セリオと矢島  投稿者:仮面慎太郎


 「96!!97!!98!!99!!」
 人気の無い道場の中、人差し指一本で腕立て伏せをしている男がいる。
 「ひゃああああああぁぁぁぁっっっく!!!!」
 男は、ゴロンと仰向けになり、その分厚い胸板を上下させた。男には夢
があった。何人にもおかせない夢。それは、勝者にしか掴めない夢であっ
た。
 「ハアッ ハァッ ハッハッハッ・・・」
 滝の様に流れ出る汗を拭いもせず、男は一心不乱に息を整えている。そ
の男の名は、 負ける事を許さず、只、勝つ事のみを夢見てきた男の名は
・・・ 矢島。


 三日前、矢島は一人の女に声をかけられた。部活帰りの、辺りも暗くな
ってきた頃だった。友人達と別れ、一人家路についた頃。
 「強くなりたくはないか」
 女の声。矢島は振り返り声の主を探した。
 「藤田浩之を倒したくはないか」
 そこには、一人の少女が立っていた。背格好は同い年に見えるが、纏っ
ている<何か>は、そこいらの女子高生が持てる者ではなかった。
 「誰だ? 君は」
 「誰でもいい。私に付いてくれば、一週間でお前を最強の男にしてやる
  ぞ」
 「何を言って・・・」
 「神岸あかり・・・ 欲しくはないか?」
 矢島は、言葉を失った。何故この女は神岸さんの事を知っているんだ?
何故、俺の愛する人を知っているんだ?
 「来るのか? 来ないのか?」
 矢島は、男を試されていた。



 「次だ」
 だいぶ息が整ってきた矢島に対して、何時の間にか、道場の入り口に立
っていた女が声をかけた。
 「付いて来い」
 女はきびすを返すと、矢島の事などお構いなしに、廊下の奥に消えた。
 「うぅっ」
 矢島は低く唸ると、その身を起こした。ただ、あかりへの一念によって。
暫く歩いた末、この長い長い廊下の終わりには、大きな白い扉があった。 
装飾は豪勢なもので、ギリシャの神殿のような感じがした。中央には、大
きな白鳥が彫ってあった。
 「この扉を開けて見せろ」
 女は言い捨てると、数歩後ろに下がった。矢島は逆に一歩前に出て、息
を整える。

 みしぃ・・・

 両手を扉へと押し当てる。
 「ハァァァァァァ!!!」
 両腕の筋肉が隆起するのがわかった。全身から力が沸いてくる。
 「筋肉に頼るな!! 心で開けろ!!」
 
 みしみしみし・・・

 矢島は瞳を閉じる。全身の筋肉を引き締めているのに、なお、何かを感
じる。まだ、一所(ひとところ)に溜まっている何かを。
 「うおおおおおおおおお!!!!」
 怒号。それと共に、その何かが全身に行き渡るのがわかる。

 みしぃぃぃぃぃぃぃぃ・・・

 徐々に扉が開く。ゆっくりと一歩ふみだす。すると、全身に行き届いて
いたはずの何かが、差し出した足に一気に集まってくる。

 ズン!!

 「ぐがあああああああ!!!」
 また全身に行き渡る。
 「もういい」
 女が軽く言い放つ。諦められた? 矢島がそう思った矢先、
 「よくやった。この短期間で、よくぞここまでやってくれた」
 女は矢島を見据えて言うと、開きかけの扉に片手をついた。

 ギギギギギィィィ・・・  

 「なっ!?」
 やすやすと扉を開き、女はその先を指差した。
 「あの氷山を割って見せろ」
 目の前は一面氷の大地。その先に、山の様な氷の塊があった。
 「・・・ セリオさん。もうそろそろ、ここがどこなのか教えてくれま
  せんか?」
 矢島は、困惑した。なぜなら、アイマスクと大音量のヘッドホンという
状態で、連れてこられたのだ。そして、ヘッドホンからは何故か、北の国
からのハミングが延々と流れてきたのだった。
 「それは知らなくてもいい事だ・・・ 何、これが終ればこことはもう
  おさらばだ」
 矢島は、それ以上は聞かなかった。聞いても答えてくれそうにないし、
場所を変えると言う事は、また北の国からを聞かされ続ける事になるとい
う事だ。矢島は氷山に近づき、拳を当てた。
 「矢島・・・ コスモを高めろ・・・」
 「あぁ・・・」
 何かを呼び起こす。これがコスモか・・・ 拳が暖かくなってきた・・・
あかり・・・ 俺はやるぜ。 ・ ・ ・ いける。 
 矢島は、自分でも信じられなかった。体が勝手に動き出したのだ・・・
 白・・・ 鳥? <イメージ>が、あの氷山から流れ込んでくるというのか?
そうか、何よりも冷たく、凍てつく力・・・
 「ダイアモンド・ダストォォォー!!!」
 矢島のコスモが白い結晶になり、それが氷山向けて放出される。
 「これで・・・」
 セリオが呟く。その顔は、明らかに何かを企んでいる顔だった。
 「!! セリオさん。あれはなんだ?」
 砕けた氷山の一角が、矢島の目の前に落ちてきた。その塊の中から、大
きく、綺麗な箱が出てきた。
 「それはクロスと呼ばれる物」 
 「クロス?」
 「真にコスモを高めた時に纏う事が出来るもの」
 「纏う・・・ 衣類か?」
 「鎧。・・・ 今の貴方なら着られるはずだ。だが、真に必要な時にしか
  着てはいけない・・・ わかるな」
 セリオは矢島に布の袋を投げて寄越した。アイマスクとヘッドホンだろう。
 「おめでとう、矢島。君は一週間どころか、たったの三日でコスモを習得
  した。私が教える事も、最早無いだろう」
  どこからともなく、ヘリのプロペラの音がした。


 「セリオ、何処行ってたの?」
 「綾香様、とても面白い物がありますが、ご覧になりますか?」
 

 「よく来たな、藤田」
 「なんなんだよ、矢島。こんな日曜の朝っぱらに呼び付けやがって」
 人気のない公園。矢島と浩之は睨み合っていた。
 「あかりも呼んだらしいな。テメェ、まだあかりを狙ってやがるのか」
 「・・・ どうやら、神岸さんが来たようだな」
 少し遅れてあかりがやってきた。
 「あかり・・・ どいてろ」
 二人の様子を見て、これから何が起こるのか、大体察しがついたあかりは、
素直に後ろに下がった。
 
 ドサッ・・・
 
 「なんだそりゃあ?」
 「ふっ・・・ 藤田。これで貴様も終わりだ・・・」
 矢島はゆっくりと、取っ手を掴んだ。
 「俺は強くなった・・・ 何よりも、誰よりもだ・・・」
 ゆっくりと、ゆっくりと、力を込めて取っ手を引く。
 「俺は! 神岸さんに似合う男になったんだぁぁ!!」
 
 グイ!!

 箱が分解された! 箱の中から光が溢れる! 矢島は光に包まれた!

 「や・・・ 矢島・・・ お前、一体・・・」
 「!! や、矢島・・・ くん?」
 「驚かしてすまない、神岸さん。だが、藤田に勝つには、君を守るには、
  これしかないんだ。これが、おれの強さだ・・・」
 藤田と神岸さんは、驚愕の表情でこちらを見ている。俺は一歩踏み出した。
 「お前・・・ その格好」
 俺の格好? 流石に、鎧姿は見慣れないか・・・ ふん、まあいい。
 「矢島君・・・」
 足元がスースーする。俺は神岸さんの視線の先を目で追った。そこには・・・

 今、巷の小学生に大人気の、美少女セーラー服戦士の格好にそっくりな俺がいた。

 「矢島君、頭・・・ 大丈夫?」
・
・
・
・
・ 
 「うわああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ・・・」



 「あははははははははははは、ひいっ、ひいっ、ひいっ、ははははははははは!
  セ、セリオ何これ。あははははははははは・・・」
 「綾香様、お気に召しましたか」
 「はははははは、く、苦しい・・・ お腹痛い・・・ ははははは・・・」
 「それは何よりです」

                                   完