「打倒、西山英志様ら楓ファン(笑)。ここでは少ない梓ファンに贈る・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あれぇ〜・・・千鶴姉。これ・・・」 土曜日の午後。昼食も食べ終わり、各々がそれぞれ、のんびりしていた時、奥の部 屋から梓が妙な声をあげる。 「どうしたの?。梓」 「あ、千鶴姉。これ・・・」 千鶴がその声に誘われるようにその部屋に入ると、押し入れが中途半端に開けられ たまま、その前でしゃがみ込んだ姿勢でいた梓が顔を上げる。 「なあに?」 そこには一冊のアルバムがあった。 そして、そこには高校の制服、セーラー服に身を包んだ千鶴の写真が写っていた。 「あら・・・」 「千鶴姉にも、こんな時期、あったんだ・・・」 「まぁ、失礼ね。そんなに昔の事じゃないじゃない・・・」 「そう・・・だよなぁ・・・そんなんだよなぁ・・・」 千鶴がそう言って頬を膨らませると、梓は感慨がそう繰り返す。 「遂、こないだの事・・・なんだよなぁ・・・」 校門の前で、笑っている千鶴。桜の花びらが散りかけるその場所で、左手には卒業 証書を持ちながら。 「笑ってるね・・・」 「そうね・・・」 卒業式。学校の行事が概ね退屈なもので占められる中、唯一、娯楽以外で素直に浸 れる可能性がある式典。 「私は・・・地元の大学が決まっていたから・・・」 「そうか・・・」 「ええ。友達とも、そんなにはお別れ、しなかったしね・・・」 二度と会えなくなる訳じゃない。一緒の大学に進学を果たせなかった人や、下級生 とは電話で話せる。会いたくなれば会えばいい。これで、お別れではない。 「千鶴姉は・・・誰かから、第二ボタン貰ったり、あげたりした?」 「そんなのないわよ・・・」 そこで手を口元にあててクスリと笑う。 「でも、実際に貰ってた娘もいたわね・・・いつから、始まったのかしらね?」 「ホントだよなぁ・・・」 でも、戻らない。 二度と、戻らない。 この、時間。 この、思い出。 この、瞬間。 この、空間・・・。 『卒業〜Graduation』 ・・・紺の制服が ホーム埋めている ・・・今日が卒業ね あの娘たち …嗚呼、これで終わりなんだなぁ・・・。 そんな事、思ってた。 退屈な校長の話さえ、許せてくるから不思議だ。 3年間・・・この3年間を、同じ空間を、同じ顔ぶれで、同じだけ過ごした。 勉強も、 部活動も、 体育祭も、 文化祭も、 林間学校に修学旅行も、 皆、この短い時間で行われてきた、事。 楽しいことばかりじゃない。いや、楽しいことの方が少なかったかも知れない。 他愛もない教室でのお喋り。 昼休みのお弁当。 中庭での円陣バレーボール。 当たり前だった、事。 …もう、無いんだ・・・。 学校なんて、好きじゃなかった。 気になる相手がいた訳じゃない。 好きな科目なんて、なかった。 親友と呼べるほどの友人も、いない。 でも、 …もう、無いんだ・・・。 ・・・夢を縛ってた スカーフを ・・・ほどく 自由へのあこがれも 「――――柏木、梓」 「はい」 脇の階段を上る。 ゆっくりと歩き出す。 私の前の生徒が、中央の階段から、下に降りる。 マイクの前に立った担任をやり過ごす。 校長が、こっちをみた。 それで、卒業・・・。 …もう、二度とない、この世界・・・。 「ねぇねぇ、梓。これ、書いてよ」 渡されるサイン帳。 「え、ああ。うん」 サインペンでスラスラと、名前と、その娘へのメッセージを書く。ちょっとだけ、 ページを捲る。「また、会おうね」とか、「いつまでも、友達だよ」とか、綴られて いるサイン帳。中には有名人のようなくずし文字を気取ってサインを書いている奴も いる。 みんな、私のクラスメート。 この同じ時間を過ごした、やつら。 「あ、書き終わった?」 お互いに書いたりしているのだろう。書きにくくなると私に気遣って離れていた娘 も、ペンを持っていた。 「はい・・・」 「ありがと・・・と、ちょっといい?」 と、私の横にしゃがんで並ぶと、片手を伸ばして使い捨てのカメラを自分たちの方 に向ける。 フラッシュがたかれる。 ちょっとだけ、眩しかった。 ・・・髪を束ねてた 地味な娘も ・・・恋に悩むたび 変わったね 「あずしゃせんぱ〜い・・・うぐっ、えぐっ・・・・」 「かおり・・・」 廊下に出ると、真っ先にかおりに掴まった。この後、私たちは外で見送られる事に なっていた筈だが、どうやら抜け駆けしてきたらしい。 「ボタン・・・貰っていいですか?」 苦笑しながら、頷く。周りも、笑っていた。が、何故かいつもの笑いではなかった 。暖かいような、微笑ましいものを感じるような、ちょっと寂しそうな笑いもあった ・・・。 3年生と呼ばれていたのが、卒業生と呼ばれる日。 卒業式。 一度、集合写真を撮ってから決められたコースを、決められた順番で歩いていく。 出席番号。 これも、最後・・・。 涙。 不思議だね。 卒業式で泣いていた娘も、 お喋りしながら、笑っていた娘も、 不思議だね。 在校生。 まだ、ここを離れない、特異な時間の流れに身を委ねている後輩達に送られる、私 たち。 この見送りが終われば、今日はお終い。 在校生は後片づけが残っているが、私たちは、お終い。 もう、何も、ない。 今までは「放課後」と呼ばれた時間。 学校が終わる時間。 でも、今日は・・・ 今日からは・・・ もう、ないの。 思い思いに散らばった。 部活の固まりに消える。 仲の良かった娘同士、泣き合う。 見馴れない、ツーショット。 先生と、話し込む。 皆、少しでも居続ける。 少しでも早く帰りたかったくせに。 少しでも早く、出ていきたかったくせに・・・。 今日は、ちょっとでも居続けたい。 流れてくる吹奏学部の演奏。 式でも流された曲。 卒業式ではちょっと気取って違う曲も流したくせに、 「銀行じゃないんだから「蛍の光」はやめようよ・・・」 そう言っていたくせに、 流れるのは「仰げば尊とし」・・・。 誰かが口ずさんでいる。 ちょっと恥ずかしい奴。 それほど、大きい声じゃないケド、私は苦笑する。 誰かと、歌う声のする方を見る。 何気なく、振り返る。 「おしえのにわにも はや いくとせ〜」 ちょっとだらしなく見える格好。 両手をポケットに突っ込んで、 お気楽な表情をして、 ゆっくりと、歩いてくる。 「こ・・・耕一・・・」 「思えば いととし このとしつき〜」 歌いながら・・・マジで馬鹿に見えるが・・・こちらに歩いてくる耕一。 「ど、どうして・・・?」 「いまこそ わかれめ〜・・・・よ」 軽く、手を挙げる。 「終わった・・・のか?」 「・・・うん」 私の手にある卒業証書を見て、聞く。 「何か、出たのか?」 次に聞く言葉が、それか?。 でも、ちょっと笑える。 「一応、ね・・・」 「ふ〜ん」 その場で、立ち止まる。 私の前で、立ち止まる。 「わ、私ね・・・変なんだ」 「何が?」 「何だか・・・ホッとしたような、残念なような、ごちゃ混ぜになった気分・・・」 「もう、最後だから・・・か」 「そうかも知れない。あんなに卒業したかったのにさ・・・」 目を閉じて、手に持った証書の入った筒でポンポンと自分の首を叩く。 「嬉しくも、悲しくも、ないんだ・・・」 「そっか・・・」 気のない、声。真面目に聞いているのだろうか。でも、笑えてしまう。 「忘れちまったなぁ・・・正直」 耕一は上を見上げて、桜の木を見つめる。 「懐かしい・・・訳じゃない。でも、何だか寂しかったのは・・・思い出すな」 「ふぅん・・・」 散る、早咲きだった桜。 繰り返される、演奏曲。 いつまでもとどまり続ける、卒業生(私たち)。 「第二ボタン・・・取られたんだな」 今頃気付いたのか、苦笑して言う耕一。 「欲しかった?」 「ははは・・・」 ・・・あなたジャケットの金ボタン ・・・記念にもらっていいでしょう ・・・ねえ おかしい? 「笑っちゃうね・・・」 「そうかな?」 「そうよ。だってさ・・・」 …だってさ・・・ 「たかが・・・ほんの僅かな時間じゃない・・・たった3年。長い人生の3年間よ」 「・・・・・」 「それだけの事じゃない。それだけの・・・」 …それなのに、どうして? 「ホラ」 「あ、ありがと・・・」 ハンカチを渡され、拭う。 零れかけた、雫。 「へんだよね・・・」 「・・・・・」 「いつまでも、このままで・・・・いたいよ・・・・・」 目を閉じて、身体を耕一に、預ける。 …どうして、このままでいられないのかな?・・・・ 「・・・・つき」 「え?」 「いまこそ わかれめ・・・・・・」 「耕一?」 繰り返される演奏に合わせて、再び小声で歌う耕一に、目を開けて、怪訝そうに梓 は見上げていたが、 「いざ・・・さらぁば・・・」 「・・・・・耕一」 ゆっくりと、再び、目を閉じる。 重なる、唇と唇。 桜の木の陰。 風のざわめき。 周囲の喧騒。 何も、聞こえない。 何も、見えない。 …私は、忘れない・・・絶対に、忘れない・・・ 「さて・・・帰ろうか」 「もう、いいのか?」 「うん」 素直に、頷いた。 「じゃあ、あんまり遅くなると・・・な」 「そうそう」 ゆっくりと、校門に向かって歩き出す。 流石に、帰りはじめる姿が目立つ。 「・・・耕一?」 私の手に、重ねられる、手。 力強く、握り返す。 「いくぞ」 「うん」 二人はゆっくりと、桜の花びらが散る校門を、くぐっていった。 ・・・あなた思い切り微笑んで ・・・そう愛情が深すぎるGood by ・・・――さよなら―― ・・・ずっと ずっと・・・ ・・・好きよ・・・ <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 流行はホワイトデーかも知れないけど・・・。 卒業。私はこの時期、井上喜久子さんのファーストアルバム「elegant fish」の最 後の曲「卒業〜graduation」を聴きながら、秋葉凪樹さんの初の単行本「放課後」の 「卒業」を読むことにしています。たって、一去年からですけど(笑)。 現実の卒業。呆気なかったです。そこには涙の別れも、何も無かったです。 羨ましかったんですね、そんな世界が。 「・・・何、偉そうな事いってるのよ」(綾香) 「ははは・・・」 「でも、卒業って、きますよね・・・」(葵) 「――ひとときの、別れの儀式です」(セリオ) 「でもさ、何か、あるんだよ。何か・・・」(梓) 「そう。実際の時よりも、今の方が実感あるもん。そして、後悔するんだ・・・」 「もう少し・・・って?」(葵) 「うん。色々出来た筈なのに、何もしてこなかったってね・・・」 「あの時しか出来なかったのに・・・」(梓) 「先に後悔がでるってのも情けないわね・・・」(綾香) 「そして失敗の嵐。でも、都合のいいことに綺麗さっぱり忘れてる」 「ホント、当時は何度も死にたくなるような「恥」かいてきたくせに・・・」(綾香) 「不思議な、ものです・・・」(セリオ) 「ちょっとだけでも、この雰囲気、書けて、良かった・・・」 「でも、ちょっと千鶴さんが可哀想です・・・この後の・・・」(葵) 「実は私、シリアスの千鶴さんって書いた記憶、あんまりないんだなぁ・・・」 「楓や初音は出しもしなかったわね」(梓) 「顔見せだけなら出したくなかった。それと、千鶴さんのと対比させたかったのかも 知れない。でも、梓のSSならあそこで切らないと・・・」 「あ、因みに言っておきますと「…」と「・・・」は二つ使ってる時は別物ですって。 「…」が心の部分。「・・・」が歌の部分・・・でいいのよね?」(綾香) 「これも、今までも・・・ね。では・・・」 「・・・じゃあね」(綾香) 「元気でね」(梓) 「また会いましょう」(葵) 「それでは・・・」(セリオ) 「これ書いてる頃は皆、チャットでもやってるんだろうなぁ・・・」 3:17 98/03/14 自宅にて 久々野 彰 <エピローグ> 「千鶴ファンは、繋げてお読み下さい」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「誰も・・・いなかったから、ね・・・」 アルバムを開いて、千鶴は寂しそうに呟く。 写真では、微笑んでいる自分の姿。 …あれから、泣いたの。本当はね・・・。 誰もいないところで、こっそりと、泣いた。 寂しく、泣いた。 「耕一さん・・・・」 さっき、会った。 梓に会いに、来た。 私ではなく・・・。 笑顔の写真の上に、零れる雫。 「さよなら・・・」 あの頃の私に。 待ち続けた、私に。 「さよなら・・・」 もう一度だけ、呟いた・・・。 <二回目の、完> <オマケ劇場> 「ギャグ、無かったんで・・・」 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あれ・・・千鶴姉」 「どうしたの?」 「この写真・・・」 ページを捲ると、金髪の男が目に入る。 「・・・・・」 そこには鶏冠頭にしたり、髪を染めたり、サングラスにマスクをしたりする怪しい 男女がいて、その中央には、地面スレスレの長いスカートを履いて、目をつり上がら せて睨みつけ、しゃがんでいる千鶴の姿が・・・。 「千鶴姉・・・これ・・・」 「あ、こ、これ・・・何でもないの。か、仮装だから・・・ね・・・」 慌ててアルバムを引ったくる千鶴。 「あは、あは、あはははははは・・・・」 乾いた笑い声が、その場に響いていた・・・。 <おしまい>