第拾参話 猫、侵入 (The CAT's EYE) 投稿者:剣士”


 セントラルドグマの下層に位置する大深度施設。
 松原葵が本部内に蔓延する『志保』を確認したのは、マルチの清掃技術実験の最中だった。
 保科智子博士は迅速な行動で、浩之とマルチを外に射出、即、対策を行った。
 『志保』はマイクロマシン――細菌サイズのものだった。
空気感染し、でまかせを吹きまくる嘘人間が続出した。
曰く、雅史が矢島と一緒に体育館の倉庫で何かしていただの、あかりがゲーセンでクレーンゲームの
筐体をゲシゲシ蹴っていた、などなど訳の分からない出所不明な噂話が本部中を駆け巡る。
 『志保』に弱点が無いわけでもなかった。
『志保』に感染しなかった人間の共通点、それは『歌』だった。
有線ラジオの流れている部屋にいた職員や、ヘッドホンを耳に装着していた職員は無事だったのだ。
智子は本部内全域に、たまたま手元にあったCDを放送した。
すると、いったんは『志保』も活動を停止した。
だが、それも長続きしなかった。
『志保』が奇妙な音を発し始めたのだ。
ボリュームを最大にしてみると、
『志保』が歌っているのが分かった。
志保菌感染者は再び増え始めた。
もっとも、智子が流していたのが演歌では無理からぬところであろう。

「どうしましょう。このままでは、本部内の人間全員に感染するのは時間の問題です」
 葵が出てもいない汗を拭う振りをする。
モニターには、本部の地図が映っている。
その三分の一が青、つまり『志保』に占領され、なおも他の部分を侵食し始めていた。
「いや、まだ手はあるで」
 コンソールをバンと平手で叩くのは保科智子博士。
「え!? どうするんですか?」
 智子はどこからともなくマイクを取り出すと、
葵に放り投げた。葵は反射的に受け取ったマイクを見て戸惑った。
「相手が歌で攻めてくるんやったら、こっちも歌で攻めるんや。
さ、まずは一番手、松原さん、ゴーや!」
「え? え? ええっ!? 
ちょ、ちょちょちょちょっと待って下さいよ! 
私、カラオケなんてやったこと無いですよぉ」
 葵の抗議なぞ、智子は聞いてはいなかった。
「現在、『志保』が歌っているのは『Brand New Heart』で、数値が685。
この数値を越えれば、『志保』の増殖は停止すると思うんや。
てなわけで、気ぃ、入れて歌いや」
「で、でも、私」
「なんか、知ってる歌ないん?」
「ええっと・・・『あたらしい予感』なら・・・」
「ほんならそれ行こ。音楽スタート!」
 智子の行動は素早かった。
どこからともなくリモコンを取り出し、カラオケ機に入力する。
何故、こんなところに通信カラオケが、なんて野暮なことは聞かないように。
 音楽が流れ始めた。
「“ブルー”鳥がそーらたーかーくー、飛ぶー」
 葵があきらめ顔で歌い始めた。
しかし、すぐに可愛らしい声に熱がこもり始める。どんなことでも一生懸命なのが葵の美点だ。
「“グリーン”風になーびくー、草ーたちー」
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「信じてーゆける、そんなー、かわらないーよかーん」
 ダダダダダダダダダ・・・。
 カウンターがめまぐるしく変化する・・・。
 シンバルの音と共に、結果が表示された。
 690点!
 『志保』の動きが停止する。
「やりました、先輩!」
「・・・いや、喜ぶのはまだ早いみたいやで」
 モニターを凝視したまま、智子が葵に言う。
「え?」
 『志保』の発する音が大きくなった。
約四分が経過した。カウンターが変化し、
シンバルの音と同時に695点が表示された。
「そんなぁ!」
 葵が悲鳴を上げた。
「やるなぁ・・・。こうなったら徹底抗戦やね。次歌う人!」
 オペレーター達が一斉に手を挙げた。
「二番、坂下歌います! 
じーんせーい、楽ありゃ苦ーもあるさー!」
 クジで順番が決まり、実験場は、急遽、特設カラオケ大会会場となった。

 数時間後、緊急対策会議が開かれた。
「アイデアは良かったのですが・・・」
 智子の代理で、葵が柏木千鶴司令官に報告した。
千鶴は無言で頷いた。
「結局の所、先輩の『六甲おろし』が『志保』の700点と同率で頭打ちになりました。
『志保』の増殖は緩やかではありますが確実に進んでいます。
ちょっとこれを見てください」
 全員がスクリーンに視線を向けた。
 そこでは、わらわらと大勢のシャギーのかかったショートカットでルーズソックスの女子高生が、
両手を繋いで行進していた。全員同じ顔なのが少し不気味だった。
「超精密顕微鏡の映像です。個体が集合し、知能回路を形成した『志保』は、現在、
本部のスーパーコンピューター『SIZUKU』をハッキングしています。」
「『MIZU−P』『SAORIN』は既に敵の手中に落ちたようね。
梓、ちょっと音声入れてみて」
 千鶴の言葉に頷いて、梓副司令官はスイッチを入れた。合成音成が聞こえてきた。
『SIZUKU』は現在、『志保』の対策を練っていたはずだが、まったく別のことを報告し始めた。
「千鶴さんの必殺技は家事全般。
皿は壊すし食事は殺人級。弱点はダイエットです」
「今日は2月31日。6時82分だよ。おっはよー。
男の子は元気な一部を、大ボケな年上のお姉さんに見られないようにね」
 『SIZUKU』は確かに感染していた。
だが、別の恐怖で会議室にいた全員が硬直した。
皆、目線だけを司令官に移す。
「・・・・・・」
 千鶴は沈黙していた。非常に危険な沈黙だった。
気のせいか、影に角が生えているかのように見えた。
「・・・『志保』を滅ぼす策が無いわけでもないんです」
 智子が唐突に提案した。やや、声がひび割れている。
智子は『六甲おろし』熱唱のため、ノドを痛めていたのである。だが、それを推してでも
千鶴の気を逸らす必要を感じたのだ。
「え! ど、どんな策よ!?」
 梓がわざと大声で智子の発言に飛びついた。
この際、何でもよかった。
今の千鶴姉の気を逸らせるものならば。
「『RURIRURI』が感染される前にワクチンを作ります。
それを『RURIRURI』のプログラムに組み込んでおいたら・・・」
「『志保』が『RURIRURI』に接触した途端、ワクチンが『志保』の殲滅に乗り出す、
 という訳ね」
 千鶴が智子の後を引き継いだ。
全員が安堵したのは言うまでもない。
 方針が決定した。

 マスターアップ直前のソフトハウスもかくやという猛烈な勢いでプログラムを入力し続けた
 智子と葵。
 その甲斐あって、『志保』と『RURIRURI』が接触するギリギリになってワクチンは
 完成した。
ここから先は超精密顕微鏡視点による、
『志保』とワクチンプログラムとの会話イメージである。

「ちょっとぉ、これからるりるりに会いに行くのに、邪魔しないでよ」
「邪魔も何もあらへん。長岡さん、
自分が何してかわかってんの? 
ったく、あんたのせいで本部の人間みんながえらい迷惑こうむってんねんで」
「な、なによ。
あたしはただ、るりるりに情報を持ってきてあげただけよ?」
「へえ・・・、どんな情報なん?」
「長瀬君が電波を使って衛星放送を受信してさおりんといっしょにTVを見てたって噂よ」
「・・・・・・」
「・・・なによ、頭抱えて」
「・・・またガセネタかいな」
「あたしの情報はいつも本物よ!」
「じゃあ聞くけど、その情報の出所は?」
「え? ええっと、そう!
 と、友だちに聞いたのよ」
「その友だちは、その話を、いつ、どこで、誰に聞いたん? 
 長瀬君かさおりんからその噂話の裏づけ取ったん? 確認もせんと
 あれこれ言うんはちょぉっと問題あるんとちゃう?」
「あ・・・うう・・・」
「なんか反論は?」
「・・・じゃあ、じゃあ」
「なんなん?」
「じゃ、ちょっとその友だちの所に確認しに行ってくる!」
「あ! 逃げよった!」

「・・・『志保』撤退しました。
 ワクチンプログラムは『志保』を追跡しています」
 葵の報告に、『RURIRURI』内部で書き換え作業を終えた智子は安堵のため息をついた。
「・・・なんとか、今回は助かったみたいやね」
「・・・よかったですね。本部が無事で」
「松原さんもごくろうさん。ボーナス弾んでもらわななあ」
「そうですね」
 葵はにっこり微笑んだ。
 その時、電話のベルが鳴った。
「あれ? 電話? ・・・はい、もしもし?
 藤田先輩!? あ、はい、はい・・・
 わかりました。すぐに向かわせます。
 ・・・え? あ、そうですね」
 電話の応対に出た葵だが、最後の方はクスクス笑いになった。
『RURIRURI』から這い出た智子は怪訝な顔をした。
「なんなん?」
「あ、えっとですね、第壱発令所から射出された藤田先輩からなんですけど、
 マルチさんが湖の底から浮かんでこれないので早くサルベージしてくれ、とのことです」
「松原さん、最後笑ってたみたいやけど」
「あ、それがですね、藤田先輩が言うには、
『オレとマルチ、この脚本家が担当すると、いつもほとんど出番ねーじゃねーか!』
 だそうです」
 智子は苦笑した。うんこらしょと起き上がり、背筋を伸ばした。いつものことだが、
 肩が凝って仕方がない。
「・・・ん〜。確かに。
 ま、それはさておき、やらなあかんことはいっぱい残ってるで。さて、お仕事お仕事」
「まずはマルチさんのサルベージですね。
 それから今回の一件の残務処理、それからそれから・・・」
 そんな会話をしながら、二人は第壱発令所を後にした。  
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すまん、浩之、マルチ。次は出番増やすから。
『RURIRURI』のスペルがあってるのかどうか、
いま一つ自信がありません。
「違うー」という方は伝言板にツッコミよろしく。
前の「ヒグマダイバー (HIGUMA DIVER)」と同じように、
これも自分のHPにサルベージしときます。
なんせ、昨日書いたヤツがもう過去ログに埋もれてますから。
あとがきもそっちに書いときます。
転載可ですが、できれば報告してくれると嬉しいです。 


http://www2s.biglobe.ne.jp/~teraoka/default.htm