「時節的に番外編2の後の話です。ですので、これも本編中の話だったりします」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 休日の午後。 遅く起き出した僕は畳の座敷の真ん中付近で新聞紙を広げ、怠惰でそれでいて安穏 とした時間を過ごしていた。 そして、セリオはそんな僕の休日のリズムに合わせる事もなく、キチンと起床し、 キチンとゴミ捨てに行き、キチンと洗った洗濯物を干し、キチンと時間に合わせて遅 めの朝食を作ってくれていた。 メイドロボット。 文字通りの役割を今では彼女は家で果たしてくれている。 人間とは不思議なもので、無ければないで一向に不便を感じない筈なのに、今の僕 にはセリオ無しの生活が考えにくい状況にまで陥っている。 物心付いてから長らく一人で暮らしていて、家のことは全て自分一人で時間を見つ けながら行っていたので、こんな曇りがちな季節の晴天の日は、溜まっていただろう 洗濯物を一気に洗って干す為に早起きする事を考えるはずだ。 だが、最近の僕はこうして、昼近くに起き出し、用意してくれる食事を食べ、やる ことと言えばこうして新聞を広げ、煎れてくれたお茶を啜る。 すっかり、怠ける事に馴れてしまった。 あまり良いことではないのかも知れないが、楽なことにわざわざ抗うだけの気持ち を持つことが出来ない。 …まぁ、今までずっと苦労してきたし・・・。 誰にでもなく、心の中で言い訳をする。今でこそ、苦労と言うが、当時はそれが当 たり前であり、苦労とも思ってはいなかったのだが。 そのセリオも今は仕事が無く、リラックスしている。 もしかしたら、手持ち無沙汰なのかも知れない。 部屋の隅に座り、のんびりとしていた。 勿論、そう見えているのは僕だけの思い込みだろう。 部屋は自然に静けさに包まれ、時折僕が新聞を捲る音が聞こえるだけだった。 「・・・」 僕は手を伸ばし、無造作に畳の上に置かれたCDラジカセの電源を入れ、CDのス イッチを入れる。 ラジカセから流れるCDの曲が部屋のBGMになる。 静寂もいいが、心が落ち着く曲を聴くのも何となく優雅な気分になる。 特に世相が悪く、新聞の記事も一面は自殺、地方は汚職、政治は派閥抗争に、海外 は紛争、株式は暴落、スポーツはスパイ疑惑とロクな記事が無いだけに、ちょっと気 持ちを安らげるにはいいような気がする。 僕は新聞を読み終え、キチンと折り畳むと時計を見る。 中途半端な時間帯。 エンドレスに流れる曲をバックに、僕はこの目的のない余った時間をどう消費する か、ぼんやりと考え、ふと気が付く。 顔を横に向ける。 セリオがいる。 この空間にいるのが僕一人でない事を確認する。 セリオはずっとボーとして、その場に座っている。 勿論、気を抜いたり、表情が緩んだりしている訳ではないので、その表現は正確で はないのはわかっている。 何もする事が無い時は、常にこうしてただ座っている。 置き人形や、マネキンドールの如く。 本を読んだり、TVを見たりすることはない。 当たり前と言われれば、それまでなのだが・・・。 だから、気になった。 「なぁ、セリオ」 「――はい、何でしょうか?」 僕はその思いつきを口に出そうと呼び掛けると、セリオはそれまでの時間が嘘だっ たように、僕を見て問い返す。 絵の背景だと思っていたものが、思いもかけずに動いたような驚きがある。 「君は僕よりも、色々なこと、知っているよね」 「――その質問は・・・」 「ああ、御免。曖昧だったね・・・僕が」 それが中途半端な問いかけだったことに気付いた僕が、途中で遮って付け加えよう とすると逆に今度は、 「――与えられた範囲内での知識についてでしたら、今までで唯一の完全な答えが出 ている物に関しては、そうかも知れません。ですが、答えが特定出来ない、定義され ていない事象、事柄に関しては明確なことを認識しているとは言えません。それは私 の与えられた情報だけでなく、新たに覚える必要のあった知識、または一般的に出回 っている情報に関するデータなど・・・」 延々とセリオの会話が続いている。 僕は半分ぐらいから理解する事を諦め、口を挟むきっかけも掴めずに、ただただ終 わるのを待っていた。 考えもなく、口を出した自分に苦笑するしかない。 ただ、こんな反応が出来ることが素直に嬉しくもあった。 僕が言おうとすることを察して、答える。 話にもよるがこれは僕を知らない限り、なかなか出来ることではない。 少なくても、僕の家に来た当初の彼女には出来ない芸当だったからだ。 …ただ、こうもズラズラ並べ立てられると聞き取る方が困るけど。 理解することを早々と放棄したくせに、そんな事を考える。 政治家か、某野球チームの監督を前にした記者の気分だ。 ただ、大きく違うのは向こうが喋っていることが意味不明なのではなく、こっちの 理解力が追いつかないだけだ。 「聞きたいことがあるんだ」 「――なんでしょうか?」 一通り、喋り終わったのを見計らって、話し掛ける。 「こういう時、一体、何を考えてるんだい?」 「――こういう時と言いますと・・・今、現在のような状態を指すのでしょうか?」 質問を質問で返してくる。 珍しい事ではない。 曖昧な、不確かな部分の確認の為に、セリオはよくそうしてくる。 それだけ、僕の言い方が漠然としているのかも知れないが。 「まぁ・・・そうだね。これといって特に何もすることがない時とか・・・暇な時と 言うことだけど・・・」 「――次の命令に備えて、常に動けるように待機しています」 「でも、その待機している時なんか、ほら・・・何か手持ち無沙汰だったりして・・ ・何か考えたりとか、しない?」 「――何かと言いますと・・・」 「例えば・・・ほら・・・その・・・」 いくつか、例を挙げようと考えてみた。だが、それらは全て人間等、生物にのみ当 てはまる生理的なものだったり、下手な一例を挙げれば僕がそれを望んでいると遠回 しに言っていると曲解されそうな事象なものだったりして、言葉に詰まる。 「・・・・・・・・・・・・・・」 「――・・・」 セリオはこんな時、僕が本題に入るまで急かさず邪魔立てず、ずっと待っている。 だから、会話を打ち切るには僕がそれなりの意志表示をしない限り、こうして待ち 続けられてしまう。 融通が利かないにも程がある気もしないでもない。 部屋の隅に用意されたラジカセから流れる曲がBGMとなって、無言の二人を演出 する。 そこで、僕は話題を変えることに思い付いた。 「・・・話はいきなり変わってしまうんだけど」 「――はい」 ツッコミ機能がなくて良かった。 でも、内心はどう思われているのかと不安になる。 表情に出ないだけに、何かちょっと余計に考え込んでしまう。 ただ、勿論、僕が落ち込んでいきそうな考えを、セリオが思っている筈はないのだ が。 …どうも、空回りばかりしている。 苦笑する。 嗚呼、小心者。 「歌について、どう思う?」 「――歌、ですか」 「うん、歌って不思議だと思わない」 「――不思議と言いますと・・・」 「言葉もそうだけど、自分の気持ちを表現すものであり、人にその気持ちを伝達する 手段でもある・・・でも、だったらそれこそ言葉でいい・・・それだけでいい筈なの に、どうして歌は存在するんだろう」 「――歌の存在理由との質問だと判断しますが、宜しいでしょうか?」 「う〜ん・・・まぁ、いいや」 まずは、理詰めの方面で譲ってみよう。 結果は、想像が着く。 「――・・申し訳ありません。歌についての詳細なデータが見つかりませんでした。 起源と由来についての質問でしたら、世界最古に確認されている歌詞についての情報 なら・・・」 「そういうことじゃない・・・よね」 「――はい」 サテライトサービス、衛星を使ったありとあらゆることの情報サービスを駆使した ところで、限界はある。 今まで人間が積み上げてきた知識の結集であり、人間がわからないものを、わかる ことは出来ない。 さっきセリオが言った通りのこと。 わからないものは、わからない。 ただ、わかってしまったらそこからどう言って良いのかわからなかったので、ちょ っと安堵したのも事実だが。 僕が聞きたいのはそんなことではないことは、理解している。 次は、そこからだ。 「そこで、君は・・・君自身は歌について、どう思う?」 「――一般的に表現される「歌」についての御質問でしたら申し訳ありません。物事 の価値観についての御質問について、はっきりとした表現のなされない、特定、定義 されないものについての説明はしかねます」 このままでは、先ほどの繰り返しだ。 「じゃあ・・・例えば、この今、流れている曲、どう思う?」 丁度、今、ラジカセからエンドレスに流れているベストアルバムのCDのうちの一 曲が頭から流れ出す。 「歌っている人や、曲名は求めてないからね」 「――はい」 先手を打つ。 しばらく、聴いている。 数分後、聴き終わるとすぐに口を開く。 「――休日に待ち合わせの約束をしていたのにも関わらず、それを嘘の理由で断られ 、意味もなく街を徘徊していた・・・」 「歌詞をなぞるんじゃなくて・・・」 ボケてるつもりはないのだろうが、国語の内容把握の読解問題の答えのような事を 言い出す。 相当の、難敵だ。 「――比喩表現を全体に押し出した、一人の男性の視点から自分の恋人とそれと付き 合っていると推測される男との逢い引き現場を目撃した一部始終を自分を滑稽なピエ ロと置き換えて演じることで、悲哀感を多角的に表現した歌だと思われます」 「そういう、歌の意味じゃないんだ・・・そういう質問じゃないんだ・・・」 思わず、軽く頭を抱える。 かなりのひねくれ者のように思うのだが、僕だけの見解だろうか。 ラジカセからかかっていたCDを取り出し、音楽CDを取りだして再生する。 誰もが聞き飽きた有名なクラシックが流れ出す。 「まずは曲から行こうか・・・曲があって、歌がある訳だから」 「――・・・」 真意を測りかねているのか知らないが黙って僕を見ている。 ここまできたらそうそう、後には引けない。 「この曲を聴いて、どう思う?」 「――ド・・・」 「作曲家とか、曲名とか、由来とか、解説とかでなく。素直に、聴いて思ったことや 感じたこと・・・ない?」 念には念を押す。 が、 「――申し訳ありません。我々、メイドロボットとしての思考ルーチンと致しまして は、せいぜい、既成の事実確認に当たる情報を第一認識として自動的に・・・」 「そこは、人間も同じだよ。「あ、この曲は誰々の・・・」ってね。でも、それで終 わる事はない。人間に関してはね」 「――・・・」 「この曲は好き? 嫌い?」 「――そういう判断基準は持ち合わせておりません」 「例えば、牛とかにこんなクラシックを聴かせることで、母乳を出をよくしたりだと か、植物の育成を助長させる効果があることは知ってるだろう。人間としては自分達 に置き換えて「気持ちがいい」効果があってだと信じてる」 「――我々は、生物ではありませんから」 「だから、何もないっていうの?」 「――はい」 「でも、心みたいなものはあるんだろう。生き物と同じで」 「――それは、ないのではないでしょうか」 「でも・・・例えば、僕にあれこれと気を使ったりしたりするだろう」 「――それは科学的に検出された過去の統計に基づかれた莫大なデータを元に、推測 される事象を・・・」 「でも、それはそう君自身が考えているからだろ?」 「――それは、プログラムによって」 「そのプログラムが組み込まれている・・・から?」 「――はい」 「でも、それを突き詰めていったら、人間だって、DNAだの何だのってプログラム の固まりとも言え無くない・・・それが、どうやって現出したのかは不明だけれども ・・・」 こんな会話に、数時間を費やした僕は、馬鹿だろうか。 馬鹿に違いない。 まぁ、いいけど。 「で・・・だね・・・」 「――はい」 幸い、まだ時間は3時前だ。 まだ、他の準備をする時間ではない。 ただ、CDラジカセは今度はREPEATを押していなかったので、CDの全曲を 演奏し終わって止まっていた。 「曲もそうだけど・・・歌は言葉より、人の気持ちを動かすことが出来る。子守歌と かが良い例だけど、荒ぶる心を落ち着かせたり、逆に気持ちを高揚させたり・・・応 援歌とかね。軍歌や校歌があるのも、それに近いものがあるんじゃないかな。国旗や 校旗が己達の存在を視覚で、表層的に訴えるものなら、それらは内側から訴えるもの じゃないかな」 「――・・・」 セリオは聞き手に回っていた。 いや、そうさせてしまったのかも知れない。 「そして歌こそ、人間の曲・・・音じゃないかな」 喉が少し、かさついていた。 喋りすぎだ。 今まで、これほど喋った殆ど経験はない。 「人を初めとして大概の生き物は自然に紡ぎ出される音を好み、それらを編み上げた 曲を好む。そしてそれが良い効果をもたらす事が多い。さっきも言ったけど牛にクラ シックを聴かせて、乳の出を良くするためとか。勿論、不愉快な音や曲も存在するけ ど、逆にそういうのがあるからこそ、優れた音や曲に心惹かれるんじゃないかな」 軽く咳をして、喉の奥の引っかかりを無くす。 「・・・って、詰まるところ、理屈じゃないんだけどね。本当の所は、僕も何もわか らない。どうして歌が生まれたのかとかは・・・ただ、今、自分が歌を、曲を聴いて 、気持ちよくなったり悪くなったりする・・・その気持ちが紛れもなくあって・・・ 」 唾を飲み込む。 殆ど、なかったが。 「そして、それも君にあるかどうか、聞きたかったんだ」 「――そうでしたか」 相変わらず、納得したのかしていないのか判別がつかない。 無表情。 ただただ、無表情。 「――それでしたら、今の所、答えは変わりません」 あう。 「――今の所、理解しかねます」 やっぱり、駄目か・・・。 …今の所・・・? ふと、言葉に気付いて、改めてセリオをみる。 変わらない。 相変わらず、そのままの顔。 …・・・。 こんな彼女の顔が時折、「笑った」ように見えたりすることが今の僕には一番、心 地が良い。 都合の良い錯覚なのかも知れない。 人間の視覚など、その人の頭の中で編集された映像に過ぎないのだから、アテにな らないと言われてはいるが、 「そっか・・・兎に角、聴いてみれば・・いつかはわかるかも知れないね」 「――そのように、努力します」 「・・・・・」 自分のお気に入りのCDをセットして、エンドレスで流すと、僕は静かに目を閉じ て、もう一眠りすることにした。 都合の良い錯覚。 それこそ、今の所、僕にはそれが一番の報酬だ。 今、曲を聴きながら目を細めているように見える彼女を見る僕には。 冬とはいえ、麗らかな午後の日差しをガラス戸越しに浴びながら、僕は心地よい曲 を聴きながら、微睡んでいく。 夢心地の中、買い物の時間なのか、セリオが席を立つような音が聞こえる。 いつの間にか曲のボリュームが押さえられ、子守歌に近いと思いながら、毛布の中 で僕は眠りについていた。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「今回もエピソードの一つって形になりました。如何だったでしょうか?。感想、お 待ちしています。どんな些細なものでも構いませんので・・・」http://www1.kcn.ne.jp/~typezero/kukuno.htm