『Solitude(太田香奈子編)』 投稿者:久々野 彰
『Solitude(太田香奈子編)』

『人形の涙は誰が為に・・・』


 私は今日も目覚める。


 朝起きて、夜寝るまでの時間、人は何をするのだろう。
 社会に必要な事を学ぶために、勉学に励む人。
 自分が生きていくために、仕事で働く人。
 子孫を残すために、子供を育てる人。

 人はそれぞれ、何かをやっている。自分のため、人のため、何かのため、それぞれ
に何かの目的の元、自分で何かをしている。自分の意志で動いている。


 だが・・・それが出来ない人がいる。
 人間の生きる術を失ってしまった、自分一人で生きる事の出来る全てをなくしてし
まった人・・・そんな人がいる。

 …それは・・・私・・・。

 私は一体、何をしているのだろう。私は一体、何をしたいんだろう。
 私が自分ですることは、起きる事と、眠る事。この二つしかない。誰かの助けがな
くては、何もする事が出来ない。

 ・・・人形。

 布の代わりに皮で覆われ、綿の代わりに肉が詰まった人形。独りでに動くことが出
来ない私には、お似合いの言葉だと、思う。

 私には父がいる。
 私には母がいる。
 私には友がいる。

 皆、私の事を好きでいてくれる。
 皆、私に優しくしてくれる。
 でも・・・

 私は・・・何もできない。
 私の治療費を捻出する為に身を粉にして働いてくれるお父さん。
 私の身体を洗ってくれ、身の周りを世話してくれるお母さん。
 私が寂しくないようにと、暇さえあればやってきてくれる親友。

 …私はそんな人たちにありがとうの言葉さえ言うことが出来ない。

 どうしてこうなってしまったんだろう。
 どこで間違えたんだろう。
 どうして・・・

 私は幾度となく同じ事を考える。
 自責の念。

 わたしは・・・わたしはただ、人を好きになっただけ。
 好きな人に好かれたかっただけ。
 恋を信じてみたかっただけ。

 …他の人と何ら変わらない事・・・

 今でもそう思ってる。
 でも、どこか違う。違わなくてはいけないと、思う。
 なのに・・・分からない。


 ある時・・・愚痴を聞いた。

 …あんな奴に関わったばっかりに・・・
 …あんな男、死んじゃえば良かったんだ・・・

 あの人の、悪口。
 何がどうしてどうなったのか。
 私は、知らない。
 でも、色んな人が、あの人の悪口を言ってる。
 ここにいる人、近くにいる人、遠くにいる人・・・口々にあの人を、罵っている。

 お父さんもいる。
 お母さんもいる。
 親しかった人もいる。
 先生もいる。
 私と同じように、あの人を好きだった人もいる。


 …みんな・・・知らないんだ。

 あの人が悩んでいた事。
 あの人が傷ついていた事。
 あの人が苦しんでいた事。

 そんなあの人に近付いたのは私。
 感じていたのに
 知っていたのに
 余計に苦しませる事になる・・・そう、分かっていたのに

 困らせたのも、私。
 求めたのも、私。
 ・・・望んだのも・・・そう、私。


 悪いのは私。
 悪くないの、あの人。

 そう言いたいのに、言えない。
 御免ね、皆。
 御免ね、先輩。

 私は、罰を受けているのかな。
 私、悪い子だったのかな。
 人を好きになっただけなのに・・・大好きな人が欲しかっただけなのに。


 私の殺風景な部屋の片隅に、小さな人形が立てかけて置いてある。
 誰かが持ってきてくれた、大きな熊の縫いぐるみに押しやられるように、座り込ん
でいる。木製の、ちっぽけな人形。

 自分では動けないの。
 自分では動かないの。

 …どうして・・・動かないの?

 動かない私が、動かない人形を、動かない眼で見つめる。
 何かを念ずるように。
 何かを祈るように。

 神様を信じた事はない。
 でも、いてくれてもいいと思う。
 ちょっとぐらい、少しぐらい・・・こんな私に・・・


 その時、ドアがノックされて、人が入ってきた。

「あ・・・か、香奈子ちゃん・・・」
 見舞いに来た人が息を飲む。

 この声は瑞穂。
 あれ?
 どうして見えないんだろう・・・
 声は聞こえるのに・・・

「涙・・・」

 瑞穂はそう言った。
 あれ、歪んでる・・・見えないんじゃなくて・・・歪んでる。
 見慣れた景色が、滲んでる・・・

 …御免ね、瑞穂。そして・・・ありがとう。

 魔法がかかっているうちに言いたかった。
 唯一、あの人を責めなかった瑞穂。私を責めなかった瑞穂。
 ・・・信じてくれている、瑞穂に。

 …貴女にだけは・・・この気持ち、伝えたい。


 立ちつくす瑞穂の脇で、部屋の隅の人形が笑っているように見えた。


                             <完>
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 第3段っ!!。これは言いたい事が沢山あります。本当は別に香奈子編ありました
。前のは今までの久々野の話でした。そして、これはこのSSで出会った沢山の人々
の文章に感化された久々野の話です。今までの自分では絶対に書けなかった感じの話
です。ですから、話の出来はともかく気に入ってます。で、解説ですが「バレた後」
です。読めばわかるか(笑)。