もしも今日世界が終わったら。 投稿者:風見 ひなた
『もしも今日世界が終わったら。』
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このSS、某ゲームとネタ被ったので封印してました(苦笑)
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 もしも今日世界が終わったら。
 詰まらない考えだと思う。
 だけどちょっと昔の俺はいつもそんなことを考えていた。
 日常の忙しい中、ふと気が付けばいつのまにかぽっかりと心に穴。
 向こう側に果てしなく続いている青空が見えるような、そんな欠落。
 上に落ちていく…ということが体感できるのなら、あの青空に吸い込まれていく
 ような感じなんだと思った。
 俺はいつかあの空に落ちるのだと…そう半ば信じていた。
 きっとそれは母さんの死と関係あるかもしれないが、少なくとも俺はそんなセンチ
 な人間じゃないと自分で分かっているから敢えて考えない。
 母さんは天使になって空に昇っていった、そんなわけはないじゃないか。
 それにしても空に吸い込まれる日はどんな日だろうか。
 そんな奇跡が起こるのは多分普通の日じゃない。
 奇跡は世界が終わる日に起こるんだ。
 逆に言えば世界が終わるとき、奇跡は起こる。
 だけどいつになったら世界は終わるんだろう?

『もしも世界が今日で終わりだとわかっているのなら、あなたは何をしますか?』
 心理テストの本にそんな質問があった。
 有名な作家達の回答を集めたものもあったことを思い出した。
「世界の破滅を見なくてすむように寝てしまう」
「町に出てパニックに襲われた民衆を観察する」
「無人島に一人だけ逃げる」
 馬鹿だと思ったよ。
 寝る奴は自分の人生を最後で捨ててるんだ。
 観察した奴は自分を特別な人間だと思ってる。
 最後の奴が一番馬鹿で、無人島に行っても世界が終われば死ぬだろう。
 結局のところ、人間そう簡単に先の予測なんて立てられない。
 じゃあ本当に世界が終わったらどうする?

『もしも今日あなたが死ぬとわかっているのなら、あなたはどうしますか?』
 死ぬのが俺だけなら、そして子供がいるのなら簡単な質問だ。
 子供にバトンを渡して、生きている内に少しでもしてやれることをする。
 でもそいつがまだ若くて、やりたいこともやっていないのならこれは困る。
 自分の望みも叶えられていないのに、今から何をしろというんだ。
 刹那の快楽に生きるか、それとも僅かに他の人に出来る事を探すか。
 これが世界となると大変な事だ。
 何せ世界が終わるとなると他の人の為にしてあげる事なんて何もない。
 どうせ世界が終わったらそんな親切なかったことになってしまうんだから。
 だけど刹那の快楽に溺れてしまっていいのか?
 最後くらい人間らしく死にたいと思う者は居ないか?

 俺はアパートの居間の中央に大の字に寝そべっていた。
 部屋には微動だにしない闇が満ちている。
 静かだ。
 そりゃそうだろう。
 この夜が終われば世界は終わるんだ。
 今更足掻いてどうするんだ?
 世界的に有名な予言者が、もうすぐ世界は終わると言った。
 しっかりと日時を設定して、だ。
 それからたくさんの占い師が世界の終わりを予言した。
 みんな同じ日だった。
 マスコミの力でたかだか『迷信』に過ぎない筈の終末は『真実』になった。
 全ての者が信じればそれは事実になる。
 だから今日世界は終わる。
 日本時間でちょうどこの夜が明けるとき、世界は終末の予言と共に消える。

 静かだ。
 誰も闇を乱すものは居ない。
 刹那主義に囚われて暴走した連中は、全員刑務所に入れられた。
 今はどこの刑務所も留置所も満員だそうだ。
 残った人間は足掻き疲れて諦めた者ばかりだ。
 俺もそのうちの一人として夜を明かそうとしている。
 これでようやく俺も空に昇っていく事が出来る。
 満ち足りた気分だ。
 だが何か寂しい気分がするのは何故だろうか。
 ちょうど昔俺が日常の中に空白を感じたように、今の気分に穴が空いている。

「今日で世界も終わりか」
 口に出してそう言ってみた。
 ちょっと虚しくなった。
「仕方ないよな、これまで散々他の生き物虐めてきたんだからさ。人間だけ生き残
ろうなんてムシのいい話だよ」
 自分に言い聞かせるようにもう一度。
 静かだ。
 静寂が漂っている。

 突然外の廊下でカンカンカン、と高い靴音がした。
 古びた安アパートだから廊下も安普請なのだ。
 何故かその足音が俺のところへ向かっているような気がして体を起こすと、
案の定それは俺の客だった。
「耕一!!」
 玄関の扉が開く。
 その向こうからは俺が一番親しくしている女の子が出てきた。
 本当は入ってきたんだが。
 彼女の名前は柏木梓。俺の恋人……ということになる。
 俺は少し驚いて梓を見た。
「梓、どうやってここまで来れたんだ?電車、止まってるだろ?」
「うん!!」
 梓は何やら興奮した調子で勢い良く首を振った。
「電車も飛行機も止まっててさ、道路も封鎖されてただろ!?電話局も止まった
から、せめて世界が終わる前に顔だけ見たいと思って自転車で来たんだ!!」
「自転車ぁ!?」
 俺は驚きと呆れで面食らってしまった。
 知らずの内に顔を右手で押さえてのけぞっている。
「お前、自転車で隆山から東京まで来たのか!?」
「五日ほどかけてね」
 梓はそう言って、照れた風に後ろ手から大きなボストンバッグを取り出してみ
せた。この御時世、サバトみたいになった地域もあるってのに。
 随分と無謀な事をする。
 そう思って俺は額を押さえた。
「で、お前なんでわざわざ隆山から来るかな?」
 俺がそう聞くと、梓はむっとした表情で……幾分照れながら言った。
「だって、世界の最後くらい耕一と一緒に居たかったから」
「……………………」
 俺は思わず頬をほころばせながら、梓のショートカットにした髪を撫でた。
 くすぐったそうにして笑っている。
 こうしていられるのも今日で最後だ。
 せめて照れとは無縁で居たい。


 静かだ。
 梓は俺の隣で一糸纏わぬ姿で寝息を立てている。
 喉が渇いた。
 俺は梓を起こさない様にそっとベッドから出ると、冷蔵庫へと向かった。
 水道局が止まってしまっているから飲み水はすべてペットボトルで保存している。
 ガスはボンベで、電気は大型バッテリーだ。
 手に入れるのに苦労したが、それ以上の働きをしてくれている。
 とりあえず冷蔵庫を動かせるのは有り難かった。
 俺は中から一本取り出して、そっとグラスに中身を注いだ。
 洗うことが出来ないから今までラッパ飲みだったが、最後くらいグラスで飲んで
もいいだろう。どうせ洗う時間もないことだし。
 グラスを手に時計を見た。
 今夜中の3時ジャスト。夜が明けるまではあと2時間だ。
 人間に残された時間はもう2時間しかない。
 俺はグラスを口元に運ぼうとしたが、横から奪われた。
 ごくごくとうまそうに喉を鳴らしている。
 大きく息をついて口元を拭い、梓は満足そうに微笑んだ。
「考えてみたらお昼から何も飲んでなかったんだ」
「それで自転車に乗ってきたのか?無茶するぜ」
 俺は呆れて梓を眺めた。
 照れたように笑っている。
「だって、耕一に一刻も早く会いたかったんだもん。喉の渇きなんて忘れちゃってたよ」
「可愛いこと言いやがって、ばーか」
 俺は苦笑しながら梓のおでこを小突いた。
 鬼の生命力あってこその無茶というわけなのだろう。
 ……鬼か。
「もう一年になるんだな」
「うん」
 梓は頷いた。
 あんなに酷い目に会ったのに、そこに恐怖の色はない。
 終わりが近くなると、何もかも懐かしく思えてくる。
「………あたしさ」
「うん?」
 あの事件について色々話した後、ぽつりと梓は言った。
「耕一に会えて良かったよ。ホントそう思ってる」


 それからもっと沢山話したような気がするが、覚えていない。
 千鶴さん達のことを話したような気もする。
 いつのまにか寝てしまっていたようだ。
 闇が薄らぎ、窓から光が射し込んでくる。
 世界の終わりが来る。
 もうじき俺はこの世から消え、全てはなかったことになる。
 俺は傍らを探ったが、梓は居なかった。
 代わりに鼻に届く、暖かく懐かしい匂い。
「起きたんだ」
 声の方を向いた。
 梓はキッチンに立っていた。
 エプロンが良く似合う。
 コトコトという鍋の音。
 そこから一掬いしてお椀に入れると、梓はまだ湯気の立つそれを差し出して言った。
「おはよう。良く眠れた?」
 その言葉と共に微笑む梓の顔を……窓からさしこむ朝日が照らす……。


『時間だ』
 待て。待ってくれ!
 俺には、まだやらねばならないことがあるんだ!!
『往生際が悪いぞ。あの日俺が目覚めた時から1年間、貴様はそう契約した筈だ』
 ついさっきまでそう思っていた。
 俺の命は今日で終わると覚悟していた。
 だけど、たった今俺には死ねない理由が出来たんだ!!
『馬鹿を言うな。1年間どれだけ俺が殺戮と破壊を待ち望んできたと思っている?』
 俺は……俺は、まだ!!
 まだ一つだけやり残した事があるんだ!!
『くどいな。ならばいいだろう、これまで20年共に生きてきたよしみ……。
そのただ一つの願いとやら、それが終わるまでの間世界を滅ぼさないでおいてやろう』
 ……有り難う。
 俺の…俺の願いは……!


 俺はもう一人の『俺』との対話の中、必死でその椀を手に取った。
 荒れ狂いたくなる凶暴性と獣化を押え込みながら、それを手に取る。
 ゆっくりと……啜る。
 美味しかった。
 これより美味いものはこの世にないだろうと思った。
 心配そうに俺の顔を見詰めている梓に、俺は心からの笑顔を込めて言った。
「おいしいよ」

 何故か……涙が零れた。


 もしも今日世界が終わるなら。
 俺は愛する人を後ろに乗せて自転車で旅に出たい。
 そして俺達は誰も見た事がないような大草原で仰向けになろう。
 空に広がる、果てしなく広がっている青空。
 先もなく吸い込まれそうなその空を眺めながら………。
 『俺』は大事な人の傍らで眠るのだ。


 俺は寝息を立てる梓の頭を撫でながら、草の薫りを存分に吸い込んだ。
 青空を見上げて大の字になって、こう叫んだ。
『世界を滅ぼすの、やーーーめた!!』

                 完
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ひ:とゆうわけで凄く久しぶりにシリアスなSSを書いてみました
み:懐かしいですねえ、ここも(笑)
ひ:タイトルで気付かれた方は多いでしょうが、アボガドパワーズのアレです。
  中身は完全に僕の創作ですが(笑)
み:というかひなたさんやってないじゃないですか、あのゲーム(苦笑)
ひ:あのゲームとネタ被ってるのでお蔵入りしましたが、書いて良かったです。
  なんだかすがすがしい気分(笑)
み:わりかし文が滑って良かったですねっ!!
ひ:ではでは「お久しぶりの方お久しぶりでした」風見ひなたと!!
み:「はじめましての方はじめまして!!」赤十字美加香がお送りしました!!