「う・・・ふ・・・ふわあぁぁぁ・・・」 満足に寝て、目覚める時、幸せの瞬間だと思う。 多少の心残りと、身体を動かしたくなる気分・・・このふたつの相成った感覚がた まらなく気持ち、いい。 「おはよ・・・」 先に目覚めていたらしい、アイツはクスリとそう笑ってベッドの淵に腰掛けてワイ シャツのボタンを填めていた。 「ご飯だけど・・・トーストでいいよね?」 「ああ・・・」 台所でお湯が沸く音が聞こえてくる。どうやら、先に軽い準備ぐらいはしていたら しい。 「カーテン、開けるわよ」 「ああ・・・」 そう言ってボタンを填め終わったのか、アイツは立ち上がってカーテンを勢い良く 引いた。 シャ――――――ッ 「わぁ・・・今日も、快晴ね・・・」 外を見て、そう微笑むアイツ。 スカートも履かず、下着の上に着ているのはワイシャツだけ。 無防備な笑顔には無防備な姿が似合う。 「さて、浩之。そろそろ準備しないと、間に合わなくなっちゃうわよ・・・」 俺をほうを振り返ってまた、笑う。 来栖川綾香・・・・そう、俺の彼女だ。 『いつまでも、笑っていたい』 「全く・・・トロトロしてるから・・・」 「そうは言ってもだなぁ・・・」 いつの間にか余裕のある朝は、慌ただしい朝へと変貌する。 俺と綾香は一緒に俺の家を出る。 「今日、帰りに寄るからね・・・」 「ああ、分かってる」 そして、途中の道で二手に分かれる。学校が違うのだから当然である。 「じゃあ、行ってらっしゃい」 綾香は立ち止まり、ニコニコと笑いつつ、手を指だけ動かしてヒラヒラさせながら 走り出す俺を見送る。綾香の方が遠いくせに・・・走力の差だ。 「しかし・・・大変だぞ・・・」 本当に大変なのは俺なのだが、取り敢えずは同情する。放課後、俺が呼び出す事に なっている彼女らに・・・。 放課後。 俺は前もって呼びだしておいた好恵と葵ちゃんと共に、神社で待ちかまえていた綾 香の衝撃の告白を聞くことになる。俺は既に聞いたから、二人にとってだが。 「何ぃっ!?・・・引退ぃぃぃ!?」 「ど・・・どうしてですかぁぁぁ!?」 「だってさぁ・・・ねぇ」 「俺に振るなよ・・・」 意味ありげにウインクをしてくるが、俺は呻くことしかできない。 「ま、まさか・・・男にうつつを抜かして・・・」 「まぁ・・・遡れば、間違いじゃないかも」 俺と綾香がつきあいだした事はもう、知らぬ者はいない。俺もそこそこ学校では知 られていたし、綾香の方ではそれはまあ・・・エライ人気もん、らしい。だから、好 恵や葵ちゃんが噂を知らない筈はなかったし、こうして綾香がらみで会ったりする機 会も多いので、公然の事実だった。 「あ、綾香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――っ!!!」 「あ、誤解しないで。別に格闘が嫌になったとか、飽きたとか、他のことで手が回ら なくなったとかじゃないの」 「だったらどうして・・・」 と、葵ちゃん。こちらも衝撃の余波が表情に残っている。 ・・・綾香はあっさりと言ってのけた。俺の時と同じように。 「な・・・な・・・な・・・!?」 絶句する好恵。まあ、当然の反応だろう。顎が外れても、笑うつもりはない。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 固まってしまう葵ちゃん。見ていて気の毒だ。 「じょ・・・じょ・・・冗談だろ?」 「だったら・・・ねぇ、よかったのに」 だから俺を見るな。 「き、き、貴様ぁ――――――――――っ!!!!!!」 あ、マジで怒ってる。殴りかかってきそうな気配だ。 「まあまあ・・・」 当事者のくせに、綾香は気楽な表情でこちらに向けられた好恵の拳を、手を掴んで 押さえる。 「綾香・・・」 「ま、仕方ないでしょう」 ケラケラと笑う綾香に、頬を引きつらせて硬直する好恵。 「わ、わ、私の・・・」 「だから、御免って」 片目を瞑って片手で拝むような仕草をする綾香。 「ふざけるなぁぁぁぁっ!!」 硬直が解けると、好恵は一気に噴き出すように怒り出した。まあ、無理もない。あ れから、エクストリームへと散々誘っておいて、「じゃあ、大学に入ったら・・・」 と、ようやく態度を軟化させておいて・・・自分が引退では、まぁ、怒るのも当然だ 。理由もある意味、ふざけてるし。 「今年の大会に出ろって言いながら・・・・」 「だってさぁ・・・その頃にはねぇ・・・」 と、これまで沈黙を保ち、好恵のキレっぷりを恐る恐る見ていた葵ちゃんに、綾香 は同意を求める。 「わ・・・私は・・・わかりませんから・・・」 顔を真っ赤にさせて下を向いて俯いてしまう葵ちゃん。う〜ん、いつまで経っても 初々しい。一年生の時に比べて、大分髪も長くしてショートボブぐらいになった姿は 以前のような男の子のような印象は与えない。普通の格好をさせれば、どこにでもい そうな、年頃の可愛い女の子だ。体つきも大分ふっくらとしてきた気がする。 「全く・・・無計画な・・・」 「へへん・・・処女のアンタには羨ましいでしょ」 「あ、綾香っ!!」 真っ赤になって激怒する好恵。こちらはあんまり変わっていない。髪の長さも、雰 囲気も、元々大人びたところもあったからだろうか。 「全く・・・いくら大層な事言ったって・・・まだまだよねぇ・・・」 「そればかりは・・・・」 「あら、怒った?」 「あ、あの・・・先輩」 ギリギリと歯を鳴らせて、睨み付ける好恵を綾香はいつもの調子でからかう。好恵 は最初こそ、挑発に気にしない素振りを見せるのだが、すぐに熱くなってしまい、綾 香の格好の玩具にされていた。だが、流石に今日のはやばい。葵ちゃんもハラハラし て俺に救いを求める。 「お・・・おい・・・二人とも・・・」 「・・・・・フン」 俺が割って入ろうとすると、好恵は急に力を抜いて、後ろを向く。 「身体・・・大事にしろよ」 「好恵・・・」 「ええ。ありがと」 どうも、女の仲は男の俺には分からない、微妙なものがある。 俺だってなぁ・・・俺だって・・・。 ・ ・ ・ 「あ・・・え・・・?」 情けないことに、俺は硬直してしまった。 「わ・・・わんすもあぷり〜ず」 「だから・・・出来ちゃったって」 「ま・・・まじ・・・」 「ええ・・・まじもまじ」 綾香が妊娠したと、俺に告げたのはつい先日の事である。なかなか来ないので、ま さか・・・が、大当たりだったらしい。然るべき人が調べた(つまり医者が)ので、間 違いではないだろう。 ・・・まぁ、俺の子供・・・だよな。 不貞不貞しい俺と、物怖じしない綾香。俺達がつきあいだせば・・・それはまぁ、 初々しい高校生のカップルとはならなかった。思い切り自然に、同棲生活を始めてし まった事からもわかる。しかし、よく親が許したな。正直、これには驚いた。そして その緊張感の少ない、良い意味で言えばお互い自分を飾らないで過ごして来た生活は ・・・その、何だ・・・まぁ・・・色々あった訳で・・・こうして油断から生まれた 結果がついて回った訳だ・・・。 やっぱり・・・こーゆー時は・・・ 「あっはっは・・・でかしたな、綾香」 「声が完全に裏返ってるわよ」 引きつる笑いを浮かべている俺に、あっさりと言ってのける綾香。 「いやぁ・・・その、何だ・・・」 この後、俺は混乱してしどろもどろになりつつ、訳の分からないことを口走り、何 故か綾香を楽しませていたようだった。 「まぁ・・・若気の至りってやつよね」 「・・・どうしてそんなに平然と笑ってられるんだ?」 こっちは頭が真っ白になってしまうような衝撃を受けていると言うのに。 「だって今更ジタバタしたってどうしようもないじゃない。出来ちゃったものは、出 来ちゃったんだから・・・」 「だからってなぁ・・・」 でも、正直、泣かれて「どうするの?」って糾弾される方が困るんだけどな。 「今度から、気を付けようね」 「・・・・・はい」 凄く、男として情けない瞬間。そして、綾香がそっと口を開く。 「・・・でもさ・・・嫌なら・・・」 「んな事、言うな。大丈夫。俺は・・・」 なし崩し的だが、まあ、きっかけになったと思えばいい。少し、いや、かなり予定 より早まっただけの事だ。 ・・・多分。 そして、今日という日を迎えた訳だ。 ・ ・ ・ 「あ・・・あかり・・・」 「あ、ひろゆきちゃん・・・綾香さんも・・・」 「あ、あかりちゃん。こんばんわ」 神社からそのまま二人して商店街を歩いていた時、あかりに出会った。前から今の 状況にはなっていたのだが、新たな展開を迎えた俺としては、かなり、いや滅茶苦茶 気まずい。 「どう?。新生活は?」 「新生活ったって・・・」 「概ね、順調よ。順調すぎて・・・ね・・・」 頼む、黙っていてくれ。こっちを見るな、綾香。 「ふぅん・・・そっか・・・幸せなんだね」 自然と下を向いてしまうあかり。話はついていたのに・・・やはり、まだまだダメ ージは残っているようだ。俺一人の時は普通でいられるのだが、こうして実際に綾香 と一緒の所だと・・・辛いらしい。 「・・・うん」 綾香が答える。流石に、茶化さない。 「良かった・・・本当に・・・」 無理して笑顔を作って見せるあかりに、俺の心は痛む。だが、これはもう覚悟して いた事だ。あかりにはっきりと言った時、その時から・・・覚悟していた事。 「あか・・・」 「あ、私、お夕飯の支度、手伝わないといけないから・・・じゃあ、また明日ね」 「うん・・・またね」 あかりはそう言って、居づらそうにしていたその場所から立ち去っていく。 「やっぱり・・・辛い?」 その背中を見続ける俺に、綾香は訊ねる。興味津々って顔をして。 「それは・・・まぁ・・・な・・・」 「追いかけるなら、今の内よ」 「馬鹿言え」 あかりを支えてやるのはもう、俺じゃない。俺じゃない誰かが、あかりを支えてや るのだ。俺では・・・ない。 それに、俺は知っている。綾香だって・・・綾香の方こそ、かなりの思いを抱えて いる。人前だけだ。平然として見せるのは・・・。だからこそ、俺は・・・支えてや りたいんだ・・・。例え頼りなくても・・・。 俺達はこれから、無茶苦茶な事になるだろう。 こうしてのんびり構えていられるのもあと、僅か。 どういう結論を出す事になっても、俺は・・・俺は・・・ 「どしたの?」 キョトンとした表情で俺を見る綾香。 「え・・・あ、いや・・・な・・・」 ドキドキする。その大きく開かれた瞳。その瞳に吸い込まれそうな気分になって慌 てて顔を上げる。 「ははん・・・」 何か、思いついたらしい。だが、今日はいつものノリにはさせない。 「あのさ・・・」 「綾香・・・」 「ん・・・?」 その思いつきを言わせる前に、俺は綾香を呼び止める。 「俺は・・・離さないからな・・・」 「・・・・・・・・・・・・・・」 唐突にそう言うと、かなりの沈黙の後、 「・・・馬鹿・・・・・」 苦笑して、下を向く綾香。 本当に、馬鹿だ。 そんな馬鹿な俺に、付き合ってくれる綾香。 だから・・・ 「離さない・・・」 抱きしめる。か細い身体を抱きしめる。 いつまでも・・・離さない・・・ 「馬鹿・・・ね・・・分かってるわよ・・・そんなこと・・・」 綾香の手が、俺の頭に乗せられた感触がした。 「知ってるから・・・笑っていられるのよ・・・」 いつも強がる綾香の、僅かな本音。 「いつまでも・・・笑わせてよね・・・」 「・・・ああ」 「いつまでも・・・ね」 離さない・・・ずっと・・・これからも・・・ いい、きっかけだったかも知れない。 これで揺るぐことは、無かったのだから・・・ <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「なぁ・・・」「ん?」(綾香)「何だ、それ?」「ああ・・・これ?」(綾香) 「うん。その夏蜜柑を更に不細工にしたようなボコボコの奴・・・」(梓) 「「でこぽん」だって。九州の方の果物・・・って言っても品種改良か何かした奴だ ろうけど・・・」(綾香) 「でこぽん・・・でこはそのぼこぼこした表面から取った名前でしょうね」(梓) 「だろうね。ぽんはポンカンあたりから品種改良したか何かでつけられたのか、単な る親戚(笑)か何かだろうけど・・・」 「ふうん・・・あ、袋ごと食べてる」(梓) 「そう。蜜柑と一緒。これは食べやすくていいでしょ。殆ど蜜柑と同じで袋が気にな らないし・・・」(綾香) 「はむはむ・・・んん・・・はぁ・・・蜜柑よりやや酸味があるかなってぐらいで、 甘いのね」(梓) 「皮も剥きやすいし・・・」 「でも、大きいから一個たべると蜜柑みたいに「もう一個」ってならない(笑)」(梓) 「ぷはぁ・・・と、いい加減にして・・・解説いこうか」 「そうそう、誤魔化されないで(笑)」(梓) 「ち・・・」(綾香) 「『奇妙な果実の味』の続編っぽい感じです。設定としては一年後、浩之達は3年生 になってます」 「でも、随分な話よね・・・THじゃ、散々気を使ってた主人公(浩之)のくせに・・ ・」(梓) 「きっとだらけていたんだよ(笑)。慣れからくる油断とか(笑)」 「でも、実際の所、笑い話にはならないんじゃない?」(梓) 「実は実体験・・・は嘘(笑)ですが、友人の兄貴がやっちまった話を意識してます。 それで彼は人生、踏み外しました、マジで。お相手が宗教に入ってて「堕ろせない」 羽目になっちゃったらしいです。当然、名門だった高校は退学届けだして・・・引っ 越しちゃいました。結果、友人無くしました、私。シャレになってないです。マジで 気をつけよう。ゲームと現実は別物だよ!」 「それだったら・・・これはダークにするべきじゃないの?」(梓) 「実はね、初めに「あかりだったら即結婚、出産コースもあり得る。でも、他のキャ ラだったら?」と思ったんだよ。それと皮肉っぽさが持ち味の綾香なら、こんな無茶 苦茶につきあってくれるかなって・・・未来は険しいけど(笑)、悲壮感がない。それ が綾香の良いところ・・・と、考えた作品です。あんまりいい形じゃないけどね」 「・・・実験に付き合わせて欲しくないわね・・・」(綾香) 「これは「浩之嫌いだろお前」シリーズ(笑)に分類されるかもね・・・」 「「終始、無責任なお話でしたぁ〜」と、言いたいわね」(梓)