帰ってきたマルえもん 投稿者:風見 ひなた
 マルチ……。
 お前がいなくなってからどのくらい経つ?
 俺は出来ることなら今すぐにでも研究所に押し入ってお前をさらってしまいたい。
 心が、壊れてしまいそうだ。
 マルチ…俺は……。

 浩之は机を強く叩くと、思い切り息を吐いた。
「マルチ、帰ってきてくれ」
 その瞬間引き出しが音を立てて突き出、浩之は椅子から転げ落ちた上に壁に頭をぶつけ
た。しかもその上から棚の上に置いていたこけしやら時計やらが一昔前のギャグマンガの
ように落下して星を散らせながら周囲に舞った。
「な、なんだぁっ!?」
 浩之の絶叫に応えるように、引き出しからがばっと顔が飛び出る。
「こんにちわのび太さん」
  猫耳を付けたセリオが相変わらず平板な表情で言った。

 久しぶりの通常SS「帰ってきたマルえもん」

「っててめーのどこがマルえもんだっ!?」
「どこか違いますか」
 セリオはそう訊き返すと、当たり前のように椅子にどっかりと腰を下ろした。
 なんだか部屋の主って感じである。
「大体、今お前どっから入ってきた!?」
「引き出しから出てくるのが猫型ロボットの作法だと書物にありましたので」
 書物ってのはどこぞのコミックスのことであろう。
 どのコミックスかは言うまでもないがあのコミックス買う子供って今もいるのかなぁ。
 それはさておきセリオはゆっくりと部屋を見渡すと、ふうっとため息をついた。
 その表情を見ればよく分かる。
 そりゃマルチが卒業してから一ヶ月、全く掃除していないこちらが悪いのだが。
「取り合えず私はマルチさんの代わりにあなたのお世話をするように言いつかってこちら
にお邪魔させていただいたわけですが……」
「お世話はいいが何故そこで猫耳を付けてやってくる!?」
「……ボクマルえもんです」(何の脈絡もなくサイケな声で)
 今のはごまかしだったんだろうか。
 浩之は何か恐ろしいモノを感じながらもしっしっと手を振った。
「いらんっ!とっとと帰ってくれ!」
「マルえもんはいけませんか」
「いや何でも一緒だからとっとと…」
「ではマルえもんの妹のセリ美ちゃんってことにしておきましょう」
「うがぁぁぁぁぁぁ、話を聞けぇぇぇ!!!」
 浩之は頭を抱えて喚き散らした。
 何か、何かとてつもなく邪悪な存在が俺の目の前で会話しているっ!
 助かる手段はただ一つ、この得体の知れない存在を俺の視界から永久に追放するのみ!
「誰がセリ美だっ!いいからとっとと帰れっ!」
 それを聞くと、セリ美ことセリオは不思議そうに首を傾げた。
「あなたは一体何が不満だというのですか?」
「どこもかしこもだっ!頼むからそのツラ提げて俺の目の前に出てくるな!」
「なるほど、顔ですか」
 そう呟くとセリオは懐から鏡とペンを取りだし鼻歌など歌いながらきゅっきゅっとらく
がおを始めた。
「ふ〜んふ〜〜ふ〜ん……出来ました」
 ひきつった顔で得体の知れない恐怖に脅えていた浩之はセリ美の顔を見て絶叫を上げた。
「ヒゲ書いてんじゃねえええええええええええええ!」
「これでバッチリでしょう」
 セリ美は勝手に納得するとうんうんと頷いてすっと立ち上がった。
 まずい。この物体はやっぱり何か非常に危険な存在だ。
 見ていると、セリ美はなにやらエプロンを取り出している。
 このまま部屋の掃除に持ち込むつもりらしい。
 浩之はごくりと唾を飲み込むとセリ美の前に土下座した。
「頼むっ!頼むからもうこれ以上俺の常識世界を壊さないでくれぇぇ!!」
 セリ美はにっこりと微笑むと、ぽんっと浩之の肩に手を置いた。
「のび太さん……遠慮することないですよ。ぼくたち宇宙人です」
「誰が人だこのポンコツううううううう!」
 全く話が通じていない。
 このまま部屋を荒らされてしまうようである。
 セリ美はうめき声を上げている浩之を足蹴に部屋の隅を漁り始めた。
 とりあえず床に落ちている本を積み上げ、いらないプリントなどはゴミ箱へ。
 と、ゴミ箱を覗き込んでセリ美はにやっと笑った。
「そこっ!今の笑いは何だっ!?」
「いえいえ、何でも」
 明らかに何でもなくない笑いを浮かべながらセリ美は言った。
 そんな態度に浩之は頭を掻きむしりながらごろごろと床を転がる。
「違うっ!風邪だ、風邪をひいてたんだぁぁぁ!!」
 セリ美は全て分かっていますと言うようにうんうんと頷きながら、にこやかに言った。
「自家発電機能って便利ですね」
「ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!」
 こ、この女何の意図があって!?
 そう思ったとき、浩之は不意に悟った。
 復讐だ。
 こいつ、マルチをとられたからって復讐に来たんだ!
 逃げなくては……逃げなくては最後には殺される。
 四つん這いになって逃げ出そうとする浩之の襟首をむんずと掴んでセリオは笑った。
「のび太さん、ジャイアンとケンカに行くんですか?」
「いかねぇっ!単なる散歩だ、放せぇぇ!」
 じたばたと暴れつつ、浩之はハッと気が付いた。
 そうだ、確か原作のアレの尻尾はスイッチになっていたはず!
 浩之はセリ美の後ろに回り込むと、尻尾だかコンセントだかをつかみ取った。
 真っ黒でしかも三角形に尖っていた。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「ダメですよ、のび太さんったらエッチなんだから」
 浩之は半泣きになりながらセリ美に体当たりを仕掛けると、全力で部屋の外へ逃げ出し
た。
 逃げなくては。逃げなくては、死ぬ!

「浩之ちゃん、今日は立ち直ってるかな……」
 あかりは浩之の家の玄関に無断侵入すると、靴を脱ごうとした。
 と、そこに浩之が涙をこぼしながら走ってくる。
「あああああ、あかりぃぃぃぃぃ!!!」
「どうしたの、浩之ちゃん!?」
 驚愕の声を挙げたあかりが浩之の肩越しに見たモノは、顔にヒゲを書いたセリオ!
 あかりは爆笑した。
「笑い転げてる場合じゃないてばよぉぉぉ!」
 浩之はあかりの肩を揺さぶりながらそう叫ぶ。
 その肩に冷たい手が掛かった。
「ジャイアンったら家まで押し掛けてきたんですね」
 ぞくり。
「に、逃げろあかりぃぃぃ!」
 浩之は必死であかりに呼びかける。
 次の瞬間、あかりの鉄拳がセリ美の顔面を直撃する。
「浩之ちゃんを虐めないでっ!」
「ああっ、滅殺!?」
 全身から闘気を放出しながらあかりは蟷螂拳の構えを取る。
 セリ美も立ち直ると、素早く後退して蝙蝠拳の構えに入った。
 そして、同時に繰り出される無数の連打。
 火花を飛び散らせまくる伝説の死闘を背に、浩之はこっそりと逃げ出した。
「いやだっ……もうこんな化け物だらけの生活は嫌だっ!」
 そう虚空に向かって呟いた浩之の手が固いモノに触れる。
 浩之ははっと上を向いた。
 緑色の髪の小柄な少女が浩之を見下ろしていた。
 逆光で見えないが、にこやかな笑みを浮かべているようだ。
 ……マルチ!
 浩之は抱きつこうとしたが、背中の死闘のことを考えるとどうしても抱きつくことが出
来なかった。
 どうしよう。
 彼女が、やっぱり「ボクマルえもんです〜〜」なんて言ったら。
 凍り付く浩之に、マルチは優しく微笑み掛けた。
「どうしたんですか、ご主人様?」
「マルチっ!」
 浩之は歓喜の声を挙げながら立ち上がり、マルチを力一杯抱きしめた。
「マルチ……マルチか、本物のマルチなんだな!?」
「もう、ご主人様痛いですぅ」
 ああ……本当に、本当にマルチが帰ってきたんだ!
「マルチ」
 浩之がマルチを腕の中に抱き留めたままゆっくり目を開けると、目の前に緑色のカツラ
を被りヒゲを書いた長瀬主任が立っていて、言った。
「ボクマルえもんですぅ〜〜」
 ぴしっ(真っ白に石化)


 それから浩之は、マルチと共に幸せに暮らしている。
 そしてついでにセリ美とジャイアンもいたりする。
 おまけに長瀬マルえもんも居てしまったりする。
 なお、浩之のゲシュタルト崩壊がいつ治るのかについては全く不明である……。

                       ぼくたち地球人。

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 あー……なんつーか……NTTTさんこれで満足ですか?(汗)