痕拾遺録 第三話「鬼が出会いて」 投稿者:ギャラ
「お兄ちゃぁぁぁぁぁんっ!!」
 初音の絶叫が夜の闇に響きわたる。
 その声を聞きながら、耕一の身体はゆっくりと倒れ・・・
 ずざっ。
 きわどい所で耐え残った。
 腹の傷からは血が絶え間なく滴っているが、まだ致命傷ではない。
 まだ、戦える。
 まだ、盾になれる。
 まだ・・・俺は立っている。
「大丈夫・・・大丈夫だよ、初音ちゃん」
 苦しい息の下から、無理矢理につくった笑みを向けた。
 初音が泣きながら、いやいやをするように首を振っているが、強引に押し戻す。少しでも
あの鬼から離れるように。
「無論。・・・これで倒れられては死合を楽しめぬゆえ、加減いたした」
 ”紫”とか名乗った鬼の女が、笑みを浮かべて言った。
 狂人・・・いや狂鬼の笑みだ。
 耕一は、心の底からそう思った。


 痕拾遺録 第三話「鬼が出会いて」


「さて。そろそろ、貴殿の力を見せていただきたい」
 ちゃきっ、と”紫”は刀を構えなおした。
 すぐにも始まるであろう、鬼形態への変化・・・そして、それによる神速の攻撃に備え、
全身の神経を張りつめさせる。
 恐怖と歓喜、緊張と興奮の入り交じった、心地よい時間が流れる。
 ・・・だが、男は変身の素振りすら見せなかった。
 男はリネットを庇うように仁王立ちになったまま、荒い息をついている。
 その目には、強い闘志が宿っている。
 だが、それだけだった。
「・・・何故、姿を変えられぬ?」
 エルクゥの男ならば、ほとんどの者が鬼形態へ変化できるはず。
 それをしないということは・・・我を甘く見ているのか?
 ならば、容赦はしない。
 心の底から、憤怒がわき上がってくる。
 我が誇りを傷つけるならば、身体を千に裂き、魂を万に裂き、転生すら能わぬよう殺し
つくしてくれよう・・・
 怒りに視界が紅く染まりかけた、その時。
 ”紫”は奇妙なことに気がついた。
 男の顔に浮かぶ表情。それは、余裕あるものの表情ではなかった。
 圧倒的に不利な状況にあって、死を覚悟して、・・・それでも戦おうとする者の決死の
表情であった。
 ・・・何故だ?
 再び、疑念が膨れあがる。
「・・・何故、鬼に変化なさらぬ?」
 男は答えない。
 否、答える余裕もないのだ。
 追いつめられた動物のように、決死の表情でこちらを睨んでいる。
「貴殿も誇り高き狩猟者であろう! このまま死を待つおつもりか!? エルクゥの誇り
 を失われたか!?」
 怒りの言葉を叩きつける。
 ”紫”にとって、誇りは何よりも尊ぶべきものであった。
 だが、目の前の男からは、狩猟者としての誇りが感じられない。
 獲物としての立場に甘んじてしまっている。
 エルクゥ本来の姿・・・鬼の姿に変化すれば、この立場を逆転させられるかもしれない
というのに。
 疑念と怒りを込めた眼差しの先で、男がようやく口を開いた。
「俺は鬼なんかじゃない・・・俺は人間だ! 俺も初音ちゃんも人間なんだ! 鬼の血だの
 前世だの、勝手なことばかり言うな! 鬼の血を引いてたって、俺たちは人間なんだ!」
「・・・は?」
 ”紫”が間の抜けた声を出した。
 彼女の稟とした雰囲気にはそぐわない声であったが、彼女自身は声を出したことにも気づいて
はいまい。
「お、お兄ちゃ・・・」
「何が狩猟者だ! ただの殺人鬼じゃないか! 俺たちはそんなものじゃない!!」
 男の怒号に、リネットのか細い声がかき消された。
「・・・愚かな」
 男の言葉に、”紫”の疑念は解けた。
 それと同時に、男に哀れみを覚える。
 ・・・自分がニンゲンだなどという妄想に取りつかれてしまっているのだ。この男は。
 そのために、本来の姿に戻ることもかなわないのだろう。
 哀れでならなかった。
 この男も、レザムに生まれて普通の親に育てられていれば、今ごろは星々の海を駆け
めぐり、立派な狩猟者として生きていられただろうに。リネットら皇家四姉妹と関わった
がために、このような妄想を持つことになってしまうとは・・・
「哀れな・・・」
 思わず漏れた言葉に、男が身を硬くするのが分かった。
 死にゆく者への言葉だと思ったのだろう。
 だが、”紫”には、既に殺意はなくなっていた。
 リネットはともかく、この男には罪はない。
 それを、エルクゥとしての誇りすら知らぬまま殺すとは、あまりにも無情ではないか。
せめて一度、己を見つめなおす時間を与えてやりたい。己の持つべき誇りに気づくための
時間を。
 ・・・もし”紫”が、耕一の前世が次郎衛門であることを知っていたら、違った考えを
持っただろう。だが、彼女はそのことに気づかなかった。
「・・・貴殿の名は?」
「・・・柏木耕一」
「そうか。では、耕一殿。今宵は退こう。・・・貴殿には、己が何であるのかをよく考えて
 いただきたい」
「・・・どういうことだ?」
 耕一の顔が、先刻までの”紫”のように、疑念を浮かべた。
 それを無視して彼女は言葉を続ける。
「貴殿がエルクゥとしての誇りに気づかれたなら、我らは貴殿を歓迎する。己がニンゲンで
 あるなどという病んだ思いを捨てられること、お祈りいたす」
 それだけを言って、”紫”は刀を鞘におさめた。
「・・・リネット。命拾いしたな。首を洗って待っておれ」
 最後にリネットに向かって殺気の籠もった一瞥を投げかけ、”紫”は地を蹴った。
 エルクゥの脚力が軽々と身体を宙に持ちあげる。
 二鬼の姿が見えなくなるまで、そう時間はかからなかった。



「姉さん。エルクゥの気配がします」
「本当か!?」
「・・・案内してちょうだい、楓」
 こくり。
 頷く楓に先導され、千鶴、梓、楓の一行は闇の中を歩んでいた。
 月もいつの間にか雲に隠れ、僅かに覗く星の明かりのみが足下を照らしている。
 常人であれば一寸先すらも見通せないような昏い闇。
 だが、エルクゥとしての血はその闇の中ですらも活動を可能にしてくれる。
 ・・・心に闇を持つ代償、といったところかしら?
 千鶴の心に僅かに自嘲めいた笑いが浮かぶ。
「・・・そろそろ、近いはずだけど」
 楓の囁きが、意識を現実に引き戻した。
 水門へと向かう山道から少し外れた森の中。
 ここに、エルクゥの気配があると言う。
 楓の言によれば、「ひどく凶暴で、どこか悲しげな気配」だそうだが・・・
「そこだぁ!」
 ひぉぅっ!
 梓が石を投じた。
 銃弾にも匹敵する速度で飛んだそれは、だが、容易く叩き落とされた。
 金色に光る瞳を持つ影。
 エルクゥに間違いなかった。
「柏木の娘どもか・・・」
 影から声が漏れる。
 その姿がはっきりとした時、千鶴は眉をひそめた。人の姿をとったその男に、見覚えが
あったからだ。
「柳川刑事・・・?」
「え?」
「・・・姉さん、知っている人なの?」
 柳川とはほとんど面識のない梓と楓も不審げな様子になる。
 だが、説明する暇はなかった。
「ちょうどいい! 貴之の仇だぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
 叫び・・・いや、咆吼をあげた柳川の姿が変化する。
 身体が膨れあがり、ねじくれた角が伸び・・・殺気に満ちた鬼の姿が現れる。
「シネェェェェェェェ!!」
 鬼の姿がかき消える。
 そして、一瞬の後。
 どんっ。
「・・・え?・・・う、嘘だ、ろ・・・?」
 自分の胸から生えた爪を見下ろし、呆然と梓が呟いた。
 おそるおそる、血に塗れたそれに触れる。
 だが、それは幻などであるはずもなく・・・
「・・・かはっ」
 口から僅かに血を吐き出し、梓の首が力なく垂れた。
「あ、梓姉さん!」
 楓の悲鳴が響く。
 だが、悲鳴をあげた本人以外に、それを聴いている者はいなかった。
 一瞬にして柳川の後ろに回り込んだ千鶴の爪が閃く。
 柳川の振り向きざまの一撃がその爪を弾き、続く蹴りが千鶴の頭を襲う。
 千鶴はそれをかわし、大きく飛んで距離をとった。
 ・・・と見せかけ、木を蹴って一気に距離を詰める。
「もらった!」
 千鶴の爪が柳川の首に致命的な一撃を与える寸前。
 怒りに燃える千鶴の目が、柳川の目と一瞬交差した。
(・・・これは!?)
 そこにあったのは、復讐への渇望と後悔。
 狩猟の喜びではなく、憎しみと哀しみに彩られた、ひたすらに昏い想い。
 その事実が、千鶴の動きを鈍らせる。
 ほんの一瞬の躊躇い。
 だが、その一瞬の間は、柳川の反撃を許すに十分な時間であった。
 ざしゅぅっ!
 千鶴の爪は柳川の首の皮一枚を裂いたにとどまり、柳川の爪は千鶴の脚に深々と突きたって
いた。
「うああああっっ!!」
 千鶴の悲鳴があがる。
「姉さ・・・!」
「ダマッテイロ!」
「きゃあっ!?」
 助けようと走ってきた楓が、柳川の一喝を受けて倒れた。
 柳川の中で蠢く悲嘆、絶望、憎悪・・・
 それを叩きつけられては、精神感応力の強い楓にはたまったものではなかった。
 どす黒い感情に精神が翻弄され、意識が朦朧としてくる。
 楓は、倒れたまま動くことができなかった。
「オニノナカマドモメ! タカユキノカタキ、オモイシレッ!」
 鬼と化した柳川の目から血の涙が一筋流れた。
 それが、誰に対する、どのような感情によるものなのか自分でも分からないまま・・・
柳川の爪は千鶴に向かって振りおろされた。

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ギ「どもども、ギャラでございます。ようやく第三話をお届けいたしますです、はい」
碧「アシスタントの”いつになったら出番あるんでしょう”碧ですわ。それから、今日は
  もう一人ゲストをお呼びしていますの」
ギ「ほう、誰です?」
碧「では、ゲストさんどーぞ!」
?「当たったら、死ぬよ!」
ギ「へ?」
?「必殺!!」(どげしっ!)
ギ「ほげぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!?」(どんがらがっしゃーん)
碧「というわけで、ゲストの梓さまです・・・って、聞いてませんわね」
ギ「・・・」

  へんじがない。ただのしかばねのようだ。

碧「仕方ありませんわね・・・ここからはわたくしが進めるといたしましょう。
  では、梓さま。どうして突然「必殺」など使われましたの?」
梓「どうしてもこうしても・・・なんでアタシがいきなり刺されなくちゃいけないんだ!
  ギャラのヤツ、ダークは苦手だとか言ってなかったか?」
碧「よく言っていますけれど・・・まあ、節操のない方ですし」
梓「その辺のこと、しっかり聞いておかないと・・・って、あれ?」
碧「しかばねがなくなってますわね。もう黄泉還って逃げたんですのかしら?・・・速い
  ですわねぇ」
梓「チャクラか、あいつは・・・?」
碧「こんな所に書き置きがありますけれど・・・ええと、「実はT野監督のよーに皆殺して
  終わりとゆー終わり方にちょっと魅力を感じる今日この頃ですが(笑)、いちおー
  ダークにはしないつもりです。とりあえず、梓は・・・許して(笑)」だそうですわ」
梓「・・・本気で殺した方がいいような気がしてきたんだけど・・・」
碧「ですけれど、割としぶといですわよ?」
梓「千鶴姉にも協力してもらおうか・・・」
碧「まあ、頑張ってくださいまし。わたくしはその間に感想にいきますから・・・」