『Congratulations!』 投稿者:久々野 彰
「この話は単体でも読めますが、『見つめてごらん 〜Look in the face.〜』と連動
しています。ですので、これは千鶴ED後ではなく、楓ED後からです」
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 …おめでとう。
 …ありがとう。

 …末永くお幸せに。
 …うん。


 地元の小さな結婚式場。
 参加者はごく、身内だけのひっそりとした結婚式。
 その中心に私がいて、

 ・・・あの人がいた。


 ――恋と愛。

 ――想いと思い。


 永遠のテーマのようで、答えが既に出されている問題。
 ただ、気づき方が、捉え方が人によって違うから。

 だから・・・今、私の隣に耕一さんがいる。


『Congratulations!』


 本当は、ちょっぴり後ろめたい。
 ううん、かなり心苦しい。

 でも、
 それ以上に、今、私はこうしていたい。
 耕一さんといたい。
 例え、祝福してくれなくても、恨まれても、蔑まれても・・・

 私は耕一さんと添い遂げたい。


 だから、私は言った。

 ――あなたが、好きです。


 耕一さんの心はわからない。
 楓の本音もわからない。

 でも、私は・・・。


 私は耕一さんが好きだから告白した。

 耕一さんと楓が結ばれた瞬間を私は知っている。
 すぐ側にいたから。
 ドア一枚を隔てて、私はそこにいた。
 二人を観察するため。
 二人を見守るため。

 本当は譲ったつもりでいた。
 贖罪のつもりだった。
 過去の事だから。
 過去に償えなかったから。
 だから、私は引いた。


 そして、それぞれの運命を切り開いてみせたのも、二人だったから。
 私には、出来なかったから。


 でも、本当は・・・。
 踏み込む勇気がなかっただけ。
 割り込む勇気がなかっただけ。


 悔しかった。
 もの凄く、悔しかった。


 だから、私は未練がましく待ち続けた。
 気付かないふり、していた。
 見苦しいと思われても、構わなかった。

 私には、あの人しか見えなかったから・・・。


 そして待ち続けてきた私に、運命が来た。

 私に出来なかったことをしたくせに、二人とも上手くなかった。
 恋も、愛も、自分の感情を知ることも、下手だった。
 私は、不器用だったけど・・・あの二人はそれ以上だった。


 だから私は告白した。

 あの人が揺れているの、気付いたから。
 憧れに、気付いていたから。
 これ以上、苦しんでいたくなかったから。


 卑怯でも、よかった。
 卑劣でも、構わなかった。

 付け入る気だった。
 生涯で一番の悪女になった気分だった。

 それだけ、あの人が欲しかった。

 だから・・・。



「柏木さん、ご用意の方は・・・」
「もう出来ます」
 準備室の扉の向こうで、ウエディングドレスに着替え終えたばかりの私は式場の方
に促され、立ち上がった。
 しばらく一人にしてと頼んでいたから。
 改めて、気を引き締める。
 揺れる心を押さえつけるように、まるで戦いに行くみたいな気分になっている自分
に気付いて苦笑する。

 …でも、いいの。


 自分で選んだ道だから。
 自分が望んだ事だから。


 敢えて妹達を入れなかったのは、そのせい。
 こんな私を見せたくなかったから。


 最後にもう一度、全身鏡を見る。
 純白のウエディングドレスに包まれた自分の姿。

「素敵ですよ・・・」

 着替えを手伝ってくれた女性の方にそう言われた。
 自分でも、綺麗だと、思う。


 …耕一さんの花嫁だから・・・。


 だから、綺麗でいられる。
 こんな自分でも、綺麗でいられる。

 鏡の前で苦しそうな顔を引き締め、恥じらいの笑顔を向ける。
 それを自分で確認してから、ゆっくりと自分でドアを開けて廊下に出た。


 それ程長くない廊下が勿体つけているように感じる。
 スタッフの人たちに付き添われていく自分がまるで、昔話に出てくる生け贄に捧げ
られる少女を連想させる。


 廊下を曲がって、あと少しの距離・・・
 そこに・・・


 ・・・楓が、いた。

 いつもと変わらない顔をして、いつもと変わらない楓がいた。
 黒の服が、白の私を不安にさせる。


 私は楓の目が怖かった。
 とても、怖かった。

 でも、避けないでいた。
 今までは。

 耕一さんは何も言わなかったけど、別れの言葉を口にしたのは楓の方からだと聞い
た。本当の理由はわからない。
 それ以上、言いたくなかっただろうし、私も聞きたくなかった。


 その楓が、いた。
 私を待っていた。

 立ち止まる私に周囲は、どう感じたのだろう。
 ただ、私たちを見守っていた。
 心が凍り付きそうで、心臓が止まりそうだった。


「・・・・・」
「・・・・・」
 暫しの沈黙。


 我慢比べで勝ったことのない私は、先に口を開いた。
「楓・・・私・・・」
「姉さん・・・」


 怖い。
 楓が怖い。
 自分が怖い。
 でも、私は楓を見た。
 見なければいけなかった。


 …御免ね・・・。

 嫌なわたし。
 視線で許しを請おうとしている。
 浅ましい考え。


 ――嫌な女。


「どうして謝るの?」
 楓の前髪がちょっと揺れた。
「でも・・・」
 口ごもる私。

 どんな女にでもなるつもりだったのに、
 悪女になってでもと決意したのに、


 …駄目・・・もう、駄目なんだ・・・。


 私は裁かれるのだ。

 己の業の深さ故に。
 己の裏切り故に。
 己の欲深さ故に。
 己の浅ましさ故に。
 己のあまりの醜さ故に。


 覚悟した。
 先ほどの決意など、目の前の少女の存在には蟷螂の斧だった。
 私は、やはり・・・

 不義は裁かれなければならないのだ。
 私は、罰せられねばならないのだ。


「どうして・・・?」
 私が気がついたのは、楓の声が近付いている事だった。その声は私を責めるもので
はなく、蔑むものでもなく、いつもより、優しく、大きめの声だった。
「どうして・・・?」
 もう一度、私に訊ねた。いつもと変わらず、落ち着いていた。
 裁きを待つ、震えそうな私の貧弱な肩を、そっと、優しく支えてくれた。
「わたしは大丈夫。それに耕一さんは・・・」
 そこで言葉を切った。どれほどの時間が経ったのだろう。多分、数秒もなかっただ
ろうに、私にはひどく長く感じた。
「耕一さんは「あの人」じゃないから・・・」


 私の気持ちを察して、楓はそう言ってくれた。


「わたしはわたしで、耕一さんは耕一さん。他の誰でもない・・・そう気付いたから
・・・だからなの・・・」


 …嘘・・・。

 本当は・・・本当は気付いた筈。別れて、気がついた筈。
 あなたは楓として耕一さんが好きで、
 耕一さんはあなたを愛していたことを。

 別れてから、過去という束縛の網からお互いに這い出た時、気付いたはず。

 でも、やり直しをさせなかったのは・・・二人に割って入ったのは・・・。


 …やっぱり・・・わたし・・・。


 目の前の楓の優しさが、その痛ましさを演出していた。
 居たたまれなく、感じた。
 嬉しかった。
 頼りたかった。
 でも、気付いていたから・・・。
 これ以上、甘えることが出来なかった。

「あの・・・そろそろ・・・」
 式場の人に急かされるまま、廊下を歩きだした私を、楓は呼び止めた。


「千鶴姉さん・・・」

 私はその声に振り返った。


 …責めて欲しい。
 …罵って欲しい。
 …蔑んで欲しい。

 そんな事を、わたしは願った。
 可愛い妹に。
 傷ましい妹に。
 いじらしい・・・最愛の妹に。

「何?・・・」
 笑顔を作って見せた。
 鏡の前で幾たびも練習した笑顔を見せた。


「・・・・・」

 楓は穏やかに、そしてゆっくりと笑って言ってくれた。

「おめでとう!」

 と、祝福してくれた。
 心から、言ってくれた。

「・・・」

 自然と、涙が零れた。
 慚愧の涙。
 後悔の涙。
 安堵の涙。
 計算の涙。
 自虐の涙。

 私の汚いものが、目から零れ落ちた。
 心の奥に溜まった膿が、吐き出された。


 …優しい、妹。
 …素敵な、妹。
 …綺麗な、妹。

 …こんな私の、出来過ぎた妹。


 私はその場に立ち止まって言った。

「・・・ありがとう!」

 だから、笑顔を見せた。
 偽りのない微笑みを向けた。


 …わたし、幸せになります。
 …絶対に、絶対に幸せになります。


 精一杯の気持ちを込めて、贈ります。

 まず、楓。
 あなたに。

 そして、式場で待つ、耕一さんに・・・。


                           <完>
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「と、ゆーわけで、健やか様、書いてみました」
「前回のが敗者の諦めSSなら、これは勝者の苦悩SSね(笑)」(綾香)
「ポイントは楓EDの後なので、ただでさえ後ろめたいだろうに、更に後ろめたさが
UPしてます」
「でも、普通の恋愛話を考えれば、これぐらいの事は起きても不思議ではない、そん
な気も少しするけど・・・痕世界では、ちょっとドロドロし過ぎかもね」(綾香)
「梓と初音は敢えて全く出しませんでした。この方が効果的だと思ったので・・・こ
の話の元ネタは同人誌のものだったりします」
「まあ、話自体が、ありがちだけどもね・・・」(綾香)