『見つめてごらん 〜Look in the face.〜』
投稿者: 久々野 彰
「西山さんが書かないような楓小説を書こうとしましたよ。ええ、最初はね・・・」
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『見つめてごらん 〜Look in the face.〜』
…私がその人に最初に出会ったのは、新入社員歓迎会の席上のこと・・・。
「あ、あの・・・」
「?・・・はい」
新入社員の一人・・・だと思う。そんな彼が二次会に移る途中で抜け出した私を追
いかけて呼び止める。
…なんなのだろう・・・。
「貴方は・・・」
「――です。今度、入社した・・・」
…それは、分かっています・・・。
「・・・・・」
「あのう・・・えっと、柏木楓さんですよね?」
「――はい・・・」
「一目惚れですっ!!。俺、貴女の事が好きになりました」
と、にこやかに笑って言ってのけた。
…・・・え?
・
・
・
私が一人、東京に出てきたのは大学に入学してから。そのまま卒業して、化粧品関
係を取り扱う会社に入社して二年目の春。
元々、人と付き合うことが苦手な私だったけど、優しい先輩達がいてくれた事もあ
って、大学時代のように一人でポツンとすることは少なくても無かった。
失恋。
あれが失恋と呼べるものならば、それを癒すぐらいの、十分な余裕は出来た頃だっ
た・・・。
「ねぇねぇ、柏木さん」
コピーを取って戻ろうとしていた私に、先輩の一人が声を掛けてきた。
「――はい?」
「こないだの新歓で口説かれたって・・・本当?」
と、ニンマリと微笑んだ顔を近づけてきて訊ねる。
「え・・・?」
「またまた〜、噂になってるわよ。どうなの?」
「そ、それは・・・」
先輩は面白そうに、身体を擦り寄せて私の解答を求めてくる。人は悪くないのだが
、この態度は馴れるものではない。正直、苦手なタイプである。
「柏木さんは奥手なんだから・・・まぁ、でも――君は止めておいた方が無難かもね
、軽そうだし・・・」
「そうなんですか?」
何気なく聞いたつもりだったのだが、
「みたいよ〜、噂だけどね。・・・でも、そう聞くところをみると、やっぱし本当だ
ったのね?」
「え・・・」
全く、油断がならない。まぁ、百戦錬磨の先輩達にかかれば、私など顔を見ただけ
で分かってしまうのだろう。まあ別に知られたからどうしたというものでもないのだ
ろうが、やはりあまり広まって欲しいものではない。
「で、で・・・どうしたの?」
「どうしたのと言われても・・・」
その好奇に満ちた視線に耐えきれずに下を向いて俯いてしまう。これは返答に詰ま
った時の昔からの私の癖で、直るものではない。そしてそれがいらぬ誤解を与えるこ
とも多々あった。
いや、どうでも良かったのかも知れない。分かってても直らなかったのは、もしか
したらそのような全ての事象に背を向けて無関心になることで、自分の中にあるもの
を守り続けようとしていたのかも知れない。
…詰まらないこと、なのにね・・・。
「――柏木さんは日本人形みたいね」
普通、私を見た人の第一印象がこれである。そしてそれに「大人しい」「地味」「
冴えない」「目立たない」「暗い」「何を考えているのか分からない」などが徐々に
加わっていき、疎遠されていくのだったが、ここでは何故か、気さくな先輩達に引き
ずり込まれるようにされていた。群がって何かをすることはあまり好きではなかった
が、何故だかここでは嫌気がささなかった。
「柏木さんっ!!」
噂が適度に部内に広まった頃、問題の彼が、お弁当を食べようとしていた私達の方
にやってくる。
「あら、――君。どうしたの?」
と、意地悪く、先輩の一人が訊ねる。
「柏木さんっ!。お話がっ!!」
と、結構強引に私の方を見て言う。
「あらあら・・・」
茶化したような、驚いたような声が脇から漏れる。
「今、食事中です・・・」
やっと、それだけを言う。
…うざったい・・・。
どうして放っておいてくれないんだろう・・・。もう、もういいのに・・・。
気がつくと、残業がてらに話に付き合うことになっていた。私が言う前に、彼とお
節介な先輩達が話を進めてしまっていたのである。
「・・・で、いいよね」
私が覚えている言葉は、これだけである。随分と長い時間、呆けていたようだ・・
・。
「・・・・・」
「・・・・・」
コピーした沢山の明日の会議用の書類にホチキスで止める作業を無言で続ける二人
。
パチリ・・・パチリ・・・
音が虚しく響く。わざわざ残したのではないかと思えるような作業。私のだんまり
が場を重く支配する。いつもの、ことだ・・・。
「・・・あ、あのさ・・・」
作業の1/3ぐらいを終えた頃だろうか、ようやく意を決したように彼が声をあげ
る。普段の彼の性格を考えれば、ここまでよく持ったと思う。まあ、初めの頃は他愛
ない愚痴、雑談、さり気なくない気遣い、そんな事を私に向けて言っていたが、私が
半ば無視するようにホチキスで止めていると、次第に大人しくなったのだが・・・。
「ひょっとして・・・俺の事・・・嫌い?」
私はそれに対しても無言を貫き、否定も肯定もしない――
・・・どうしてそんな事が出来るだろう。彼の困惑した顔がチラリと見え、悩んで
いるような、どうしたらいいのか分からないって顔をしていたのが見えて、ちょっと
手元が狂う。こちらも意を決して口を開こうとすると・・・。
「どう――――」
「・・・沢口先――」
言葉が重なってしまった。すごく、気まずい。
「・・・・・」
「・・・・・」
ちょっと沈黙が続き、少しだけため息をついて、彼は再び喋り出す。
「沢口先輩に言われたけど・・・もし、嫌いなら・・・無理には付きまとわ・・・」
「別に・・・」
今度はこちらが最後まで言わせないで敢えて遮った。意識した訳でなく、思わず口
に出た・・・そんな感じだった。
「別に、嫌いとか・・・そう言うわけではありません。ただ・・・」
「ただ・・・?」
「ちょっと、迷惑です」
見る見るうちに、彼の顔に生気が戻るのがわかる、今にも大笑いするんじゃないか
って顔をする。一人で納得しているような、そんな顔だ。
「だって・・・ほら、さ。そうでもしないと、何も言ってくれないんだもの・・・。
返事だって曖昧にはぐらかされただけだし・・・」
「・・・あの時、急に色好い返事をする方がおかしいと思いますが・・・」
「だからこそ・・・こうして少しでも関心を払って貰おうかなって・・・」
「でも・・・」
「そうでもしないと、こっちを見てくれないんだもん。柏木さんは」
「・・・・・」
「今、こうして顔を見てくれるのって・・・あの時以来だと、俺は思うんだ・・・」
にっこりと、笑った。何も、言えなくなった。そしてダンボールを取りに、彼は別
室に向かう。
パチリ・・・
機械的に手は動き続ける。早くもなく、遅くもなく、大きくずらすこともなく、確
実に作業は続いていた。
「・・・それで、私のどこが好きになったんですか?」
作業を終えて、会社を出る。――さんがダンボールを会議室の前に運び終えて追う
ように走って来た時、私はそう訊ねた。彼は即答してきた。
「顔」
「・・・・・・・・・・・・」
…何、それ・・・。
あまりのストレートな答えに凝固する私。そして時間の経過と共に沸々と怒りに近
い感情がせり上がる。
「え、ちょっと、ねぇ・・・」
無言できびすを返す。慌てて追いかける彼。
「どうしたっていうのさ・・・?」
「・・・・・・」
何という鈍感な男なのだ。ちょっと怒りよりも呆れるような感情が沸く。言うに事
欠いたのだとしても・・・それとも、そう信じ込んでいたのか・・・。
「誤解・・・しないでよ・・・」
…誤解も何も・・・。
帰ろうとするのに、離してくれない。いや、こっちはこうしてずっと自分の住んで
いるマンションに向かって歩き続けているのに、全く無視してもめげることなくつい
てきて、喋り続けている。
「だって普通そうだよ。初めに目に入るのはカオ。いきなり性格とか、相性とかそん
なこと、誰にもわからないじゃないか。だからこそ好きになるきっかけはカオだって
言ったんだ。別に悪い事でもおかしな事じゃないと思うけどね・・・」
と、開き直ったような言い方が気に障った。冷静に考えれば何か共感するものもあ
るのかも知れないが、あまり考えたくない。
「・・・・・・」
そう、この言葉を聞くまでは。
「ただ・・・」
「・・・・・」
「ただ、最後まで好きな理由が顔だけってなら、いくらでも軽蔑してくれても構わな
いけどね・・・」
「・・・・」
「表面的な理由なら、いくらでも言える。でも、飾りの言葉を言ったところで・・・
何も残らない。例えば・・・その深遠な顔」
と、言って私の前に回り込むと、じっと見つめる。
「何かいつも遠くを、目に見えない何かを追いかけ続けているような瞳。荒れる事な
んて許されないような肌・・・それよりもまして、動かない、動じない、揺るがない
、何か強いもので無理矢理くるんでいるような容貌・・・それらは後から観察した結
果で、補足理由にしか過ぎない・・・」
「・・・どいて、下さい・・・」
邪魔とかそういう気分ではなかった。言葉は妙だったけど、これだけは分かってし
まった。
…素直すぎる、人なんだ・・・。
そんな感想を胸に抱いたまま、無為に時は過ぎていった。
・
・
・
昨日。そう、遂、昨日のことだ。
「あ・・・ねぇねぇ」
「・・・・・何です」
資料室で頼まれた調べ物をしているとき、後ろからファイルの束を片付けていた
彼に呼び止められる。まぁ、予感がなかった訳ではなかったのだが、表面は重々し
く、でも正直、その馴れ馴れしさに慣れてきてしまった自分に気付きつつ、ゆっく
りと振り返る。
「ひょっとして・・・昨日の彼、初恋の人?」
「・・・!?」
いきなり、言われた。
昨日の結婚式。
地元で行われた結婚式。
耕一さんの結婚式。
千鶴姉さんとの、結婚式。
そう、二人の結婚式・・・。
別に後悔はしていない。苦しくないと言えば嘘になるが、後悔はしていない。耕一
さんは私でなく、千鶴姉さんを選んだ。ただ、ただそれだけ。
原因ははっきりしている。
耕一さんだったから・・・自分をしっかり持っていたから。
私だったから・・・はっきり分かっていないことに気付いてしまったから。
だからこそ、祝福できた。心から、祝福できた。
耕一さん、お幸せに。
千鶴お姉ちゃん、良かったね。
苦しかったけど、それはいいの。それは、別。後悔はしていない。正しかったかは
わからないけど。耕一さんは耕一さん。私は私。次郎衛門でもエディフェルでもない
の。だから、いいの。
・・・誤算を言えば、式場で偶然この人に出会ってしまったことか。
私の視線に気付いているのかいないのか、喋り続ける彼。資料室なのだから、もう
少し小さい声で話して欲しい。
「君のお姉さん、綺麗だったよねぇ・・・」
式場の廊下で、私と耕一さんが二人で千鶴姉さんを待っているときに、出会ってし
まった。世間は広いようで狭い。有り触れたフレーズはどうして有り触れているか教
えてくれた瞬間でもあった。
「・・・更に言わせて貰うと、ひょっとして・・・」
そこでわざとらしく、一度きってから、更に顔を近づけてきて、言った。
「・・・初めての人じゃないの?」
「!?・・・」
ずっと背中の騒音として片付けていたが、流石に聞き流せないと、私が顔を上げた
瞬間に意を得たとばかりに悪戯っぽく笑う。よく親父っぽい発言をする時は必ず、こ
んな顔になる。いつの間に、気付いたんだろう、そんな事・・・。
「ど・・・」
だが、動揺している今は、そんな事はどうでも良かった。幸いこの資料室には他に
人気はない。
「だってさ、耕一さんだっけ?。彼が俺を見た目は値踏みしているような目つきだっ
たぜ。あれは間違いなく・・・」
たまらなくなってしまって、思わず叫んでしまった。
「どうしてそこまでわかるんですっ!!」
残酷な沈黙が場を支配する。真っ赤になるのが自分でも手に取るように分かる。
「え・・・?」
そして、彼もまた、やや驚いたような、引きつったような顔をしてこちらを見てい
た。
「・・・マ、マジ?」
などと聞いてくる。
「え・・・」
再び、私は絶句する。
「冗談のつもり・・・だったんだけど・・・あ、あはは・・・・」
「あ、あなたは・・・・・・」
バシィ――ン!!
「ご、御免、御免・・・」
「も、もう・・・知りませんっ!!」
私の平手を頬に受けながら、笑いこける彼をみて、ますます羞恥で赤くなる。
…も・・・もうっ!!
火照った頬のまま、部屋を出ようとした私の手を掴む。
「離してく・・・」
「でもさ・・・やっと、見せてくれたね」
「え・・・?」
「君の、顔」
その笑顔に、ちょっと戸惑う。意味がわかったようなわからないような・・・。
ス・・・
自然に、彼の手が私の顎に伸びる。
「あ・・・」
まるで魅入られた様に彼を見つめてしまう・・・。
「君のこと、ずっと見てた。初めて見て、それからずっと見られる機会がある度、見
てた。惹かれてた・・・うん。知らずに引き込まれてた。本当は・・・理由、欲しか
ったんだ」
「・・・理由?」
「君を見たくなる理由」
「・・・・・」
視線に耐えきれなくなって目線を下げようとするが、顎を押さえられているせいで
動かせない。
「心なんて作れる」
唐突に、言う。
「男が女の前でいい男を演じるように、女が男の前で最高の顔を作ってくるように、
人間は心を作り、演じることが出来る。好かれようと、嫌われないようと・・・だか
ら、恋人であるうちは続く関係が、結婚を境に失われていく・・・なんて事は珍しく
ない・・・」
「・・・・・」
「そしてそれを恐れていて、予め別の心を作る・・・それが君じゃないのかなって、
思ったんだ」
「え・・・?」
「心を閉ざす・・・自分の心を別の心で覆う。嫌い。好きじゃない。興味がない。関
心がない。どうでもいい。・・・否定的な心を予め作っておくことで・・・」
「貴方に・・・・何が分かるんです?」
「分からない。君の心は、君にしか・・・」
意味ありげに、笑う。
迂闊にも、そこで気付いた。
…また、ペテンにかけられた・・・。
「・・・・・」
「・・・・・」
頬が歪む。鼻息が漏れる。
笑っていた。いつの間にか、笑っていた。人前では無意識のうちに見せなかった笑
い。
笑みでも微笑みでもない。
笑い。
手を口元に押さえて、私はクスクスと、笑っていた。
それをじっと嬉しそうに見つめる、彼。
不快感はない。
なんだか凄く、爽快な気分になった。
「・・・答え、聞かせます」
「・・・え?」
笑いを顔に残しつつ、笑顔で私は言った。
反撃を試みる私に、彼がどんな反応を見せるか考えつつ、きっとどう言っても笑う
だろうと思いつつも、私は唐突のプロポーズの返事を返した。
「私の返事は・・・」
<完>
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「楓ちゃんじゃないわね」(綾香)
「あうあう・・・」
「ファンはどう思うかしら?。で、解説してよ」(梓)
「流れとしては楓EDからですね。過去に引きずられている以上、必ずしもそのまま
いくかどうか・・・と意地悪っぽい考えで思い付いています。でも安易なアンハッピ
ーには個人的に『飽き』があったので、こんな形にしてみました。すぐに楓が他の男
を好きになるとは思えませんが、他の男が楓に惹かれても全然不思議はない。
「確か・・・作り始めたときは西山さんへの返礼SSにするとか言って・・・」(梓)
「あうあう・・・ひねくれ者らしいと苦笑してくださいな。シリアスの楓SSは多い
ので、他とは違った視点で、特に耕一とエディフェルには出来るだけからませないで
、楓自身の部分を強調させようと思ったのですが・・・狙いは悪くないとは思うので
すが技術が追いつかない」
「でも、何か所々隙間があるような・・・」(綾香)
「本当はもっと彼とか先輩(名前まで出して・・・本当はシーンあったのに)とか結婚
式(普通は省略しないよな、ここ)とか書き込まなくてはいけない・・・わかってはい
るんだけども・・・あうあうあう・・・」
「でも、徹底してオリキャラには名前ださないわね」(綾香)
「これはもうポリシーって言うより仕方ないから。作った名前出した瞬間、閉鎖され
た世界観になる・・・。昔、余所ではっきり言われた事もあるし・・・書いている本
人には気付かない事だけど・・・結構浮く事あるようです。二次作品でオリキャラが
目立つほど味気ないのはないから、出来るだけ目立たないようにとの配慮の一環。私
は他の人みたいに、上手くバランスとれないからね。鈴木Rさんらのワルチみたいに
綺麗に上手に書きたいけどね〜。あ〜ゆ〜のなら、自然にうち解けやすい・・・」
「タダでさえ、作りは外伝っぽいノリだしね・・・」(梓)
「私は基本的に人と同じものは書きたくないっす。比較されるし、第一、詰まらない
じゃないですか・・・まぁ、書きたくなれば別ですけどね・・・」
「言いたい事、言ってるわね。好き勝手に・・・」(綾香)
「それより西山さんら楓ファンの怒りがちょっと怖い(笑)、久々野でした〜」