『路端の花』
投稿者: 久々野 彰
「取り敢えず、beakerさんに捧げてみます(苦笑)。あと、全国の坂下ファンにも」
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『路端の花』
…はぁぁ・・・
あれから、どれくらいの日にちが経ったのだろうか。
好恵は都会の喧噪をBGMにして、一人、制服姿のまま昼間の町中をぼんやりと歩
いていた。
…何か・・・どうでもよくなっちゃったわね・・・。
今まで信じ込んでいたこと、しがみついてきたことを全て否定され、何もかも失っ
てしまったような虚脱感。いや、そうではない。
――負けたのが悔しかった?
それは、違う。
所詮、勝負は勝負だから、悔いはないし、自分の敗北が自分の方向性の間違いとは
思えない。
ちょっとした油断、周囲の雑音、意地になった感情、むき出しのライバル意識・・
・数え上げればきりがない敗因。
別に、あの敗北が自分が葵よりも弱いだとか、空手が間違っているとか、そんな事
ではないのは自分も、葵も、綾香もわかっているだろう。
ただ、勝負をしただけ。
私が、葵が、そして・・・藤田が納得できなかったから。
あのままでは、あのまま別れては納得できないまま、しこりを残して終わってしま
うから。
だから、勝負をした。
私が、自分の気持ちにケリをつけるため。
葵が、自分の方向性を確認するため。
綾香が、自分の正しさを証明するため。
そして・・・それを見守ったのが・・・藤田。
結局、それぞれのもやを晴らすことなく、勝負は葵が勝った。
いや、葵は今までの、自信のなさを解消できた訳だし、綾香もそれなりの満足を得
たに違いない。藤田だって・・・葵が勝てたことは何より、嬉しい事だ。
納得できないで、うやむやが残っているのは・・・私一人だろう。
勝負の勝敗よりも、それよりも・・・そんなことよりも・・・
――悔しかった。
葵が自分よりもはるか遠い目標に向かって目指し、それを実現できるだけの力を持
っている事も、
綾香がこだわり、しがみついている私に目もくれず、先へ先へと走っていってしま
っている事も、
そして、
わたしが・・・こうして忸怩たる女々しい思いを抱えてこうして徘徊している事が
何より・・・。
あれからずっと気にしないようにしていた。別段変わらないように意識していたし
、実際、何が変わったって事もないと思ってた。
普通に・・・今までと変わらずに毎日が送れると、思っていた。
藤田・・・浩之。
あいつは葵に・・・今までにない勇気を与えていた。私は葵を強いとは思っていた
が、怖いと思ったのは・・・あの日が初めてだった。
震えるような気がした。
あの目。
葵のあの目。
私に向けたあの目。
恐れのない、不安のない、自信に満ちた目だった。私に目も合わせられなかったあ
の娘が、はっきりと私を見据えていた。
茂みであいつが言ったせい。
馬鹿馬鹿しい励ましと思った。
下らない激励に聞こえた。
だけど・・・
だけど、あれで葵は変身していた。
怯えていた哀れな子羊が、襲いかからんと咆吼する獅子になった。
そして、葵は私に勝った。
九分九厘、負けるはずがなかった。
何れ抜かされることになっても、まだ負けるとは思えなかったし、実際、牙を剥い
てきても、一日の長が私にはあった。だから、私の攻撃に、葵は負けていた。あいつ
が声をかけるまでは。
藤田と綾香が葵を勝たせたいのは明白だった。綾香が藤田に色々と葵に指示を送ら
せていたのも分かっていたし、それも計算のうちに入っていた。それでも、勝てる筈
だった。
なのに・・・負けた。
あの一言で・・・たった一言で・・・死んでいた筈の葵は目を覚まし・・・私に信
じられないような強烈な一撃を叩き込んだ。
勝負に負けたことは悔しくない。
葵に負けたのも悔しくない。
綾香に馬鹿にされたって、空手を全部否定されても悔しくない。
油断した自分にだって・・・多分、悔しくない。
悔しいのは・・・。
本当に悔しかったのは・・・。
――葵には、あいつがいた・・・。
「・・・アホらしい・・・」
思わずでた気持ちに、口に出して敢えて冷笑してみる。
馬鹿馬鹿しい、ことだ。
下らな過ぎる、ことだ。
――相当、参っているな、あたし・・・。
好恵は日差しを睨み付けるように顔を上げ、そのまましばらくじっとしていると、
聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「あ、好えさ・・・坂下先輩っ!」
「?・・・え・・・あ、葵!?」
ガードレールの円柱部分に腰掛けている好恵の視界に、丁度葵が小走りに走ってく
るのが見えた。
「先輩のクラス、もう授業終わったんですか?」
「え・・・あ・・・ああ・・・」
そう言えば、今日は土曜日だった。そしてこの道は葵の家に通じる通学路だったこ
とに気付く。
「私の所の先生も、HRは早いんです」
ニコニコと、邪気のない顔をして葵は喋り続けていた。あの日以降の最初の頃はか
なり不安そうな顔をしていたのだが、大分収まってきたらしい。こっちが学校に行か
ずに街を徘徊していたなどとは考えも付かないのだろう。
「――それでですね・・・」
「葵」
しばらく一人で喋り続けていた葵を遮るように、好恵は葵の名前を呼ぶ。
「は、はい・・・」
そこで、気付いた。
まだ、彼女の後ろめたい気持ちは消えていない。
不安は、なくなっていない。
恐れを、誤魔化すための笑顔と多弁だった。だから、顔が強ばっていた。
この娘が――
この娘が本当に格闘なんかに向いているのだろうか。
思わず、苦笑した。初めて道場で出会った時、思った感想が今、再び思い起こされ
た。
そんなこの娘を強くしたのが、あいつ。
落ち着かせ、安らぎを与え、迷いを断ち、信じさせる事が出来たのは、あいつのせ
い。
悔しかったけど、ちょっぴりおかしかった。
「な・・・あの・・・何がおかしいんですか?」
「え・・・あ、御免御免・・・」
どうやら、笑みが漏れていたらしい。不審そうな顔をした葵がこっちを見ていた。
「何でもないわ・・・ただ・・・」
「ただ?」
素直に聞き返す。正直で、生真面目で、とてもいい娘だ。
「羨ましいわね、貴女が」
「好恵さん・・・?」
「まあ、頑張んなさい。綾香の鼻っ柱折れるのは、貴女ぐらいなんだから」
「え・・・?、あ・・・はぁ・・・」
立ち上がった好恵の自己完結からでた言葉に、全く意味が分からないらしく困った
ような顔をして頷く葵。
だが、
「さて・・・帰るんでしょ?。私も、帰るわ」
そう言って別れようとした好恵の背中に、
「坂下先・・・好恵さんも・・・頑張って下さいっ!!」
葵が力強く、言った。
「ええ。頑張るわよ」
そう言って好恵は応えて見せた。
そう。
振り返らずに、歩きながら。
<完>
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「一応言いますと、彼女はレズではありません(笑)」
「身も蓋もない言い方すると、「葵ったら才能も男運もあって羨ましいな、グッスン
」ってお話だね」(雅史)
「身も蓋もなさ過ぎや・・・」(智子)
「書きかけの話もあったし、要望には綾香の浩之抜きとか柳川シリアスとかあったの
に・・・書いたのは何故か好恵。今更、好恵。どうしてなんだ、好恵(笑)」
「・・・私は知っています。これは貴方のよくある病気「イラストや漫画のたった1
カットに妙に惚れちゃったよ状態」が起こした症状でしょう?」(琴音)
「ヒントは「同人誌」「ポッキー」。この二つで私がこれを書いたきっかけの絵が即
座に判明する人は「濃い」人かも(笑)。でも脇役推進委員会(正式名忘れた)の委員長
としていつかは書きたかった坂下だから、まぁ、嬉しいかも・・・あ、坂下は二度目
ですけどね、本当は(あ、好恵の言葉遣いなどに不満ある人いるかも。でも言い分も
あるんだ(笑)。それなりに考えた結果です(笑))」