望郷 投稿者:仮面慎太郎
 「浩之ちゃん・・・」
 「ん?」
 優しい声。こいつは時々、本当に心に響く優しい声を出す。俺は
隣に立っている浴衣姿のあかりを見た。
 「一年ぶり・・・ だよね、隆山」
  「ああ・・・ あの時は大変だったな」
 一年前、俺達はここ、隆山に来た事がある。その時はとてもゆっ
くり出来なかったが、ここで、この場所で花火を見る事はできた。
・・・もっとも、その時は二人きりじゃなかったが・・・ 
 「うん・・・ みんな元気かなぁ」
 「そうだな・・・ 実は今日来てたりしてな」
 「えっ!?」
 「例えばだよ、た・と・え・ば! 本気にするんじゃねぇ」
 辺りには、ぽつぽつと人が多くなり、いつのまにか、暗くなって
いた。虫の鳴き声と、それほど大きくない辺りのざわめきとが重な
って、夜の静けさを一層幻想的なものにしていた。
 「でも、みんな来てたらいいのにね」
 「そうだな。耕一さん達は来てるかもしれないな」
 「うん」
 静かだった。あかりが側にいると、なぜか静けさを見つける事が
できる。ほんの一瞬。虫の鳴き声が、風の音に変わる時がわかる。
喧騒が途切れ、静寂が聞こえる事がある。ほんの一瞬、あかりと二
人だけになれる時がある。余裕と言う奴だろうか。幸せだった。
 「なぁ、あかり」
 俺はそう言うと、あかりの手を握った。
 「・ ・ ・ 何? 浩之ちゃん」
 「花火、もう始まるな」
 「うん」
 

 暫くして、花火は始まった。花火は信じられない美しさで、夜空
と、そして・・・ あかりを照らした。
 「綺麗・・・」

   あかりが呟く。

   確かに綺麗だった。

   花火もそうだが、

   何より、あかりの横顔が・・・

 少し伸び始めたあかりの髪を、優しく撫でる。
 「浩之ちゃん・・・」 
 あかりと目が合う。そして、静寂が聞こえ始める。花火が、あか
りの頬を、瞳を、唇を赤く染める。
 俺はあかりの肩に手を回し、ゆっくりと引き寄せた。
 あかりが、その瞳を、ゆっくり閉じる。 
          ・
          ・
          ・

 その後すぐに、俺達は初音ちゃんと出会った。
 出店の物を買おうとしていた所で、俺達を見つけたらしいのだが、
 出てくるタイミングが、わざとらしくて、つい、笑ってしまった。
 あかりも、見られたと思ったらしく、真っ赤になっている。
 続いて耕一さん達が来た。
 「あ、耕一さん。お久しぶりです」  
 「あぁ、一年・・・ ぶりか」
 「えぇ、明日遊びに行こうかと思っていたんですよ」
 あかりは、女性陣と話している。耕一さんは、さっと近づき小声
で話し始めた。
 「で、いつ来たんだ?」
 「きょ、今日ですよ。朝早く出て、昼過ぎについたんです」
 「で、どこに泊まるんだ?」
 「えっと、鶴来屋の近くの安い旅館に・・・」
 鶴来屋にしようとも思ったのだが、先立つものが足りなかった。
あそこはいい所だが、高校生では手が出ない。
 「二人でか?」
 「は・・・ はい」
 隠す事でもないから、俺は正直に言った。
 「わはははは、そうかそうか」
 笑いながら耕一さんは、俺の背中をばしばし叩いた。
 「どうしたんだよ、耕一」
 「別に・・・ くくく」
 「そういえば、あかりさん達はどこに泊まるんですか?」
 初音ちゃんが聞いてくる。あかりは恥ずかしそうに、こちらを向
いた。
 「鶴来屋の近くだよ」
 「ねぇ、浩之さん。もしよかったら家に・・・」
 と、言いかけた所で、耕一さんが割って入った。
 「初音ちゃん、若い二人に野暮な事言うんじゃ」
 そこまで言った時、物凄い音を立てて、梓さんが耕一さんの後頭
部を殴った。
 「初音に変な事を言うんじゃない!!」
 はぁはぁ息を切らせて、梓さんが怒鳴る。楓ちゃんは、何故か耕
一さんに一歩近寄った。
 「耕一さん・・・」
 千鶴さんがどこかをつねったようだ。耕一さんはビクッとなって
笑ってごまかした。
 「あ、ははは。 まぁ、明日また、な」
 「え、ええ」
 夏も終わりだろうか、急に肌寒くなってきたので、俺達は帰る事
にした。この人達といると心が安らぐ。あかりとは、また別の安ら
ぎがある。耕一さんに別れを告げ、俺達は旅館への帰路を急いだ。 
          ・
          ・
          ・

 不意に、あかりが可愛いあくびをした。
 急に、切なくなってきた。
 静かになってくるにつれ、さっきまでの時間が嘘ではないかと思
うようになる。
 あかりの肩を抱き、ゆっくり、旅館に帰る事にした。
 明日は耕一さんの家に行こう。明日か、明後日か、隆山のお土産
をもって家に帰ろう。そして、あかりの手料理を食べながら、また
来年も行こうか、などと話すのだ。
 「浩之ちゃん・・・」
 「ん?」
 「何考えてるの?」
 あかりが尋ねてくる。
 「これからの事だよ」
 何を勘違いしたのか、あかりは真っ赤になって俯いた。

                        完