セリオ 後編 首飾り 投稿者: くま
 あれから三度目の夏が来た。
 その間にバイトで貯めた金と、親から借りた金で「HM−13 セリオ」を買った。
 これからしばらく親に金を返すローンの日々が続くに違いない。
 老後の蓄えを無理言って借りたのだから。

 それはそれとして。
 俺はこれからセリオを起動するところだ。
 メンテ用のパソコンのキーボードを叩く手が震える。
 これでEnterを押せば最後だ。
 世紀の一瞬。

 ヴ・・・ン・・・。

 低い音がして、セリオが起動する。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「おはようございます、ご主人様」
 なんかちょっと意外だ。
「いや、浩之でいい」
「浩之様、ですね?」
「様なんてつけずに呼び捨てでいいよ」
「それでは浩之さん、と言うことで」
 頑固だなあ。
 俺は、『あの』セリオを思い出して苦笑した。
「どうしました?」
「あ、いや、なんでもない。そうそう、お前の名前は『セリオ』だ」
「わかりました」
「あ、そうだ。明日は服を買いに行こう」
 いつまでもメンテナンススーツのままいさせるわけにもいかないし、パッケージに同梱
されているのはメイド服だった。
 メイドロボだからと言って、それはないだろうと思うが。
「はい。今日の用件は以上で?」
「ああ。おやすみ」
「おやすみなさい」


 次の日。

 俺の隣にいるセリオはメイド服姿だった。
 さすがにこの姿で街を歩くと注目の的だ。
 誰かに服を借りようと思ったが、セリオに合うサイズの奴が近くにいない。
 それで仕方がないのでメイド服を着るように言ったわけだ。

 そこではたと気がついた。
 俺の服を着せればいいじゃないか。

 しかし遅かった。
 俺たちはもうすでにブティックにいる。

 そしてセリオが選んだのは、今の季節に相応しいスカイブルーのワンピースだった。
 他にも何枚か買って店を後にする。

「次はどこに行こうか」
「そうですね・・・」
 心のどこかで俺は、期待していたのかもしれない。
 彼女がそのことを知っているはずはないのに。
 俺と『あの』セリオが海に行ったことを。
「・・・映画、はどうでしょう」

 俺は、映画の内容に集中することができなかった。
 わかっていたはずだ。
 目の前にいるのは『あの』セリオではないと。
 彼女と比べてはいけないと。
 しかし、信じていたかった。
 あの日、セリオが信じた再会を。


 映画館を出て家に帰る頃には十時を過ぎていた。
 あのときと同じ。
 まだ行ける!

 俺は自転車に飛び乗り、後ろにセリオを乗せる。
「どこへ行くのですか?」
 と言うセリオの声も耳を通り抜けていく。

 俺は、思い出を捨てて生きていけるほど強くはなかった。
 だから今は、あのときのセリオの言葉を信じてペダルをこいでいる。

『私たちもまた、ネットワークを通じて一個の存在であるとも言えます』

 彼女とこのセリオがある意味において同じ存在であるならば・・・。


「つ、着いた・・・」
 必死にペダルをこいだので今回は六時間ほどで着いたが、季節が季節なのですでに東の
空は白み始めていた。
 夏とはいえこの時間には俺たちしかいない。
「ここは・・・」
「海、だ。それからこれ・・・」
 俺はポケットから首飾りを取り出した。
 珊瑚でできた首飾りに自分で貝殻のペンダント部分を付けたものだ。
 それを見た瞬間、セリオの動きが止まる。
「セリオ・・・?」
 しばらくして、うつむいていた顔を上げる。
「藤田さん」
「え?」
「お久しぶりです」
「あ・・・あ・・・、お帰り、セリオ!!」
 俺は泣きながらセリオの体をきつく抱きしめていた。


 初めて海に来たときと同じように、砂浜に座って海を眺めている。
「なあ、今までどうしてたんだ?」
「私の記憶は研究所のサーバに保管されていました。そのときがくればサテライトサービ
スを通じていつでも解凍できるように」
「どうして今解凍されたんだ?」
「セキュリティロックがかかっていましたから。所有者名と、特定の画像データを受け取
って初めてロックが外れるようになっていたようです」
「画像・・・」
「ある程度の許容範囲はありますが、『海』と『貝殻』だったようです」
 もしかしたらこれは、開発者たちの俺へのテストだったのかもしれない。
 セリオとの約束を、俺が守ることができるか。
 そしてどうやら、俺は合格することができたらしい。


 俺たちは、それまでの空白を埋めるように長い長いキスをした。



 終わり。

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たまには真面目な後書き。

 ども。
 やはり、いろいろな人たちのSSの影響が出ています。
 なんだかちょっと無理が出ているような気がしてならないですが、まあそれは仕方がな
いと言うことで。

 ちなみに、中編で出てきた開発者は当然長瀬ではありません。でも、長瀬とは結構仲が
良さそうです。
 セキュリティロックを考えたのも彼で、本来は所有者名だけで十分な所をドラマチック
な再会を演出しようとしてああいう設定にした気がします。
 当然テストなどという意図は更々なく、浩之のことは頭から信じていたのではないでし
ょうか。

 セリオ自身については・・・まあ、頑固というか、生真面目というか、そんなところが
結構好きでそういう書き方してます。

 あかりやマルチや綾香がどうなったのかは聞かないで下さい。
 考えてなかった(汗)。

 それでは、また。

タイトル:セリオ 後編 首飾り
コメント:『あの』セリオは、もういないと思っていた。
ジャンル:シリアス/TH/セリオ