独明寺の怪(後編) 投稿者:ギャラ 投稿日:6月23日(土)00時59分


 結局、我々が幾らかのクモの巣だけを戦果に本堂に戻ったのは、それから
二時間ほど経ってからのことだった。その頃には、私は落胆と失望とで疲れ
きっていた。
 ところが、本堂に帰ってみると、そこは何やら妙な緊張感に溢れていた。
「あ、お、おかえりなさい……」
 モモのねぎらいの言葉に、私たち三人は口々に愚痴混じりの返事を返した。
だが、本堂に残った面々と先に帰ったらしい四人は、何かに集中している
らしく、私たちが帰ったことにも気づいていないように見えた。彼らは本堂
の奥に座り込んで、何かを見つめていた。近づいてみれば、それはさっき彩
が取り出した首飾りだった。
「何かあったのか?」
 と私は訊ねた。
「え……あ、帰ってこられたんですね……」
「ああ、今帰ったばかりだ。ところで、様子がおかしいようだが、何か
 あったのかね?」
「……実は、これなんですが……」
 と言いながら、彩は別れていた首飾りを、元通り一つに組み直してみせた。
「こうすると、見ただけでは割れるって分かりませんよね……?」
「ああ、そうだろうね」
 頷きはしたものの、私には彩が何を言いたいのかまるで分からなかった。
「……それで、モモちゃんが思い出したんですけど……」
「ああ?」
「……昔の仏像には、一本の木から削り出して作る他にも、各部をばらばら
 に作って後で組み立てるものがあった、って……」
 ――それを聞いたときの私の感情を言葉で表すことはできそうにない。
それでも私の乏しい語彙の中からなんとかひねり出すとすれば、まさにそれ
は、金槌で頭をぶん殴られたような――いや、こう言った方がいいだろうか
――後ろから不意に首を絞められたような、衝撃だった。
 ぎょっとして振り返った私の前で、モモはしどろもどろに説明を始めた。
「あ、あの……昔、そんなことを学校の授業で聞いたような気がして……
 は、はっきりは覚えてないんですけど、鎌倉時代なんかに、そんな仏像が
 いくつも、あった、って……」
 だが、私はその言葉を半分も聞いていなかった。
 ――そうだ。畳を剥がし壁に穴を開ける勢いで調査に当たった警官たちが、
戦前のまだ信心深かった時代のせいで、壊すのをためらったに違いない隠し
場所。まさか住職の地位にある者が、死体をそんな所に隠すとは誰も想像
しなかったであろう場所。昔の職人の技術は、時として現代よりも進んで
いたとも云う。完全に密閉されて臭いは漏れず――それどころか、そこに
継ぎ目があることなど、誰も気づかなかっただろう場所。
 私は呆然と呟いた。
「そうだ……たしか、この寺は鎌倉時代の発祥だと聞いたことがある……」
「……もし親友の人と女の人が結婚の約束をしていたらとしたら……住職
 さんがかっとなっても不思議はありません……そうなったら、手近に隠す
 のが人情ではないでしょうか……?」
 後ろで彩がそう言った。だが、私は答えなかった。
 ――私には、そのとき全てが分かっていたのだから。



 ――結局、仏像の継ぎ目を探してこじ開けたのは、翌朝のことであった。
千紗や詠美がひどく脅えて反対したからだ。私もそれに賛成した。これまで
長く待っていたのだ。今さら一晩や二晩遅れたところで、どうということも
なかった。求めているものがそこにあることは、私には分かっていたのだ
から。万が一にも間違っている可能性などないと、私は悟っていた。
「……成仏しいや」
 死体を埋めた所に向かって手を合わせて、由宇が言った。
 仏像の中から出てきた死体は、不思議なことに、六十年も経っているにも
関わらず、腐敗のしるしはまったく見られなかった。「外気と遮断されて
いたせいで、屍蝋化したのかもしれませんね……」と彩が呟いていたのが
印象的だった。もしそうだとすれば、それは即身成仏と同じようなもので、
住職にとってはひどく皮肉な結末だったのかもしれなかった。死体の頸には
絞められた跡があり、住職が加害者であったことは疑う余地もなかった。
「でも、勝手に埋めちゃってよかったのかな……?」
 と瑞希が不安そうな顔を見せた。
「もう何十年も前のことだし……多分、この人も騒がれるよりはこっちの方
 が喜んでくれると思いますよ」
「そう、ですね……」
 南とモモが、しみじみと頷きあった。
「ああ。これで、成仏できるだろう――君たちには、本当に感謝している」
「いや、別に俺たちは何も……」
 と和樹が言いかけたが、私はそれを強引に遮った。
「いや、君たちがいなければ、私は今年も見つけることはできなかった。
 全て、君たちのおかげだ。何かお礼ができればよかったのだが……」
「別に気にせんでええですって。ウチらも好きでやったことですわ……まあ、
 幽霊に会えんかったんは残念ですけど」
 冗談めかして由宇は言った。
「せや! おっちゃん、オカルト雑誌の記者かなんかやったら、他に幽霊の
 出そうなトコとか教えてくれます? それでお礼はチャラ、ゆーことで」
 私は首を振った。
「いや、すまない……そういうことには詳しくなくてね。だが、それなら
 少しは恩返しもできたのかな?」
「へ? それはどういう……?」
「なに――幽霊に会いたかったんだろう? 坊主でなくてすまないが……」
 そう言うと同時に、私は自分の存在が薄れていくのを感じた。目の前の
景色がぼやけ、代わって何か柔らかく温かい光が周囲に満ちていくのを
感じる。意識が光の中に溶け去る最後の一瞬、私は、いくつもの悲鳴が同時
に上がるのを聞いたような気がした。



 ――これが私のこの夏の体験であり、そして同時に、独明寺で起こった
最後の幽霊騒動の顛末である。
 幽霊は実在するのだ。なぜなら、私自身がそう言っているのだから。




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