「・・・ちょっと特別編です」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− Chapter 4 「そのエールは誰に」 「行けぇぇぇぇぇぇぇ――――――っ!!」 「やれっ!!。そこだっ!!」 「あぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!。何やってんだよっ!!」 今日はいつもよりも早く、研究所内の全ての業務が終わりました。いえ、終わらざ るを得なかったのが事実なのでしょう。 今、世界中のかなりの人々が注目している一大スポーツイベントが繰り広げられて います。 そして、研究所の皆さんもその例外ではないのでしょう。 普段は冷静沈着な所員の皆さんも、全ての作業をそっちのけにして隅にある大型T Vの前に先ほどから釘付けになっているようです。 人はどうしてこうも他の人がやっていることに熱中できるのでしょうか?。 これが自分の身内、知り合いなどなら理解もできますが、 見ず知らずの赤の他人でも、人は応援を送ったりしています。 何故なのでしょう。 ――必死にやっている人を応援する。 だったら、何故、一方だけに声援を送るのでしょう?。 ――贔屓の側を応援する。 それでしたら、何故、負けて相手を讃える事をするのでしょう?。 私自身、命じられた何かを成し遂げた時、皆さんは誉めて下さいます。 逆に要望に応えられなかった時、皆さんは慰めて下さいます。 結果よりも努力した過程が大事なのだと仰有るのですが、結果を求める行動を起こ している以上、望んでいる結果が得られなければ、全ては無駄に終わのではないでし ょうか。 理屈を通せば、それは次回の研究目標に持ち越し、改善すべき点としてあげられる 課題となるのですから、私の場合はいいのかも知れません。 ですが、どうしてそこまで必死になって応援することが出来るのでしょうか?。 ――自分ではないものに対して。 応援する側には我が事のように気遣い、自分の相手のように相手側を見る。 人は争うことで成長していく生き物だと言われているようですが、それとは違うこ とのように感じます。 ――損得を考えない、そんな行為に何の意味があるのでしょう。 そして、今日の夜も過ぎていきます。 皆さん、まるで自分がそこにいて戦っているかのように、応援を続けて・・・。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「なんだ、セリオ気付いてるじゃん(笑)」 「・・・って、自分でオチつけてどうするのよ・・・(苦笑)」(梓) 「いや、誰かに言われる前にと思って(笑)」 「あんたね・・・」(綾香) 「人間の視点で読むと滑稽な雰囲気を感じて戴ければ・・・」http://www.asahi-net.or.jp/~iz7m-ymd/leaf/masata.htm