第拾壱話 静止した部室の中で (The Day occult-club Stood Still) 投稿者:剣士”


 ネルフ本部ゲート前に、六人の男女がいた。
「あれれれれ?」
「おいおい、マルチ、何やってんだ?」
「あ、浩之さん。IDカードをスロットに差し込んだんですけど、ゲートが開かないんです」
 マルチと浩之がもめてる横をくぐり抜け、綾香もスロットにカードを差し込んだ。
  やはり、ゲートはウンともスンとも言わない。
「あらら、ホント。どういうことかしら。セリオ、分かる?」
「――少し待ってください・・・来栖側のデータバンク衛星は正常に作動・・・・・・
 しかし、ネルフ本部内との通信が不可能・・・正・副・予備の三系統が同時に停電しているようです」
 セリオの言葉を聞いて、綾香は長い髪をかき上げた。
「偶然・・・って訳じゃなさそうね」
「――はい。本部だけではなく、市内全域が完全に沈黙しています。
 人為的なものであることは疑いようがありません」
 四人のいるゲートより、一歩下がった所にいる二人の会話。
「困ったね。瑠璃子さん」
「うん。そうだね、長瀬ちゃん」
 と言いつつ、あんまり困ってなさそうな、のんきな二人であった。
「だああぁ!! 開けってーの!」
「浩之さ〜ん、落ち着いてくださ〜い。ゴミ箱でゲートを殴っても解決にはなりませんってばぁ!」
 暴れる浩之、なんとか制止しようと必死のマルチ。
「あったまくるわねぇ! セリオ、サテライトキャノン準備して!」
「――ゲートだけでなく、本部内まで破壊してしまう恐れがあります。承認できません」
 無茶を言うが結構本気入ってる綾香と、さりげなくそれを抑制するセリオ。
「どーしようか」
「・・・どーしよう。困ったね、長瀬ちゃん」
「うん」
 そして、至ってマイペースというか二人の世界に突入している祐介と瑠璃子。
 この面子で、今回まともに話が進むのであろうか。

 セスナ機が上空から使徒の接近を報告していた。
 それを洗濯物を両手に抱えた柳川が、線路上から見上げていた。一人分にしては量が多い。
  言うまでもなく、貴之の分も含まれているのだ。そして、柳川と同僚のオペレーターである
  貴之は、当然、孤立しているはずの本部内にいる。彼は、洗濯物をボトリと落とした。
「た、貴之ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
 いきなり路上で鬼モードを発動させた柳川は、通りがかった選挙カーを跳ね飛ばし、
  目の前に立ちふさがる全ての障害をものともせず、本部に向かって一直線に爆走し始めた。

「ぬるいな」
「――そうですね」
 ネルフ本部内。保科智子司令官と、姫川琴音副司令官の会話であった。

 ズンッ!!
「ぬぉわっ!!」
「・・・なっ、何よ、これ!」 
 何か巨大なものが落下してきて、通路の先頭を歩いていた、浩之と綾香の目の前の床板に突き
  刺さった。それは、本部内の各所に設けられている隔壁の一つだった。
  しかし常識から考えて、こんなものは普通、頭上から降ってくることはない。ちなみに
  隔壁の中央部は奇妙に捻れていた。綾香はその巨大な捻れが、腰の入った拳の跡だと見抜いた。
 浩之が上を見上げると、空中廊下を土煙を上げながら全力疾走する何者かの姿が、
  暗やみの中うっすらと見えた。セリオがその存在を確認する。
「――どうやら、柳川さんのようです」
「んー、・・・そうみたいね・・・」
 目を凝らした綾香が呟いた。
「浩之さん、呼びかけないんですか?」
「マルチ、そいつは無駄ってもんだ。今の柳川さんは鬼モード全開だからな。
  貴之さんの声を聞くまでは元にも戻らねーよ」
「電波を使って呼び止めるってのはどうかな?」
 祐介が横から口を出した。
「お! 電波VS鬼か。それも面白いかも知れねーな」 
 その時、瑠璃子が祐介の裾を、くい、と引っ張った。
「長瀬ちゃん。アニメ原作の方じゃ、私達、気付かれないよ」
「あ、そうなの。じゃあ、やめとこう」
  あっさりと自分の意見を引っ込めた祐介に、浩之は思わずズッこけた。

 さらに六人は進む。途中、左右の分かれ道があった
  が、セリオのサテライト・システムがあるので、道に迷うことはない。右に向かうことになった。
 非常口があった。
「・・・着いたのか?」
「さあ・・・。でも、開けてみないことには何も進まないわ」
 綾香が慎重にノブに手を伸ばし、そっと扉を開いた。
  眩い陽光と新鮮な空気が、狭い通路に流れ込んできた。
「・・・外?」
 六車線の車道と、その左右に林立するビル群。どうやらオフィス街だったようだ。
  突然、綾香の目の前に、浮遊する巨大な生物が姿を現した。
「・・・!!」
 綾香が声にならない叫び声を上げて、思わずのけ反ったので、
  後ろにいた浩之、マルチ、セリオ、瑠璃子、祐介は、それぞれの身体と通路で
  サンドイッチされることになった。
「・・・し、使徒?」
 その生物は、なんらかの乗り物のようにも見えた。例えるなら、有機的な飛行船だ。
  頂上に人影が見えた。頭のてっぺんの髪の一房がピンと跳ね上がっているのと、
  特徴的なもみあげが印象的だ。そして目つきが悪い。
『彼女』が叫んだ。
「おら、いっちょ行ったれ、ヨーク! ネルフに殴り込みじゃぁ!」

「貴之、貴之ぃ!」
 絶叫する柳川を余所に、保科智子司令官と姫川琴音副司令官が相談していた。
「原作と違って、私ら、することないんやけど、どないしよ」
「ですね。本来ならEVAの発進準備と言いたい所ですが・・・」
「機体が操縦者と一緒におんねんもんなあ」 
 智子と琴音は同時にため息をついた。手持ち無沙太な二人であった。

 その頃、当の六人はと言うと・・・・・・。

「どーでもいいけど・・・」
 綾香がチラリと後方を歩く祐介を見た。
「な、なに?」
「んー、どっちかって言うと、あなたの方が『逃げちゃ駄目だ』って台詞、似合うと思うのよねー」
 その意見に浩之も賛同した。
「おう、同感同感。どう考えても、こりゃキャスティング間違ってるよな。
  綾波は瑠璃子・・・さんづけじゃないと駄目? 祐介」
「駄目です」
 祐介がきっぱりと言い切った。

 などと他愛もないことを話しながら、通路を進んでいた。
 その後、行き止まりにぶち当たった浩之たち六人は、通路の上部ダクトを通ることで、
  ネルフスタッフ達と合流を果たし、即、使徒殲滅の作戦に突入することとなった。

 第五、六話に登場した(のかどうかは知らないが)使徒によって穿たれた縦穴に
  浩之たち御一行は到着した。セリオ、瑠璃子、マルチの順に、両手両足を壁に
  ピンと張って踏ん張り、上に昇っていく。
「・・・降ってくる」
 ポツリと呟いたのは瑠璃子だった。
 と同時に、何か液体上のものが上から垂れ落ちてきた。
「――!」
 セリオが手を滑らせた。
「うっ!」
 同時に綾香がうめき声を上げた。
「お、おい、綾香?」
 その側にいた浩之は、綾香に声をかけようとした。
  が、綾香がいつの間にか、胸の真ん中に赤い丸のついた背中だの肩だのに突起のある
  黒いレオタードのようなものを着ているのを見て、それを止めることにした。
  念入りに赤い鉢巻きまで巻いている。そして、右手にはハートの紋章。
「モビル・トレース・システム・・・?」 
 自由落下したセリオは当然、真下の瑠璃子にぶつかる。
「うわっ!」
「どうした、祐介!」
「今度は何だよ」とでも言いたげな表情で浩之が振り向くと、祐介が全身をのけ反らせていた。
  足下にノートパソコン・・・・・・いや、この場合はマイコンか。そして祐介の腕にはリストバンドが。
「・・・・・・」
 浩之は無言だった。まさか、プラ○ス三○郎まで出すとは思わなかったらしい。
 その瑠璃子もセリオの体重を支え切れず、マルチに激突。三人揃って底まで落っこちそうになった。それを
  救ったのは、横穴に待機していた浩之と祐介と綾香だった。
  まず、浩之が落ちてきたマルチを横穴に引きずり込み、続いて祐介、綾香の順で
  瑠璃子とセリオをキャッチした。ちなみにこの時、浩之とマルチが、後から飛び込んできた
  瑠璃子やセリオの下敷きになったが、まあ、それはどうでもいい。

 横穴で、緊急の会議となった。六人が車座となって相談する。
  その間も縦穴には液体がボトボトと降り注ぐ。
「――分析結果、この液体は特殊な油であることが判明しました。学術名『おやじあぶら』です」
「おい、セリオ、それってまさか、溶解性があるとか?」
「――いえ、それはありません。おそらく、本部内を油で溢れさせ、
  内部の人間を溺死させようとしているのではないかと思われます」
「・・・すごい計画ですね」
 マルチが呆れた表情で感想を漏らした。
 確かにその通りである。
「で、どうするの? このままだと、本当にみんな油まみれで溺死なんていう、
  やな死に方になっちゃうわよ」
「まあ待てよ、綾香。今、考えてるんだから。 いいか?相手は油だ。
  油ならお湯か洗剤で洗い流せばいい」
 キッチンの洗い物についての話みたいなことを浩之が言う。
  洗い物。全員が一斉にマルチに注目した。
「え? え? えぇ!?」
 皆の視線を一身に浴びたマルチは、戸惑ったように五人の顔を見回した。

 作戦は決まった。
 モップを持ったマルチが横穴の縁ギリギリに立った。
「よーい・・・」
 浩之は空砲の入った拳銃を右手に高々と掲げた。左手で片耳を押さえている。
  そして、引き金を引くと同時に叫んだ。
「スタート!」
 マルチは縦穴に飛び込んだ。底に着地する。
  で、こけた。
「い、痛いですぅ〜」
 涙ぐみながらも体制を整え、モップを構えた。そして、その場で回転。
  床が油まみれなためか、よく滑る。さながら超電磁ヨーヨーのようだった。
「たああああああぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜!!」
 すさまじい回転のためか、マルチ自身を軸とした『マルチ独楽』は縦穴を舞い昇る。
  側壁の油はモップの効果で次々とはがれ落ちていった。上から降ってきた油はマルチにかかるが、
  それも弾き飛ばされた。
 マルチが横穴の高さを越え、さらに上へと昇っていく。それを見届けた綾香とセリオが第二陣だ。
「じゃ、いくわよ、 セリオ」
「――はい。サテライトキャノン、スタート」
 天空から青白い光条が舞い降り、使徒に直撃した。
  使徒の身体は遥か高見、静止衛星からの攻撃に揺るいだ。
  しかし、不意打ちで平手打ちを喰らった程度のダメージでしかない。
「こらぁ! ヨーク、気合い入れるっつってんだろが!!」
『彼女』が使徒に喝を入れると、傾いた使徒のからだがググッと持ち上がった。
 綾香もセリオも、ダメージが軽微であろうことなど承知済みだった。
  ちなみに、サテライトキャノンは一度撃つと、充電に五分かかる。
 第三陣。油の落ちた側壁を、使徒の攻撃がゆるんだ隙に、祐介と瑠璃子が手足を張って昇っていた。
「毒電波の射程距離に入った。瑠璃子さん!」
「うん」
 チリチリチリチリチリチリチリチリチリチリ・・・・・・・・・・・・。
 二人の毒電波が、使徒の頂上にいる『彼女』を襲った。
「な、なんだ、これは・・・・・・あ、頭が・・・くっ・・・・・・あ、あれ?」
『彼女』の 目つきがタレ目になった。
「・・・えーと。あ、そうだ。確か、梓お姉ちゃんがクラブで遅くなるからって、
  千鶴お姉ちゃんが晩御飯を作って、それから・・・・・・」
 しばらく『彼女』は人差し指を唇に当てて考えていたが、
「あ! と、とにかく帰らなくちゃ! ヨーク、行こ」
「わん!」
 とは、さすがにヨークは吠えなかったが、とにかく使徒は撤退した。

 満天の星空の下。
「疲れたなぁ」
 町に明かりが戻っていく様子を丘の上の草原に腰を下ろし眺めながら、浩之は呟いた。
「ホント。でも、また使徒はやって来るわよ。それまでの束の間の休息ね」
「――綾香さんの言うとおりです。ですが、今は危機が去ったことを
  素直に喜ぶべきではないでしょうか」 
「まあね。セリオもご苦労様」
「――いえ。これもお仕事ですから」
 祐介はというと、瑠璃子に膝枕をしてもらってグッスリ眠っている。
  そんな祐介の寝顔を瑠璃子は何を考えているのかよくわからない表情で見下ろしていた。
「いやぁ、マルチもご苦労さ・・・あれ? マルチは?」
 浩之は周囲を見回した。
「あら。そういえば」
「――どこに行ったのでしょう」

 使徒によって穿たれた、巨大な大穴のすぐ側で、モップを持ったままのマルチが倒れていた。
「め、目が回りましたぁ」

                             −END−
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あとがきは私のホームページ掲載予定。