「散々漏らしていた例の話です。久々に他の人の意見を盛り込んだ話になりました」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 僕は、街で買い物を終え、そのままぶらりと歩いていた。 一人じゃなく、連れと一緒に。 そして僕の連れは・・・人間じゃなかった。 ――メイドロボット。 まあ、いわゆる家事手伝いを基本とする、個人所有を可能とした低価格ロボット。 家庭電化製品の進化した結果みたいな存在とでも呼べばいいだろうか。 まぁ、見た目が人型に創られていて、ある程度は自分で考え、自分で行動してくれ るのだから、当然扱いも普通の電化製品と同一視出来る人も少なく・・・ 僕もその一人だったりする。 『Messanger』 「あ・・・セリオさ〜ん」 今日はちょっといつもより遠出して、最近開店したというなかなか評判の良いパン 屋に寄ってからの帰り道を二人で歩いていると、一体のメイドロボットがよたよたし ながら僕達の方へ近付いてきていた。 「ん・・・?」 「――・・・」 そのメイドロボットにはまるきり見覚えが無いわけではない。 緑色の髪。 ちょっと頼りないと言うより幼く見える身体つき。 鼻にかかった甘え声。 HM−12型。 通称「マルチ」。 来栖川エレクトロニクスから売り出されたメイドロボットシリーズで、この僕の隣 にいるセリオと同時期に売り出された量産されているメイドロボットだ。 高性能を売りにしたセリオタイプに比べて、このマルチタイプは学習機能を全面に 押し出していて、低価格の上、万能型なセリオよりもよりプロフェッショナルになる ことが可能な為、様々な分野で扱われ、売り出されていった人気商品であった。 しかし、それはかなり昔のことである。 最近では更にそれを上回るような高品質、高性能を唄ったメイドロボットが色々な メーカーから出されていたし、来栖川自体もそれに対抗するような後続機を出してい たので、これら二体は完全に旧式の部類に入る。今ではメーカー側の品質保証どころ か問い合わせても部品すら在庫がない状況の筈である。 僕自身、少し骨董趣味と言うか、レトロ気分でこのセリオを整理していた実家の倉 庫から引っ張り出して貰い受けていたのだ。 普通、まず見かけない筈だった。 しかし・・・ 「やっぱりセリオさんですぅ!。お久しぶりですぅ!!」 「――・・・・・」 「あ、あの・・・」 僕にメイドロボットの知り合いなどいない。 しかも、メイドロボットがメイドロボットにこうして手を掴んで親しげに話し掛け ることなど・・・多分、僕の記憶が間違っていない限り、ないだろう。 第一、メイドロボットにしてはまるっきり行動が人間そのものであった。 だから、完全に面食らってしまい、慌てたように声を漏らした。 すると、そのメイドロボットはこちらを向いて、 「あ・・・貴方がセリオさんのご主人様ですか?。初めまして、マルチですぅ!!」 「あ・・・どうも・・・」 僕は、思わず間抜けな返事を返してしまう。そして・・・恐る恐る聞いてみた。 「セリオ・・・ひょっとして知り合い?」 もしかしたら、僕の知らないところで何かあったのかも知れない。46時間中一緒 にいる訳ではない・・・と、言うよりも普段はそう一緒にいることは少ない。 もしかしたら何かのきっかけで知り合い、旧式タイプのメイドロボット同士、仲が いいのかも知れない。 「――申し訳ありません。私は、貴女の事を知らないのですが・・・」 セリオは僕の返事代わりに、彼女に、自称"マルチ"に言った。誤魔化しているとか そういう感じではなく、僕の困惑と同じ様な雰囲気で言った。 セリオは感情を現す事が苦手で、言葉も棒読みに近い。 ただ、後から追加された強化パーツを組み入れる事で、声の抑揚や、表情で意志を 示す事などを、そこそここなす事が出来るようになっていた。 勿論、現在の後発機ではそれは標準装備だったりするのだが。 「え・・・?。セリオ・・・さん・・・」 そのマルチタイプは明らかに困惑していた。 ひょっとして少し壊れかかっているのだろうか。あり得ない話ではない。 レプリカでないのなら、かなりの年代物であるのだから。 「・・・・・」 「・・・・・」 「人・・・メイドロボット違い・・・じゃないのかな?」 その沈黙に耐えきれなくなって、僕は助け船を出すような気分でそう言ったが、 「でも・・・」 と、未練がましいような目でそのマルチタイプはセリオを見つめていた。何か、見 えないものが見えている。そんな目だった。 「セリオ・・・別にいいんだよ?、本当に知り合いだったら、それはそれで・・・」 僕はまるで嘘のつけない純粋な子供が困っているような素振りを見せるマルチタイ プに同情してしまい、そんな事まで言ってみせるが、当然ながら、 「――はい。ですが・・・私のデータにはHM−12型の知識としての情報は存在しま すが、同時期に開発、販売された姉妹機、以上の情報は存在しません」 と、セリオは答えた。 「そ、それは・・・」 何か、マルチタイプは言いたそうだ。 「それは?」 代わりに僕が聞く。 「その・・・」 俯いたまま、黙ってしまう。 「あ、あの・・・じゃ、じゃあ、そういう事だから・・・」 いつまでもこうしていても意味はないので、会話をこう打ち切ってマルチタイプに 別れを告げる。 まあ、見ていられなくなったのが、事実なのだが。 「――申し訳ありません。失礼します」 「・・・・す、すみませんでした・・・」 結局、その場を立ち去ることは出来たのだが、その場に残ったマルチタイプの寂し げな顔が目について離れなかった。 気の毒に感じる。だが、どうすることも出来ないが。 …まさか・・・旧式同士だったんで・・・懐かしく感じたのかな?。 今、セリオタイプやマルチタイプを見つけることは非常に困難な筈である。勿論、 ロボット博物館とか行けば展示してあるだろうが・・・。 「本当に・・・知らないの?」 「――他のメイドロボットとの個人的な付き合いはデータに存在しません」 「そっか・・・」 「はい」 そう答えはしたが、どうやらセリオもちょっと訝しがっているようでもある。 何か考えているような、悩んでいるような表情を知らずに作っている。こういう時 はデータを検索している時だ。 「でも、気になる?」 「――・・・・え?」 声を掛けられて、初めて自分がどうしていたのか気付いたようだ。 「――申し訳有りません」 「別に謝らなくてもいいって・・・で、気に掛かるんだろ?」 「――・・・は、はい。データからすれば・・・あのマルチタイプとは初面識である 筈なのですが・・・」 僕は、思い付いたことを口にした。 「ひょっとして・・・遠い記憶なのかな?」 「――・・・?」 不思議そうな顔をして僕を見るセリオ。 「いや・・・思い付いたことを口に出しただけだよ・・・」 「――私の記憶に支障があるということですか?」 「いや・・・そうじゃなくて・・・何て言ったらいいのかな?。君はかなり長い年月 を生きてきている。僕以前にも他の誰かの手から渡ってるじゃないか・・・」 「私は人間とは違います。全て、記憶されています。記憶容量の続く限り・・・」 「因みに、その記憶容量は?」 「今までの平均から割り出しますと・・・あと、50年は保つと推測されます」 「そっか・・・じゃあ、生まれた時から、記憶がある・・・」 「はい。焼き付けの基本知識は既にその時点で存在しますが・・・」 「う〜ん・・・」 どうも、僕の方が分が悪い。 ・ ・ ・ だが、 それからというもの、セリオの調子がおかしい。 何かを思いだそうとするように、考えているような素振りが見て取れた。 ああやって否定したくせに、自分でも納得し切れていないようである。 しかし、僕が心配するのを避けるように、明らかにセリオはその事を隠そうとして いた。もしかしたら、故障している可能性を考えて、恐れているのかも知れない。 何せ、もう、壊れていたとしたら・・・。 ――旧式故に簡単に直せるものではないだろうから。 「セリオ・・・」 「――はい。何でしょうか?」 「・・・・・いや、何でもない。ちょっと出かけてくるわ」 「はい。行ってらっしゃいませ」 仕方がないので、僕はその自称"マルチ"とやらを捜す事にした。 彼女が鍵を握っていると確信したからである。 意外にもあっさりと見つかった。珍しい旧機種に加え、かなり変わっている。 近所でも評判で、かなり目立ったようだ。 まぁ、あんな反応をするメイドロボットはそうそういるものではないだろうが。 彼女の家は・・・喫茶店だった。 以前、彼女の持ち主が始めた店で、その持ち主の死去に伴い、普段の仕事が忙しい 息子さん夫婦に店を任されたのだそうだ。 ちょっと変わった旧式の、それでいて面白いメイドロボットの店の評判は、昔から の常連を含めて、上々らしい。だからこそ、閉める事をしなかったのだろう。 「いらっしゃいませ〜」 店に入ると、エプロンをつけた若い女の子がこちらを見て挨拶をする。僕は、 …アルバイトの娘だな・・・。 と、思いながら、カウンターを覗ける窓際の席に腰を下ろした。と、言ってもその 目立つ緑色の髪は、入った瞬間に分かっていたのだが。 「あ、コーヒー一つ」 「はい。畏まりました」 それほど客の多くない店だったので、すぐにお冷やを持ってきた先ほどの女の子に 注文をして、視線をカウンター奥の緑色の髪をしたメイドロボットに写していた。 ――HM−12型。 間違いない。 だが、僕の記憶にある知識ではあれほど柔らかい笑みを浮かべて人との会話が出来 るロボットではなかった。 あの頃のメイドロボットはもっと無機質で、無感情で、文字通り「主人の意志のみ 忠実なロボット」としてのイメージしかなかった。 だが、段々改良が進み、徐々に変わっていった。まるで人間と変わりない、そんな ロボット達の台頭に押されて消えていったHM−12型。そしてHM−13型も。 彼女はきっと持ち主が改良したものだろうと勝手に推測する。 何時の時代でもその手の改造を追求する者は多く、メーカーが出来ないことまで、 しでかしてしまう。そしてそれを買う事で、いくらでも進化させる事が出来る。 しかし、今のロボットでも、あそこまで自然に応対出来るロボットは・・・そうは ない筈だった。 「コーヒーひとつ、お待たせいたしました」 「あ、ども・・・」 すぐに運ばれてきたコーヒーに口を付けつつ、僕はそのHM−12型を出来る限り観 察し続けた。 …気になる。 セリオも、こんな気持ちなのだろうかと思い、苦笑する。 間違いなく、きっかけは違う筈だからだ。 ・ ・ ・ セリオを修理する事は、出来なくはない。 ただ、パーツの交換などが必要になると、どうしても出来ないこともある。 そして、いずれは簡単な点検さえ、出来なくなってくるのだろう。 ――誰もが、覚えててくれないから。 幸い、僕は元来栖川の知り合いの人で、セリオの開発に携わった人に簡単なチェッ クをして貰っていた。 この人がいなければ、セリオが再び動き出すこともなかった。 考えた結果、この人に一肌脱いで貰うことにした。 餅は餅屋と言う訳ではないが。 …変・・・ねぇ・・・?。 電話の向こう側で、やや戸惑ったような声がする。時折挟む煙草の煙を吐く音まで 律儀に聞こえてくる。TV電話でなくて良かったと、思う。僕は煙草の煙が大嫌いな のだ。もう、孫を抱いていてもおかしくない年のくせに、と思うが勿論、口に出した りはしない。 …それで、何で――はこないの?。 やや、責める声。そう。僕は彼女に「将来は自分一人で整備出来るようになる」と の条件で、彼女に教わりながら毎月一回のチェックに通っていたのだ。 それに僕は根気よく、セリオの異常は悩みみたいな性質で、それを僕に隠したがっ ているような気がした以上、その場にいない方が探りやすいと判断した事を説明する 。ついでに、そのマルチタイプの事も詳しく話す。 …まぁ・・・でも、やっぱりかなりのモンだからねぇ・・・精密機器である以上、 少々のガタは覚悟して貰わないと・・・。 そうは言いながらも、興味を持ったらしい彼女は、一人で向かわせたセリオが到着 次第、出来る限りの事はしてみると約束してくれた。 考えてみたら、セリオだって相当の"お婆さん"だ。 そんなこと、考えたこともなかったけど。 取り敢えずどう転ぼうとも、僕には待つことしか出来なかった。 ・ ・ ・ …面白かったよ。 彼女の第一声が、それだった。 意外にも長引いて三日間。僕の部屋が意外に侘びしい所だと気付かせてくれた期間 、セリオは彼女のガレージに泊まっていた。 「それで、どうだったんです?」 意気込んで訊ねる僕に、彼女はかなり長い時間、僕がさらに勢い込んで訊ねてから ゆっくりと言った。今日は、煙草は吸っていないらしい。 …やっぱり、アタシ達・・・作って良かったと思う。そう、思ったよ。 意味不明だ。 どうも、向こうで自己完結してしまっているらしい。 だから、僕には全然、わからない。 何度か聞いてみるが、黄昏てしまっている彼女の耳にはなかなか届かなかった。 だが、ようやくして、ポツポツと話してくれた。 セリオの事。 マルチタイプの事。 そして、どうしてマルチタイプがセリオを呼び止めたのか。 セリオが戸惑っていたのか。 それらの疑問が全て解くまで、今日までかかったとのことだった。 そして、その理由は・・・はっきりと教えてはくれなかったが。 …セリオを、大事にしてあげて・・・。 最後にそう言った彼女はもしかしたら、泣いていたのかも知れない。 僕は、受話器をゆっくり置いて、恐らくセリオが直接向かうであろうマルチタイプ のいる喫茶店へと向かった。 ――僕には直接関係ないこと。 だから、セリオは先に片付けるだろう。 でも、見守りたかった。 駅から直接その喫茶店に向かう道を、僕は待った。 その喫茶店が見える位置に陣取る。変質者と思われないか心配だが。 向こうを出た時間を逆算していたが、あんまり自信はなかった。 それでも、待った。 閉店時間が近づき、恐らく最後と思われる客が愛想を振りまきながら出ていくのが わかる。 全神経を集中して――それほどまでのことはないのだが、待った。 ――そして暫くして、セリオが来た。 僕は更に身を隠す。 多分、気付かれることはないだろうが。 ドアにつけられた鈴が鳴る。 共に、セリオの姿が、ドアの奥に消えた。 僕は慌てて、店に近付く。 庭の茂みに入り込んで、半開きの窓を見つけだして、中を覗き込んだ。 どうやら、アルバイトの娘の姿もなく、店にはマルチタイプ一人のようだ。 僕は、その光景をどう感じただろう・・・。 ――見つめ合う、二人。 セリオは、マルチを見ていて、 マルチはセリオを見ていた。 「セリオさん・・・」 「――――――――マルチさん、ですね」 「はい。あの・・・セリオさん・・・」 「理解、しました――。こういった場合、何と申したら良いのでしょうか?。お久し ぶりです、マルチさん」 「セリオさん・・・思い出してくれたんですね」 「――はい」 …・・・!? 僕は驚愕していた。 セリオが・・・あのマルチを認識した。 しかも、「思い出した」と言った。 つまり、あのマルチタイプは狂っていた訳でも、おかしかった訳でもなく、本当に セリオを・・・あの「セリオ」を知っていたのだ。僕が持つ、「セリオ」を。 「良かったですぅ・・・私のこと、完全に忘れてしまったのかと・・・」 更に驚いたことに、そのマルチタイプはセリオに抱きつくと、その胸でおいおいと 泣き出していた。 セリオはそんな彼女を無表情のままではあったが、優しく背中を撫でていた。 あれほどの感情豊かなマルチタイプならば、当然なのかも知れない。だが、泣くと いう行為自体、普通のメイドロボットには考えにくい。 そしてもっと驚いた事は、そんなマルチタイプをセリオが気遣っている仕草だ。 普通の旧来のタイプと比べればまだしも、少なくても僕の前ではあれほどまでの事 をする奴ではなかった。 …疎外感を感じなくもなかった。 僕がこうして窓の外にいる事自体、舞台に上がる資格のない観衆の一人でしかない ように感じた。 ただ、他の観衆はいない。 僕一人、他は誰もいないのが救いだが・・・。 「申し訳ありません。ですが、私は貴方の考えているHMX−13型「セリオ」ではあ りません」 落ち着いたところを見計らったのか、まだぐずっているマルチタイプにセリオは話 し出す。 「え・・・?」 「私は試作型であるHMX−13型のプログラムを元に作られた沢山の量産機のうちの 一体です」 試作機系列HMXの話はカタログに載っていた写真で昔、見たことがある。だが、 話は見えない。 「そ、そうだったんですか・・・」 「はい。ですから、本当なら・・・不必要な知識の部分は既に除去されている筈です が・・・」 「で・・・でも・・・」 「貴女と共に数週間を過ごしたHMX−13型のデータは必要な部分のみ残され、基本 ソフトとしてインストールされるのです。知識は残しても、記憶を残す必要があるで しょうか?」 「ですから・・・」 そこで一度、セリオはゆっくりと口を開く。 「本当なら・・・本当なら・・・私が貴女を思い出すことなど・・・あり得ないので すが・・・」 …どうなっているんだ・・・。 ただ一人の招かざる観客である僕は、必死に話を理解しようと考えを巡らせる。 だが、そんな僕を無視して、話は進んでいく。 「セ・・・セリオさん?」 「・・・分かりません。分かりませんが・・・私は貴女を知っています。推測される のは・・・HMX−13型としての記憶が、消去ではなく、封印されて残されていたと 思われます」 「セリオさんの・・・!?」 「どうやら・・・貴女と会ったときに解けるような細工がしてあったのでしょう・・ ・ですが、そのシステムが正常に作動しなかった為、貴女を思い出すことが遅れまし た」 「で・・・でも・・・どうして!?」 「それは・・・それは・・・」 その時、セリオの口調が変わったような――実際はどこも変わっていないのだが、 僕には感じられた。 マルチもまるで息を呑むように、そんなセリオを見守る。 セリオの目が細められた。 ように、僕は感じた。 「――それはきっと、貴女が寂しくないように」 「・・・・え」 「私たち、プロトタイプは本来、実験が終了した時点で廃棄処分されていなければい けないのです・・・ですが・・・マルチさんは・・・ここにいます・・・」 「私は、ここにいます・・・。でもそれは・・・」 「ええ、知っています。貴女は・・・藤田浩之さんの家に送られた・・・。長瀬主任 ら、皆さんの御好意により・・・」 「し、知っていらしたんですか!?」 「はい。貴女が戻っていらした日・・・あの日まで、私も起動していましたから・・ ・長瀬主任が・・・見ておくようにと・・・貴女の言葉を・・・聞くようにと・・・ 」 「じゃ・・・じゃあ・・・!?」 「申し訳ありません。隣の部屋で、全て聞かせて戴きました」 「そ・・・そうだったんですか!?」 遠目にも、真っ赤になっている様子が分かる。本当に彼女がロボットだとしたなら ば、笑ったり、泣いたり、改めて随分と感情表現が豊かなロボットだと、思う。 ちょっと信じられないほどに。 「は・・・恥ずかしい・・・ですぅ・・・」 真っ赤になった頬を両手で押さえながら、視線を落とすマルチタイプ。かなり照れ ている様子だ。その仕草は男心をくすぐると言えるのではないだろうか。 それからマルチは語った。 あれからの事。 二度と再会できないと思っていた主人との再会。 夢のような幸運。 幸せな日々。 必死に、必死に、全てを話さなくてはいけないかのように、必死にそのマルチタイ プ――いやHMX−12型「マルチ」はセリオに話し続けていた。 頷きながら聞いていたセリオは、マルチがあらかた話を終えた時、質問をした。 「そう言えば・・・藤田浩之さんはまだご健在ですか?」 「・・・・・・・」 その途端、マルチの動きがピタリと止まった。まるで凍り付いたように。 僕は・・・何となく、聞いてはいけなかった事ではなかったのかと、そう思った。 だが、マルチはゆっくりと顔をあげて、微笑みながら、 「ご主人様は・・・浩之さんは・・・お亡くなりになられました」 そう、言った・・・。 「――お亡くなりに・・・そうですか・・・。確かに、もうあれからかなり経ちまし た」 「はい。もう、今年で私達が生まれて・・・100年になるんです」 「いいえ、マルチさん。正確には99年と4ヶ月です」 「あ、そうでしたか・・・あは・・・あはあは・・・流石セリオさんですぅ・・・」 あっさりと言ってのけるセリオに、マルチの方がちょっと慌てたように照れ笑いを してみせた。 「人が寿命で死ぬ事があり得なくない期間ですね」 「・・・はい」 彼女は・・・マルチはどんな思いでその「藤田浩之」の死を看取った事だろう。 そう思うと、胸が痛くなった。 詳しい経緯は分からなかったが、話を聞いている限り、その表情を見る限り、マル チがその「藤田浩之」を、「藤田浩之」がマルチを大切にして生き続けていた事がわ かったからだ。 僕自身も、セリオを大切にしたいから。 「――浩之さん・・・いなくなっちゃいました・・・」 寂しそうに、俯いてマルチが言った。 「・・・・・」 「あかりさんも、いなくなっちゃいました」 「・・・・・」 「どうして・・・どうして・・・私たちは・・・生き続けなければいけないのでしょ う・・・動き続けなければいけないのでしょう・・・」 「・・・・・」 「そうずっと悩んでいました。浩之さんが・・・浩之さんがいなければ私は・・・」 マルチはそう言ってセリオを見た。 セリオは・・・ 「私たち、メイドロボットは人のお役に立つことが義務づけられています」 そう言って、 「それが唯一の役目です」 と、結んだ。 …セリオ・・・それは・・・。 思わず外から身を乗り出して口を挟みたくなる。だが、 「その通りです。私は・・・メイドロボットですから・・・」 …違うだろっ!。そうじゃないんだろっ!!。君は・・・。 それに納得しそうになった雰囲気に、僕は慌てる。 「メイドロボットですから・・・所有物ですから・・・自分の好き勝手は出来ません ・・・ですから・・・私は・・・」 「――辛いの、ですね」 「・・・・・はぃぃぃ・・・私・・・浩之さんを・・・愛していましたから・・・」 泣き崩れるマルチ。 ただ、それを相変わらずの無機質な顔をして、胸を貸すセリオ。 だけども、僕にはセリオが・・・ 「愛して・・・いました・・・愛して・・・戴きました・・・浩之さんに・・・」 ポロポロと改めて零れる涙が、セリオの服を濡らす。 …・・・・・。 そしてそれはセリオも例外ではない。このまま、このまま僕と一緒に生き続けたと すれば、僕は確実に年を取り、老いて死んで行くまでをセリオは見届ける事になるの だ。その時、セリオはどうするのだろう。 「私たちは、人のように限られた短い命ではありません。かと言って無限の存在でも ありません。以前、何方かが例えていました。「必ず短時間で終わりの来る砂時計」 と「故障や電池切れのない限り、半永久的に円運動を続ける普通の時計」だと。でも 、2つの時間は時折、交差することもあります。私たちメイドロボと人の関係とは、 そのようなものではないでしょうか?」 「交差・・・」 「人は幾たびも生まれ、死んでいきます」 「・・・私たちはその横で動き続ける、置き時計・・・ですか?」 「・・・・・」 その顔に、否定も肯定もない。その代わりに、 「――マルチさんは今、幸せですか?」 と、いきなり聞いてきた。 「え・・・?」 戸惑うマルチ。僕も、実は戸惑っていたが。 「・・・・・どうなんでしょう?」 マルチはちょっとだけ、困ったような顔をした。 「私は、今、仮のプログラムで、疑似人格を維持しています。私の知識は、この身体 に残されています。そして暫くの後、融合します。今後、私はHMX−13型ではなく ・・・HM−13型として、今まで通り、機能致します」 「え・・・?」 「私は、マルチさんに今、こうして再び出会うことができました。その為に、残され たプログラムによってですが・・・」 「・・・・・」 …そう言えば、そう言っていた。 「――ですから、今、私は幸せです」 「セリオさん・・・」 「私はあの日から、再びマルチさんに会えるように願っていました。いえ、その想い は開発部一同の想いでもあります」 「・・・・・」 「――マルチさんは、幸せですか?」 再び、そう訊ねた。 「はい。私は・・・あれからいっぱい、いっぱい、色々な人と出会いました。色々な 思い出を皆さんから下さりました。とても・・・とても・・・だから・・・セリオさ ん・・・」 「人の記憶、私たちの記憶。覚えていてくれること。伝えたいこと。聞いてくれるこ と。大切なこと・・・思い出を、同じ時を共有したい。その想いは当然の事です」 「だったら・・・お願いです。あ、あの・・・セリオさん・・・何処にも、何処にも 行かないで下さい」 僕も、ようやく言葉の意味に気付く。だが、セリオは落ち着いたままだ。 「私は貴女に何もして差し上げられません・・・ですが・・・」 そこで一度きり、マルチの瞳を覗き込むように見つめて、 「貴女は、一人じゃありません・・・」 と、続けた。 「セリオさん・・・」 「一人の方に特に深く愛された貴女が、避けられない別れに寂しくないだろうか・・ ・その心配が研究所の皆さん、ありました。その想いから私は貴女に再会しました」 「・・・・・」 「でも、貴女は・・・」 むずがる子供をあやすような口調になる。もしかしたら、これはプロトタイプセリ オの思考ではなく、開発者達の思考なのかも知れない。 セリオの思いやり。 そして、開発スタッフの親心。 それが今、こうしてマルチに向かって語るセリオを実現したのだろうか。 「本当は、私、寂しいんです。浩之さんがいないから・・・」 「・・・・・」 「・・・でも、あかりさんが言ってくれたんです。浩之さんは・・・いっぱい、いっ ぱい幸せだったって・・・そう言ってくれたんです」 「・・・・・」 「そして、その思いは自分も同じだったって・・・」 「・・・・・」 「そしてその幸せを与えてくれたのは私だって・・・そう言ってくれたんです。私は 自分が幸せなだけでした。それなのに、浩之さんも、あかりさんも幸せだって・・・ そう、仰有ってくれたんです。そして・・・」 「・・・・・」 「その幸せを、い、つま・・・でも・・・って・・・その・・・」 「私たち、メイドロボットは人のお役に立つことが義務づけられています」 セリオは先ほど言った言葉を繰り返した。 「そして、人に幸せをもたらす事こそ、本当のお役に立つ事ではないでしょうか」 「・・・はい」 「少しでもたくさんの人たちに、幸せを・・・それが私たちメイドロボットの生まれ た意義なのではないでしょうか」 「はい。だから・・・寂しくても、寂しくないんです・・・」 涙ぐむ。泣いてばっかりだ。マルチはこれからも幸せを得て、幸せを与え続けるの だろう。心を持つメイドロボットとして。 それは彼女だけじゃない。セリオも。他のメイドロボットも・・・。 それは素敵な事だと、思う。 最高に輝いて見える彼女達。 少なくても僕にはそう思えた。 もう一度、セリオは囁く。 「貴女は、一人ではありません」 そして彼女は、不意にこちらを見た。 「――そこにいらっしゃる方、貴方はどう思われますか?」 …どうやら、気付かれていたようだ。 でも、焦りはない。 僕は傍観者じゃない。 共に舞台で演じ続ける役者であり、 ・・・幸せを共有する事が出来る一人だと気付かせてくれたから。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「しゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」 「と、取り敢えず・・・久々野君、お疲れさま・・・」(美咲さん) 「まずはdye様、科白借りました。ありがとうございます。待ち続けてくれた皆様。期 待して下さった皆様。大変お待たせしました。かなり行き詰まってしまって、大幅に 改稿しました。正直今、冷静な思考力を持ち合わせていないので、この話がどうなっ てしまったか理解出来ていません。ただ、かなり、当初の予定とはかわりました」 「肝心の言いたいことすら、変わっちゃったみたいだしね」(綾香) 「あと、一部の人は知っているでしょうが、某HPでの伝言板での他の方の意見でマ ルチ周辺の事情は思い切り変更しました。あかりの部分が特に・・・」 「自分がどう思うよりも、人がどう思うを優先したようね」(梓) 「譲れる部分はね」 「都合のいいとこ取りとも言うわね・・・」(綾香) 「色々内容については言いたいこと無くはないですが、後書きで補足する事すら分か らない状態なので・・・」 「御意見、御感想、質問、批判、注意、お気付きの点なんでもありましたらお願いし ます」(美咲さん) 「因みにこの話の仮題は『百年経って・・・』です。ネタバレになるので、止めまし たが・・・その代わりの題、適当なのが見つかりませんでした(候補としては『しあ わせ』とか・・・)。何か適切のがありましたら、ご助言下さい」