「これは、浩之じゃない方です・・・ハイ」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− …側に、いるだけで・・・。 「恋ってなんだろーねー」 「な、何よ、いきなり・・・」 教室を飾り付けしただけの簡単な喫茶室。 そこそこに賑わっている中、店側のこの学校の女子校生達の一人の女の子が、そう ため息混じりに呟いているのを耳にする。 「あ、知ってるわよ、恵美・・・川口君とデートしたんでしょう?」 「え、そうなの!? で、で、どうだったの?」 「べつにぃ・・・ただ、一緒にいくつかお店回っただけだからぁ・・・」 「だって、川口君、由嘉里との約束破ってまで来てくれることになったってあんなに 喜んでたじゃないのよ・・・」 「それは、由嘉里の方が急に予定に入っただけだったのよ・・・」 きゃいきゃいとはしゃぎ出す。少し離れて、頬杖をついたままの一人を除いて。 「はぁ・・・」 「こちら、お父様の会社に勤めている折原さん」 「・・・あの光岡学園の崇君」 「こっち、コージ。今、バンドのリードやってるんだけど・・・隣がジュン」 女子校の文化祭は彼氏自慢大会だ。 彼氏がいる娘に限った話だが。 一時期は男子立ち入り禁止だったりした時期もあったが、今は生徒側の反発もあっ て一人につき一人なら招待してもいいことになっていた。 親兄弟を含めた枠なだけに、限りなく男は少ない。 「こちら、私のお兄さまの・・・」 「有田明仁です。いつも、妹がお世話になってます」 「明仁さまでいらっしゃいますか・・・お噂はかねがね・・・」 「やだぁ・・・さっちゃん」 至る所で、その数少ない男にこのお嬢様な女子高生達が囲むように集まっていた。 脇にそれぞれ、自慢するような彼女を連れて。 「あ・・・空穂様・・・いらして下さったのですね」 「空穂様よ、空穂様がいらしたわ!!」 「水穂様も一緒よ・・・」 パタパタと複数の生徒が校門の方に向かって走っていく。 「空穂様・・・私がご案内しますわ」 「いえ、私が・・・」 「私が今日、焼いたばかりのクッキーがあるのですが、食べて戴けないでしょうか」 「・・・あ、あの・・・おい、ミズ、鈴音・・・何とかしてくれ」 「兄貴・・・それくらい何とかしなさいよ、情けない・・・」 「水穂様、あの・・・これ、宜しければ受け取って下さい」 「あら、ありがと」 「オ、オニネエちゃん・・・」 「鈴音ちゃん。人前でその呼び方止めてって・・・鬼姉って読まれるから・・・」 「すまないけど・・・今日は、鈴音のクラスに行くから・・・」 「あ〜ん・・・」 「そこまで、一緒に・・・」 「鈴音・・・私たちで先、行こうか?」 「うん・・・そだね」 「お、おい・・・ちょっと・・・待て・・・」 スラリとして無駄のない肉付きをした長身の男と、これまたヒールの低い靴なのに 170近くありそうなスタイルの良い女性がこの学校の生徒に囲まれて立ち往生して いるのが見える。 「清花お姉様ぁ〜」 「ミミ、来たわよ」 「お姉様、嬉しいですぅ〜」 その一方で、まるで場違いなほど着飾った大人の雰囲気を思い切り漂わせた女性と 抱き合う女生徒を横目に、一人の生徒が校庭を徘徊していた。 「・・・どこ、行ったのかしら?」 クラスの出し物だった喫茶店もようやく交代の時間が来て解放されると、彼女は一 目散に校門の近くを歩き回っていた。 「あ・・・」 ――見つけたようだった。 彼女の視線の先にある、誰の寄付だかで作られた大きい噴水広場のように設えられ た一角で、その噴水の淵の縁に一人、腰掛けて座っている男がいる。 「もぅ・・・こんなトコにいたの」 「よ・・・綾香」 「「よ」じゃないわよ。何処に行ったのかと思ったじゃない・・・」 「この賑わいだろ・・・うろうろしているより、ジッとしている方がいいと思ってね ・・・」 「自分の横着にそれらしい理由をつけないの」 そう言いながら、男の横に座る綾香。 喧騒が水の音でかき消されているのか、不思議な感覚がする。 「・・・・・・・」 綾香はふと、思い出す。 こんな感覚を。 思い出を。 「ねぇ・・・」 「食べる?」 スッと綾香の目の前に差し出されるたこ焼きの皿。 「・・・・・」 「ざっと適当に食べ歩いてみたんだけど・・・結構、旨いよ」 「そー言えば・・・私の所に数回、確認の連絡が届いたんだけど」 暢気そうに爪楊枝を弄くっている男に、ジト目で見つめる綾香。 「ああ。どーも、場違いらしくてね・・・何回か、巡回の教師に呼び止められた」 「招待状、持ってるんでしょう?。渡したヤツ」 「でなくちゃ・・・入れても貰えないよ・・・ただ・・・」 「ただ?」 「偽造の疑いを掛けられてたみたいだったな・・・毎年、あるらしい・・・」 「アナタが挙動不審だったんでしょ、多分」 「う〜ん・・・かも知れない」 別段、服装が変なわけでもないし、容姿風貌が異形だとか派手派手しいとかでもな い、ごく普通の大学生らしい雰囲気だ。 ただ、今日ここに来ている男の中だと、それが浮いて見えるが。 パリッとしたスーツでもないし、ブランド物でもない、ごくごく普通の格好をして いる人間は少数の部類に入る。 「・・・はぁ・・・」 綾香は大袈裟にため息を付くと、爪楊枝の刺さっているたこ焼きに、端にあるマヨ ネーズを絡ませてから頬張る。 「しかし・・・エライ騒ぎだね・・・もっと静かかと思った」 水音の奥から聞こえてくる周囲の喧騒に、ぼんやりとしたまま呟く。 「驚いた?。イメージと違って」 ちょっと意地悪っぽく笑ってみせるが、 「女子校なんて・・・行ったことないからなぁ・・・」 と、関心無さそうにあっさりと言われ、 「まぁ、そりゃそうでしょーが・・・」 疲れたような顔になる。 「・・・何か、面白い出し物でもあんの?」 「えっと・・・華山雄三のギターの弾き語りが三時から・・・」 綾香がプログラムを広げて、読み上げる。 「・・・へぇ?」 「もっと驚きなさいよ。「冗談だろ!?」とか「感性狂ってるのか!?」とか」 「冗談なのか?」 紙コップに入ったレモネードを飲みながら平然と聞く。 「ううん。ただ、終わり間近になったら、会場の電気全て消してカツラ剥ぐことにな ってるだけ」 「・・・ふぅん・・・変なこと、するんだな・・・」 「もー少し、驚きなさいよ・・・張り合い無いわねぇ・・・」 「でも、そーゆーの良くないぞ、綾香」 「アタシがするんじゃないわよっ!!」 思わず立ち上がりかける綾香。 「そりゃま、そーだな」 そう言ってクスクスと笑う男に、綾香はしてやられたという顔をする。 暫く、二人が他愛もない話をしているところに、横から声が掛かる。 「あら、綾香さんじゃありませんこと?」 「あっ・・・」 「・・・ん?」 胸を張り、両腕を組んだポーズをしたこの学校の制服を着た女が、何か間違えたぐ らいに白のラインが縦に入った黒のスーツを着た男を脇に従えて二人の前に現れる。 女は制服からはちきれないばかりの胸を、それを誇示するように反らしていた。 「・・・・・」 綾香の横に座ったまま、顔を微かにあげるだけでその女生徒を大した興味も無さそ うに見上げる。 「・・・まぁ、中の上って所かしら。この方がアナタのカレシですの?」 その女生徒はそんな男を大仰に見下ろすようにして、アクセントはしっかりと下に つけて綾香に訊ねる。 「・・・ええ、そうよ」 そう言いながら、チラリと横目で隣の様子を盗み見るが、綾香の言葉に反応した気 配はない。隣は脚を組み、その上に肘を乗せて、顎を掌で支えるようにして相手の方 を見ていた。さして関心なさそうにして。 …もぅ・・・。 「ふぅん・・・綾香さんのことだからてっきり柔道か相撲でもやってる人でも連れて くるかと思ってましたけど・・・意外でしたわ」 「それは、お生憎様ね。ご期待に添えなくて。で、そっちが貴女の連れ?」 「あら、紹介が遅れましたね。こちら、私と正式なお付き合いをしている藤原浩平さ ん。お父様の取引先で、綾香さんもご存じでしょうが九条家の正式な流れをくんでい る藤原財閥の・・・」 「ええ、知ってますわ。ウチとも深いお付き合いをしていますから・・・」 「じゃあ、先日、珠算の大学生の部で世界チャンピオンになったのも、ご存じですわ ね」 「・・・凄いんだか、凄くないんだか」 「何か、仰有いまして?」 「別に」 綾香はわざとらしく、妖艶な笑みを作ってみせる。 「まぁ、色々と今までに言い寄って来られる方はいなかったとは言いませんですけど ね・・・これも、困った悩みでございますわ。綾香さんもこの気持ち、おわかりにな られますわよね・・・男女の違いはあっても変わりませんもの」 「生憎、貴女程もてないから・・・」 「またまた・・・お上手でございますこと。今日も、きっと可愛らしい女の子を連れ てくると皆様と噂してましたのよ」 「あら、それは御免なさい」 「いえいえ・・・そう言えば、去年は姿を見ませんでしたし・・・てっきり・・・」 「・・・いい、アクセサリー持ってますね」 「え?・・・・・・あら、お分かりになります。これは旧ロシア帝国のロマノフ王朝 縁の物と言われているネックレスですの」 そこでいきなり、割り込むように呟かれた発言に、その女生徒はちょっと気を削が れたような顔をするが、男の柔らかそうな微笑みにつられて、笑顔を向ける。 綾香だけは、隣の男の視線がネックレスではなく、その女生徒の脇に控えている男 に向けられていたことに気付いていたが、無論黙っていた。 「雅美さん、そろそろ・・・」 視線に気付いた訳でもないようだったが、 女生徒の後ろに従っていた男が、彼女 に近付いて時計を見せる。 「あら、もう・・・」 さして、気のない声を出してから、顔を上げる女生徒。 「じゃあ、私達はそろそろ・・・」 「ええ」 返事をする綾香の横の男の方に顔を近付けて、 「貴方・・・・・・よく見ると優しそうなお顔をしてるんですのね」 と、言ってくる。 「どーも」 軽く目を閉じるように笑みを作りながらも、声は無機質に平然として返事を返すと 、女生徒は微笑んだまま身を起こす。 「まぁ・・・お転婆の綾香さんには相応しいかも知れませんね、では、今日はこれで ・・・ご機嫌よう」 最後に女生徒がそう言ってクルリと背を向けると、連れの男が軽く二人に頭を下げ るような真似だけをして、付き従う。 「・・・・・」 呆気にとられていた訳ではないが、それに近い状態で人の賑わいの中に去っていく 彼女の後ろ姿を見送った後、綾香は隣を見る。 男は去っていく女生徒らを見るでもなく、何か物思いに耽っているような顔をして いるようだった。 「・・・・・」 「何、考えてるの?」 「・・・お転婆って、懐かしい響きだなぁ・・・って」 「そーね」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・そう言えば、貴方の紹介、し損なったわね」 「縁があればまた会うだろ」 「ま、そりゃ、そーだけど・・・」 「・・・・・」 「で、どーする。これから?」 「傘は?」 「え、何よ・・・いきなり・・・」 「夕立・・・って、まだ昼だけど・・・来るみたいでね」 男がそう言って指差す先に、遠くの方から青空には似つかわしくない灰色掛かった 帯状の雲が流れてきているのが見える。 「・・・多分、一時的にでも降るだろう」 「天気予報、言ってたかしら?」 「一部の気象予報士だけ・・・ね」 そう言うと、近くに立て掛けてあった傘を取り出す。 ・ ・ ・ 「用意がいいと言うか・・・変な事に鋭いと言うか・・・」 「・・・・・」 「ひょっとして・・・さっき、ずっと天気見てた?」 「ずっとではないけどね・・・」 厚い雲に太陽が隠れ、薄暗い空の元、降り注ぐ雨を大きい草色の傘で遮りながら二 人は、学校からの道を歩いていた。 歩道では慌ただしく駆けていく人が、のんびりと歩いていく二人の横を通り過ぎて いく。 「先に帰っていーのかしら?」 「今頃、言われてもなぁ・・・戻る?」 「色々手伝われそうだから、嫌」 「どーせ、暫くすれば止むだろうけどね」 「・・・・・」 「・・・・・」 「・・・はぁ・・・」 「・・・ん?」 「ねぇ、確か今日さぁ・・・」 「・・・・・・」 「もう、すっかりこんな天気になっちゃったけど・・・」 「ちょっと立ち寄りたい所があるんだけど、いいかな」 「・・・え、ええ・・・いいけど・・・」 ・ ・ ・ 「あ・・・」 綾香は歩いていく方向、道順で気付く。 何処に向かっているのか。 何処を目指しているのか。 …自分と、同じだったから。 …思っていることが、考えてたことが。 隣町の大きな駅前の噴水広場にたどり着く。 さっきの学校の噴水よりも遙かに規模は大きい。 「覚えてたんだ・・・」 「・・・・・昼、待ってるときに思いだした」 「・・・正直ね」 「それだけが取り柄だから」 「嘘ばっかり」 男の物言いに、吹きだしたように笑う綾香。 …ただ、降り続ける雨が違うだけ。 一年前と同じように、噴水の水が勢い良く吹き上げている。 …噴水の元、待ち続けた自分。 …すぐ近くで、座り続けてたあなた。 「メシ、食いに来ないか?」 「・・・デートのお誘いと考えて、いいかしら?」 「・・・食材の買い出しからだから・・・デートと言えなくもないかな」 一年前と同じ科白。 時間も、天気も、違うけれど。 気持ちも、全然、違うけれど。 「ふふふ・・・」 当時を回顧しながら笑い出す綾香に、男は静かに微笑みを返す。 「あの時・・・やっぱり振られたんでしょ、貴方」 「振られて泣いてた人と一緒にされてもなぁ・・・」 「「観察してた」って方が不自然よ・・・正直に言いなさいよ」 「ん・・・そろそろ・・・傘いらないかな・・・?」 小雨になってきたのを見て、男は傘を傾けて掌をかざして出してみる。 惚けたように。 「もぅ・・・」 視線を逸らす男に綾香は近付いて、爪先立ちで背伸びをする。 「ん・・・」 触れ合う、唇と唇。 「あの時は、なかったね・・・」 「そーよ」 もう一度、キスをする。 雲が晴れてきたのか、徐々に空が明るさを取り戻してくる。 「・・・正直に、言いなさいよ」 綾香は相手の顔のすぐ近くで、目を逸らさずに訊ねる。 「実はね・・・」 そして、相手は勿体つけるように溜めてゆっくりと口を開いた。 「ええ」 「・・・・・・・・・一目惚れって、信じる?」 「・・・・・・バカ」 あの時、私が、あなたと知り合えたことを、 今、私が、あなたを好きでいることを、 今までも、そしてこれからも嬉しいことだと心から思っている。 だから、傘を歩道方面に傾けたまま、もう一度、唇の端っこでキスをした。 視界に映る揺れる景色は、雨のせい。 あの時、降っていなかった雨のせい。 光を取り戻した空を、雀が鳴きながら飛び出していた。 取り戻した暖かさを、喜ぶように。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「リーフファイトは無視した感じの設定です。当然ながら、文化祭シーズンに間に合 わせようと思っていたのですが・・・年明けに書き上がりました(苦笑)。前回出せば 良かったんですが、セリオのが書き上がり、本編発表との兼ね合いからも先の方がい いかと思って順番を変えたんですが・・・誕生日の事を忘れてて、かなりショックだ ったりします(苦笑)」http://www1.kcn.ne.jp/~typezero/kukuno.htm