『あの日のままの君でいて(柏木千鶴編)』(前編) いつの頃からでしょう。あの人と話していると、胸の奥が締め付けられるような、 息苦しくなるような、苦しい気分になります。 あの人の何気ない笑顔。 それは、私をとても幸せにしてくれます。でも、それが私以外の誰かに向けられて いた時、とても切ない気分になってしまいます。だから・・・私の前で他の女の人の 話をしないで欲しい。私以外の女の人と親しげに話をしないで欲しい。いつも私だけ を見つめていて欲しい。その優しい眼差しは私だけに向けていて欲しい。一緒にいて も、考えてしまうのはそんな事ばかり。だから貴方の本当の気持ちを知る事が出来な いでいるのかも知れません。 私、恋しているみたいです。 何時頃からか、どうしてなのかは分かりません。恋に理由なんていらない。そう嘯 く人もいます。恋。それは不思議な言葉のようです。魔法だという人も、ただの夢で しかないという人もいます。本当にしっかりと見据える事の出来た人はいないのでし ょうか。私には分かりません。私も、恋とはどんなものか、分かりません。でも、あ の人の事が好きなようです。あの人のことを思うと、いてもたってもいられなくなり ます。"好き"なことが恋と呼べるのなら、私はあの人に恋をしています。でも・・・ "好き"なのはあの人が一番ではあるけれど、あの人唯一人に向けられた言葉ではない 。そんな気持ちも何処かにあります。どうやら私はまだ、何にも分かってはいないよ うです。 無知でも、いいのでしょうか。 それでも少しは考えて、理解しています。私の気持ちは"好き"、"恋"、こんな言葉 に言い表せるような単純なものではないと言う事を理解すると、また悩んでしまいま す。もっと複雑で、分かりにくくて、誰に言っても到底分かってもらえる事など出来 そうもない、私だけの気持ち。誰も知らない初めての気持ち。 でも、もしかしたら、こんな気分にさせるというのが、"好き"であり、"恋"なのか も知れない。そう思うようになってから、少し落ち着いて来たような気がします。ど んな気持ちであっても、どんな言葉であっても、どういう形であっても・・・私は、 私だから・・・。 耕一さん。こんな私を、貴方はどう思ってますか?・・・。 <続く> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「初めは・・・千鶴ファンへのお詫びのつもりでした。気付いたらただの寝言でした 。支離滅裂で、意味不明で、破棄するつもりでした。でも、これを使えると・・・少 しでも思ってしまったんです。ですから・・・続きます」 『あの日のままの君でいて(柏木千鶴編)』(中編) 夕食の後片付けを終え、部屋で宿題を片付けていた梓が、一息入れようとした居間 で、テーブルに伏せるように寝ている千鶴を見つけて声を掛ける。 「ん?。千鶴姉。そんな所で寝ていると風邪引く・・・なんだこれ?」 彼女が今まで書いていたらしい日記みたいのを見つけて、拾い上げる。 「何々・・・「いつの頃からでしょう。あの人と話していると、胸の奥が締め付けら れるような、息苦しくなるような、苦しい気分になります。」・・・・」 それからずっと読み続ける。 「だぁ〜〜はっはっは。な、何だよ、コレ」 「そ、そんなに笑う事ないじゃないっ!!」 居間で大爆笑している梓と、顔を真っ赤にして抗議している千鶴の二人の騒ぎに気 付いて、楓と初音が何事かとやってくる。 「どう・・・したの?。梓お姉ちゃん」 「あ、楓と初音か」 腹を抱えてヒイヒイ笑っていた梓が、先程の日記を手に持って二人の前に見せる。 「いいから・・・これ、見てみ」 「え・・・」 「あ、ちょっと梓!!」 慌てて止めようとする千鶴を押さえこむ脇で楓はその日記を読み、初音も隣で覗き 込む。 「・・・・・」 「止めて・・・見ないで・・・」 更に顔を真っ赤にさせて千鶴が騒ぎたてるが、日記を読む二人は全く動ぜずに黙々 と読み続ける。 「・・・・・」 「お、どうだった?」 「・・・・・」 無表情に梓に日記を返す楓。だが、 「あ、今、笑ったでしょ!。フッって冷笑したでしょ!。馬鹿にしたでしょ!!」 異常に鋭いものを感じ取った千鶴が食って掛かる。 「まあ、まあ・・・落ち着けって千鶴姉・・・」 「大体、梓がっ!」 「そうだよっ!。梓お姉ちゃん!!」 矛先を梓に向けかけた千鶴に初音が加勢する。 「お、久々にマトモな状態だ。・・・て言うか初めてか?」 梓がそう呟くと、 「千鶴お姉ちゃんはねえ・・・お姉ちゃんはねえ・・・」 初音は必死に小さな肩を震わしながら何かを訴えかけようとする。その凄まじさに 梓が引く。千鶴は早くも「私の為に・・・」とホロリと来ている。 「千鶴お姉ちゃんは・・・それが精一杯なんだよ!!」 「え?」 「へ?」 初音の思わぬ言葉に固まる二人。 「千鶴お姉ちゃん・・・あんまり頭良くないから言葉が上手く使えないし・・・第一 、お姉ちゃんじゃ、耕一お兄ちゃんには相手にしてもらえそうもないから・・・そん な空しい気持ちを普段に引きずらないようにって・・・悪足掻き、もとい出来る限り の思いを空しく寂しく日記にづらづら書いているだけじゃない!!。何の取り柄も無 い千鶴お姉ちゃんよ。それくらい・・・どんなに馬鹿馬鹿しくたって、子供染みてた って、見てみぬ振りをするとか、口でだけでも応援するとか・・・自分が思った通り 笑い飛ばすなんて・・・そんなの、そんなの・・・あまりに千鶴お姉ちゃんが惨め過 ぎるじゃない。私達がもっと大人になってあげないと・・・千鶴お姉ちゃんが可哀想 よ!!」 「・・・・・・・」 思わず絶句してしまった梓は、ゆっくりと首だけ動かして姉の方を見る。 「は〜〜つ〜〜ねぇ〜〜」 「なあに、千鶴お姉ちゃん」 初音はニコニコと天使のような微笑みを千鶴に向ける。 「か、楓・・・また逃げたなぁっ!」 こちらもニコニコとしかし決して天使でない微笑みを浮かべながらゆっくりと初音 に近付いて行く千鶴を見て、梓はまたしてもいつのまにかいなくなっている楓に気付 く。 「あ・・・あああ・・・ああああああ」 梓は、この後、初音に何が起きたかは決して誰にも語ろうとはしなかった。 「・・・夜風が気持ちいい」 千鶴は書斎にいた。叔父が死んで以来、使われた事のない部屋だった。今、家では 初音が寝込み、梓が看病している。楓は何処かへいっているのか家にはいないようだ った。 「どうしてこんな苦労をしなくてはいけないんだろう」 毎日、毎日、私は鉄板の上で焼かれて嫌になっちゃう・・・じゃなくて、仕事に追 われて過ごす毎日。別に望んだ訳でもないのに・・・人からは羨望と、侮蔑の眼差し に見られ、家族からはからかわれる。どうせならみんなほっぽり出してしまえばいい 。苦しくなくなるから・・・。 「嫌な事から・・・逃げてはいけないの?」 自然に目尻から涙が零れる。寒い・・・心が、寒いの。 「逃げたい・・・」 暖かい所に行きたい。そう温めてくれる所へ。 「行こうかな・・・」 あの人の・・・ところへ。 <続く> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「あ、私の時に比べてめちゃめちゃ短い」(梓)「これが私の君にたいする愛情の深さ だよ」「フン、一生言ってろ」(梓)「て、ことは今回は殺されずに済む。ラッキー♪ 」「コ、コイツは・・・(懲りてねえな)」(梓) 『あの日のままの君でいて(柏木千鶴編)』(後編) インターホンが鳴る。俺は取り敢えずセールスかロンギヌスの槍を持った少女でな い事を確認するべく、チラリと覗き穴からドアの外を覗くと、思いがけない人物が立 っていた。俺は慌ててドアを開けた。 「耕一さん」 「ち、千鶴さん・・・」 何という事だ。何の前触れもなく俺の家に千鶴さんが訪れて来るなんて。 「い、一体どうして・・・ま、まあ、兎に角立ち話も何ですから・・・」 部屋の中へと招き入れる。 「ちょっと散らかってますけど・・・」 「いいえ、御免なさい。迷惑じゃ無かったかしら?」 そう言いながらも、しっかりとスーツケースを玄関の中へと運び入れる。 「・・・そうだったんですか」 「ええ・・・御免なさい。私、耕一さんしか頼れる人がいなくて・・・」 「あ、あの・・・」 「はい?」 居座る気だ。耕一は直感でそう思った。間違いなくこのまま暫く、彼女はここに居 座るつもりに違いない。 「・・・・・」 千鶴さんが、別に嫌いなわけではない。むしろ、好きな人である。一緒にいられる という事は歓迎こそすれ、厭う事ではない筈である。だが・・・。 もし、毎日千鶴さんが「これくらいしか出来ませんから・・・」などと言って手料 理などを始めたら・・・。 …死ぬな。いくら耐性がついて来ていたとしても・・・間違いなく死んでしまう。 「ちょ・・・ちょっと待ってて下さい。俺、何か飲み物買って来ますから・・・」 「家に・・・電話するんですか?」 ピキィッ そそくさと出て行こうとする耕一の背中から、千鶴さんの声がつき刺さる。 「い、いや、そんな・・・」 「しませんよね。耕一さん」 「も、勿論ッスよ。何でわざわざ俺を頼って来てくれた千鶴さんを突き出す、もとい 裏切るような真似をする訳ないじゃないですか・・・」 ニッコリと微笑む千鶴に、全身から冷や汗を流しながら必死に弁明する耕一。 「そ、それじゃあ行って来ます。本当にすぐに戻りますから・・・ゆっくりしていて 下さい」 そして、異様な部屋の空気から逃げ出すように玄関のドアの取っ手を掴む。 「はあっ、はあっ、はあっ・・・」 耕一は家を出ると、全力で走りながらコンビニ脇の電話ボックスに向かう。 「だ、大丈夫だよな・・・」 そして頻りに周囲を窺いながら、受話器を取り、テレカを差し込んで番号をプッシ ュする。 従兄弟のお姉さんに恵まれない方は・・・・オー柏木、オー柏木 「はい、こちら、柏木ですが・・・」 「楓ちゃんっ!」 電話から聞こえた楓の声にホッする耕一。 「耕一さん・・・・一体、どうしたんですか?」 「あの、実は・・・」 プチン 「・・・・・・」 手にした受話器からプランと垂れ下がるコード・・・耕一は振り返る事が出来なか った。 「耕・・・」 「うわああああぁぁぁぁぁっー!!!!!!!!!!!!!!!!!」 逃げた。耕一は振り返らずに必死になって逃げた。己の力の続く限り、足の動く限 り逃げまくった。赤信号を無視した。車道を横切った。ゲーセンを突っ切った。自分 が逃げれる限り逃げまくった。 「はぁ、はぁ、はぁ・・・」 耕一は気が付くと、学校に来ていた。見知らぬ学校。だが、良く知っている学校。 「こんな所で、何をなさっているのですか?」 校舎の裏の鶏小屋(小学校かい)で、地べたに座り込んだまま兎をぼんやりと見てい た耕一にこの学校の生徒らしい少女が声をかけて来た。 「あ、済みません。決して怪しい者じゃ・・・」 「もしかして・・・逃げて来られたんじゃ」 「へ?」 どっかの世界のヒロイン。だが、ヒロインにしては影の薄い少女。神岸あかりは耕 一に最後まで言わせずに、妙な事を言い出す。 「あ、いえ・・・琴音ちゃんが貴方の事を予言していたので・・・」 「予言?」 「その・・・男の方が学校に逃げて来られて・・・それを追って・・・」 周囲の空気が突然冷たくなる。 「もう・・・嫌だ」 耕一の背後から、死刑執行人の様にゆったりと近付いて来る人影があった。目は赤 く光り、吹き付ける風が髪を逆立てていた。 「貴方に・・・切ない夜を・・・」 耕一の隣であかりが胸の前で指で十字をきる。 後日、電話で全てを察した楓から聞いた梓が、会社の方に連絡して千鶴を迎えに行 かせた。外面がいい彼女には自分達よりも効果的と思ったからである。そして、その 読み通り千鶴は無事帰って来た。だが、彼女は頑として耕一には会わなかったと言い 張った事を付け加えておく。 <完> −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「出来ました、シリーズ第二段。梓編と比べてどうでしょうか?」「あのう、梓の時 みたいに、私にはフォローはないんですか?」(千鶴)「千鶴さん。嫌だなあ・・・僕 達、大人じゃないですか」 ズバァッ「や、やっぱり・・・また、このパターンすか ・・・」「梓編共々、感想、待ってます」(千鶴) 「ここまでは3部作でした。この後から、キツクなり前後編になりました」