『逆襲の梓(カシワギ・チルドレン)』 目立テ 心の中で問いかけて来る声。辺り一面が闇の中、誰かがそう私に頻りに問いかけて 来ていた。 目立テ トニカク ワタシヲ 目立タセロ 誰かが私に命令する。そして誘惑してくる。 人気。 沸キ返ル暖カイ声援。 湯気ノタツ 熱気溢レル武道館! ぞくりとする感覚に私の身体は震えた。思わずその光景を想像してしまう。だが、 これは夢だ。在り得ない夢想でしかない。朝が来れば・・・この夢から覚めてしまえ ば・・・。 クク…… ククク…… 嘲笑。 無駄ダ オマエハ 人気ヲ トリ戻ス 必ズ! 奴は知っているのだ。シリアスでもギャグでも姉や妹に人気を取られ、リーフキャ ラ全体の人気の中でも、私が低い位置にあるのは間違い無いだろう。同じ運命の血を 引いているのに、どうして自分だけがどうでもいい位置に追いやられているのだろう か。個性は他の誰よりもしっかりあるというのに。人気が出るのなら……… ――…………! ちがう! 声の誘惑に負けそうな自分に気付いて慌てて否定する。人気を取るにはなりふり構 わない行動を迫られる。己を捨てきれなければ出来ない。笑われる覚悟も必要だ。私 には・・・出来そうもない。 ククククク…… 奴が笑う。 黙れ! 黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ! 私は両手で耳を覆い、激しく頭を振る。 これは夢だ。ただの夢だ。夢なんだ。夢に過ぎないんだ! クク…… ククククク………… アーッハッハッハッハッハッハッハ! 奴が狂ったように笑う。 「ううううう・・・ん、あ・・・ああ、ん」 寝苦しい夢から開放されて梓は目覚めた。最近、いつも同じ夢を見る。はっきりと は覚えていないのだがそれが自分にとってあんまり心地いい夢でない事は、このいつ も目覚めた時に感じる、全身をびっしょりと濡らした寝汗でわかる。 「う〜〜気持ち悪りぃ」 濡れた寝間着がベタベタと肌に張り付く不快感に、梓はぼやきながら寝床から起き 上がる。時計を見るといつも起きている時刻よりもずっと遅い。どうやら少し寝過ご してしまったようだった。 「急がなくちゃな・・・」 柏木家の家事は全て四人姉妹の当番制だ。だが、食事の支度だけは例外である。ミ ートせんべいすら作る事の出来ない、人間の食べる食材を人智の及ばない"何か"に変 えてしまう事の出来る千鶴を筆頭に、誰も大して上手く作る事が出来ない故に梓が一 人で仕切っている。だから梓が早く起きて準備をしなければならないのだが、今日は 遅れてしまった。それでいつもより少し焦り気味に着替え出したのだが・・・。 「んなあぁぁぁぁっー!!」 「男になった?。」 千鶴を始め、他の三姉妹が既に食卓について待っていた中、梓は完全に取り乱した ままの状態で降りて来て、自分の身体の変化について語っていた。 「あ、朝目覚めて着替えようとしたら・・・胸が無くなってるのに気付いて・・・ど 、どうしたら・・・」 「ふ〜ん」 醒めた声を初音が洩らす。 「兎に角、とっとと早く朝食の用意しろよ。学校遅れちまうだろ」 「・・・そうね。取り敢えずは食事をしてから・・・」 「あんた達なぁっ!!」 どうやらまたもパラレル世界から入れ代わって来てしまったらしい初音に、千鶴が 何故か顔を綻ばせながら賛同するように両手を叩いたので、梓はキレる。 「人がとんでもない事で困ってるのに、どういう態度だよ。そりゃ」 「うっせえなぁ・・・朝から騒いでるんじゃねえよ。二日酔いの頭に響くだろうが・ ・・てめえはさっさとメシの支度さえしてればいいんだよ」 「初音ぇ〜〜!!」 「・・・・・」 初音に殴りかかろうとする梓を楓が必死に後ろから抱き止める。 「まあまあ、梓。貴女も学校があるんだし、私達もそろそろ出かける準備をしなくち ゃいけないから・・・」 「千鶴姉ぇぇ・・・」 千鶴が相変わらず取り繕った様な笑顔を崩さないで言うと、梓は怒りで血走った目 を彼女の方へ向ける。 「だってほら、常識の範疇から出ちゃった事はどうしようもないじゃない。野犬にで も噛まれたと思って・・・」 「なんじゃそりゃあっ!!」 「・・・・・」 「あ〜あ、やってられねえよな。たかが脇役が女から男に変わったぐらいでピーピー 喚きやがって・・・」 初音の方は机の上に足を投げ出して、口に煙草を咥えて火をつける。 「あ、あんたら・・・」 自分がこんなにも困っているというのに、誰一人心配してくれず、好き勝手な事を 言い出す始末に、梓はしばらく怒りに震えていたが、 「皆・・・私の事なんてどーでもいーんだ・・・」 そう寂しげに微笑むとスゴスゴと自分の部屋に戻ろうとする。 「そんな事はありません!。先輩っ!!」 「んがぁっ!?」 その時、物凄い破壊音と共に突然家の壁が崩壊し、椅子にふんぞり返って煙草を吸 っていた初音を瓦礫の下敷きにしながら日吉かおりが現れる。 「あ・・・潰れてる」 「センパイには私がいるじゃありませんかっ!」 意気揚々と自分の胸を叩くかおりの後ろで、瓦礫の下から初音の煙草を持った手だ けが覗いている状態なのを楓が発見して呟く。 「か、かおり・・・」 「私は他の誰よりも梓先輩の事を山よりも高く、海よりも深く、心の底から・・・あ れ?。センパイ・・・胸が・・・」 かおりがそこまで言いかけた時、初めて梓の身体の異変に気付く。 「梓、男になっちゃったみたいなの」 「嘘・・・嘘ですよね、センパイッ!!」 千鶴が説明するとかおりは信じられないといった顔で梓を見る。 「・・・ま、まあ・・・あたしもよく分からないんだけど・・・」 その視線に耐えきれなくなったように梓は目を逸らし、そうごもごもと言いかける と、かおりはジワッと涙目になって、 「センパイ!!。不潔ですっ!!」 そう言って自分の作った壁穴から走り去って行ってしまう。 「あ、ちょっと・・・」 「さ、さて・・・私もそろそろ会社に行こうかしら・・・」 暫くの間、梓と共にその場に立ち尽くして壁の横穴から吹き付ける風に当たってい た千鶴だったが、いつの間にかいなくなった楓に気付いてそそくさと出かける準備を 始める。 「ど〜して、あたしだけがこんな目に遭わなくちゃいけないのよ」 「日頃の行いが悪いんだろ。全く・・・誰かさんのせいでえらい目に遭ったぜ」 ようやく瓦礫の下から復活した初音が、服についた汚れを手ではたきながら梓へと ぼやく。 「だからって男になる理由がないだろ。あ〜あ、まな板揃いの中でも結構自慢の胸だ ったのにな・・・」 元々大きめだった服を選んで着ていた自分の服を摘まみながら梓が呟くと、急激に 室内の温度が下がった様な感覚になる。 「・・・だって貴女はウチの子じゃないから」 「ち、千鶴姉っ!!」 寒気がして梓が振り返ると、千鶴が下を向いたままゆっくりとした足取りで梓に近 付いて来る。傲岸不遜モードの初音も流石に顔色を変えてその場から数歩後ずさる。 「貴女だけ橋の下で拾って来たのよ・・・そうよ、そうに違いないわ」 シャッキーン まるで感情の無い声で千鶴はそう言うと同時に、右手の爪が伸びる。目が赤く光っ ている。危険だ。 「・・・・・あなたを殺します」 酷く冷たい風が横穴から吹き付け、風が凍えた渦となって千鶴の周囲を取巻いた。 「どうして・・・どうしてこんな目に遭わなきゃいけないんだよ・・・」 やっとの事で鬼と化した姉の猛攻から逃れきった梓は、街外れの寺の近くまで来て 、切らせた息を整えていた。 「でも・・・これからどうしたら・・・」 ふと見ると寺の中で少女が一人寂しくたたずんでいた。 「人気が無いって辛いですよね・・・」 藍色の髪をショートにした彼女は、梓の方を見ないでそう語りかける。 「どうしてなんでしょうね。世間では内田有紀、佐藤藍子、広末涼子と孫呉政権の軍 師リレーの様にショートカットの活発なタイプが次々と受け入れられているのに・・ ・」 梓はその時、風に靡く髪を指で鋤きながら横を向いている松原葵の目に涙が光って いるのに気付いた。 「あんたも私と同じなんだ・・・」 何となく梓は仲間を見つけた気になって、涙を溜めたまま街の方を見つめている葵 の隣に並ぶ。 「貴女はまだいいです。所詮ライバルはせいぜい姉妹。私なんて・・・人間ですらな い、機械に負けたんです。幼馴染みだの、外人だの、眼鏡の関西人だの、オカルトだ の、超能力だの、オマケの貧乏人だの・・・それならばまだいいです」 「一人抜けてない?」 「私より人気無いかも知れないからいいんです」 志保ファン御免。 「人間ですらないのに負けるなんて・・・」 そう言う彼女の拳に力が入っている。気が付くと、葵の周囲には顔を貼り付けたサ ンドバックがボロボロになって沢山転がっていた。見事に粉砕されていた。そこには 彼女の怒りと悲しみがが感じられた。 「リーフの世界ではどうして私たちの人気が無いんですか!?。梓センパイっ!!。 教えて下さいっ!!」 「こっちが聞きたいよ。それよりどうしてここに・・・」 梓が葵にそう尋ねようとするが、一発の銃声がそれを遮った。 パァァァァァン 乾いた音、その直後に葵の制服の胸元に赤い染みが出来、それがジワジワと広がっ ていく。 「・・・・・何じゃあ、こりゃぁっ!!」 葵は自分の胸元の血を手で掬ってそれを眺めると、松田優作の様に絶叫する。そし てゆっくりと足元のサンドバックと同じ様に倒れ伏した。もう動く事はなかった。 「裏切った・・・センパイは私を裏切ったんだ」 「か、かおり!?」 驚愕した梓が振り向くと、そこには銃口から煙の噴いた散弾銃を抱えたかおりが何 かブツブツ言いながら近付いて来ていた。 「センパイ!。裏切ったんだ!。私の気持ちを裏切ったんだ!!」 かおりはそう言って散弾銃の二つの銃口を梓へと向ける。 「か、かおり・・・落ち着いてよ。お願い・・・ね」 その迫力に気圧された梓は後ずさりながら、かおりに呼び掛ける。 「センパイ・・・私と一緒に行きましょう」 かおるはこれ以上無いという位の笑顔を梓に向ける。梓は何処に行くのか聞きたか ったが、怖くて聞けなかった。 「と、とにかく・・・話し合いましょう。そんなもの向けないで」 相変わらずゆっくりと近付いて来るかおりに、後ずさりを続ける梓だったが、 「あっ!?」 転がっていたサンドバックの一つに足を取られて躓いてしまう。 「変わらなきゃ」 かおりは全く微笑みを崩さないで銃口を倒れている梓の顔に向ける。 「や、止め・・・」 かおりの指が引き金にかけられた瞬間、梓は目を閉じる。その瞬間、意識が不意に シンクロする。 あいつだ。 あの、同族の女がいる。 今度こそ。 今度こそ、あの女を殺して、燃え上がる嫉妬の炎を――! 梓が目を開けると、かおりが目を見開いたまま硬直していた。その胸から五本の爪 が生えていた。その爪の持ち主こそ、彼女の同調した相手だった。 こいつだ。 私と同じ男の血を引く妹。 私のものになるはずだった男の気を惹いた妹。 少しも面白くない鶴来屋グループ会長職を押し付け、のうのうとしている妹。 たかが料理が出来るくらいで偉そうにふんぞり返っている妹。 少し位胸がデカイだけで私をちっとも敬おうとしない妹! (この後、数えきれない程の怨みが羅列される。) 内心の激情とは裏腹に無表情のまま千鶴はかおりの胸から爪を引き抜く。 「今度こそ、――貴女を殺します」 たかが自分が女から男になってしまっただけで、どうしてこんな事になってしまっ たのだろう。梓は千鶴の声を聞きながらぼんやりとそんな事を考えていた。 そして、爪が振り下ろされるその刹那、どこからか頭の奥から直接、声が聞こえて きた。 バカメ! やっぱり、夢だった。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「久々野のデビュー作品です」「内田有紀、今何してるんだろう?」「王道パターン の夢オチと、小説の部分を利用しただけの作品ですが、綺麗にまとまってるんだよな 、一応」「この後、司堂様の人気アンケートで梓は一番になり、人気がないという事 はなかった事が実証されています」「御免よ、梓」「でも、今後も虐めてたりする」