えを見つけだせるダイヤモンドアイの持ち主たる吾輩が、何故そのよう
 なムダなことに記憶容量を割くはずがあろうか、いやないッ!」
 ……とりあえず、凄いのか凄くないのかびみょーなところではある。
 どちらかとゆーと、コンビニでエイケンを立ち読みする勇気の持ち主の方
が凄いのではなかろーか、とも思ってみたり。
「く……一応筋は通ってるやないか……」
 が、由宇はそれで納得したらしい。
 オタクはオタクを知る。常人には計り知れないレベルで何か共感するもの
でもあったらしく、彼女は冷や汗を拭って、にやりと笑みを浮かべた。
「……こういうの読んでる時点で、『常人』じゃないと思う……」
 なお、和樹の発言はとりあえず無視しておく。
「しかし、本気で困ったものよな、まいしすたー。どーしたものだろうか?」
「まあ、一応カタログに簡単な地図は載っとるけど……」
「残念ながら、吾輩は即売会場以外の地図は読めんのだ。政府も一丁目とか
 二丁目とかいった呼称ではなく、『あ−13−b』といった地名表記に
 してくれれば迷う心配がなくなってよいのだが」
「あー、それはウチもよう思うなー。あと各ご家庭の玄関先にスペース……
 もとい、番地表記をはっきり書いてほしい、とか」
「おお、たしかに! 即売会に比べて、その点では一般社会のモラルは地に
 落ちておるからな」
「おお、分かっとるやないか、大志はん!」
「同志っ!」
「大志はんっ!」
 がしいっ、と音が聞こえてきそーな勢いで抱き合う二人。
 今日び高校野球でも滅多に見られないよーな熱く激しい青春の肖像を前に、
道行く人々が生あったかい目で見守りつつびみょーに距離をとって避けて
いく。
 この分では、親切な誰かが近くの交番に相談に行くのも時間の問題に違い
なかった。
 ちなみに、その隣で和樹の呟くツッコミは、やっぱり無視されていた。
「……腐ったリンゴは他のリンゴも腐らせるって言うけど……こいつらの
 場合、メタンどころの感染力じゃないよな……」
 むしろ炭疸菌レベルのよーではある。
 発見時には真空密封の上、処理班の到着を待つがよろしーかと。



 そして、時間は過ぎて一時間後。
「……やっと着いたーーーっ!」
 散々歩き回った挙げ句、よーやく見えた産業プラザを前に、由宇は喜びの
声を上げた。(割と実話)
「ふ、ふふ……まさか、駅からまるっきり逆方向に歩いていたとはな……」
 さすがに疲れ切った様子で、大志もやけくそ気味の含み笑いを漏らす。
 ちなみに、後ほど地図で調べたら、歩いた距離は軽く五キロを越えて
たりもしたのだが。(同じく実話)
 ……だって蒲田の駅前って、何かゴチャゴチャしていて分かりにくいん
ですものッ!
「あの建物か……お、あれ見てみろよ、由宇、大志! あの一階のガラス
 張りの部分!」
 と、産業プラザを見た和樹が声を上げる。その指差す先を見て、大志も
驚きの声を漏らした。
「ん……おお、あの机の並び方と、人々の体型は……!」
「あの雰囲気、間違いないだろ? ――ラ○ュタは本当にあったんだ!」
「おお、我らはついにぱらいそに到着したのであるな!」
「……ていうか、外から丸見えやん、あれ」
 ……由宇の冷たいツッコミに、盛り上がりかけていた和樹と大志がぴたり
と凍りついた。
 ――そう。恐ろしいことに、産業プラザのイベントホールは外から丸見え
なのである。割と普通の方々の人通りも激しいので、18禁サークルの皆さま
は要注意だ。
 下手にノボリでも立てよーものなら、ポリスメンな方々がやってこない
とも限らないわけで。
「……ま、まあ、それはさておき、なかなかに盛況の様子ではないか。柳川
 オンリーというから少し心配していたが、杞憂であったようだな」
「ああ、たしかに。これだけの数の柳川スキーがいたとは、正直俺も予想外
 だったぞ……」
 外からガラス越しに会場内を見つめて、感心したように言う男二人。
何しろ、こみパのような大混雑はしていないものの、それなりに人通りも
あればサークル数も多いとゆー室内状況である。
 しかもどーゆーわけか、男性比率がかなり高い。大志ならずとも、薔薇の
未来に期待を抱いてしまいそーな光景ではあった。
 と、薔薇族の表紙を飾らせてあげたくなるよーな盛り上がりっぷりを
見せる二人の肩を、由宇がちょいちょいとつついた。
「あー、いや……盛り上がってるところ悪いねんけどなー、お二人さん?」
「む、どうした、まいしすたー由宇?」
「あれ……柳川オンリーの会場やないで?」
「――え?」
 ぴた、と大志の顔が固まる。
 それに構わず、由宇はカタログと一枚のチラシを取り出して、
「ほれ。こっちのチラシにあるとおり、今日はも一つ『えやー』のイベント
 があることになってるやろ? んで、あそこの兄ちゃんのシャツ見てみ。
 どっかで見覚えあるよーなキャラが載っとりゃせんか?」
「で、では……!」
 と、大志が身を震わせた。
「……あの中では、柳川派と『えやー』派の熾烈なる戦いが!? つまり
 限られたスペースを両者で分け合うがゆえに、えやー本だと思って買って
 みたら実は柳川本でやおいだったとゆー恐ろしい罠がッ!」
「それはイヤだな、俺……」
 何故かいきなり冷めてみる和樹。
 火のつきやすい人間ほど冷めやすい、とゆーが、さすが瞬間沸騰欲情機は
冷めるのも瞬間であるらしい。
 もーちょっと火付きが悪ければこみパ会場で(検閲削除)もなかった
ろーに。
 いや、それはともかく。
「でも、由宇。そうすると、『柳川で狩ろう!』はどこでやってるんだ?」
「ウチはこの建物初めてやから断言はできんけど、奥にもう一部屋あるんと
 ちゃう? ほれ、和樹も大志はんも、モーホーの夢が破れたからっていつ
 までも泣いとらんとはよ行くで」
「俺は泣いてないっ!」
「吾輩はモーホーではなく薔薇だっ! 低俗な呼び方をしないでもらいたい!」
「あー、はいはい。さよかー」
 冷めた目で適当にあしらいつつ、由宇は先頭に立って産業プラザの奥へと
向かう。
 仮にも主人公をモーホー呼ばわりして平然としているあたり、さすがは
こみパであった。『ヒロインが最もモーホーに理解のあるエロゲ』とゆー
評判は伊達ではないとゆーことで。
 ……いや、あれを『理解』と呼んでいーのかどーかは微妙だが。
 そうやって進むうち――と言っても、ほんの数十メートルだが――奥に
もう一室、ガラス張りのホールが見えてきた。
 中を覗くと同時、由宇の喉から驚愕の声が漏れた。
「こんな――広いッ!?」
 続けて、大志も呻く。
「おお、し、信じられん……なんという広さだ! これは本当に即売会なの
 かっ!?」
「こみパの倍……いや、三倍近くはあるで!」
「こ、これがデカルチャーという感情か!?」
 そう。
 二人が驚くのも無理はない。その会場は、即売会というイメージから余り
にかけ離れて広かった。かく言う筆者自身、これまで行ったことのあるどの
即売会より広かったと断言することができる。
 ただし――
 盛り上がる二人の横で、ぽつりと和樹が呟いた。
「ああ、広いな――通路が、だけど」
 ……つーか、通路とゆー呼び方が適当でないよーな有様ではあったが。
 むしろ、全サークルが壁。
 部屋のど真ん中――普通なら島サークルがあるはずの場所には大きな机が
置かれ、寄せ書き用の広い紙がでかでかと広げられていた。
「むぅ……あまりと言えばあまりに男らしい配置だな」
「ちゅーか、ウチ、全サークル壁のイベントって初めて見たわ……」
 マイナージャンルや地方即売会だと希にあるらしーのだが。
「そうゆーたら、カタログも一サークル一ページゆー男らしい構成しとった
 っけなぁ……」
「きっとアレだろうな。通路もエルクゥサイズということで、鬼化した柳川
 でも通れるように気を遣ったに違いあるまい」
「遣ってどーする、そんな気……」
「いや、それは違うで、和樹! そーゆー細かい所にまでネタを効かせて
 お客さんにわろてもらおー、ゆーんは開催者としてナイスな心意気やない
 か!」
 びしいっ、と由宇の指先が和樹の顔を指す。
 だが、和樹は慌てず騒がずその指先をスタッフの方に向けると、
「……じゃあ、あれか? あの背広姿の人たちも柳川のコスプレをしてる
 ってことになるのか?」
「いや……それはちょっと何とも言えんけど」
 ややテンションが下がる由宇。
 ……いや、何しろ、柳川のコスプレって基本的に黒スーツなので、普通の
姿なのかコスプレなのか見分けるのが難しくてしょーがないわけで。
 と、端の方を見ていた大志が感心したよーな声を上げた。
「おお、そう言うことなら、あっちでスーツ姿の人々が集まっているのは
 コスプレイヤー集合図ということか」
「……言うたら悪いかもしれんけど、どっかの会社の会議風景みたいに
 見えるなー」
「っていうか、外の人から見たら、多分彼らが一番まともな服装に思えるん
 じゃないのか……?」
 コスプレイヤーが一番真面目な服装に見える即売会。
 ある意味、新機軸なのではなかろーか。
 いや本気で。
 ……つーか、本気で会場外からコスプレで来ても怒られずに済みそーなの
ですが、柳川さん。
「まあ、それはそれでよいとして……では、しばらくは各人別行動をとって、
 一通り回り終わったら中央の机のところで集合とするか」
「ん、せやね。ウチはそれでかまわんけど……」
「俺も別に文句はないぞ」
「うむ。では、解散!」
 大志の号令一下、三人はそれぞれ思い思いの方向に散っていった。



 ――そして、五分後。
「というわけで、集合時刻となったわけだが」
「早ッ!」
 思わず素でツッコミを入れる和樹。
「しょーがなかろう。何しろ全42サークル、しかも昼過ぎには完売サークル
 も結構あったしな。実質、30サークル回ったかどーかも怪しい気がするぞ」
 実話です。
「あの迷った一時間が痛かったなぁ、ほんま……」
「まあ、辛うじて滑り込みといった感じではあるがな。吾輩が買った直後に
 完売したサークルも幾つかあったようだし」
 だから実話ですってば。
「……実は結構人気なのか、柳川オンリー……?」
「どうやらそのようだな……くっ! 吾輩の市場リサーチはまだまだ甘かった
 ということか!?」
「ホンマに……これやったら、朝から並んだ方がよかったかもなー」
「「――いや、それはやめとけ」」
 由宇のぼやきに、和樹&大志が、さながらモスラを呼ぶ某姉妹のよーに
ピッタリ声まで揃えて冷たくツッコミを入れた。
「由宇。いくら何でも『柳川オンリーで徹夜した』ってのは人生何か投げ
 捨ててるような気がするぞ。オタクの基準から言っても」
「猪名川嬢! 大田区産業プラザは住宅街のど真ん中であり、徹夜や早朝
 行列は厳禁であることをご存じないのか!? 気持ちは分かるが、それは
 オタクとして最低の行為と言わざるを得ん!」
 ……もっとも、その理由は激しく異なっていたよーだが。
 ちなみに筆者として大志の意見を押したいところだが、読者諸兄はいかが
なものだろーか。
 柳川好きだっていーじゃないか。
「いやまあ、それは冗談やけど……時にお二人さん、これからどないする?」
「どうするって言われても……」
「ふむ。普段なら、閉会ギリギリまでサークル巡りをして見落とした本が
 ないか探すところだが……」
「……必要あるか?」
「……ないな」
 あっさりと大志は言い切った。
 何しろ、部屋の真ん中に立って一回転すれば全サークルが見渡せてしまう
ナイス構造である。見落としたサークルなど、万が一にもあろーとは思え
なかった。
「それ以外やと、掘り出し物のサークルを教え合ったり、ゆーこともある
 けど……」
「……それも必要ないですな」
 理由は同上。
「しゃーない、帰るか」
 諦めたよーにそう言って、由宇は一つ大きく伸びをした。
「まあ、何のかの言いつつ本も買えたし、ウチとしてはそれなりに満足
 やったけどなー」
「ふむ、たしかに。またこーいったオンリーイベントはやってもらいたい
 ものではあるな……そう、例えば吾輩オンリーなどッ!」
「いや、まあ、リーフ系の男性キャラだと、次はお前か長瀬一族のどっちか
 になりそーだけどな。他にはこれといったキャラいないし」
「しかし、吾輩、キャラが立ってると言われる割に同人作品でメイン張った
 ことは殆どないのだが……」
「そら、大志はんは濃すぎるからなぁ……」
「どうせなら、ドラマCDで吾輩に一曲歌わせてくれる、とかでもいいの
 だが……」
「「いや、それは絶対止めとけ」」
 由宇と和樹のツッコミが、赤射蒸着する宇宙刑事も真っ青な速度で炸裂
した。
 ……理由は、各自ダグ○ンのボーカルCDなど聞いてご確認されるがよろしー
かと。
 ワ、ワタクシの口からはそれ以上のことハッ!?



「ところで、大志?」
 帰り道。
 蒲田駅への道をぶらぶらと辿りながら、ふと思いついて和樹は訊ねてみた。
「俺もちょっと興味が出てきたんだけどさ……こういうオンリーイベント
 って、次行くとしたら何かいいのあるかな?」
「んー、ウチとしては、月○オンリーとかも悪ぅないと思うけど」
 と、由宇が口を挟んでくる。
 だが、大志は頭を振って、
「いや、それはよくないぞ、まいふれんず。吾輩たちとて仮にもこみパと
 いう看板を背負って立つ身、ブランドへの配慮というものもそれなりに
 必要であろう」
「ほぅ。ちゅーことは、リーフ系のオンリーイベントに的を絞れ、ゆーこと
 かいな?」
「うむ。まあ、おおむねそういったところだな」
 そう言って、大志は重々しく頷いた。
 それから、懐から一枚のチラシを取り出して――
「そういった配慮の元に吾輩がお勧めするのはこれ!
 ――そう、Pia○ャロットのオンリーイベントだッッッ!」
「「アホかあああああああああああああああああああああああいっっ!」」
 ――夕暮れの空に、ダブルアッパーカットの炸裂音が高々と響き渡った。



 ……いや、たしかに、サークルカットに紛れこませても割と気づかれずに
済みそーなのは否定できんが。



 追記。
 実際のところは、梓オンリーは既に開催済みだったりするよーです。
 すごいやあずピー。



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