痕拾遺録 第五話「鬼が集いて」 投稿者:ギャラ
 ……貴之。
 貴之が、いた。
 貴之が、笑っていた。
 貴之が、俺を呼んでいた。
 ……どうした、貴之?
 俺が手を伸ばす。
 だが、それは届かない。
 ……柳川さん。助けてよ……
 貴之が、泣く。
 吉川に組み伏せられて。
 俺は手を伸ばす。
 だが、それは届かない。
 ……柳川さん。助けてよ……
 貴之が、泣く。
 吉川が鬼に姿を変える。
 俺は手を伸ばす。
 だが、それは届かない。
 首をなくした貴之には。

 俺は絶叫し、身体を狂ったように暴れさせる。
 ……そのせいで、俺は目を醒ました。



 痕拾遺録 第五話「鬼が集いて」



「日が沈む……」
 山中の崖の上。
 一人の少女が、夕焼けに染まった街並を遠く眺めていた。
「ここにいたんですか」
 背後から、男の声がかかった。
 振り向く少女の目に、一組の男女の姿が映った。
「”白”さま、灰お兄ちゃん……」
「月の出を待って、狩りを始めるんだから、今のうちに休んでおかないと、後が辛いわよ?」
「うん……」
 沈黙。
 俯く少女を、白も灰もそれ以上促そうとはしなかった。
 ただ、黙って待つ。
「……あのね」
「……」
「……話しあいで、何とかできないのかな……」
 少女が、おずおずと二鬼の顔色を窺う。
 だが、そこに少女の期待していたものはなく。
 拒絶。
「無理、ね」
 白の口から、凍てつく程に冷たい言葉が滑り出る。
「……リネットはあたしの獲物……見逃すつもりはないもの」
「うん……」
 分かっていたのだ、そのことは。
 それでも。
「……リズエルさまたちは……」
「そこまでにしておきましょう」
 灰の掌が、少女の口を抑え、続く言葉を遮った。
 穏やかな笑みを浮かべたまま、諭すように、だが冷たく告げる。
「もう、帰りましょう」
 穏やかな笑顔と口調。
 だが、その中に隠された『何か』に抗えず、少女は頷いた。
 目が笑っていない、というわけでもない。
 作り物の笑顔、というわけでもない。
 ……それでも、冷たく、醒めた笑顔だった。
 氷と評するよりも、機械の……歯車の持つ冷たさ。
 それが、少女の感情を躊躇なく跳ね返す。
 少女は、灰についてとぼとぼと歩き出した。
「……リズエル」
 独り残った白が、街を見やって呟いた。
「ニンゲンと共存することはできない……それくらいのこと、分かってたんでしょうに。
 アンタ、いつからそんなに自分勝手になったのよ……」
 答える者のいない問いは、風に流されて散り、何処へともなく消え去った。
 夕暮れの街は、今夜の惨劇を予想しているかのように、血の色に染まっていた。



「……」
 目を醒ました時、柳川は、自分がどこにいるのか把握できなかった。
 紅い、天井。
 紅い、壁。
 紅い、障子。
 ……紅い、和室。
 いや。
 紅いのは、光のせいだ。
 朝焼けか夕日か……それが、部屋を血の色に染めているのだ。
 身を起こそうとして、胸に走る痛みと、それを覆う包帯に気がついた。
「……お目覚めかい?」
 障子に、人影が映った。
 障子をひきあけ、その女が部屋に入ってきた。
 短く切った髪。
 気の強さを表すような吊り目。
 女は柳川の枕元にどっかとばかりに座り込んだ。
「……お前は?」
「柏木梓。自分が殺そうとした相手の名前ぐらい、知っておきなよ」
 その言葉を聞いて、柳川は思いだした。
 ……そうだ。
 ……この女も、柏木の者。……鬼の一族!
 柳川が鬼の力を開放し、身体を起こした。
 ……いや、起こそうとした。
「はい、そこまで」
 顔を掴む一本の手。
 それだけで、柳川の動きは完全に封じられていた。
 ……戦レバ、殺ラレル。
 柳川の中の鬼と、人間としての本能が、二重唱で悲鳴を上げた。
 今の傷ついた身体では、どう足掻いても勝ち目は無い。
 だが、それを成し得ている梓の表情には、どうというほどの変化もない。
 ただ一つ。
 金色に輝く瞳を除いては。
「あんたに話がある」
 柳川の顔を掴んだまま、梓はぶっきらぼうに言った。
「……多分、あんたにも関係のある話だ。その、貴之、っていうのは鬼に狩られたんじゃ
 ない?」
「……」
「もしそうなら……あたし達に、心当たりがある」
 その言葉に、柳川の身体が弛緩した。
 緊張に強張っていた身体が、その束縛から解放される。
 だが。
 安堵ではない。
 脱力でもない。
 その瞳に映るものは。
「……聴かせて、もらおうか」
 復讐の炎。
 鬼としての殺戮欲も、
 人としての保身も、
 何もかも燃やし尽くす、狂気の炎。
 その眼を見、その声を聴いた時、梓は心中で姉に呼びかけた。
(……本当に、こいつを使う気か?)
 狂気に猛る鬼の姿は、剛胆な「アズエル」の肝を冷やすに十分なものであったから。



「梓、大丈夫でしょうか……」
「大丈夫ですよ」
 柏木家の居間には、梓を除く四人が揃っていた。
 梓の身を案じる耕一に、千鶴がやんわりと声をかける。
「それよりも、耕一さん。あなたにお願いがあるのですが……」
「はい?」
 ほんの一瞬の躊躇。千鶴の顔に、苦渋の色が浮かんだ。
 だが、千鶴はすぐに平静に戻る。
「今夜の戦い、あなたにも参加していただきます……」
 氷のような、平静な表情に。
「……姉さん!」
「そんな……」
 楓と初音が絶句した。
 まだ鬼の力に目覚めていない耕一を、エルクゥたちの前に出すことがどれほど危険か、
彼女たちにも分かっているのだ。
 声にならない非難が、心を抉る。
 それでも。
 千鶴は、目を逸らすことはなかった。
「……よろしいですね?」
 問いかける千鶴を見る耕一の目は、不思議なほどに冷静で。
「……俺は、人間です」
 ただ、それだけを口にした。
「分かっています。それでも、あなたは戦力になるかもしれません」
「……そういうことなら、参加しますよ」
 千鶴と耕一の会話は、それで終わった。
 端で見ている楓と初音には信じられないほど、淡々と。
 千鶴が立ちあがった。
 振り向くことなく、居間を出ていく。
 ……それが、一人で泣くためだと思うのは、勝手な感傷なのかもしれない。
 分かってはいたが。
 それでも、楓は、そう信じたいと思った。


 時を同じくして。
 ヨークの一室。
「くふふふふ……死ぬ、死ぬ、血が満ちる……命の炎が、ぱっと散る、時の想いが、
 ぱっと散る……」
 壊れた瞳が、宙を彷徨う。
 ”黒”の名を持つ鬼が、愛しげに呟きながらゆらゆらと揺れていた。
「……リネットの居場所は確認できた」
 九つの影の一つ。
 ”白”が憎悪を込めてその名を口にした。
「裏切り者、リネット……」
 ”紫”の声にも、怒りが露わになっている。
「そして、狂鬼エディフェル……」
 ”藍”が吐き捨てるように呟いた。
「狂うも一興……讃えて殺すがよかろうて」
 ”蒼”が、くつくつと笑う。
「……俺は、こないだの野郎を狩っていいんだな……」
 片腕の”朱”が狩猟者の笑みを浮かべた。
「お好きなように。どうやら、ダリエリ殿とは関わりないようですもの」
 ”碧”の声には、命の重みなど欠片ほども感じられない。
「……」
 ”桃”の表情は、鬼の中にあって唯一、冴えない。
「合理的にいきましょうよ、合理的にね」
 ”灰”が気楽に……けれど何処か演技じみた、不自然な気楽さで言う。
「……ともかく」
 ”白”の声が、その場の空気を引き締めるように、
「今夜、全てが決まる……油断できる相手じゃないこと、肝に命じておきなさい」
 強い意志を込め、静かに響いた。



「……そう」
 千鶴が、真っ赤に充血した目で呟く。

「全ては……」
 ”白”が己に言い聞かせるかのように、言葉を漏らす。

『今夜、決まる……』


===

ギ「とゆーわけで、痕拾遺録第五話でございます。時間と労力はかけてみましたが、出来
  具合は如何なものでしょうか?」
碧「とりあえず、『梓が梓じゃない!』というツッコミはご遠慮くださいまし(苦笑)
  本人も自覚はしているようですので……」
ギ「なんで梓ってこんなに難しいんでしょう……(涙)」
碧「まあ、暗い話はこのくらいにしておきまして……次回予告などしてみましょう」


 次回予告!

 九対六の数の暴力の前に、追いつめられる柏木一族!
 だが、その時、千鶴の真の力が覚醒した! 金色に輝く超レザム人3と化した千鶴の
最強奥義が炸裂する!!

 千鶴「オラに、みんなの偽善をちょびっとだけ分けてくれ!」

 次回!「必殺! ギゼン玉!!」にレディィィィィィィィ……


碧「阿呆ですか、貴方はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」(どぐわしゃあっ!)
ギ「ああああああああっ!? 頭が割れるように痛いぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
碧「割れてます」
ギ「首も折れるほどに痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
碧「折れてます」
ギ「全身が死ぬほど痛いぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!?」
碧「死んでます」
ギ「…………」(がくっ)

 へんじがない。ただのしかばねのようだ。

碧「……生ゴミの日で助かりましたわね」

#なお、次回予告は多分嘘です。いや、実を言うと予告どおりのストーリーにも割と心惹かれて
 たりしますが(笑)
 もし次回で超レザム人とか出てたら笑ってやってください(おい)


 それでは。