神女さんの条件 投稿者:風見 ひなた
「そう言えば今年もお祭りの季節ですね」とある夕食の席で千鶴さんが言った。
 梓はぽんと手を叩くと、そうだったそうだったと呟いて千鶴さんの方を見た。
「ああ、そうかもうそんな時期なんだ」
 訳が分からず眼をぱちくりさせている俺を見て、初音ちゃんがにこりと笑う。
「お兄ちゃん、柏木家じゃ毎年神社にご奉仕するしきたりがあるんだよ」
 しきたり…ねえ。

 そして一週間もしない内にその日がやってきた。
 神社の境内に上がった俺を出迎えたのは、白と赤の神女服に身を包んだ姉妹の姿だった。
  初音ちゃんはちょっと大きめの神女服をぱたぱたさせながらこちらに走り寄ってくる。
「お兄ちゃん、ほら見て見て!」
 清楚な白い色調と金髪が妙に似合っていた。
 だけどそれ以上にだぶだぶの服がまるで大きめの服を着せられている小学生のようでち
ょっと笑える。
「あ、お兄ちゃん笑ってる」ちょっと不愉快そうに初音ちゃんは膨れた。
 俺は自分のミスに内心舌打ちしつつも、初音ちゃんの頭を撫でた。
「ごめんごめん。可愛いよ、すっごく」
 いろんな意味でね。
 俺はとんとんと肩を叩かれて振り返った。
 そこには、白い顔を真っ赤に染めて俯く楓ちゃんがいた。
「綺麗だなぁ……」俺は全く自然にそう呟いていた。
「こ、耕一さん……」楓ちゃんは蚊の鳴くような小さな声で呟くと、もじもじと小さく動
いた。
 なんのてらいもなく正直な感想を言ったのだが、楓ちゃんにはそうはとれなかったらし
い。
 清楚な楓ちゃんの魅力をとことんまで引き上げたらこうなるんだろうな。
「こう言ったら変だけど…なんだか初々しいな。そのままさらって俺のアパートに連れ帰
りたくなっちゃうぞ」
 そんな俺の言葉をどう取ったのか、楓ちゃんはぼんっと爆発するように顔に血を上らせ
て、「馬鹿」と一声残すとどこぞへ走り去ってしまった。
 ほんとに、こういう仕草は可愛らしいよな……。
 振り向くと、初音ちゃんが頬を膨らませていた。
「お兄ちゃんのセリフ、なんだかプロポーズみたい………」
 俺は苦笑すると、ぐしぐしと初音ちゃんの頭を強めに撫でてやった。
「あん、せっかく整えたのに乱れちゃうよぉ」そう言ってむずがるよういやいやをする。
 こ、これはこれで可愛い。
「ごめんな、初音ちゃん。初音ちゃんにも違った美しさがあるから気にしなくてもいいん
だよ」
  俺が照れながらそう言うと、初音ちゃんも顔を赤くして俯いてしまった。
「もう、ずるいんだから……!」
「っとにお前はずるいな、うん」
 折角のラブラブを邪魔するように響いたのはがさつ女の声だった。
 まったく、お前はいいところで水を差してくれるよな。
 そう言おうと振り返って、俺は絶句した。
「お前………梓…………だよな?」
 化粧も何もしてないのに、そこにいた美少女は明らかに俺の知っている梓じゃなかった。
  ヘアバンドを外し、きりっと神女服を着込んだ彼女はまさに神に仕える聖女といった感
じだった。
「はあっ?耕一、あんた途中の階段で頭でも打ったんじゃないか?」
 あ、口の悪さだけ変わらないんでやんの。
「ほっ…安心した…………」
「なんで?」
 胸をなで下ろす俺を怪訝そうに見ている。
 俺は半ば梓に見とれながら、口が勝手に動くような錯覚を覚えていた。
「いや、あんまり神々しかったから……女神様って感じだよな」
  梓はなっ、とぎょっとした顔つきをして、ぱしっと俺の頭を叩いた。
 だが、その手にはあまり力は込められていない。
「耕一、あんたホントに馬鹿だよな」梓は顔を赤らめながら言った。
「そうか?そんなことも…」
 抗弁しかける俺の口を封じるように、梓はそっぽを向いてしまった。
 拒絶かな…いや…これって?
「梓、照れてるのか?」
「んなわけないだろっ!」
 乱暴に言い放つことで、ことさらにいつもの自分を演じようとしているようだった。
 なんか、やっぱりいつものこいつらしくないな。
 そんなことを思っていると、向こうの方から一人の女性が駆けてきた。
「耕一さん、こんな所にいたんですか!」
 ぜぃぜぃと息を切らせて走ってくる彼女を見て、俺は目を丸くした。
 そしてくすっと笑うと真っ直ぐに彼女を見て言った。
「何だ、まだ神女の資格あったんスか?」
 千鶴さんはとっても嬉しそうに笑うと、右手を掲げてその爪を…
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「やーめた」風見はキーボードから手を離すと椅子にぐてっともたれかかった。
 手近に転がっていた「カスミ伝・全」を手に取るとぼーーーっとそれを眺め始める。
 そこに梅こぶ茶の入ったお盆を持って少女が入ってくる。
「あれ?ひなたさん、ssはどうしたんですか?」
 風見は美加香の顔をしばしじっと眺めていたが、やがてぼそりと呟いた。
「飽きた」
 美加香はきょとんとして風見の顔を見ている。
「飽きたって…何に飽きたんです?」
 風見はふっと笑うと、まだ保存していない文書にも関わらずパソコンのスイッチをぶち
っと切ってしまった。
  作動音の余韻を残しゆっくりとパソコンが沈黙してゆく。
「とりあえずもういい加減にワンパターンでしょ?耕一さんが千鶴さんの歳について失言
言って、千鶴さんに鬼の手でばっさりと斬られる…もう読者だってこんな使い古されたパ
ターンにいい加減飽き飽きでしょうに」
 美加香もうんうん、と頷いた。
「そうですよね。もう千鶴さんの年齢も今更って感じですよね。大体23にもなって」
「だよな……大体プレーヤーの80パーセントが痕やって『嘘だろぉ?』って呟いたって
ば。あのシーンは」
 風見はそう言いつつ美加香が運んできた湯飲みに口を付けた。
 美加香も煎餅をかじってそのご相伴に預かる。
「まあ千鶴さんの処女ネタも歳ネタもいい加減マンネリですね」
「そうそう。大体いい年こいて何ブってるんだか」
 とゆうような会話を交わしながら風見ははっはっはと笑った。
 だから、美加香が風見の後ろを指さして硬直したのに気付かなかった。

 ぎらんっ。

 翌朝、めそめそとテレビカメラの前で泣いているルーティの姿があった。
「えっ、えっ…朝起きたらひなたさんも師匠ももう冷たくなっていて……」
「そうですか……犯人に心当たりは?」
 長瀬が質問する横で、柳川が無心にメモを取っている。
 ルーティはふるふると首を振ると、ハンカチで目元を拭った。
「うう……なんでこんな事になったのやら……さっぱち見当も付きません」

 『恐怖!SS作家とそのパートナー、深夜に謎の凶死!遺体に残された爪跡の正体は!?』
 耕一はそんな朝のニュースを見ながら、ずずっとコーヒーをすすった。
「全く、恐い世の中になったもんだ……………」

                すまん、楽屋オチ