セリオ 中編 貝殻 投稿者: くま
 ・・・そう言えば、マルチとセリオの試験期間も今日で終わりなんだよな・・・。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、呼び鈴が鳴った。
 もうすでに夜の十時を過ぎているというのに、誰だろうか。

 ガチャリ。

「こんばんは」
「セリオ? どうしたんだ、こんな時間に」
「私自身もよくわからないのですが・・・」
「こんな時間に出歩いて大丈夫なのか?」
「ええ、研究所のみなさんは『これで最後だから少し外出してもいい』と言って下さいま
した」
「ちょっと待て。『これで最後』ってのはどういうことだ?」
「私たちは試験期間の終了とともに機能を停止します」
「そんな・・・」
「最後にこの街の景色をメモリに焼き付けておこうと思って歩いていたのですが、気がつ
くとこの家の前にいました」
「それでお前は平気なのか?」
「・・・機能を停止することでしたら、最初から決まっていたことですので」
 セリオの瞳は、悲しいほどまっすぐだった。俺が何を言っても、セリオはセリオが正し
いと思ったことをするだろう。

 ・・・だから。
「どこか、行きたいところはないか?」
 俺がセリオにしてやれることは、悲しいがこれだけだ。
 最後の、思い出を。

「・・・もう一度だけ、『海』を見たいです」

 俺は、自転車に飛び乗った。
「セリオ、後ろに乗れ」
「はい」
 ペダルを踏む足に、力を込める。ここから海まで、電車なら一時間ほどだ。
 でも、進む先は駅じゃない。

 まっすぐ、海へ。



 どうしてまっすぐ海に向かったのか、俺にもよくわからない。
 少なくとも、帰りの電車を心配した訳じゃなかった。

「よお〜っし!! 見えてきた!!」
 結局、七時間ほどかかってしまったので、東の空が白み始めていた。
 この海岸は西向きなので残念ながら朝日は見られないが、その景色は十分に美しかった。

 誰もいない砂浜を二人で歩く。
「・・・貝殻でも拾いましょうか」
「ん?」
「藤田さんが教えて下さったことで、今できそうなのはそれだけですから」
「・・・ああ、そうだな」


「・・・あ。この貝殻、綺麗ですね」
 セリオがそう言ったのと、背後に停まったワゴンから人が降りてきたのはほぼ同時だっ
た。
 白衣を着た男がこちらへやってくる。

 来栖川の研究所の人間だ。

 直感的にそう思った俺は、もし無理矢理にセリオを連れていこうとするなら殴ってでも
止めるつもりでいた。
 しかし。
「セリオ、試験期間は今日で終了だ。だが、君が望むのならば機能の停止は行わない」
「・・・予定通り、機能を停止します」
「わかった。そうしよう」
 実際には、全く逆だった。
「どうして・・・どうしてだよ、セリオ・・・」
「約束、ですから」
 セリオはこう見えて頑固なところがある。
 だから俺は、それ以上何も言えなかった。
「セリオたちに『意志』を与えたのは私たちだ。だから、できる限り彼女たちの『意志』
を尊重しなければならない義務があるんだ・・・」
 白衣の男はそう言って悲しそうな表情をした。
 別れが悲しくない人間がいるだろうか。
 そんな当たり前のことに、今更気付いた。

「それじゃ、研究所に戻ろう。君も乗って行くかい?」
 自転車をワゴンの屋根に乗せ、俺たちは車に乗り込んだ。
 流れてゆく景色が、もう戻れないと俺に言い聞かせているようだった。
 セリオは俺のことを忘れないだろう。
 だが、思い出すことのできない記憶にどれだけの価値があるって言うんだ?
 セリオの記憶の中の俺は、凍り付いた時間の中で永遠に生き続けるのだろうか。
 それはある意味、この世から消えてしまうよりも残酷なことかもしれない。

 思い出は、懐かしんでくれる人がいるからこそ暖かい。


「藤田さん、これを・・・」
 そう言ってセリオが差し出したのは小さな貝殻だった。
 さっき、砂浜で拾ったものだろう。
「この貝殻を預かってくれませんか?」
「・・・・・・」
「人が個人としてのみでなく、集団として一個の生物であるように、私たちもまた、ネッ
トワークを通じて一個の存在であるとも言えます。きっとまた出会うときが来ます。それ
まで、預かっていてくれませんか?」
 俺は、受け取らずにはいられなかった。
 セリオの目に涙が光っているのを見てしまったから。
 そして同時に、自分がなぜ自転車で海まで行ったのかがわかった。

 何かを残したかった。
 自分の力で成し遂げた何かを。



 続く。

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くま「ども。少し長くなってしまいました」
川崎「一般の方と認識が違う気がするが・・・」
くま「4KB行ったの久しぶりだから。と言うか、感想抜きで4KB行ったのって片手で
   十分数えられるけど」
川崎「この話、どこへ行くのやら・・・」
くま「それでは、また」

タイトル:セリオ 中編 貝殻
コメント:俺がセリオに残したもの。セリオが俺に残したもの。
ジャンル:シリアス/TH/セリオ