独明寺の怪(前編) 投稿者:ギャラ 投稿日:6月23日(土)01時02分


 C県沿岸の独明寺には、何十年も前から幽霊の目撃談が聞かれている。
冗談だとお思いだろうか? だが、その判断を下す前に、私がこの夏に
体験した出来事を聞いて頂きたい。おそらくはそれが、幽霊が存在すると
いう何よりの証拠になってくれるだろう。



 さて、私が独明寺を訪れたのは、八月も半ばのある夏の暑い盛りの日の
ことであった。私はこの寺で起こったという幽霊騒ぎに強い関心があった
ので、その事実関係を確かめに――いや、言葉を取り繕うのは止そう。
下世話な話だが、その事件について嗅ぎ廻るために訪れていたのである。
 独明寺は、突き出た岬の突端にある小さな破れ寺であった。あった、と
言ったのは間違いではない。今でもその建物こそ残ってはいるが、住職も
おらず、知らない者が見れば十人中十人までが廃屋と判断するであろう
それは、既に寺と呼ぶには抵抗を覚えずにはいられないような代物であった。
近辺には家の一軒もなく、海に突き出た崖の上にあるという奇妙な立地条件
から、この寺が元々は寺ではなく、何か民俗信仰の祠のようなものとして
あったのではないかという説もあるらしいのだが、詳しいことは分からない。
私の旧友の僧侶ならば知っていたのかもしれないが、私自身はそういった
ことにはあまり詳しくなかった。それに、私の興味の対象はこの寺自体では
なく、あくまでもこの寺で起こった事件であった。
 私は例年どおり、寺に着くとすぐに奥の庫裏へと向かった。近辺に家の
ない――最も近くの漁村でさえ、一時間近くは歩かなければならないのだ
――この寺では、そこで暮らすのが一番だと知っていたからだ。そして、
そこで私は彼らに出会ったのである。



「何しとんのや、このアホたれがぁっ!」
 庫裏の戸を開けた途端、そんな怒鳴り声とともに何かが私の顔を目がけて
飛びついてきた。柔らかく、湿った感触が顔に貼り付く。一瞬に視界を
塞がれ、何が起こったのか分からず立ちつくす私の周囲で、辺りの空気が
しんと静まり返った。一拍の間を置いて、私の顔に貼り付いていた物が
剥がれて落ちた。まだ濡れたままの雑巾だった。
「えと……あのー」
 実のところ、まだ何が起こったのか理解できたわけではなかったのだが、
呆然と立っている私の態度が怒っているようにでも見えたのだろうか、正面
に立っていた娘が機嫌をうかがうような上目遣いで声をかけてきた。
 背が低く、一見ずいぶんと細身に見える娘だった。年齢の頃は二十に届く
か届かないか、といったところだろう。大きな眼鏡と、勝ち気そうな目の光
が印象的な娘だった。
 その横には、やはり同じくらいの年頃に見える娘が二人立っていた。一人
は正面の娘と同じような眼鏡をかけていて、だが一見した印象は対照的に
気弱そうに見えた。もう一人は私のすぐ前にしゃがみ込んでいて、眼鏡は
かけておらず、残る二人よりも幾つか年下である様子だった。二人とも、
目を丸くして私の方を見つめている。気弱そうな娘の手には、ホウキが抱え
られていた。
 ――ここに至って、私はようやく理解した。この三人の誰か――おそらく
は正面の娘――が投げた雑巾が、突然入ってきた私の顔に偶然当たったのだ。
目の前の娘がしゃがんでいるのは、その雑巾を避けるためだったのかもしれ
ない。(もっとも、なぜ雑巾を投げつけたのかまでは分からなかったが)
 と、正面の娘が顔の前で両手を合わせ、勢いよく頭を下げた。
「すんませんっ! いや、いきなり雑巾投げといて許してくれ、ゆうんが
 勝手なんは分かってますけど――ほんまにすんませんっ! 詠美、ぼさっ
 としとらんと水とタオル、持ってきいっ!」
「な、なんであたしがー!? そおゆうのは、せきにんしゃのパンダが
 取ってくるもんでしょ! あたしはむしろ、きょうはんしゃよっ!」
「共犯者やったら、あんたにも責任あるやろが……」
「あ、あの、タオルならわたしが……」
 気弱そうな娘が慌てた素振りで出ていった。あの様子では途中で転んだり
しなければいいが……、と他人事のように私が考えていると、
「ほんまに、すんません……この大馬鹿詠美が掃除サボろうとするもんで、
 ついカッとなってしまいまして……」
「なによ、なんであたしに責任押しつけようとするのよーっ!」
「いや、気にしなくていい」
 私は手を振って、二人の娘を黙らせた。そう、雑巾を顔にぶつけられた
くらいのことで、別段気にする必要はない。それよりも、私には他に気に
なることがあった。
「ところで……君たちは、どうしてここに?」
「あ……」
 と眼鏡の娘は、何かを思いついたらしく、これまでとは別の意味で気まず
そうな表情になった。私はその誤解に気づいて、娘の不安を取り除いてやる
ことにした。
「いや、私はここの管理者でも持ち主でもないよ。ただ、毎年この時期は
 ここで過ごすことにしているだけの、言ってみれば不法侵入者だ。ここ
 の持ち主がどこにいるのかは知らないが、これまで文句を言われたこと
 もないのでね」
「何や、そうなんでっか」
 娘は露骨にほっとした顔をした。
「また古めかしい格好しとるから、坊さんか何かかと思いましたわ」
「坊主は私の知り合いの方でね。私自身は、仏教とは何の縁もないよ。
 この格好は、ただの趣味さ」
「あ、ウチは猪名川由宇いいます。友達と旅行に来ましてん。そんで、
 こっちが大庭詠美」
「よ、よろしく……」
 ややか細い声で、詠美とかいう娘が挨拶をした。さっきまで由宇と言い
あっていた様子とは打って変わって、友人以外には人見知りする性質なの
かもしれなかった。
「ああ、よろしく。私は――」
 と私が言いかけたとき、数人分の足音がして、気弱そうな娘が出ていった
方から男の声が聞こえてきた。
「おい、由宇。他に人がいるってあさひちゃんから聞いたんだけど――」
 最初に男の顔が覗いたかと思うと、その後ろから次々に人が現れて、私は
少なからず驚いた。この寺は今日だけで、ここ二十年ほどに訪れた人間の数
以上の客を迎えたに違いなかった。



 独明寺はもともとあまり大きな寺ではない。さすがに十人以上が庫裏に
入るのは無理だということで、私たちは寺の本堂に移ることにした。その
途中で聞いたところによれば、彼らは同人誌とかいうものを作っている、
つまりは作家の予備軍のようなものだということだった。
「で、まあ、無事に夏こみも終わったので打ち上げ旅行にでも行こうかと
 相談していたところ、長谷部嬢がこちらの寺の話を思い出しましてな。
 ここは一つ、取材旅行と肝試しを兼ねて幽霊見物に行こうではないかと
 話がまとまったのですよ」
「それでわざわざ……?」
 九品仏大志という男の話を聞いて、私は呆れ返った。作家という人種は
奇妙なものだと聞いていたが、たかがそれだけの理由でこんな不便な場所
にわざわざやって来るなどと、正気の沙汰とは思われなかった。
 ――だが、考えてみれば、これはまたとない好機なのかもしれない。私
一人では見つけられなかった何かが、この新しい探索者たちによって発見
されることもあるだろう。私は、真相を自分で解き明かすということに
拘ってはいなかった。そんなことよりも、ここで何が起こったのかを正確
に知ることができれば、それで私は満足だったのだ。
 だから私は、つとめて彼らに協力することに心を決めた。
「ほぅ、さすがに作家を目指すともなると、色々なことを熱心に調べられる
 ものですな」
 私は、彼らの中で一番年上らしい、牧村南という娘に話を振ってみた。
彼らの関係はよく分からなかったが――何しろ男が二人に女が八人という
大所帯である。そもそも私の時代には、結婚もしていない男女がこれだけ
の数で旅行するなどということは考えられなかったものだ――この娘が
保護者役なのではないかと見当をつけたのである。
「いえ、私はどちらかというと、そのサポートの方でして」
「というと、出版社の方ですか?」
「ええ……まあ、そんなところです」
 と南が頷いたところで、今度は芳賀玲子という娘が口を開いた。
「ねぇねぇ、おじさん? ところで、ここの幽霊ってどんななの?」
「知らずに来たのか?」
「あ、あの……それなら、ちょっと、聞いてきましたけど……」
「そーなの? さっすが、あさ……じゃなかった、モモちゃん!」
 ――ふむ?
 玲子の口調には、何かを隠している気配があった。少し気になるが、当座
は忘れておいていいだろう。私はただ、自分の知りたいことさえ知ることが
できれば、それでいいのだから。彼らが私の妨害にきたという可能性は、
あまりありそうなことに思えない。
「えと、その、そんな……そ、それで、ここの幽霊さんは、お坊さんだそう
 です」
「お坊さんの幽霊!?」
 と頓狂な声を上げたのは、今度は――ああ、ややこしい――高瀬瑞希と
いう娘であった。
「でも、お坊さんって幽霊になるの?」
「それは勉強不足だな、まいしすたー。古来より坊主の幽霊は、怪談の定番
 の一つだぞ。比叡山の古文書でもひもとけば、そのような話など腐るほど
 転がっておるわ!」
「へー……なんか、ちょっと意外かも」
「まあ確かに、瑞希の言うとおり、坊さんの幽霊って変な感じだよなあ」
 これはもう一人の男、千堂和樹の言葉である。
「どっちかって言うと、幽霊を退治する方じゃないのか?」
「にゃあっ! お坊さんがお化けさんになったら、お化けさんを退治できる
 人がいなくなるですよ。千紗、そうなったら困るですよ!?」
 そう叫んだのは、塚本千紗という、彼らの中でも一番年少らしい娘だった。
「ふふん、だいじょーぶよ。坊主がいなければ、しんしゅを呼べばいーの!」
「しんしゅ……?」
「ひょっとして、『かんぬし』のことかいな……」
「う……し、しもじもの者ではそうも言うみたいね!」
「そうも言う、ゆーか、そうとしか言わんわ」
「詠美ちゃん。思うんだけど、やっぱり同人誌だけじゃなくて、たまには
 勉強もした方がいいと思うの……」
「詠美のおねーさん。なんだったら、千紗が中学生だったときの教科書貸す
 ですよ?」
「う、うるさいうるさーい! 詠美ちゃん様はちょう偉大なマンガ家になる
 んだから、べんきょーなんかできなくてもいーのっ!」
 ……なんとも騒がしい連中ではある。女三人寄れば姦しい、と言うが、
その三倍近い数が集まっているのだから無理もないと言うべきか。
 私が呆れて口を挟む気にもなれずに見ていると、最後まで発言せずにいた
長谷部彩という娘が不意に手を打ち合わせた。乾いた音が鳴って、それに
引きこまれたかのように場が静かになる。私も含めて全員の視線が集まった
が、彼女はその気配を感じてもいない様子で、
「それで……お坊さんの幽霊が、どうしたんですか?」
 と静かに続きを促した。その落ち着いた態度に気を呑まれた様子で他の
面々が黙ると、モモという娘はあたふたと鞄から紙を取り出し、そこに書か
れた話を読み始めた。
「え、えと……幽霊はお坊さんで、お盆の時期に何回か見られたことがある
 そうです。さ、最初に見られたのは、もう何十年も前で、戦争の前だって
 いう話もあるみたいです。このお寺の最後の住職さんが首を吊ったとかで、
 その人の幽霊じゃないか、って言ってました……」
「ふーん……坊さんって自殺してええんやっけ?」
「自殺禁止はキリスト教だろう、まいしすたー? まあ、吾輩も仏教は専門
 外だから詳しいことは知らんがな」
「……宗派にもよりますが、仏教では自殺は禁じていないはずです……即身
 成仏もありますし」
 そこまで言って、彩はすこし首を傾げた。
「それで……どうして自殺したのかは?」
「ご、ごめんなさい……聞いてみたんですけど、そこまで知ってた人は……」
「やっぱり、道ならぬ恋なんじゃないかなぁ? 修行の道に励む高僧。だが
 彼は、新たに入門してきた若い美僧の姿を見たとたん、心に強い衝撃を
 受ける――恋と進行の狭間で悩む僧侶の運命やいかに!?」
「れ、玲子ちゃん……そういうのはちょっと」
「えー、瑞希ちゃんはこーゆーの嫌い? 仏教って言ったらやおいの本家
 本元だよ?」
「ふふふーんだっ! 今や時代はきゅうけつおにとキリスト教なんだから、
 仏教なんてぷぷぷのぷーっよ!」
「……詠美。『きゅうけつおに』じゃなくて、『きゅうけつき』だと思うん
 だけど、それ……」
 つくづく騒がしい連中だ、と私は溜息をつきたい気分だった。それとも、
最近の若者は皆こんな具合なのだろうか?
 だが、私としては彼らに賭ける他なかった。私一人での調査は、正直に
言ってそろそろ手詰まりになっていたのだ。彼らを逃してしまえば、次に
この寺に人が訪れるのは何年先になるとも分かったものではない。何として
でも、彼らの力が必要だった。
 ――話の継ぎ目を狙って、私は声をかけた。
「ああ、少しいいかな? その自殺の原因なら、ある程度は知っているん
 だが」
「え、ホンマですか!?」
「ああ……私が毎年この時期をここで過ごしているのは言ったと思うが、
 それもその自殺に関わりのあることを調べるためでね」
 いつの間にか日が翳って、堂内は薄暗くなっていた。私は立ち上がって、
本堂の奥に立っている等身大の仏像の足下にある燭台にロウソクを立て、火
を灯した。赤い光の中に、不安そうな、また緊張したような若者たちの顔が
照らし出された。
 まるで怪談話だな――私は苦笑した。ある意味では、これも怪談話と言え
ないこともないのだろうが。
「事の起こりは第二次世界大戦の前――もう六十年くらい昔の話だ。この寺
 は見てのとおり小さな寺だが、その頃は住職が一人住んでいた。名前は
 忘れてしまったが、たしか当時二十歳過ぎくらいだっただろうか。彼には
 近くの漁村の出身で、その村に親友がいた――そら、ここの岬の入り口に
 あったあの村だよ。君たちもここに来る途中で通っただろうが、当時も
 あの村は、今と同じように老人ばかりの村だった。そこにいた若者は、
 住職自身を除けば、その親友とあと一人、若い娘がいるだけだった。
 そして――住職とその親友は、揃ってその娘に惚れていた」
「ふむ。恋に敗れて死んだ、ということですかな? 嘆かわしい……三次元
 の女にうつつを抜かしたあげく死を選ぶとは!」
「いや、そうじゃない。恋に敗れてと言うなら、誰も勝った者はいなかった。
 というのも、住職を最後に、三人全てが行方不明か死んでしまったんだ。
 ――ある晩、親友は住職に招かれて寺を訪れた。これは村の人たちも証言
 している。だが、翌朝になっても親友は帰ってこなかった。その晩を最後
 に、親友は神隠しに遭ったかのように消えてしまい、二度と姿を見せる
 ことはなかった」
「……横溝正史みたいですね……」
「でもそれって、どう考えても、そのお坊さんが怪しいんじゃないですか?」
「ああ、だから警察が来て色々と捜査したらしい。ところが、その親友の
 死体がどこからも見つからなかったんだそうだ。見てのとおりこの寺は
 三方を海に囲まれているが、この辺りの海は遠浅で、死体を投げ込んでも
 沖にまで流される可能性はない。寺はこの有様だから隠すところもないし、
 周囲を調べても何かを埋めた痕跡は見つからなかったそうだ」
「車か何かで遠くまで運んだゆー可能性は?」
「当時、この寺どころか、漁村にも車を持っている人なんていなかったよ。
 それに、その晩は夜通し網の繕いをしていたという婆さんがいてね。彼女
 は誰も村を通らなかったと証言した。あの村を避けて岬から出るのは、
 不可能とは言わないが、死体を抱えてとなると難しいだろうね」
「あの、すみません。もちろん、お寺の中も徹底的に調べられたんですよね?」
「らしいね。それこそ畳までめくってみるくらいの調査だったらしいが、
 結局死体はどこにも見つからなかった。それで住職は無実ということに
 なったんだが――村の人は信用しなかったらしい。まあ、それも当然なの
 かもしれないが。娘はその一月後に海に身を投げて、そのすぐ後に住職も
 後を追ったそうだ」
 ――語り終えてみると、彼らの顔は一様に沈んだ表情を浮かべていた。
何人かなどは、はっきりと青ざめていると分かる顔色になっていた。
 南が、手巾で眼鏡を拭った。
「陰惨な事件ですね……」
「にゃあ……ち、千紗は今晩寝られそうもないですぅ……」
「……あれ? ちょい待ってや、おっちゃん」
「ん? どうしたね?」
「その話の流れやったら、化けて出んのはその親友とやらの兄ちゃんやない
 と変やないですか? 殺された者が化けて出んのに、殺した方が幽霊に
 なっとるゆうんも納得いかんねやけど」
 私は言った。
「ああ、おそらく住職は成仏していると思う。なぜ坊主の幽霊が出るなどと
 いう噂があるのかは知らないが……」
「じゃあさ、その住職っていう人が本当は何もしてなかったとしたら?
 濡れ衣で自殺したんじゃ、怨みたくもなると思うけど……」
「でも、和樹。それじゃあ、親友の人っていうのはどこに消えたのよ?」
「いや、それは……」
「普通に考えたら、やっぱり殺されたんだろうけど……焼いたとしたって
 跡は残るよねぇ?」
「……そうですね……あ、そう言えば、外国の推理小説で被害者を食べたと
 いう話が……」
「ふみゅううううううううううううっ! そ、そーゆー話はやめてよねっ!」
「……面白いのに……」
「でも、持ち去ることができなかったとしたら、お寺の中にあるはずです
 から……ひょっとしたら、まだあるかもしれませんね」
「牧やんって、ときどき素で怖いこと言うなぁ……」
 彼らが口々に言ったことは、どれも私が一度は考えたことのあるもの
ばかりだった。そう、持ち出せたはずがないのなら、この寺のどこかに
まだ遺体は残っているはずなのだ。六十年という時間は肉を腐らせるには
十分だが、骨まで腐るには短いだろう。その骨だけでも、私は見つけた
かった。
 だが、彼らもやはり助けにはならなかった――私がそう諦めかけたとき、
彩が言った。
「……探して、みませんか……?」
「え?」
「ですから、その遺体を……私たちで見つけられたら、次の本のいい参考に
 なると思うんですけど……」
 彩が言い終えたとたん、悲鳴が二つ上がった。
「にゃああああああああああああああっ!? ち、ちちち千紗は同人誌を
 描く人じゃないですから、遠慮しますですぅ!」
「ふみゅうううううううううううううっ!? あ、あたしもちょーてんさい
 だから今さらそんなことする必要ないんだもんっ! 絶対にそんなこと
 しないしないしないんだからーっ!」
「んー……せやなぁ、」
 と由宇は指を鳴らした。
「たしかにネタとしては面白いし、運良く幽霊にでも出くわせたら芸の
 肥やしとしては最高やしな――よっしゃ、ウチは乗ったで、その話!」
「たしかにこのような面白い話を見逃したとあっては、吾輩の名がすたると
 いうもの……ゆこうではないか、まい同志アーンドまいしすたー!」
「げ……俺もかよ」
「なんであたしもーっ!?」
「にゃはは、じゃあワタシも行こーっと」
「私は、千紗ちゃんと詠美ちゃんといっしょに残ってますね。モモちゃんは
 どうします?」
「え、あ、あの……わたしも、怖いのはちょっと……」
「……ということは、私も含めて七人か」
 と、私は腰を上げた。
「では、ロウソクを用意した方がいいな」
「……それなら、いいものがあります……」
 と言うなり、彩は大きなカバン――女の荷物は大きくなると聞くが、それ
にしても異様に巨大だと私には見えた――を探り始めた。程なくして抜き
取られた手には、大振りの木製の首飾りのような物が乗っていた。
「これをどうぞ……灯りになります……」
「これが?」
 私は、それをしげしげと見つめた。表面に幾何学模様が彫り込まれている
他は、何の変哲もない木の塊だ。首から下げるにはやや大きいように思えた
が、仮に火を点けたとしても、大した時間は保たないだろう。
 彩はそれをつまみ上げると、その両端を指で押さえて左右に捻った。と、
驚いたことに、その首飾りは中程から綺麗に二つに割れたのだ。そして中
には、豆電球が埋め込まれていた。
「ペンライトになっています……まだ真っ暗ではありませんから、多分これ
 で大丈夫だと思います……」
「……なるほど。継ぎ目は、模様で隠してあったのか」
 だが、割れるということを知っていなければ、とてもそこに継ぎ目がある
とは気づかなかっただろう。私は少なからず感心したが、それと同時に、何
か引っかかるものも感じていた。
 が、悩んでいるような場合ではなかったし、その時間もなかった。私たち
は二手に別れると、私、由宇、玲子の三人は寺の中を、残る四人は寺の外を
調べに出かけたのだった。
 ――その最中の細々した作業を並べ立てて、読者の方々を退屈させるよう
な愚はすまい。ただ一つ言えることがあるとすれば、私は二人の助っ人を
得たにも関わらず、いつもと同じように何も見つけることができなかったと
いうことだけだった。