特別な日 投稿者:ギャラ
 クリスマスは、特別な日。
 そして、今年のクリスマスは特別なクリスマス。
 だって……





「じゃ、お留守番よろしくね、あかり」
「うん。楽しんできてね」
 12月24日、朝。
 あかりの両親は、夫婦水入らずで旅行に出かけることになっていた。
「あ、そうだ。はい、ちょっと早いけどクリスマスプレゼント」
「え……」
 そう言って手渡された物を見て、あかりの顔が真っ赤になった。
「まあ、早く孫の顔を見せたいって言うんなら、無理にとは言わないけど」
「お母さん!」
 あかりが投げつけたゴム製品をかわして、にょほほと妙な笑い方をする母。
「じゃ、いってきまーす。頑張ってね〜」
 そう言い残して、両親はさっさと出ていってしまった。
 後には、まだ顔を真っ赤にしたままのあかりだけが残されていた。
「もう……!」
 むくれるあかり。
 そのまま、閉まったままのドアをしばらく見つめていたが、台所からチーンと音が聞こえて、
ぱたぱたと駆け戻った。
 鍋つかみを取ってオーブンを開け、狐色に焼き上がったスポンジを見て笑みを漏らす。
「浩之ちゃん、喜んでくれるかな……?」



「おはよう、志保」
「おはよ、あかり。ついでにヒロも」
「おい。ついでってのは何だよ、ついでってのは」
「分かんないの? オマケってことよ、オ・マ・ケ」
 それを契機に、悪口の応酬が始まった。そして、それをあかりが宥める。
 いつもどおりの、他愛もないじゃれ合い。
 そんな風にしているうちに、学校に着いていた。
「ね、志保。今晩、ウチでクリスマスパーティーしない? いつもどおり、雅史ちゃんも誘って」
「あ、ごめん。あたし、今年はパス」
「ん? 珍しいな、お前がお祭り騒ぎに出ないなんて」
 志保は、肩をすくめてみせた。
「ま、今年はね。運良く、クリスマスリサイタルのチケットが手に入っちゃったのよね〜」
「そうなんだ……」
 あかりが残念そうに俯いた。
「それじゃ、俺とあかりと雅史の3人か……」
「あ、雅史も無理だと思うわよ。クラブの方でパーティーがあるとか言ってたから」
「へ? じゃあ、俺とあかりの2人だけか」
「あ、そ、そうだね……」
 2人だけ、と聞いてあかりの頬に朱がさす。
 自分の教室に向かう志保が、すれ違いざまに肩を叩いて、小さく囁いた。
「せっかく2人きりなんだから、しっかりやりなさいよ」
 あかりの顔が、今度こそ傍目にも分かるくらい真っ赤になる。
 そんなあかりを見て、浩之は首を傾げた。



 この日は、終業式だけで学校は終わった。
 何処に遊びに行くだの、何時に集合だのといった話で騒がしい教室をさっさと後にして、浩之は1人
帰路についていた。
 あかりは、少し買い物をしてから帰るらしく、一緒ではなかった。
 結局、志保の言ったとおり雅史も予定があるらしく、今日はあかりと2人のクリスマスパーティー
となりそうだった。
 浩之は知らない。志保が、何の予定もない事を。そして、サッカー部のパーティーなどない事を。
「しゃーねーとは言え……ちと寂しいかもな」
 そんな事を考えながら歩いていると、誰かに袖を引っ張られた。
「……」
「お、先輩。どうしたの?」
 芹香は、黙ったまま1通の封筒を差し出した。
「何、これ? 俺に?」
「……」(こくん)
「ふーん……開けていい?」
「……」(こくん)
 手紙用の茶封筒ではなく、綺麗に飾られた封筒を開けると、招待状と飾り文字で書かれた紙が
2枚出てきた。
「えーと……クリスマスパーティーの招待状? ……え? 俺とあかりの分?」
「……」(こくん)
「丁度よかった。ああ、もちろん行くよ。ありがとな、先輩」
「……」
「ははは、そんな事言われなくても、そんな形式ばった服なんか最初から持ってないって。
 ああ、じゃ、また夜に」
 ひらひらと手を振って去っていく浩之を見ながら、芹香は申し訳なさそうに視線を落とした。
自分を責めるような悲しげな表情で、かすかに唇を振るわせる。けれど、その謝罪を聞くべき
少女は、ここにはいなかった。



「え、来栖川先輩のクリスマスパーティー?」
「ああ、お前もいくだろ? やっぱりこういうのは大勢の方が楽しいもんな」
「う、うん……そうだね」
 そう言いながらも、あかりの表情は晴れない。
 それを浩之が心配そうに見ているのに気がついて、あかりはにっこりと微笑んでみせた。
「やっぱり、2人だけじゃ寂しいもんね」
 目が涙で潤んでいることに気づかれないように、出来るだけ明るく。





 クリスマスは、特別な日。
 そして、今年のクリスマスは特別なクリスマス。
 だって……





「ただいま、くまちゃん」
 あかりは、自室に戻ると、くまのぬいぐるみを抱き上げた。
 そのまま、着飾った服がくしゃくしゃになるのもかまわず、ベッドに倒れこむ。
「今日ね、クリスマスパーティーに行ってきたんだよ」
 話しかけながら、ぬいぐるみの頭をそっと撫でる。
 昔、浩之からもらった、大切なぬいぐるみを。
「いっぱい人がいてね、ごちそうも色々あってね、楽しかったんだよ。2人っきりじゃ、
 こうはいかないよね」
 そう、楽しかった。
 賑やかな会場で、色んな人と話して……
 なのに。
「た、たのし……かったの……ほんとだよ……ほんとに、たのし……」
 目の前のぬいぐるみの姿が、ぼやけていく。
 何故か、涙があふれていた。
 何故か、涙が止まらなかった。
 楽しかったのに。
 楽しかったはずなのに。
 何故か、悲しくて悲しくて仕方がなかった。
「……浩之ちゃん……」



 ぴんぽーん。
「ん……」
 ぴんぽーん。
「ん……はーい……」
 25日、朝。
 あかりは、来客を告げるチャイムの音で、目を醒ました。
 何か違和感を感じてもぞもぞと動き、自分がパジャマではなく、昨日パーティーに行った時の
ままの服装であることに気がついた。
「あ、そうか……あのまま寝ちゃったんだ……」
 ぴんぽーん。
「はーい」
 再び鳴ったチャイムに返事を返して、あかりは玄関へと歩いていった。

「よ、あかり……って、どうしたんだ、お前?」
 ドアを開けると、浩之が驚いたような様子を見せた。
「どうした……って?」
 まだ少しぼーっとしている頭を振りながら問い返す。
「いや、服はしわだらけだし、頭は寝癖ついてるし……まだ寝てたのか? もう昼前だぜ?」
「あ、うん……昨日は遅かったから」
「そういやそうか。夜中まで続いたもんな、昨日のパーティー」
 パーティー、という言葉に胸が痛んだ。
「それで、どうしたの?」
「あ、そーだそーだ。早く着替えろ、あかり。遊びに行くぞ」
「え……何処に?」
 そう聞くと、浩之は照れくさそうに鼻の頭をかいて、
「まあ、その、クリスマスだしな。2人でデートして、それからメシでも食いに行こうかと……」
「え……」
 あかりが目を丸くする。
 その時になって、あかりはようやく気がついた。浩之がいつもより少しばかり気取った服装を
していることに。
「本当なら、昨日行けたらよかったんだろうけど……レストランの予約が取れなくてな」
「……浩之ちゃん」
 あかりの目から、涙がこぼれ落ちる。
「ど、どうした、あかり? あ、ひょっとして、嫌だったのか?」
「ううん……そんな事ないよ」
 あかりはそっと首を振った。
 そして、にっこりと微笑んでみせた。
 涙を隠そうとはせず、それでも明るく。満面の笑みを。
「浩之ちゃん……大好き!」





 クリスマスは、特別な日。
 そして、今年のクリスマスは特別なクリスマス。
 だって……

 あなたと、2人でいられるから。

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どもども、ご無沙汰しておりましたギャラでございます。

クリスマスSS、なんとか間に合いました。……いや、一応、本来のクリスマスは25日ですし(笑)

バイト、学校ともに一段落ついて、少しは書き込むペースをあげられれば、と思って
おります。いや、実際にあがるかどうかは分かりませんが。

痕拾遺録の方は、冬休み中には続きが書けるかと思いますので、もうしばらくお待ちください。
いや、待っている方がいるかどうかは不明ですが(汗笑)

それでは。