セリオと浩之 投稿者:仮面慎太郎

 「ひひょゆひはは」
 突然、間の抜けたこんな声で、こんな意味不明な事を話し掛けられたらどうだろう。
とみに、こんなにも気持ちの良い午後の日差しを浴び、爽やかな風の中でうとうとして
いる時に・・・ である。それは不幸な事だろうか。それとも、幸せな事のだろうか。
少なくとも、それを待ち望んでいる者にとっては幸せである。しかし、万人がそうだ、
というわけではない。むしろそれらは少ないだろう。そして、それは(もちろんだが)
浩之も例外ではなかった。中庭のベンチで、時が止まったかのようにゆっくり動く綺麗
な空を見ながら(と言うよりは4時間目が早く終った幸せをかみ締めながら)、浩之は
芹香を待っていた。ここまでは幸せであっただろう。
 「あん?」
 不意の出来事で、素っ頓狂な声を上げてしまいちょっと赤くなりながら、声の方を向
いた。すると、そこには芹香・・・ ではなく、最近浩之の事を認めだしたセバスが居
た。 ・・・何故か口が信じられないくらい開いていた。
 「ひひょゆひはは。ひぇひはははは、ひょうはほほうほうははへへほひはへん」
 浩之は一瞬見入って、また一瞬考えて、それからまた一瞬後、空を見た。思考範囲を
明らかに越えているので無かった事にしたのだった。
 「藤田さん、ご機嫌よう」
 聞きなれた声に、浩之はまた前を向いた。セバスの後ろにセリオがいたのだ。全く見
えなかった。いや、視界に入っていたようだったが、あまりにセバスが濃かった為、脳
まで届かなかったようだ。
 「セリオ・・・ 何してんだお前? 学校はどーした」
 セリオはいつも通り、つまり何か企んでいそうな顔をして立っていた。しかし、服だ
けはいつもの制服ではなく、私服だった。
 「はい、今日は午前中の大掃除だけの為、午後からは学校がありません」
 無表情のままで淡々と答えるセリオ。その横には、さっきと同じ顔で涙を流している
セバスがいた。
 「・・・で、何か用か?」
 「はい。実はセバスチャンさんが顎を外してしまった為、私が通訳として御一緒させ
  ていだいています」
 「病院に連れてけよ!!」
 「ああっ!! そうか、その手がありましたねっ!!」
 セリオが無表情で、わざとらしく手を叩いて驚く。浩之は背もたれの上で握り拳を作
って顔をしかめる。
 「で、何だって?」
 「ひょうへふ。ひょうは、ひぇひはははは、ほほうほうはははへへひはへん」
 浩之はセリオの方を向いて尋ねる。
 「で?」
 「はい。セバスチャンさんは、ひょうへふ。ひょうは、ひぇひはははは、ほほうほう
  はははへへひはへん、と申しております」
 「んなこたぁ、わーっとるわい!!」
 セリオは(今日初めての表情の変化となるが)ニヤリと、してやったりの顔をした。
 「おやおやおや、わかっているのに聞いたのでござるか?」
 「クッ・・・」
 首をチョコンと曲げて変な日本語で話してくる。苦虫を潰したような顔をして浩之は
ジダンダを踏む。
 「あーもう! なんだってテメェは!!」
 「冗談です。本当は・・・」
 テメェの冗談は笑えねぇんだよ、と真顔で突っ込みを入れて浩之は静かになる。
 「本当は・・・ ワタチてんぷらタベシタ。とーふモタベシタヨ。ツギハげーしゃニ
  すきやきタベシタイヨ。ニポンイイクニネ、モテカエリタイヨ。HAーHAHAH
  AHA!! と言っておっしゃられました」
 「殺意が沸くのはジョークって言わないん・だ・ぜ!!」 
 怒気をはらんだ声と共に浩之はセリオを睨みつける。
 「ひひょふひはは、ほひははひひ」
 「テメェは喋るな!!」
 「浩之様、おいたわしい・・・ と申しております」
 「こんな時だけ、訳すんじゃねぇ!!」
 とうとう浩之は立ち上がって、セリオを指差した。
 「いいか!! 俺は先輩の為に飯も食わずに待ってんだ。テメェと遊ぶ為じゃねえ」
 「しかし、藤田さん。芹香様はパーティの為、御欠席されてるはずですが・・・」
 「はぁ?」

   キーンコーンカーンコーン
         キーンコーンカーンコーン・・・

 「それでは、芹香様よりお預かりしたメッセージはお伝えしましたので、私達はこれ
  で」
 浩之はその場に力なく崩れ落ちた。遠くの方で声が聞こえる・・・


 「どーしたんですか、セリオさんにセバスチャンさん」
 「ひょーほ、はふひはん。ひふはひぇひはははほひ、へんはふははひはひへ」
 「ひょーほ、はふひはん。ひふはひぇひはははほひ、へんはふははひはひへ、と申し
  ております」
 「まぁまぁ、そーなんですかぁ。やっぱりセリオさんはすごいですぅ」


 幸せの後には必ず不幸がくるだろう。なぜなら、今までが幸せだからだ。しかし、今
の浩之にはその現実を認める事は出来ない。彼の若さが邪魔をしているのだ。
 もちろん、今の浩之の脳には空の青さしか写ってはいない。例えセリオが耳カバーを
股に挟んで顔の前で左右に振っていても、それは浩之の脳まで届かない。
 届かないのだ。

                       おわり