『あの日のままの君でいて(柏木梓編)』 投稿者:久々野 彰
『あの日のままの君でいて(柏木梓編)』(前編)

「お〜い、ちんたら、してんじゃねえよ。さっさと作りやがれ。この唐変木!」
  一升瓶片手に初音が台所まで来て、仕込み中の梓に絡む。また変な物を食べたらし
い。あれほど拾い食いは止めろと言ったのに・・・(拾ったのか?)。つい先日、大見
えをきっていた千鶴は居間の一番奥で我関せずといった顔で、お茶をすすっていた。
「何考えてんだ?。オラァ!」
  初音はそう言いながら梓の頭を一升瓶の底でぐりぐりとする。背の高さが違うので
、彼女は人間椅子に乗っていた。
「初音ちゃん・・・痛い」
  いびる時の振動が響くのか、楓が消え入りそうな声で訴える。勿論、初音は聞く耳
を持たない。
「やかましぃっ!。べらぼうめ、てやんでぃ、こん畜生!」
  朝から完全に出来上がっているせいか、酒臭い息を巻き散らしながら、初音は罵詈
雑言を浴びせる。
「おい、東瀬!」
「W(Bs)→M→Cの人気無さそうなサウスポーかい。私は!」
「こんなチンケなものをこの私に食べさせようとしてんのかよ、おめえはよ」
  再び、壜で頭をぐりぐり。我慢我慢。彼女に罪はない。全ては・・・。
    チラリ
  姉の姿が居間から消えうせていた。流石、偽善者。逃げる時期を知っている。
「マンガン全席食わせてやるって、ほざいてただろ」
「それは、麻雀の・・・」
「私に意見するんじゃねえ!!。十年早い、百年!」
    ゴン
  口を挟みかけた人間椅子の頭を壜で叩く。
「初音ちゃん・・・非道い」
  小声で呟く。

  …はぁ・・・。
  そんな光景を横目にして、梓はそっとため息を付く。
  …私は何をしているんだろう・・・。
  火をかけた鍋に視線は移したが、暗く沈んだ気持ちは心の隅々まで淀んでしまって
いて晴れるなかった。
  …全ての意味であまり実用的ではない千鶴姉。自分の意見を表に出さずに籠ってい
る楓。すぐにこんな風になってしまう初音。(全て久々野の話の中だけの話です。)そ
れらを管理、飼育するのがこの私。でも、私は母親でも無ければ、メイドでもない。
「おっれは、初音ぇ〜。餓ぁ〜鬼大将ぅ〜♪。」
  壜をマイク代わりに歌い出した初音に、四つんばいの姿勢のまま聞かされる楓。
  …このままで、いいの?。
  もう一人の自分が問い掛ける。このまま他の姉妹に便利に使われている存在、そし
て一番ストーリーに関らない存在。これではいけないと彼女が語りかけて来てくれる
ように感じる。
「お馬の親子は・・・♪」
  いつの間にか人間椅子は馬へと役割を替え、初音を乗せて台所をウロウロする。
「・・・考え事すら、マトモにさせてくれないんだ・・・」
  梓はシリアスに悩み、落ち込んでいたのが馬鹿らしくなって台所を後にした。現実
逃避でも、職場(職場か?)放棄でもない。トイレに行きたくなったのだ。


  千鶴姉は間違いなくヒロイン格。楓は前世でエディフェル、これまた間違いなく裏
ヒロイン。初音はその妹でリネットとか言って最終的に次郎衛門と結ばれたらしい。
  …じゃあ、私は何なんだろう?。
  他の脇役と何の違いがあるのか?。確かに血は繋がってるし、響子さん(梓は知って
るのかな)や、かおりよりはマシな存在だろう。だけど、タダのやられ役と比較しなく
てはいけない事自体が、切なさを梓に実感させた。
「梓、早く出て来てよぉ〜」
  扉がノックされると共に、向こう側から千鶴姉の切羽詰った声が聞こえてくる。例
え圧倒的な支持を得て、神格化する事があったって彼女はただの地球上に住む生き物
のひとつにしか過ぎない。こうしてトイレにだって入るし、理不尽な真似も躊躇い無
く行う。そして誰かを愛する事も・・・。
「漏れちゃう・・・梓ぁ〜〜」
  ノックの音が更に激しくなり、声には悲壮感すら漂って来ていた。そう、あの日・
・・全てが終ったあの日。あの日から彼女は変わった。ただの大ボケかまし女から、
ちょっと意味有り大ボケ女へと(変わったのか?)・・・。[*千鶴ファン御免]
  それは楓もそうだった。あいつが来てからすぐ、彼女は今までより更に喋らなくな
った。元々おとなしかったのに加えて、一層無口になった。そして彼女もしばらくし
てから変わってしまった。ただのセラ○ンのほた○のはとこっぽい暗め系女から、過
去が有るんです奥さん風暗系女(なんだそれは?)にいつの間にか変貌していた。[*楓
ファン御免]
「お願い・・・一生のお願い。出て、あずさぁ〜〜」
  声が扉の下の方から聞こえて来る。泣きが入っている。恐らく、しゃがみ込んでい
るのであろう。もうドアを叩く気力も無いようだ。最後に初音だ。彼女も変わってし
まった。とにかく変わってしまった。彼女が変わったのは誰よりも遅く、一番最後の
事。得体の知れないものから、得体の知れない人が、得体の知れない事をして作られ
たものを不覚にも食して以来、性格反転の発作を起こす癖がついてしまった。いや、
最近ではそっちの方がメインで、かつての初音の方が出て来る機会が少ない。ただの
全国のお兄ちゃんへこれでも初音は高校生から、おらは死んじまっただぁ〜♪へと(
かなり意味不明)195度ばかり変わってしまった。でも、これは前二人とは少し違うか
も知れない。[*初音ファン・・・怒らないよね?]
  そこまで考えた時、梓はゆっくりと立ち上がった。
「千鶴姉、今出るよ」
「もういい。いいのよ・・・梓」
  扉の向こう側から疲れきった声と、だ――と止めど無く流れる滂沱、涙の音が聞こ
えて来た。もうそろそろ鍋も出来上がる頃だ。急がなくては。


「はぁ・・・」
  夕方、もうすっかり日が暮れるのも早くなって来たこの時期。また、ここに来てい
た。以前、夢の中でまで見たこの場所。夢の中では葵が現れ、踵落しで高田を撃沈し
、かおりが高見公人に告白をし、千鶴姉がメイド服で「どうしよう仮面のうた」を熱唱
したこの場所―――ちょっと記憶違いがあったかも知れない。しかし所詮は夢の中の
戯言。少し位違った所で誰に迷惑がかかる訳でもない。梓は誰かにそう言い訳する。
「何をそんなに悩んでいるの?」
  不意に目の前に少女が現れる。透き通るような、それでいて何もかも見透かしてし
まいそうな目をした少女。瑠璃子だった。
「またか・・・」
  前回と同じパターンだと思った梓は嘆息する。
「また?」
  何が面白いのか瑠璃子はそんな梓をかすかに微笑みながら見つめていた。
「ここは思案のしどころね」
  梓の心の中に制限時間付きの三択が表示される。
  1、悩みを素直に打ち明ける
  2、追っ払う
  3、自分が立ち去る
  4、SE○して、毒電波を得る
  5、鬼になって撃退する
  6、代わりに雫の世界に自分が行く
  7、・・・・いつまで行くんかいっ!!。三択じゃないだろうがっ!!
「梓ちゃん。肩で息してるよ?」
  こちらのいい加減さに怒り心頭、心頭滅却すれば紐緒結奈のモルモット。モルモッ
トと言えば、ケ〜ント・デリカット!  マジカル馬鹿な(二文字違い)
「梓ちゃん・・・怒ってる」
「いい加減にせい(こっちに向かって)」
  閑話休題(それはさておき)、その場に梓は座り込んだまま、立っている瑠璃子に顔
も向けずにいた。多少、肩が震えて見えるのは急激な話の展開について来れないから
だろう。こちらに向かって仁王立ちから急に座らされたのだから、無理はない。
「・・・ちょっと・・・ね」
  25行前の瑠璃子の科白に苦笑混じりで答える梓。瑠璃子は相変わらず何もかも見透
かしたような深遠な瞳を向けながら、梓を見つめていた。
「な、何?」
「大丈夫。梓ちゃんは、オマケじゃない。少なくても10本の指には入る程だよ」
  良く分からなかったが、慰めてくれているらしい。
「あ、有難う」
  一応、礼を言ってから梓は考え込む。指折り数え出す。
  …千鶴姉、楓、初音、耕一、柳川、貴之、長瀬(刑事版)、響子さん、かおり、そし
て私って・・・ほぼ主な登場人物全員じゃないの。10人もいたら。
  そこまで考えて顔を上げた時、瑠璃子の姿はなかった。何だか騙された気分に陥っ
た。侘しかったが、何だかそれが今の自分に相応しい気がして再び苦笑する。
  …旅に・・・出ようかな。
  何だか疲れている自分には休息が必要だと感じていた。そして、そう思った時に、
不意に梓の頭の奥に何かが閃いた。
                                                          <続く>
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「儂、痕のファンから総スカンくうかも知れん・・・・。」「何を今更・・・」(梓)
「文中の慇懃無礼をお許し下さい。話中では私は私ではないので・・・」
「見苦しい言い訳を・・・」(梓)


『あの日のままの君でいて(柏木梓編)』(中編)

「あいつに・・・会いに行こうかな」
  自分でも急にどうしてこんな事を思ったのか分からなかったが、梓は無性にそう思
った。
  …びっくりするかな?  喜んでくれるかな?  それとも・・・
  既に耕一に彼女がいて同居してるとか、自分の事など何とも思っていないだとか、
そんな事は梓には考えられなかった。
  …だって・・・私は信じて来たから。
  私は子供の頃から、男の子のように過ごして来た。ガサツで乱暴者で、すぐに姉と
比較されてばかりいた。
  女の子なんだからもっとおしとやかになさい。もっとお姉ちゃんを見習って・・・
そんな事ばかり言われて来た。だから、私はどこか千鶴姉を羨ましく思うのと同時に
、疎ましく思っていたのかも知れない。
  だから、耕一が遊びに来た時、耕一が千鶴姉を無視して、私達とばかり遊んでいた
のがとても嬉しかった。何だか姉よりも自分を選んでくれたような気になって、初め
て自分が勝ったような、そんな馬鹿げた優越感を感じていた。
  でも、楓と初音の四人でいいつけを破ってこっそり水門の方まで遊びに行く時、耕
一が寂しそうな視線を向けてたたずんでいる千鶴を盗み見ているのを見た時に私は気
付いた。本当は耕一は千鶴姉さんを常に強く意識していた事を。私と同じ様に反発し
ていただけに過ぎないのだと、子供心ながら感じ取っていた。
  それが何故だか無性に悲しかった。大人のいいつけを破る子供独特のワクワクした
気持ちも、買ってもらったばっかりのお気に入りの靴も、全てがフッ飛んでしまった
。遊んでいても苛立たしくて、耕一に当たってばかりいた。ちっとも楽しくなかった
。そんな私の態度に遂には耕一は怒り出し、楓と初音が私達の喧嘩にベソをかき始め
た時に、あの思い出は起こった。

  ――梓の幼い身体が、ゆっくりと水の中に落ちて、沈んで行く―――  

  あの時、必死になって助け出してくれた後、自分が助かった事よりも無くしてしま
った片方の靴に気付いて泣きかけた瞬間、耕一は少しも迷わずに靴を拾う為に水の中
に飛び込んでいった。そして耕一は・・・帰って来た。

「止めてっ!  耕一っ!!」
  長い間、呆然とたたずんでいた私達の前に靴を持って・・・鬼となって耕一が上が
って来た。その目には殺意が籠っていて、その目標は間違いなく私達だった。楓と初
音はあれが耕一とは思えなかっただろう。まるで違った生き物のように思えたから。
私は、別に靴を持っていたから耕一だと思った訳じゃない。だけど、分かっていた。
あれは耕一だって。そして耕一が今、自分の意志でない事も気付いていた。ゆっくり
と私達の方へ近付いて来る耕一。私は咄嗟に自分の身体で妹達を庇う。そして呼び掛
けていた。目の前の鬼にではなく、鬼の中で眠っている耕一に向かって・・・必死に
叫んでいた。何回も何回も、爪を構えて近付いて来る鬼に叫んでいた。少しも怖いと
は思わなかった。私は信じていた。躊躇い無く私の靴を拾いに飛び込んでくれた耕一
の事を。
  それからどれくらいの時間が経ったのだろう。耕一は今度こそ本当に還って来てく
れた。強く信じていたように、私の所に戻って来てくれた。その時に感じた絆。すご
く大切な絆。他の誰にも言えない絆になった。

  …だから私はあいつに会いに行ける。その時の絆を信じているから、

「あの日から・・・。」
  あの日から私はあいつを好きになった。他の誰よりも早く、次郎衛門なんかじゃな
く、柏木耕一という一人の男を。
  …私は言えるのだろうか。やっぱりその時の絆は間違いじゃないって。二人の絆は
誰も切る事が出来ないって。
「貴方に会いに行くよ。耕一・・・」
  列車の窓から入って来る風に心地好さを感じながら、梓はそう呟いていた。

                                                          <続く>
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「あれ?。マトモな話だ?。前半のハチャメチャは?。本当に繋がってるのか?」(梓)
「やや本編と似て非なる話だけど、本人的にはかなり梓に都合のいい話に変えてある
つもりですが、どうかな?」「しかしさあ、再チェックでここの部分しか変更してな
いって・・・」(梓)「昔の作品は結構見直してたから・・・それを信じてるんだ」「
そうか・・・手抜きか」(梓)「ギクギクギク・・・」「少しは見直せ」(梓)「はい」

『あの日のままの君でいて(柏木梓編)』(後編)

  梓が東京駅についてまず、驚いたのはその混雑さだった。
「こりゃあ・・・凄いな」
  別に右も左も分からない田舎者のつもりはなかったが、やはりのどかな暮らしに慣
れていた彼女にとって、その人の多さとせせこましさは驚異であった。
「さて・・・どこに乗り換えたらいいんだ?」
  因みに列車からすぐに新幹線に乗り換えていたので、なんとか遅くなる前に辿り付
く事が出来そうだ。ただ、迷わなければの話だが。
「う〜〜〜ん、ま、いっか」
  深く考える事があまり得意ではない為、とりあえず歩き出す。適当に歩いて見る。
方向音痴な人間にありがちな事だ。(因みに私もそうだ)そして、当然のように迷って
しまった。
「参ったな・・・」
  東京駅は広い。そして工事しては付け足し付け足ししているせいで、とても複雑に
入り組んでいる。その気になればそこらじゅうにJR職員がいるから聞く事が出来る
のだが、自分で何とかなると考えて聞く事はしなかった。(因みに私もそうだ)そして
、更に訳が分からなくなってしまった。
「君、何をうろついているんだい?」
  10分近く同じ所をウロウロしていた梓に、冴えない風貌の中年男性が声を掛けて来
た。
「あ、アンタは・・・」
  長瀬だ。だが、どの長瀬なのだろうか。
「主任の長瀬だよ。マルチを作った」
  To Heartの長瀬だった。あちこちの小説で登場し、恐らく数いる長瀬でも一番多く
登場しているだろう長瀬だ。つまり梓にとっては見知らぬ人だ。
「さっきから君の動きを観察していたんだが、どうやら迷っていたようだねえ」
  そう言って長瀬は白衣に両手を突っ込んだまま、はっはっはと朗らかに笑う。
「そうだ。僕が案内してあげよう」
  そう言われて初めて梓は躊躇した。見知らぬおじさんについて行ってはいけない。
そんな常識が頭の中をよぎる。だが、キャラ的には見知らぬおじさんだが、リーフ世
界としては知らぬ人ではない。だから見知らぬとは言い切れないであろう。結局、歩
き続けて足がくたびれていたので、好意を素直に受ける事にした。
「じゃあ、マルチ。しっかり彼女の道案内を頼むぞ」
「え"・・・」
  話が違う。そう思った梓だったが、その声に返事をしながら近付いて来る人に気付
いてそっちを見る。緑色の髪をした少女。耳が気になる少女。同人誌業界をほぼ掌握
した少女。全国「私の欲しいメイドロボ」ランキング100期連続のトップを維持する
マルチが人ごみの中から現れる。
「あ、御免なさいですぅ〜」
  ただでさえ動きがトロイのに加え、ぶつかる人に謝り謝りしながら来たので、すぐ
近くまで来ていながら二人の前にやって来たのは、梓が自販機で買った缶ジュースを
飲み干し、長瀬が駅での終日禁煙を無視して一服し終った頃だった。
「済みませんですぅ〜」
  疲れきったように肩で息をしている。大丈夫か?。
「さっきの話は聞いていたな。取り付けたばかりのナビを試すいいチャンスだ。彼女
の道案内をしてあげるんだ、いいな」
「はいぃ。人のお役に立てる事ですから、頑張りますぅ」
  そう言って律義に梓に丁寧に頭を下げる。
「・・・・・」
  梓は不安だった。正直不安だった。とてつもなく不安だった。知らない筈なのだが
、とてもじゃないがマトモに話が進むとは思えなかった。だが、知らないのである。
マルチがロボットである事に驚き、その表情の豊かさに驚き、ニブさに驚いて見せな
ければいけなかった。で、マルチを信じてだだっ広い東京駅から耕一の住んでいる所
まで、案内を受ける事となった。


「・・・ねえ、本当にここでいいの?」
  すっかり日も暮れて、星が瞬き始めようとする頃、梓は何十編繰り返したか分から
ない科白を呟いた。周りは辺り一面が畑、畑、畑。どちらかと言えば梓の住んでいる
所に近い雰囲気を持った街に来ていた。交通手段が30分に一本のバスしかないこの場
所に本当に耕一が住んでいるのだろうか?。
「あのう・・・」
  マルチが非常に申し分けなさそうな顔をして後ろを歩く梓の方を見る。今までは取
り繕ったような笑顔で「大丈夫ですぅ」と言うか、泣きそうな顔をして無言でこっち
を見るかのどっちかでしかなかったのだが・・・嫌な予感がした。梓はニュータイプ
だ。○木天地と同じ部類のニュータイプだ。こんな予感を外した事はない。
「ナビ機能・・・壊れていた、みたいでして・・・」
「・・・あ、そう」
  どうせ、そんな事だろうと思った。梓は騒ぐ気にすらなれなかった。歩き疲れてそ
の元気もなかった。
「御免なさいですぅぅぅぅっ!!」
「千鶴姉達・・・どうしてるかな?」
  土下座せんばかりに頭を下げて謝り続けるマルチを前に、梓は自分の居なくなった
柏木家の事を思っていた。背中のリュックが重く感じた。


「梓ぁ〜〜どうして家出なんかしちゃったのぉ!!」
  その頃、柏木家の居間ではウルウルとしながら千鶴が、得体の知れない物を食べて
は泣き、泣いては食べていた。何故か三人前だった。そして彼女の横では楓と初音が
倒れて痙攣していた。
「・・・こんなに美味しいのに」
  こんなに食べたらまた太ってしまうかも知れないと考えながらも、何かに取り付か
れたように手が止らなかった。白目を剥いた楓と初音の口元から泡をふいているのに
気が付いたのは、彼女が魑魅魍魎退治(食事)を終え、TVを見、布団を敷こうとした
頃であった。(手遅れじゃねえのか?)


  その後、バスの来ないバス停で、
「星が・・・綺麗ね」
「はいぃ・・・」
  二人仲良く涙を流しながら座り込んで現実逃避していた所に、長瀬から連絡を受け
た浩之達が捜しに来てくれた。
「無事で良かった」「御主人様ぁ、会いたかったですぅ」「心配したんだぞ」「うる
うる」そして浩之とマルチは微笑ましい光景を一頻り行って、仲良く連れ立って帰っ
て行った。
「あれ?」
  梓は、その場で一人、たたずんでいた。


「梓?。来てないけど・・・何かあったんですか、千鶴さん?」
  …いえ、それならいいんですが・・・。
  翌日の朝、耕一の所に千鶴から電話がかかって来ていた。耕一は渋る千鶴から詳し
い事情を聞く。梓が居なくなってどうして楓ちゃんと初音ちゃんの二人が入院する事
になったのかまでは分からなかったが、おおよその事情は理解した。
「全く・・・何やってんだ。アイツは・・・」
  電話をきって耕一は呟く。昔から人の迷惑になる事はしなかった奴だったのに(結
果的に迷惑をかけた事はあったが)、突然の失踪とは驚きだ。
「ま、まさか・・・」
  急に鬼に目覚めてしまったとか、鬼が現れて襲われたとか、そんな非常事態が梓の
身に起きたのでは・・・急に不安になる。実はキチンと梓は書き置きを残していたの
だが、千鶴が言うのを忘れていた為に耕一は知らなかった。
    ピンポーン
  インターホンが鳴る。
「!!」
  耕一は慌てて玄関に向かい、鍵を外し扉を開ける。
「梓か!?」
  直感でセールスの類ではないと感じていたので、思わずそう言ってしまった。
「・・・・・・・・・・・・」
  玄関の前に立つ人影。そこには制服姿のまま、ロンギヌスの槍を担いだかおりがい
た。
「やっぱり・・・ここにいるんですね」
「か、かおり・・・ちゃん」
  かおりはゆっくりと槍を肩から外して構え直す。
「センパイを返して下さい」
  言葉は丁寧だったが、耕一は彼女の声に恐ろしいものを感じ取っていた。
「あ、いや・・・そのね」
  後ずさる耕一。近付くかおり。数歩下がる耕一。土足のまま玄関に踏み入るかおり
。全身から汗を流す耕一。闇に染まっていくかおり。言い訳や、説明が通用しそうな
雰囲気ではない。修羅場だ。間違いなく修羅場だ。耕一はごくりと唾を飲み込んだ。


「こ、ここ・・・ね」
  杖にしがみつくようにしながら、梓はやっと目的地へとたどり着いていた。あれか
ら山に迷い込んでは熊に襲われ、高速道路に出てヒッチハイクしようとすれば遠慮仮
借なく轢かれかけ、聞くも涙、語るも涙、と散々苦労してここまで来ただけに感慨無
量だった。身体中が筋肉痛で軋み、足の裏はベロベロ、手の皮もボロボロで、リュッ
クは引き千切れた様に半分になっていたが、急に身体が軽くなった気がして足取りも
軽くなる。心も沸き踊る。ようやく苦労が報われる。歓迎してくれなくてもいい。馬
鹿にされてもいい。ただ耕一と会えると思うだけで、梓はとても幸せな気分になって
いた。杖を捨て、鍵のかかっていない耕一の家のドアを開ける。
「耕一、いる?」
  返事が無い。梓が不審に思って見渡すと家中、荒らされていた。部屋の中央の畳に
槍がつき刺さっていた。そして部屋の隅に、ぼろ雑巾になった耕一がいた。
「こ・・・耕一!?」
  愕然となった梓が慌てて従兄弟の元へ行きかける。だが、行けなかった。
「現行犯だ。動くんじゃない」
  隣近所が通報した警察官が二人、梓の両腕を抱えていた。そして梓は愕然としたま
まの表情で二人の警官に引きずられながらパトカーに運びこまれた。その後、彼女に
は妹二人の殺人未遂と、ロボット一体の窃盗、親友一人の誘拐と、従兄弟の傷害の嫌
疑が掛けられた。

「貴方に・・・切ない夜を・・・」
  留置所のコンクリートの寝床で、梓は鉄格子のついた小さな窓から星空を見ながら
、止まらない涙を堪えようともせずに呟いていた。彼女が釈放されたのは、楓、初音
、耕一らが退院し、マルチが証言し、かおりが新宿西口アルタ前で保護された後の事
だった。最後に結局、耕一には会えなかった事だけを付け加えておく。

                                                              <完>
----------------------------------------------------------------------------
「私は梓ファンに殺されるかも知れない。だが、今更なのだが、私は梓が一番好きで
ある。好きでなければここまで非道い目に遭わせる事は出来ない。ホラ、好きな子を
苛めてしまうって事、良くあるじゃ・・・」  ブシュ!
  一匹の鬼が私の首を掻き切る。それが梓だか千鶴だかを知る事は出来なかった。

「これがシリーズ最初の作品です。この後、千鶴編、かおり編、楓編、初音編へと続
いていきます」