耕一・イン・ザ・風呂 投稿者: くま
  湯船につかり、長い息を吐く。
「ふぅーっ」
  我ながら、オジン臭いな、と思う。とはいえ、自分の意志で止
められるものでもないから仕方がない。これは人間の習性なの
だ。・・・根拠はないが。
  ・・・風呂ってのは不思議な空間だ。こうして湯船につかってい
ると、なぜか余計なことまで考えてしまう。小さかった頃のことや
、ふと思いついたこと。この場所を出てしまえば、砂の城が崩れ
て行くように記憶の中から消えていってしまう儚い想い。普段な
ら絶対に考えないようなことも、この場所ではなぜか考えてしま
う。今日も、そんなことをボーッと考えていた。ふと、俺は・・・
  1,親父のことを考えた。
  2,将来のことを考えた。
  3,そう言えば、俺の前って誰が風呂に入ってたっけ。

  2を選んだ。何故って、1じゃ断片的な記憶しかない親父のこ
とを考えるだけで一苦労だし、3じゃどうせ四姉妹の誰かが入っ
てたのなんのって、妄想モードに入るだけだ。ここはやはり2が
一番安全だろう。というわけでさっそく・・・。
  将来、か・・・。どうなってしまうのだろうか。確かに、鬼の力を
制御できるようにはなった。
  ・・・俺は。
  だが将来、子供ができたとして、その子はどうだろう。女の子
ならばいい。鬼の力に振り回されることもないし、何より『あの』
柏木の美人四姉妹の血を引くのだから、きっと美しくなることだ
ろう。・・・結婚式で泣いたりしてな、俺。
  ・・・いや、そうじゃなくて。
  問題は男の子が産まれた場合だ。果たして、鬼の力を制御で
きるようになるのだろうか?言い知れぬ不安が俺の体を覆って
ゆく・・・。

「親父、教えてくれ。俺はどうしたらいい?」


  ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
  頭の中にもやが掛かっているような感じがする。だがそれは、
ほんの一瞬のことだった。急激に視界が広がって行く。・・・そこ
は、あの水門だった。
  初めて鬼に目覚めた場所。
  初めて鬼を制御した場所。
  ここに来なければ、今の俺はなかっただろう。きっと、鬼に取
り込まれていたに違いない。
  ・・・そんなことを考えているうちに、俺は一つの人影に気づい
た。・・・それは、俺・・・いや、二十年前の俺に良く似た男だった。
  二十年前??・・・そうだ。あれからずいぶんと時間が経ってし
まった。俺ももう、四十の大台に乗ってしまった。当然結婚して
、一人息子もいる。
  そこまで考えて、俺はハッとした。
  目の前にいるのが、その一人息子、耕介だったからだ。しかも
・・・鬼になりかけている。
「耕介!!鬼を制御しろ!!このままじゃ、大切な人たちを巻き
込むことになるぞ!!」
  それは嘘だった。俺にはわかっていた。耕介の力では、俺に
は勝てない。だから、耕介が町に出ようとしたら殺す覚悟を決
めていた。だから、決して誰も巻き込まない。
  とはいえ、鬼を制御できるようにするには、人間の心に訴える
のが一番いいだろう。これで駄目ならもう・・・。
「久しぶりだな、ジローエモン」
  !!
  前世の記憶がよみがえる・・・。あれは、ダリエリ・・・。
「私の魂がこの世を去って早二十年。この日を待ちわびていた
ぞ・・・」
「おまえの目的は何だ!!また罪のない人間達を狩ろうという
のか?」
「フフフ・・・。お前こそ、『罪もない』エルクゥを根絶やしにしたで
はないか」
「罪もない、だと?」
「ああ。ただ本能に従って生きていただけだからな」
「くっ・・・。そんなことで・・・」
「まあいい。俺はもう、人間などに興味はないのだからな」
「なに!?」
「そう恐い顔をするなよ。俺が興味を持っているのは、お前だ。
同族の血を引きながら、人の心を持つ・・・。どうだ、狩りの相手
には十分すぎるくらいではないか」
「ふざけるな!!」
「ふざけてなどいないさ。俺はお前と戦うことだけを、この二十
年間考えてきたのだからな。しかし皮肉なものよ。よもやお前
の息子として生まれるとは思っても見なかったぞ。おかげで、
探す手間が省けたがな。ハーッハッハ」
  戦うしかないのか?息子を危険にさらしても。
  そんなことを考えていると、目の前に奴の爪が迫ってきた。避
けることは難しくない。連続して繰り出される爪は、俺の体に達
することはなかった。とはいえ、いつまでもこうしている訳にもい
かない。
  奴の頭部に蹴りを叩き込む。とりあえずは動きを止めなくては
。しかし、さすがに相手も鬼だ。少しよろめいたが、涼しい顔をし
ている。できることならば、爪を使いたくはない。鬼といえども、
命を落としかねないからだ。
  そんなことを考えている俺に、奴は容赦などしない。手加減し
ていたのが裏目に出たのか、段々捌ききれなくなってくる。そし
て、奴の爪が俺の頭を捉えようとしたその時・・・。
  俺の爪が奴の胸を貫いていた。鬼の本能がそうさせたのだろ
うか。
「フッ。やはりお前には勝てなかったか・・・。これでも、お前のこ
とは誰よりも認めていたのだぞ・・・」
「ダリエリ・・・」
「ううっ・・・父さん・・ごめん・・・僕にはどうすることも・・出来・・な
かった・・・」
「耕介!?耕介ーーーーーーーっ!!」
  自分でも気づかないうちに、俺は鬼に取り込まれていたのかも
しれない。一番大切なことを忘れるなんて。俺達が本当にしな
ければいけないことは、鬼を倒すことじゃない。運命に打ち勝つ
ことだ。それなのに。守れなかった。大切な、大切な、この世界
にただ一人の息子を。
  俺は、耕介が生まれてからの楽しかった日々が、急速に遠の
いて行くのを感じていた。
  俺は泣いた。ただ、自分の情けなさに。


  気づけばそこは、風呂場だった。どうやら夢を見ていたようだ。
ものすごい汗をかいている。頬に手を触れてみると、濡れていた
。汗・・・いや、涙・・・だな。
「今何時だろう」
  時間の感覚がない。いつのまにか、外は雨が降り出したようだ
。雨音が、こんなに悲しく聞こえるなんて・・・。
  さっきの夢の内容が、強い現実感を持って甦ってくる。
「どうして・・・どうしてこんな想いばかりしなくちゃいけないんだ
!!俺達は幸せになっちゃいけないのか!?」
  ・・・どこかで、親父の声がしたような気がした。懐かしい、暖か
い声。誤解ゆえに、ずっと耳をふさぎつづけていた声を、今は一
番聞きたいと思う。
「空耳・・・か?」  
  それにしてもあの夢・・・。あれは、親父が見せたものだったの
だろうか。それとも・・・。
「・・・親父、未来は変えられるよな、きっと・・・」
  なぜかそう呟いて俺は、頬を伝う涙を拭った。
                                      END



  ども。いかがでしたか?ほんとは、コミカルなノリからだんだ
んシリアスになるようにしたかったのに、急激に変わっちゃって
、失敗したーって思ってます。内容的には・・・風呂で考えました
。マジで。わかると思いますけど、耕一が主人公です。そうそう
、この話は、誰のハッピーエンドからつなげても、一応つながる
ようになってます。でも、矛盾はしないってだけ・・・。