痕拾遺録 第二話「鬼がうごいて」 投稿者:ギャラ
「・・・というわけで、柏木家には代々鬼の血が流れているのです」
 感情を殺した千鶴の声が、静寂の中に消えていく。
 ここは、柏木家の居間。
 千鶴が柏木家の秘密について語り終えたところであった。
「・・・それじゃあ、そのエルクゥとかいう連中は、あたし達を狙ってくるってこと・・・?」
 梓の声は震えていた。
 気丈な彼女と言えど、耕一と千鶴の語った話に緊張を隠せないでいるらしい。
 耕一と初音がダリエリ達に会ったこと。
 そのダリエリ達に呼ばれたヨークが、昨夜地上に降りたこと。
 五百年前の次郎衛門とエルクゥ皇家四姉妹の因縁。
 前世の記憶を未だ取り戻していない彼女にとっては、どれも信じられない・・・けれど
何故か信じずにはいられない話であった。
「多分、そうなるわ。彼らにしてみれば、私たち・・・特に耕一さんは、許せない裏切り者
 になるでしょうから・・・」
「そして、私たちだけでは済まない・・・その後は、転生したエルクゥ達によって地球
 全てが・・・」
「みんなを説得することは・・・やっぱり無理かな・・・」
 千鶴、楓、初音の三人も暗い顔を隠しきれない。
 前世の記憶を持っている彼女達には、これから何が起こるのか、はっきりと分かって
いるのだ。・・・前世の彼女らが、他の星でやってきたことであったから。
 黙りこんだ四人。
 その姿を見て、耕一が決然と言い放った。
「やっぱり、俺たちが何とかするしかない。追い返すか、そうでなければ・・・」
 その言葉に、氷のように冷たい千鶴の声が重なる。
「・・・殺すしかありません。レザムからの迎えを・・・」


 痕拾遺録 第二話 「鬼がうごいて」


「・・・厄介なことになったわね。できるだけ騒ぎは起こさないように言っておいたと
 思うんだけど?」
 ヨークの一室に、女の声が響いた。
 静かな怒りをはらんだ声に、その前に跪く男の身体がかすかに震えた。
 だが、残る二人は動揺した気配すら見せない。跪いた姿勢のまま、微かに笑みすら
浮かべていた。
「申し訳ありません。ですけれど、獲物を飼っておくような方がそうそういらっしゃる
 とは思いませんでしたので」
 内容とは裏腹に少しも悪いと思っていない口調で、跪いている女が弁解した。
 いや。弁解というよりも、単に理由を解説しただけといった、そんな口調であった。
「さしでがましいようですが、普通は獲物を横取りされたくらいで、あれほど怒る
 とは予想しないんじゃないかと・・・」
 残る最後の一人・・・棒を持った男も、平然とした口調に変わりなかった。
 「明日は雨らしい」と言った方が、まだしも動揺して聞こえただろう。
 その言葉に、詰問していた女がわずかに苛立たしげな表情を浮かべ、腰まである
長い黒髪をかき上げた。
「分かってるわよ。”朱”だけならともかく、あんた達二人が間違いを犯すはずは
 ないからね」
 ”朱”と呼ばれた、跪いている片腕の男が不快げに顔をしかめた。
 それを気にもとめず、黒髪の女は溜息をついた。
「・・・まあ、いいわ。とりあえず三鬼とも待機してなさい。いいわね?」
「・・・はあ、了解です」
「ですけれど、よろしいんですの? もしもあの方が皇家に従っていたら・・・」
 跪いたままの女が疑念を口にした。
 それに対する答えは溜息。
「・・・こっちはこっちで厄介事があってね。とりあえず、”紫”の帰り待ちってこと
 よ」



 同時刻。
 柏木家でも慌ただしい動きが起こっていた。
「それじゃ、耕一さん、初音。留守番お願いしますね」
「分かりました。・・・千鶴さんたちも気をつけて下さい」
「あたし達はなんとでもなるって。あんた達こそ、油断しないようにしなさいよ」
「・・・行ってきます」
「・・・お姉ちゃん達、気をつけてね・・・」
 話しあった結果、彼女らの出した結論。それは・・・

 皆殺し。

 話し合いの通用するような相手ではない。ならば、被害が出る前にエルクゥ達を悉く
殺すしかない。
 まだ鬼の力に目覚めていない耕一と初音を残し、三人で奇襲をかけようというのだ。
 無茶な作戦であることは分かっていた。
 だが、他に手はない。
 時間をかければ、無関係な人間が次々と狩られていくことになる。
 ならば、相手がこの地に慣れる前に叩く。
 悲壮な決意と死の覚悟を胸に、三姉妹は闇の中へと進んでいった。
 ・・・光のまったく見えない、暗闇の中へと。



「・・・ふむ」
 裏山の方へと向かう三人を見送る影が一つ。
 髪をポニーテール状にまとめ、着物のような奇妙な装束に身を包んだ女性だ。
 年の頃は二十前後に見える。だが、その目に宿る光は、普通の若者にはけっして持ち得ない
種類のものであった。
 彼女の呼び名は”紫”。
 レザムの迎えの一鬼である。
「こちらには気づいておらぬようだが・・・どうしたものか」
 この屋敷には五つのエルクゥの気配があると聞いてきた。
 今出ていった者が全てエルクゥであるとして、残るは二鬼。
 ・・・まずは、数の少ない方に当たってみるべきか。
 ここにいるエルクゥ達が皇家の一派かダリエリの一派か分からない以上、危険は抑える
べきだろう。
 そう判断すると、彼女は柏木邸の壁を軽々と飛び越えた。
 二鬼のいる場所はすぐに分かった。
 一室だけ明かりのついたままの部屋がある。
 腰に差した愛刀の柄に手を置いたまま、”紫”はその部屋へと近づいていった。
「・・・誰!?」
 その部屋・・・居間まで十メートル程のところで、部屋の中から誰何の声が聞こえた。
 ・・・ほう。
 ”紫”は声に出さずに、僅かに感嘆した。
 この距離でエルクゥの気配に気づくとは、勘は悪くない。
 声に続いて障子が開かれ、二十ぐらいの男が顔を出した。さっきの声が女のものであった
から、これで二鬼。女の方はまだ部屋の中にいるのだろう。
「誰だ、お前は!?」
 男は明らかに警戒していた。
 だが、それだけで皇家一派と断定はできない。夜中の侵入者に対して警戒しない者も
珍しいだろう。
 ・・・さて、どうしたものか。
 もし彼らが皇家一派だとすれば、自分たちのことを正直に話すのは得策ではない。
 だがダリエリ一派だとすれば、迎えに来たことを説明して、他の仲間にも連絡をとって
もらわなければなるまい。
 結論はすぐに出た。
 ・・・皇家一派ならば、斬って捨てればすむことだ。
「我は”紫”の名を持つ者。貴殿らを迎えに、レザムより・・・」
 ”紫”の言葉が途切れた。
 男の後ろから顔を出した少女。その顔に、そのエルクゥに見覚えがあったからだ。
 ・・・裏切り者、リネット。
 ニンゲンに惑わされた姉の私怨を晴らすべく、幾多の同族を殺す原因を創った、許しがたい
外道。皇家の一員でありながら、騙し討ちなどという策に頼った、誇りなき卑劣漢。
 ”紫”の頭に一瞬で血が昇る。
 ・・・我が友を葬った原凶!
「死ねぇぇぇぇぇいっっっ!!」
 絶叫とともに刀を抜き打ちに放つ。
 憤怒の込められた刃は、しかし、きわどいところでかわした初音の頭上を抜け、寝癖を切り裂いた
にすぎなかった。
「何、何なのぉ!?」
 突然の殺気に混乱した初音が悲鳴をあげる。
 だが、怒りに我を忘れた”紫”にはそれさえも挑発にしか見えなかった。
「・・・次は外しはせぬ」
 泣きそうな初音と、それを庇う耕一を前に、”紫”は刀を青眼に構えた。
 その目はすでに正気のものではなかった。「怒り」という名の悪魔に心を奪われた者の
目だった。
「そうはさせない。初音ちゃんは・・・俺が守る!」
 耕一が初音を背中に隠すように、一歩前に出た。
 恐怖で膝は笑い、顔は死人のように真っ青になっている。だが、それでもここで退くこと
はできなかった。
 男として、人として、譲れない一線があった。
 今にも逃げだそうとする自分を必死で抑え、できるだけの気迫を込めて”紫”を睨む。
「ならば・・・やってみせられい!」
 ”紫”が再び動く。
 振るわれた刃は、あっけないほど簡単に、耕一の身体を切り裂いた。

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碧「こんばんわ〜。”結局作中ではまだ名前出てないぞ”の碧ですわ〜」
灰「同じく”早く名前出してほしいぞ”の灰です」
碧「本日の後書き(?)はわたくし達二人でお届けいたしますわ」

灰「・・・で、ギャラの字はどこに行ったんです?」
碧「「初音ちゃん、ごめんよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」とか叫んで、夕日に向かって
  駆けていったようですけれど・・・」
灰「感想、どうする気なんでしょーね・・・?」
碧「そろそろバイトも休みに入るはずですし、まとめて書くつもりだと思いますわよ」
灰「次はもっと早く書いてくれればいいんですけどねー。出番ほしいですよ、私も」
碧「帰ってきたら、監禁してでも書かせるとしましょうかしら?」
碧&灰「それでは皆様、ごきげんよ〜」


タイトル:痕拾遺録 第二話「鬼がうごいて」
コメント:レザムからの迎えに対し、柏木一家がとった決断は・・・
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