『Solitude(新城沙織編)』 投稿者:久々野 彰
『Solitude(新城沙織編)』

『裏切られた故に幸せ』


 人は裏切りの歴史から学ぶ。

 人は、信じることは教わるが、裏切ることは自分で覚える。

 人とは・・・


「どうもありがとうございました〜」
 今日、恐らく今日最後の客が自動ドアから店を出ていった。
「ふう・・・新城さん、今日もご苦労様。ちょっと早いけどあがっていいよ」
 店長も同じ事を考えていたのだろう。レジの前に立っていた私にそう声をかけ、後
片づけを始めだした。

 …詰まらない・・・

 平凡な日常。私はこのまま奥で着替え、残りの人たちに挨拶をし、誰もいない部屋
へと帰っていく。そしてそれを繰り返すだけの日々。

 …つまんない・・・

 退屈に飽き、非日常の世界に憧れるのは珍しい事ではない。現実では起こり得ない
別世界に旅だったり、不思議な力を得て暴れ回ったり・・・誰もが一度は夢見る事で
ある。夢想でしかないと分かっていながら・・・。
 だが、実際に現実では起こりえない事に直面した時、どれだけの人間が喜ぶのだろ
うか。初めこそ、自分の知らない事、常識ではあり得ない事、色々な事を見てはしゃ
ぐかも知れない。しかし、次第に人に襲いかかってくるのは不安と恐怖。
 "現代"、"常識"、"皆がいる世界"、自分の足場の無いことに耐えられる人間がどれ
だけいるだろうか。自分の物差し全てを無くして、全くの新たなるスタートを踏み込
める人間がどれだけいるだろうか。
 人は皆、自分の足場がしっかりしているからこそ、他の物に憧れを抱く。退屈な毎
日が確保されているからこそ、他の事を望む。

 …ツマラナイ・・・

 幸せ。変わらない幸せ。変われない幸せ。気付いていない訳ではない。だが、それ
を幸せと呼ぶことに抵抗を感じる。

 自分が望んだ訳ではない幸せ・・・。

 与えられた幸せ。常に身に持った幸せ。生まれた時から、全ての人に与えられた幸
せ。父から貰った訳ではない。母より受け継いだ訳でもない。人が今、あなたが今、
わたしが今、授かっている幸せとは・・・。

 …ふぅ・・・

 着替え終わり、バイト先の店を出る。夜中なので完全に辺りは真っ暗、他に人通り
もない。近所の家の灯りだけがここが人のいる場所だと証明してくれている。

 …変わらないな・・・

 いつまでも変わらない日常。昔から願っていた非日常は・・・今もやって来ない。
 このまま短期大学を卒業し、就職してOLにでもなり、結婚して退職して・・・最
後には老婆となって人生を終えるのだろうか?。多分、何事もないまま、私の人生は
終わり、埋もれていくのだろう・・・。

 …長瀬くん・・・

 何故か、いつもこんな気分になると、ある少年の顔を思い出す。いや、少年の顔で
はなく、彼の瞳を・・・。彼の瞳が・・・私が最初で最後に感じた非、日常の部分・
・・だと思う。彼の瞳を見た時、ひどくワクワクした気分だったのを、今でも鮮明に
思い出す。
 だが、私の期待とは裏腹に、何事もなく・・・本当に何事もなく時は過ぎていった
。彼の瞳と共に、私のドキドキも消えていた。彼は、何の奇跡も起こすことなく、私
と違う道を歩んでいった。確か彼の横に誰かがいたと思う。名前は覚えていないが、
とても、綺麗な人だった気がする。彼女が彼の瞳、彼の扉を閉じてしまったのだろう
か。私にはわからない。ただ、何故だか悔しかった。目の前で電車が発進してしまっ
たような、乗り遅れたような気分に陥った。電車は待てば来るけど、もう、二度とあ
の思いは私の前に、現れない・・・そう思う。


 誰かにこの事を話せば、きっと「それって彼の事、好きだったんじゃないの」と、
言うだろう。だが、それは違う。私は彼が羨ましかったのだ。私の知らない「何か」
、現実世界を普通に過ごしていたのでは一生見ることの出来ない「何か」を、彼は持
っている。知っている。住んでいる。それが無性に羨ましかったに違いないのだ。そ
して、その仲間に入れて貰いたがっていたのだ。そして・・・

 …ナンニモナカッタヨ

 彼はそれに気付いていたから、知っていたから、私を迎えてくれなかったのだろう
。理由は分からない。

 私は乗り遅れた訳ではない、乗せてくれなかったのだ。


 人は、裏切る事で、自分の為した事を理解する。
 人は、信じる事で、物事を見極める機会を逸する。
 それでも、裏切られた者は、信じた者は、同じ事を繰り返す。
 愚かではない。それしか知らない訳ではない。

 人とは・・・


「ただいま!」
 誰もいない薄暗いワンルームマンションの玄関で、沙織は靴を脱ぎながら言った。
「もう・・・今日も立ちっぱなしで脚が棒になっちゃうよ〜・・・」
 ソファーの上に並んだぬいぐるみ達の頭をポンポン叩きながら上着を脱ぎ、スカー
トを下ろす。
「こういう時は・・・バブがいいわね。えっと・・・」
 そしてハンガーを片手に下着姿で浴室まで歩いていく。


 これもいつもと変わりない日常のひとコマ。
 非日常を体験した筈の新城沙織の平凡な日々。
 裏切られた事を知らなければ、裏切られた事にはならない。
 信じた事を自覚していなければ、信じた事に気付かない。


 私は知らない。
 だから・・・今、幸せな日々を過ごす事が出来ている。
 毎日が詰まらないと嘆ける、幸せを噛み締めている。
 何も知らない。

 だから、今、生きていける・・・。

                            <完>
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 意味分からない人、御免ね。解説すると長くなる・・・簡単に外側だけ言うと、祐
介と結ばれなかった沙織のその後。その後の自分をウダウダ言ってる(笑)。知らぬが
仏。そんな感じ(笑)。ではでは・・・。