「番外編1以来の大学生編です。別に内容が変わる訳ではないのですが・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「――・・・。――さん、――さん。起きて下さい」 揺り動かされ、目覚める。 中途半端に開かれた僕の目に、朱紅色が飛び込んでくる。 そして、白っぽい肌の色、同時に琥珀色の瞳の色と順に知覚する。 「あ・・・おはよ・・・セリオ・・・」 事態を把握すると同時に、照れくささがわき起こり、僕を見つめているセリオから 視線を逸らす。 こうして今日も、無事に朝を迎えた。 「おかしいなぁ・・・」 まだ目覚めきっていない頭を掌の付け根部分で軽く叩きながら、半分に捲りあげた 布団から這い出る。 普段は目覚めはいい方なのだが、最近こうしてセリオに起こされることが増えてき た。 学生という立場上、僕のあまり動くことのない大まかなスケジュールを知っている ので、セリオはその曜日に見合った時間に僕が自分で起きてこない時に限り、こうし て僕を起こしてくれる。 特に最近が寝不足とか、そういう訳でもないのだから、この傾向はおかしいと言え ば、おかしいとぼんやりとだが自分で感じている。 心の何処かでこうして甘えることを望んでいるのかも知れない。 十二分に慣れてきた生活の中でも、徐々にだらけ、崩れていく心の緩みみたいなも のを感じ取る。 …何か、弱くなったのかな・・・。 そう思って苦笑するしか、今の僕には出来なかった。 『寝ても醒めても 〜どうしようもない僕に降りてきた天使・番外編4〜』 朝食の支度に戻ったセリオを余所に、ゆっくりと布団から出た僕は欠伸と共に伸び をする。 起こしに来る時間まで寝ていたとは言え、ギリギリの時間な訳ではない。 時間にルーズでない性格なので、僕のいつもの起床時間は余裕が十分になるし、起 きてこないでセリオが起こしに来る時間も、そこそこ余裕がある。 これより遅く毎日起きる人も多くいるだろう。 既にカーテンは引かれていて、朝日が僕の今、立っている足下にまで射し込んでい た。 これはわざわざ教えた事ではない。 この程度なら、僕がしているのを見て自分で覚えてしまうのか、こういうものだと 予めデータから知っているのか、それとも自分で判断したのかはわからない。 どうでもいいことだ。 「ん?」 気が付いてみると、枕元の目覚まし時計の電池が切れていた。 最近の寝坊助のからくりは、呆気ない事実によって解明された。 ・ ・ ・ 洗面所で顔を洗って、新聞受けから新聞とチラシを取って、朝食の支度をしている セリオを横目に冷蔵庫から飲みやすい量の飲用ヨーグルトの紙パックをひとつ取り出 す。 そして椅子に座って朝刊を広げ、ヨーグルトの紙パックにストローを突き刺して飲 みつつ、朝食が出来るのを待つ。 いつも通りの、ライフスタイルだ。 このまま朝食が運ばれても新聞を読み続ければ、一昔前の日本のお父さんになるの かも知れないが、僕の場合は取り敢えず朝食が来るまでの間だけだ。 「――お待たせ致しました」 セリオがそう言いながら朝食を運んでくる。 オーブンで暖めたレーズン入りのロールパンとバター。基本はご飯中心だが、こう してパン食の時もあり、特にこだわりはない。 自分一人の時は、おかずとして昨日の残り物の状況等が、選択に影響を確実に及ぼ しているが、今はどうなのかわからない。 その頃は冷蔵庫の中身も大まかに覚えていた癖に、今はさっぱりわからない。 焦げかけた干し葡萄の甘味と、バターの塩加減が絶妙で食欲が沸く。 こうして暖かくすれば普通のロールパンでも、トーストとはまた違う味わいがある 。クリームシチューなどの付け合わせにはなかなかいい。 少し濃い目に煎れたコーヒーを飲みながら、オーブンとテーブルを幾度も往復させ るセリオ相手にそんなな事を喋ったり、TVのニュースの話題に突っ込んでみたり、 僕はこの日もいつも通りの朝食の時間を過ごした。 コーヒーのお代わりを飲みながら、再び新聞の残りの記事に目を通してから、よう やく支度を始める。 この辺はすでに習慣と言うか、特に意識することなく身体も動く。 「それじゃあ、行ってくるよ」 「――はい。行ってらっしゃいませ」 ――鼠に轢かれないようにね。 子供の頃に留守番する度に言われたそんな軽口が頭に浮かんだが、勿論口には出さ なかった。 「ふわぁ・・・」 歩きながら大きな欠伸が出る。 手で口元を押さえるが、あまり隠しきれなかったようだ。 照れ隠しでもないが、不意に時計を見る。 朝に時間を気にする生活はあまり送っていなかったので、気付かなかったが相当今 日はゆっくりしていたらしい。 かなり、遅い時間だった。 僕は小走りで駅まで急ぎ、込み気味の電車に揺られ、大学のある駅で降りると、早 歩きで大学へ急ぐ。 自分の時計を見る限り、歩いても間に合わない時間ではないのだが、本当のぎりぎ りになりそうな気がしたのと、いつもより遅いという焦躁感がそうさせていた。 …・・・こう言う時に限って休講だったりする。 結局、その日はその後の授業だけを受けて帰ったが、改めて最近起きるのが遅くな っていることを考えながら寄り道をしていた。 止まっていた目覚まし時計の問題ではなく、セリオが起こす時間についてだ。 時間に関しては常に早めを意識するだけで、特に気を使っているわけではないので 推測の域を出ないのだが、最近平均して大学に辿り着くのが遅い。 自分の生活リズムはあまり変わっていない。 今日だって、特別時間をかけた行動は取っていない筈だ。 わざわざ時間を計っているわけでないので、実証は出来ないのだが、そうそう変わ ることはないと思う。 無意識が故に。 今までと起きてからの自分の行動に変化がないとすれば、思い至るのは起きる時間 から全て遅れているのではないかと考えが及ぶのだ。 目覚まし時計の有様でわかるように、僕はあまり時計を見ない生活だけに、本当の 所はわからない。 少し、疑念を抱いて、気を付けようとしても朝には忘れている。元々、寝起きにそ の様な発想まで思い至ることはない。実際に遅刻でもしない限り。 だが、同時にそれでセリオが起こすのが遅れていると判断するのは考えすぎだと思 う。 今までも、こうして幾度となく自分に都合の良い解釈をしては、思い違いに気付き 後で自己嫌悪するくせに、こうして思ってしまうのはどこか捨てきれない思いがある のだろう。 元々、セリオが僕を起こすのはそう命じたわけではない。 主人が遅刻したら拙かろうという、一般常識的な判断から出ているのだろう。 メイドロボットとして。 これに限らず、大概の事で「放置しては拙かろう」と彼女が判断したものが彼女を 自主的に動かすのだ。 彼女の判断とは客観的な判断のことだろうが。 …確かにセリオは自主的に色々することも多くなってきたけど、それは与えられた 仕事の為や、自分の主人としての僕の為であって自分の都合では何もしない。 そう言うことだから、彼女の起こしに来る時間が変更することは考えにくい。 だから、こんな結論に至ることはおかしいのだ。 だが、ふと色々考えているうちに思ったことがある。 …セリオは目覚まし時計の電池が切れたことに、気付いていないのだろうか。 家計簿を付けさせて、確認しているわけではないのでわからないが、セリオは家中 のものについて、気を配っている。 電池や電球、蛍光灯などは切れかかってくると必ず新しい物と取り替えていた。 初めの頃に言っておいた気もするが、どっちにしろ自主的に行う行動と考えて良か った。 目に付いたところだけ、気付いたところだけだとしたら、自分が使わない僕の目覚 まし時計に気付くはずがない、そう考えた。 そうして納得したのだが、 …あ・・・。 大事なことを忘れていた。 目覚まし時計は鳴るのだ。 動いてさえいれば。 今まで鳴り続けていたものが、鳴らない。 それに気付かないはずがない。 …いや・・・ それで起きていた自分が気付かなかったのだ。 そう考えるのも如何なものか。 思考がいつもの袋小路に入っていく。 結局、目覚まし時計の電池は買い忘れた。 ・ ・ ・ 夜、居間のテーブルに向かってレポートを書いている途中、手が止まる。 「・・・・は・・・・は・・・・っ・・・・くしゅっ!!」 強制的に全ての神経を寄せた大きなくしゃみが出る。 出るまで、他の作業は何一つ出来ない。 それ程近くにいた訳でもないセリオと目が合う。 くしゃみが口から出す細かなビールスだか何だかの粒子の範囲はかなり広いらしい から、もしかしたら届いたのかも知れない。 それともただ、くしゃみの音に反応しただけなのかは判らないが、じっと見つめら れると気恥ずかしい気分になる。 更に頭の中でそれが最近の朝の儀式と記憶が重なり、慌てて目を逸らす。 相変わらず、意識過剰だ。 「うぅ〜・・・寒い・・・」 仕方なく誤魔化すように鼻を啜って、そう呟く。 勿論、相づちを打ってくることはないのだが。 そんな言い訳じみた話は兎も角、実際今夜は寒かった。 昨日までは春らしい暖かさだった癖に、急に真冬並みの寒さに戻る。 ここ数年では珍しくなくなってきたが、やっぱり身体が対応できない。 気を付けないとすぐに風邪を引いてしまう。 そんなことを考えると、早めに寝た方がいいと判断してレポートを書くのを止め、 布団を敷くことにした。 寝間着に着替えて歯を磨こうとした僕の前にセリオは来ると、 「――暖めて、おきましょうか?」 と、聞いてきた。 …何か木下藤吉郎みたいだ。 でも、冷たい布団は困る。 特に僕の場合、冷え性なのかずっと布団にいてもそれ程温もりを保持できない。 自分がいる場所のみは体温で暖まるのだが、少しでもずれるとあっと言う間に今ま で身体があった場所は冷たくなる。 だから夜中にトイレに行くと、直ぐさま戻ってこなければならない。 どうも、外側へ自分の体温を放熱することはないのだ。 それだから子供の頃から小型の電気アンカが手放せなかったのだが、セリオが来て すぐに壊れてしまい、それ以来、自主的な彼女の申し出を入れた形で電気アンカ代わ りに布団を暖めて貰っていた。 ロボット故に、あまり熱を出すことは良くないのだろうが、敢えてその辺は聞かな いでいた。それ程無理をさせているとも思えなかった。 それでそろそろ暖かくなってきたからいいと断ってきていたのだが、今日ぐらいの 寒さなら、頼みたい気分になって僕は頷いた。 喩え変態じみてるだの異常だの何だのと揶揄されても、これだけは誘惑に勝てない で屈する。 ペットボトルにお湯を入れてタオルで巻くと言う手もあるのだが、惰性がそうさせ ていた。 それに「もうこれからはしなくていいから」とは言えなかった。 添い寝状態を維持していたいとかよりも、少なくても間違いなくセリオの自主性か ら出た行為の一つをこちらから無くしてしまうことに、怖さがあった。 これを断ってしまうと今後セリオがこうい発想をしなくなってしまうのではないか という漠然として形のない不安が沸いたのだ。 だからこそ、「また来年宜しくね」な断りを彼女に入れておくだけに留めておきた かった。 照れはあったが。 「んじゃ、オヤスミ」 「――おやすみなさいませ」 布団の中央の場所を明け渡して貰い、その温もりを甘受する。 こういうのがマザコンと言うのか、どうだかは判らないが、こうして添い寝に近い 状態で寝ていると、とても安心するし、心地いい気持ちになれる。 変な意味でなく、だ。 「・・・・・・」 寝に入る前にぼんやりと、昼間に考えていたことを思い出す。 もしかして、僕が起きてから大学に行く時間に余裕があると逆算して、起こす時間 をずらしたのだろうか。 考えられないことはないと、一瞬だけ思ったがすぐに却下する。 その大学に遅れそうなのだ。 下手をすると。 じゃあ、・・・、・・ その辺で考えるのに疲れたのか、純粋に眠気が勝ったのか、意識がかすれ、眠りに 落ちた。 ・ ・ ・ 夢を見た気がする。 どんな夢か、覚えていない。 目は閉じたままだが、起きた気がする。 頭がぼんやりとしていて、働いていない。 目覚めきっていない状態。 このまま、考えることを放棄すればきっと再び眠ってしまうのだろう。 そんな気がした。 半分眠ったままの状態ながら、朝を感じさせる。 ベランダから雀らしき小鳥の鳴き声が聞こえてくる。 カーテン越しなのか、光が漏れているのか、朝独特の暖かさが、熱として布団を暖 めているのを感じる。 ・・・不意に気配を感じた。 気配と言っても、気のせいだったのかも知れない。 誰か、いる気がするのだ。 勿論、誰かなんて思い至らない。 ぼんやりした頭だったので、夢だったのかも知れないし、気のせいだったのかも知 れない。 その気配に根拠すらない。 ただ、そんな気がしただけだ。 唐突に、漠然と。 それ以上は、再び押し寄せた睡魔に全てを委ねるように眠ってしまった。 ・ ・ ・ 「――、――さん。起きて下さい」 今日も僕はセリオに呼び掛けられて目覚める。 何かデジャ・ヴを感じたが、それが昨日から同じ事の繰り返しだと思い出した時、 それ以上考えなくなっていた。 こうしてまた、僕の一日が始まる。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「久々に一人相撲だけでない、セリオサイドの動きを出しました。牛歩の如くですけ れど(苦笑)」http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm