痕拾遺録 第六話「鬼が散り逝き」 投稿者:ギャラ
 丸い、月だった。
 ふと思う。
 月の光は人を狂わせる――この星ではそう伝えられている。
 ならば。
 エルクゥも、やはり狂うのだろうか。
 月の光を浴びたがゆえに――エディフェルは狂い、リネットは裏切りを犯したのだろうか。
 だとすれば――哀しすぎる。

「……時間だ」

 ”朱”の声に、”灰”は意識を現実へと立ち戻らせた。
 灰自身の感覚……狩猟者として生まれ持った体内時計も、その事を告げていた。
 灰は物も言わないままに、手に持った棒……筒を肩に乗せ、狙いをつけた。


 そして、血の宴の開幕を告げる狼煙が上げられる。
 狼煙は、一発の銃弾の姿をしていた。


     痕拾遺録 第六話「鬼が散り逝き」


 轟音が響く。
 エルクゥ達の使う銃である。狩猟用ではなく、対同族用……戦争用に造られたそれは、地球で
いうところの対戦車ライフルにも匹敵する威力を持っている。
 灰の放った銃弾は、柏木邸の表門に大穴を穿っていた。
 屋敷から出てくる者がいないか注意しつつ、二弾目を放つ。
 門柱が弾け飛び、表門自体が崩れそうになる。
「グオオオオオオオッ!」
 狩猟形態へと変じた朱が、雄叫びを上げて飛び出した。
 巨大な体躯が闇を駆け、瞬き一つほどの間に、通りの向こうに見える屋敷の中へと姿を消す。
 今だ、同族の反応は感じられない。
 気配を隠して潜んでいるのか、それとも既に抜け出しているのか。
 それを確かめる事こそが、彼ら二人の仕事であった。
 朱が屋敷に姿を消してから、たっぷり一呼吸分の間を開けて、灰も隠れ場所である公園の
樹から飛び降りた。そのまま、ゆっくりとした歩調で歩んでいく。
 ――機械になれ。
 そう、自分に呟いた。
 それが、レザムにとって最善の道であると信じるがゆえに。
 柏木邸へと向かう灰の横顔には、およそ感情というものが欠落していた。


 灰が屋敷の前に着いた時。
「「ウオオオオオオオッ!」」
 雄叫びが轟いた。
 それも、二つ。
 同時に、同族の気配が二つ膨れ上がり――僅かの時を置いて、一つが消えた。
 ――死んだか。
 心中で呟くと、灰は抱えていた銃を構え直して、屋敷の中へと踏み入っていった。


 目当ての場所は、すぐに分かった。
 屋敷の中で、最も血臭の濃い場所。
 その居間では、一人の男が、壁際で何かに腕を叩きつけていた。
 男の、服すら纏っていない身体は紅い液体でべっとりと汚れ、人間離れした印象を見る者に
与えていた。
 灰が居間に入って来るのに気付いたか、男が顔を上げる。
 見覚えのある顔であった。
 一昨日の晩、マンションの一室で出会った男。朱の片腕を切り落とした男。
 柳川祐也。
 灰の視線が柳川からずれ、もう一つの見覚えのある物に移った。
 そう。それは、「物」であった。
 死体……いや、肉塊と呼んだ方が近いか。
 親兄弟でさえ見分け難いであろうそれは、しかし、灰には明らかに見覚えがあった。
 それが、先刻まで共にいた相手だから……というだけではない。
 既視感に襲われる。
 同じく、一昨日の晩。朱が「造った」物。
 貴之のなれの果てに、その肉塊はよく似ていた。
 こちらの顔を認めたらしい柳川の目に、歓喜の炎が灯る。
「……二人目、か。今夜は運がいい……」
 唇の端が吊り上がる。
「お前も、貴之と同じにしてやろう……」
 瞬間、灰の指は、反射的に銃爪を引き絞っていた。
 轟音が響き、居間の襖が吹き飛ぶ。
 だが、そこに柳川は居ない。
 一瞬速く身体を翻すと、既に次の間に飛び込んでいた。


 ――冗談ではない。
 灰の心の何処かが、恐怖に悲鳴を上げていた。
 ――あれが、ニンゲンなどであるものか。
 そう。
 あの男は、ニンゲンではない。
 そして、エルクゥでもない。
 ――あれこそが、鬼か。
 復讐というただ一つの想いのために全てを捨て去った、鬼。


 だが、灰は、その恐怖を心の奥底に無理矢理封じ込んだ。
 ――機械になれ。
 再び、呟く。
 ――あれが鬼ならば、こちらは機械だ。
 エルクゥとしての性……殺戮衝動を抑えるために、感情を捨て去った機械。
 ニンゲンを捨てた鬼と、エルクゥを捨てた機械。
 ――ならば、互角だ。
 静かに、己に言い聞かせる。
 心は既に落ち着いていた。
「死留めて、くれる……」
 銃をしっかりと構え直し、柳川の後を追うために歩き出した。


 床に血で足跡が着いているため、追跡は楽だった。
 血の臭いからして、柳川の身体を濡らしているのは返り血だけではない。
 おそらくは、柳川自身も深手を負っていよう。
 やがて、血の足跡は一つの部屋へと消えていた。
 さして大きくもない部屋だ。
 何の部屋なのか、中から奇妙な臭いが漂っている。
 部屋の前まで来て、気配を探る。
 ――いた。
 隠れるつもりもないのか、明らかな同族の気配が部屋の中から感じられた。
 扉を蹴り破って、部屋の中に飛び込む。
 柳川の姿を認めるが早いか、灰は銃爪を引いていた。
 柳川の唇が、笑みの形に吊り上がったままだという事に気づかずに。


 ……灰は、罠にかかっていた。
 だが、その事を責めるのは酷であろう。
 彼には、気付くはずのない罠であったから。
 リズエルが……千鶴が柳川に教えた罠は、エルクゥには気付くはずのない罠であったから。
 理由は一つ。
 ――レザムには、ガスが存在しなかったのだ。


 銃爪を引いた瞬間、銃そのものが炸裂した。
 爆発が右腕を奪い、部屋中を覆った炎が全身を焼く。
「ぎゃあああああああっ!?」
 自分が上げた悲鳴が、まるで他人のもののように空々しく聞こえ。
 灰の意識は、暗い闇の中へと落ちていった。


「ぐ……ごほごほっ!」
 呻き声をあげようとして、喉の痛みに咳き込んだ。
 その痛みと音が意識を呼び戻す。
 意識を失っていたのは、せいぜい数秒の事であるらしかった。
 霞む視界に、黒焦げになった部屋の様子が映る。
 そして、自分の前に立つ柳川の姿も。
 非道い、姿だった。
 左の肩口から腹にかけて、深い裂傷がある。炎のせいで全身が焼け爛れ、立つのもやっとに
見えた。
 ――長くはない。
 一目で、そうと分かる有様であった。
「……一つ、聞かせろ」
 喉も焼かれたのか、ひどく聞き取りにくい声だった。
 声を出すのも苦しく、無言で頷く。
 それが見えているのかどうか、柳川は言葉を続けた。
「鬼は、生まれ変わるそうだな……なら、オレはまたあいつに会えるのか……?」
 ――あいつ?
 灰には、「あいつ」が誰なのか分からなかった。
 しかし、柳川の声には「何か」が込められていて。
 その「何か」が、灰に首を縦に振らせていた。
 にやり……いや、にこりと、柳川が微笑んだ。
 そして、柳川の手が灰の首にかかる。
 ――まあ、いいか。
 柳川は最早助かるまい。自分は、仕事は完遂した。自分は、機械であり続けた。
 穏やかな気分で、灰は目を閉じた。


 ぶつり、と何かを断ち切ったような音が聞こえた。
 ――あっけない音だ。
 それが、灰の最期の思考になった。

===

ギ「というわけで、前の話を覚えている方がいなさそーな気がしているギャラで
  ございます」
柳川「……前の話から、どれだけ間を開ければ気が済むんだ、貴様は?」
ギ「う……いやその」
柳川「おまけに、「少しはペースが上がるかも」とか言っていたような気がするが?
   ――一か月も前に」
ギ「う……」
柳川「阿呆」
ギ「ぐ……」
柳川「無能」
ギ「く……」
柳川「死んで詫びろ」
ギ「え……うぎゃああああああああああああっ!」
柳川「ふん……詰まらん炎だ」

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えー、ここからは感想でございます。
例によって例の如く、最近のものだけですがご勘弁を。

<正調・幻相奇譚:第3話&第4話&第5話> ARM(1475)さま
 話の途中ということで一言だけですが。
 浩之の心の動きがとても気になります。自分の心に、二人の関係にどんな答えを出すのか……
あと二、三話だそうですので、首を長くして待たせていただきます(^^)

<贈り物はVサイン> T-star-reverseさま
 葵ちゃんがとても生き生きしてますね。
 実に葵ちゃんらしい葵ちゃん(妙な言い方ですが……)だと想いました。最後のVサインも
可愛いですし(^^)

<初投稿にて誕生日SS> ディアルトさま
 詩、になるのでしょうか。葵ちゃんへの愛、確かに感じさせていただきました(笑)

<社会と会社と部長と私> MIOさま
 み、みずピー……しっかりすれ(笑)
 相変わらずのノリ、堪能させていただきました(笑)

<正体> R/Dさま
 かくして深まる源二郎の謎(笑)
 タイムスリップには意表をつかれましたわ(笑)

<たっちゃんとゆうくんDX> M10さま
 ぶっ壊れた三人娘のボケっぷりが笑えました(笑)
 実際、(検閲削除)とかのコントよりおもしろ……げふげふっ。

<1kgの純真> 久々野彰さま
 えーと、妄想モードに入るまでは立派に琴音ちゃんしてたと思います。
 その後は……琴音ちゃんの壊れっぷりがいっそ見事なほどでした(笑)
 きっとお父さんは天国で泣いてるぞ、琴音ちゃん(笑)(<死んでないって)

<:『To heart』PC版>PS版差分 2(琴音篇)> takatakaさま
 なんと見事なプラス思考(笑)
 こういうネタで来るとは……軍服来た琴音ちゃんを想像するとハマりすぎで
大笑いしてしまいました(笑)

<灰色の“痕”   番外編     梓   ― 生きてく強さ ―> 葉岡斗織さま
 う……すいません、メール無精なもので……読んでらっしゃることを祈りつつ……
 で、感想ですが……この梓、可愛すぎます〜(足腰へなへな)
 タイトルからシリアスだったりダークだったりするのかと思いましたが……あまりの
可愛さにほのぼのして、脳味噌がとろけそうですわ(^^)


 最後になりましたが、takatakaさま、久々野さま、ピナレロさま、sphereさま、
感想ありがとうございました。急いで書いたもので練り込み不足は自覚して
いましたが、指摘されて初めて気づいた点もあり、勉強になりました。
……それ以上に、やっぱり感想いただけると嬉しいですし(^^)