結婚式 投稿者: 影使い
今日は初音の結婚式だった。

「懐かしいな・・・」
初音は顔をほころばせて懐かしい母屋のたたずまいを眺めた。

洞窟で耕一と結ばれてから3年。愛らしい顔は僅かながらおとなの輪郭を見せ始め、
体つきの変化をまわりの人が認知できる年ごろ。
初音は昔と同じ満面の笑みを浮かべて、母屋の縁側にあがった。
母屋は半壊していた。

3年。
おにいちゃんと結ばれて3年。
洞窟でダリエリと再会して3年。
ヨークが滅びて3年。
そして。
戦い続けた3年。

初音は幸せだった。

結婚式と言っても、何も無かった。3年に及ぶ戦いは、隆山市のみならず日本全土を
荒廃させた。レザムからの救援隊対自衛隊、柏木家。自衛隊は当初白兵でケリをつけ
ようとしていたが、エルクゥの圧倒的な力の前に、空からの猛爆と自走砲による長距
離攻撃に切り替えた。炎上する都市。炎に巻かれる市民、飛び散った肉片。破壊され
た戦車の残骸。
柏木家一族はその砲火の下を駆け抜けた。自走砲の直撃を受けたエルクゥに止めをさ
し、彼らの船を目指して突入する。
通信機。
レザムに通じるそれを破壊しなければ、彼ら「人間」の勝利は有り得なかった。

本当に何もなかった。綺麗なウエディング・ドレスも、客を迎える料理も、楽しい気
分に拍車をかける音楽も、結婚指輪すらも無かった。

それでも初音は幸せだった。

擦り切れ、汗と日光であせた服。ほこりっぽい肌。パサついてつやの無くなった髪。
長さもまちまちで、切り揃える事も出来ない。血と炎で綿のように疲れきった体。

それでも初音はあの少女の笑顔で笑っていた。長い戦いも、あの笑顔を消す事は出来
なかったのだ。

まして今日は、結婚式だ。


長姉。
彼女は柔らかく微笑んで頭を撫で、自分が結婚するように嬉しそうにした。
「おめでとう・・・幸せにね・・・」

次姉。
彼女は初音の頭に手を伸ばそうとして、それが出来ない自分に気付いた。思わずこぼ
れそうになる涙を堪えるために怒ったような顔で、悔しそうに言った。
「よかったね。」

末姉。
彼女は透き通った涼水のように、涼しく、それでいて少し悲しそうに笑った。
数百年の昔。自分が愛した男をとられた悲しみなのか?
初音にはわからなかった。だから微笑みかえした。
「おめでとう、初音。」

伯父。
初音の手の中で、青い角は光を放った。だがそれはあの霊体エルクゥを突き刺した鋭
い閃光ではなく、線香花火のようなほのかな光。そのメッセージは確かに届いた。
「初音ちゃん、おめでとう。」

そして、夫・・・
彼は何も言わず、何も言えず、ただ微笑んだ。言うまでも無かった。
「よろしく、初音。」


「おめでとう・・・幸せにね・・・」
「よかったね。」
「おめでとう、初音。」
「初音ちゃん、おめでとう。」
「よろしく、初音。」


初音は目を閉じて、それらの言葉を視覚に転化させた。
みんなの笑顔。五つの笑顔。泣きそうな笑顔、照れた笑顔・・・
「おめでとう・・・幸せにね・・・」
「よかったね。」
「おめでとう、初音。」
「初音ちゃん、おめでとう。」
「よろしく、初音。」


「よろしく・・・」
初音は声に出した。
ふうっ、と息を吐き、ゆっくりと目を開けた。

霞がかった世界。破壊された建物。死体。残骸。また死体。また残骸。一面の阿弥陀
模様。永遠の地獄絵図。たった一人の暮らし。そして今日、あの人と世界を同じく出
来る。

涙がこぼれた。悲しみでなく、喜びの涙・・・

「だって、今日は、結婚式、だ、もん・・・」

神父がゆっくりと近づいてきた。

初音は獣化した片腕をゆっくりと空に向けた。彼女のその手と、みんなの差し出した
手が重なり合った。

夫の顔が大きくなった。優しいあの笑顔。
初音は涙を振り払って、もう一度あの笑顔を浮かべた。


そして、近寄った神父が、二人の世界を一つにした。


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どうも、影使いです。
蛇足かもしれませんがまずはネタばらしから参りましょうか。

1:初音の家族はすでに死んでいる。
2:故に彼らの言葉は結婚を発表した時のものである。
3:初音は瀕死である。
4:結局、レザムからの援軍によって人類はほぼ死滅。
5:最後に初音は死んだ。

こんなもんです。

次に私について。私は風見、Hi−waitと友人でありまして、このコーナー及び
皆様の事は風見登場の頃から存じあげております。ではなぜいままで投稿しなかった
か?

モデムないんだもん。(泣)

今も有りません。故にこれは風見経由で投稿しております。
実を言うと私の事は古参の方々は御存じかも知れません。私は風見に次の言葉を言っ
て3日落ち込ませました。

「筆弁慶」

悪気はなかったんですが。


最後にご意見、御感想、文句等は、全て風見の元に「保存できる形で」送って下さい。

では、またそのうちに。