夢痕・ゆめあと 投稿者:仮面慎太郎 投稿日:6月21日(水)19時17分
 「耕一お兄ちゃん」
 「っん・・・」
 「耕一・・・ お兄ちゃん」
 眠気でとろけた脳みそに、慎ましやかな声が響く。・・・どうやら朝らしい。
 「耕一・・・ お兄ちゃん」
 チチチ・・・ 元気のいい鳥の声と、どこからか吹きこんで来る朝の風。都会
では絶対に味わう事の出来ない、心地よい朝。
 「耕・・・」
 それに加えてこんなに可愛い・・・ ってあれ? 何か違和感が・・・?
 「・・・デスクリムゾン」
 「その話はやめろーっ!!」
 ガバッ・・・ と布団を跳ね除けながら、俺は眩しい朝の光の中から、声の主
を探し・・・ってええぇぇぇ??? か、楓ちゃん?? 
 さらさらのおかっぱ頭に、真白のブラウス、間違いなく楓ちゃんだった。静か
に佇む楓ちゃんは、まるで日本人形のように綺麗だった。優しい光の中の楓ちゃ
ん。さらさらと、気持ち良さそうにおかっぱが流れる。
 「か、楓・・・ ちゃん?」
 俺は本気で混乱しながら、楓ちゃんに近づいて行った。・・・いや、行こうと
した。しかし、無意識のうちに腰が引けていたらしく・・・ つまりは、俺はハ
ッとなって楓ちゃんから自分の<モノ>に視線を移した。
 「・・・」
 ヤバイッ!! これは楓ちゃんにはとても見せられた<モノ>ではない。なん
というか、ラオウが天に昇る直前のような姿をしている俺の<モノ>は、楓ちゃ
んの前だというのに、これが俺のスタンドだ!! といわんばかりに自己主張し
ていた。
 「・・・」
 「・・・」
 耳が真っ赤になって行くのが自分でもわかる。
 「こ、これは・・・ その・・・」 
 「・・・」
 「そ、それよりも今、耕一お兄ちゃんって・・・」
 「これでやっと目が覚めたでしょう。これはね、あなたが素晴らしい素質をも
  っているからいうんですよ」
 なんだか人の身体を借りた神サマみたいな事を言いながら、楓ちゃんが近づい
てくる。変だ。絶っ対、変だ。その時・・・
 「耕一さん! 逃げてください!」
 楓ちゃんの後ろから、何時の間にか来ていた梓が怒鳴った。
 「!?」
 
 ドスゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!
 
 刹那、楓ちゃんが真空の渦を纏った突きを放った。どうやら気絶させようとし
たのか、かなり手加減が加わっているようだった。
 「耕一さん!?」
 梓が全っ然似合わない口調で悲鳴を上げた。しかし・・・
 「古い手に引っかかるんだから」
 梓の横で平然と俺は言った。ゆっくりと楓ちゃんが振り向く。
 「残像拳・・・」
 楓ちゃんと梓が、どちらともなく呟く。
 「もうオチはわかった。やれやれたぜ」
 しかし、オチ(黒幕)がわかったといっても、目の前の状況を打開しなければ
ならない。戦闘能力は皆無であろう梓。殺意すらないものの、素敵に無敵な楓ち
ゃん。さらにここにはいない初音ちゃんの存在も気になる。
 「耕一さん・・・」
 不安げに俺を見上げる梓。どーでもいいがトコトン似合ってない。
 「安心し・・・」
 梓の頭を撫でようとしたその瞬間。楓ちゃんが突っ込んできた。こうなったら
仕方が無い。多少強引な手を使っても、楓ちゃんを無力化しなければ。
 「楓ちゃん!!」
 俺は叫んだ。ありったけの気持ちを込めて。そして・・・
 
 ズダン!!

 楓ちゃんを正面から受け止めた・・・ いや、抱きしめた。鳩尾に衝撃が走る。
しかし、俺はありったけの気力を振り絞って耐えた。さらに踏み込もうとしてい
る楓ちゃんの耳元で・・・
 「・・・ ・・・ ・・・」
 カーッ・・・ 途端に楓ちゃんは真っ赤になって、俯いた。
 「こ・・・ 耕一さん・・・」
 どうやら正気に戻ってくれたようだ。
 「あっ? えっ? あの・・・」
 俺の腕の中で困惑している楓ちゃん。ちょっと可愛いのでこのまま困らせる事
にしよう。
 「楓ちゃん・・・」
 「耕一さん・・・」
 二人だけの朝・・・ 幸せって違うぞ、俺。
 「楓ちゃん。俺が行くまで自分の部屋で待っているんだ」
 「はい・・・」
 やたら素直に反応して、楓ちゃんは小走りに廊下に消えた。・・・ひょっとし
て、変なふうに誤解したんじゃないだろうか・・・
・
・
・
 ま、まぁいいか・・・
 「耕一さん」
 クイッと、梓がおれの裾を引っ張る。そうだ忘れてた。
 「梓、一体何があった」
 「実は、目が覚めたら千鶴姉さんが、私の口にスプーンを突っ込んでいたんで
  す。それで・・・」
 ・・・ 寝てる間に一服盛ったのか!?
 「それで千鶴姉さんが、昼までこの部屋から出るなって・・・ でも、楓ち
  ゃんに耕一さんを連れてきてって言ってるのが聞こえて、それで・・・」
 「千鶴さん・・・」
 あの人は底知れない・・・ いや、案外思いつきで作った料理の味見段階で、
変な事になっちゃったんじゃ・・・
 「梓、お前も自分の部屋に戻ってろ」
 およよおよよ泣いてる梓をなだめながら俺は、ふと初音ちゃんのことが気にな
った。千鶴さんは俺を連れて来いと言った。と言う事は、間違い無く俺に手料理
を食べさせようとしているに違いない。と、言う事は、梓と楓ちゃんはともかく、
初音ちゃんにまで毒を盛る(ひどい)だろうか・・・ あの初音ちゃんはどちら
かといえば、千鶴さんの邪魔になりそうだ。
 居間に行きながら、俺は初音ちゃんのことを考えていた。たぶん、人のいい、
初音ちゃんのことだ。千鶴さんに監禁されているに違いない。

 ピタッ
 
 俺は足を止めた。目の前に千鶴さんがいたからだ。手に持っているのは、料理
だろうか。
 「あっ、耕一さん。おはようございます」
 「あっ、おはよう千鶴さ・・・」
 っと、今の千鶴さんはダークサイドの千鶴さんだっけ。
 「耕一さん? どうしたのボーとして」
 「あっ、いや、その・・・」
 千鶴さんは、ご飯冷めちゃいますよといいながら居間に入っていった。
 うーん、普段通りだ。
 誘われるように居間に入って行くと、そこには美味しそうな、朝ご飯が並んで
いた。席に座ると、千鶴さんがご飯を盛ってくれた。
 「はいどうぞ、耕一さん」
 「あっ、どうもって、千鶴さん!!」
 雰囲気に飲まれそうになって大声を出す。
 「どういう事ですか、楓ちゃんと梓に一服・・・ じゃなかった、あんな事す
  るなんて」
 「だってだって耕一さん。耕一さんに手料理食べさせてあげようと思っても、
  いつも邪魔するんですもの」
 といいながら、いやいやをする千鶴さん。無茶苦茶可愛い・・・じゃなかった、
無茶苦茶な事を平気で言っている。
 「初音ちゃんは・・・」

 グラッ・・・

 言いかけて、視界がぶれた。平行感覚が無くなる。ううぅ・・・ と、自分が
唸っているのが他人事のように聞こえた。身体が熱い・・・ 涙が幾筋も頬を伝
う。そこに来て、俺は不意にある考えが頭に浮かんだ。楓ちゃんが俺を起こすと
きに、すでに一服盛っていたとすれば・・・ セイカクハンテンタケ以外の、素
の手料理を食べさせていたら。あぁ・・・ 頭が重い・・・後頭部にチリチリと
痛みが走る。不意に唇に柔らかな感触が走る。千鶴さんがくちづけをしたのだ。
ゆっくりと唇を離す千鶴さん。なにやら、
 「アタシも操作系の狩猟者。アタシに唇を奪われた者はアタシの下僕に変える」
 などと、言いながらホラホラと踏みつけてくる。最後の力を振りしぼって意識
を鮮明にすると、ふすまの隙間から、なにやら光る物が見えた・・・
 ・・・もしかして俺はとんでもない勘違いを・・・
・
・
・
 も・う・だ・め・だ・・・
 これが素の千鶴さんでは無い事を祈りながら、俺の意識は深遠の闇に堕ちてい
った・・・ 
・
・
・
 「くっくっくっ・・・ アタイはこのビデオで、耕一と楽しませてもらうゼ」


                         バッド・エンド