The Sorrowful Mission 投稿者:風見 ひなた



「残念ながら、この依頼はお断りします」
 そういった僕を叔父は止めなかった。
 狂気の扉を開く時は今ではない。そう考えての拒否の言葉だった。
(本当にそれでいいの?)
 何処からかそんな声が聞こえてきたような気もするが、僕は耳を貸さなかった。
 …煩わしかった。全てが。
 
 彼女と知り合ったのはいつの事だったか?
 新城 沙織。
 明るい、元気、あけっぴろげ、無神経、その他諸々に形容される女の子。
 退屈な日常の中のほんのひととき、毎年どおりの寒い朝に初めて出会った。
 出会ったというほどのものではない。
 いつもどおりの登校途中。
 オーバーを被って前を歩いていた女生徒が何故か突然寂しそうにみえた。
 そんな印象を他人に感じる事なんか初めてだった僕は、思わず立ち止まってしば
らく彼女が歩いていくのを見守った。
 その時、彼女は振り返ってこちらを見た。そして、微笑みかけた。
 僕は逃げ出した。
 恐かったのだ。未知の感情に触れる事が。
 微笑み返しそうになった自分が恐かったのだ。
 僕は次の日から不思議と彼女によく会うようになった。
 だが、僕はことごとく彼女を避けた。
 しかしそのたびに彼女は僕を追って、言うのだ。
「何で、逃げるの?」
 …いつしか僕は、逃げる事をやめていた。
 放棄したのではなく、向かい合ったのだ。
 そしていくつかの事を知った。
 今では彼女は僕を「祐くん」と呼び、彼女は僕を「沙織ちゃん」と呼ぶ。
 が、決して近しい関係になった訳ではない。
 僕は、僕たちは未だに相手の距離を決められずに居る。
 今、彼女の印象はどうか、と聞かれれば間違いなく
「同じような人」と答えるだろう。
 彼女と僕はよく似ている。
 同じように現実を退屈だと考え、同じように孤独だ。
 僕は彼女に共感を感じている。
 そして、同情もするのだ。
「現実から逃げられないって残酷だね」、と。
 退屈な日常に終わりなど無い。
 今日がいつであろうと、僕はいつでも僕の中の「爆弾」がいつ破裂するか脅えな
がら生きてゆかねばならないのだ。
 だが、沙織ちゃんのことを考える時、そんな自分がひどく非現実的に感じられる
のは何故だろう?
 現実的、という言葉ほど僕達にとって空しいものはないのに。

 今日は卒業式だ。
 卒業式だった。
 途中から卒業式でなくなった。
 いや、やはり卒業式だ。
 少なくともこの騒ぎの首謀者にとっては最高の趣向が凝らされた卒業式だろう。
 僕は頭にチリチリとする粒を感じながら、そう考えていた。
 皆、狂わされていた。
 そんな中で恐らく僕だけは自分から「開こう」とした。
 願ってもない「狂える」チャンスに僕が飛びつかないはずはなかった。
 くだらない現実に終止符を打つチャンス。
「狂ってしまえば楽になれる」
 僕はそう思い続けてきた。
 三ヶ月前、叔父に返した「狂える権利」は、今再び僕に帰る。
 涙とともに洩らされる女生徒の卑猥な誘惑の文句は、僕にとっては「扉」の向こ
うからの誘いに聞こえた。
 僕は愉悦の中でそれを聞く。
 頭の中の粒は未だにチリチリと僕を苛んでいるが、それは今起こっている素晴ら
しく「非現実的」な現象を肯定する僕自身の肯定にさえ思えてくる。
 粒の命じるまでもなく、僕は女生徒の尻を鷲掴みにして…。
(それで、いいの?)
 突然聞こえる三ヶ月前と同じ声。
 当たり前だ。僕はそれを望んでいたのだから。
「扉」を「開く」事こそ僕の永く望んでいた悲願なのだから。
 だが…それならば、何故僕は三ヶ月前叔父の依頼を断ったのだろう?
 …構う事はない。「扉」は、今こそ僕の手の届く場所へ来た。
 僕は自分を納得させ女生徒を見下げる…。
(本当に、いいの?) 
 何故、僕は不安になる?この世界への未練か?まだやり残した事があるのか?
 …ある訳が無い。そうだ、ある訳が無いのだ。
(あなたは、それでいいの?)
 …何だろう、この声は。
 僕は不思議に懐かしさを感じた。
 ずっと以前から知っていたような気がする。
 僕自身の声ではない。もっと違う者の声だ。
 脆く、脆く、砕けそうな…そして懐かしいこの声は…。
「守らなくちゃ…」
 誰を?声の持ち主を?それとも、他の誰かを?
 明らかに自分の意志でなく口をついた文句を追及しようとした時、突然頭の中に
別の粒がより激しく行き交いし…僕の意識は闇に落ちた。
 誰かと手が繋がったような、奇妙な感触を感じつつ…。

 長い夢を見たように思う。
 泣いている少女がいた。
 見も知らない少女を、僕は可哀想だと感じていた。
 少女がこちらを向いて何かを差し出し、僕はそれを受け取り、意識が目覚める。

「そうだ…」
 僕は呟いた。
「守らなくちゃ」
 その瞬間…悲鳴を上げて僕の周囲にいた者達がもがき苦しみはじめた。
 意識を失っていたのはほんの数秒に過ぎなかったらしい。
 だが、それだけの間に僕は自分のもつ才能の扱いかたを知った。
 だれしもが扱える力、電波。
 僕が沙織ちゃんと無意識のうちに交わした、コミュニケーションの正体。
 そうだ、沙織ちゃんだ。大事な事を忘れていた。
 彼女が「扉」を「開き」たいと考えて居る訳ではないかもしれない。
 僕は沙織ちゃんを捜した。
 一秒とかからず、僕の意識は沙織ちゃんを捉えていた。
「眠れ!」
 叫びとともに、ある一地点を中心にばたばたと人が倒れる。
 駆け寄ってみると、沙織ちゃんは制服を引き裂かれ胸や秘所が顕になっていた。
 自分で引き裂いたらしく手には服の切れ端が残っている。
 間一髪、だったな。
 そう思いつつ僕は沙織ちゃんに自分の上着を被せてやった。  
 沙織ちゃんを守るには、異変の原因を断つしかない。
 が、とりあえず彼女を何とかしなくてはならない。
 眠っているとはいえ、強烈な電波の嵐の中で悪影響が出ない訳がない。
 決着をつけるまでの安全地帯が必要だが…そんな場所が校内にあるだろうか?
 僕が意識を広げて情報を拾っていると、明らかに異質な「思考」が頭の中に割り
込んできた。
「体育館準備室…」

 驚いた事に、埃っぽい準備室にはこれっぽっちも電波の干渉がなかった。
 いや、これは適当な表現ではない。
 電波が干渉しあって、打ち消されているのだ。
 僕と講堂での首謀者の他に、誰か他の電波使いがいるらしい。
 その第三者にうまいように躍らされている、という気がしないでもなかったが、
今の僕にとってはかえってありがたく感じた。
 僕の第一目標は沙織ちゃんを守る事だ。それだけは完遂しなくてはならない。 
 しかし、何故僕はこんなにも彼女に固執するのだろう?
 生まれた疑問は彼女の安らかな寝顔を見るうち氷解した。
 僕は出来るだけ優しげな顔を作ると、「行ってくるよ」と言った。
 背を向ける。
 そこへ…。
「祐くん…」
 僕は振り返ると、彼女の唇にそっと口付けてやった。
 ビジョンが見えた。何のビジョンかは目が覚めた時には忘れていた。
 だが、何か心の深いところで彼女と繋がったような気がした。
 何も言わずに向き返った僕の顔は、きっと今までのどんな時よりも優しいんだ
ろう。

「来たね」と彼は無表情に言った。
「驚いたよ。電波の範囲内で平気な人が居るなんてね」
 再び体育館に舞い戻った僕を迎えたのは、壇上でこちらを見下ろす男。
 前生徒会長、月島 拓也。
 僕は驚かなかった。
 ここに誰が待っていようと、どうだってよかったからだ。
 早い話が、僕にとってはここで待つ者は誰であろうと「敵」でしかなかった。
 敵は、倒すのみ。
 体育館の中では既に卑猥な行為は静まって久しかったが、饐えた悪臭は未だ体育
館を満たしていた。そして、電波の嵐は静まらない。
 僕は新たに闘志を燃やした。こいつが沙織ちゃんを危機に貶めたんだ…。
 無言の意味を察したらしく、月島さんはクスッと笑うと僕を見下した眼で眺める。
 微かな冷笑と共に。
「フン、たいした気迫だね?一度逃げたくせに」
 僕は無言で歩み寄る。
 実を言えば接近する必要はあまりない。電波は射撃する事が出来る。
 が、敢えて僕は彼に近づく。
 奴の最期をしかと見届けられるように。
「だんまりだね。まあ、死んでいく奴に言葉なんていらないか」
 あと30メートル。
「しかし広範囲向けの電波だから耐えていられるんだよ」
 20メートル。
「僕は君が僕に近づく事も出来ずに死ぬ、と宣言してあげよう」
 10メートル。
 そして、一歩を踏み出す。
「いけぇっ!」
 体育館の端で身動き一つさせず倒れていた…はずの三人の少女が尋常ではない
スピードで僕に迫る。
 彼女たちに殴られれば僕の頭など消えてなくなる。
 しかし、僕は慌てない。
「止まれ、そして眠れ」
 その声とともに、三人の少女は眠りに就く。
 そのうちの一人は僕の知った娘だったことに気づく。
 太田加奈子、三ヶ月前に精神病院に運ばれたはずの娘だ。
 まあ、関係ない。この場に居る者は全て敵、それ以外ではありえない。
 僕は着実に、色を失う月島さんの元へ歩いていった。
 壇上に立つ。
 そこで、月島さんが叫んだ。
「おまえ…電波を使うのか」
 僕は答えない。
「やったんだな…瑠璃子と、やったんだな!?」
 僕は彼が何を言おうと問題ではなかった。
 解った事は、少しだけ。
 体育館の電波が静まり、月島さんの形相に殺気が溢れた事のみ。

 同刻、体育準備室。
 沙織は少しずつ意識を目覚めさせつつあった。
 彼女は沈み込んだ思考をゆっくりと巡らせてゆく。
 思うことは一つ、祐介のことのみ…。

「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ねえええぇぇぇ!
僕から瑠璃子を取る奴は皆…死んでしまぇぇぇっ!」
 月島さんの殺気の固まり、ともいえる電波は僕に襲い掛かった。
 一瞬意識がブラックアウトし、全身がバラバラになりそうな痛みが神経を駆け巡る。
 が、僕は強く一人の人物の名を念じる事でそれに耐え切った。
 目を開け、月島さんに叫ぶ。
「お前なんか、消えてなくなれっっっ!」
 こちらも殺気交じりの電波をお返しする。
 だが、予想通り僕の電波は月島さんに致命的ダメージを与えるには至らなかった。
 敵は予想以上に強い。
 ならば、奥の手を出すしかない。
 幻影の世界で少女に手渡された、僕の心のもっとも澱んだ部分の固まり。
 汚らわしくどす黒い、僕の破壊衝動の凝縮物。
 破壊爆弾。「壊す」ことのみに力を発揮する、僕の力。
 静謐な空間が、僕を包む。
 正確には、「僕」という意識が研ぎ澄まされてゆく。
 イメージの世界で自分が黒い固まりを見つけ出した。
「お前なんか消えてしまえ」
 瞬間…僕は紫電が頭上に浮かぶのを感じた。

 僕はあまりの可笑しさのあまり大笑いした。
 こんな…こんな、簡単な!
 そんな事があるとは!
「人間はなすべき手段を失い絶望に包まれると、無性な笑いを感じる…そういっ
たのは誰だったかな?」
 月島さんは荒い息を吐きながら、そう言った。
 僕の切り札は、月島さんには通用しなかった。
 確かにダメージは受けてはいる。もう二、三回繰り出せば勝てるかも知れない。
 が、その前に彼の電波で「僕」が消される方が先だろう。
 どうしてこうなってしまったんだろう。
 以前、僕が感じた自分の破壊衝動はもっと強烈なモノだったはずだ。
(…沙織ちゃん)
 そうか、彼女のせいかもしれない。
 彼女に接するうちいつしか僕の心は安らぎ、破壊衝動を静めていったのかもしれ
ない。
 まあ、仕方ない。僕には彼女に感謝しこそすれ、憎む事など出来ない。
(月島さんは僕の攻撃で弱っている。攻撃を続ければ力はさらに弱まるだろう。
そうすれば沙織ちゃんが脱出する時間は稼げるかもしれない)
 仕方ないか…。
 僕は、出来る事をするために再び爆弾を捜し始める。
「そうはいくかっ!」
 僕は羽交い締めにされて固まった。
 振り返れば、太田さんが虚ろな瞳で僕を見下ろしていた。
 月島さんは微弱な電波をだし、僕に気づかれることなく太田さんを操っている。
 頭を三ヶ月前に聞いたキーワードが掠める。
 確かに彼の電波によく馴染んだであろう彼女なら、波長さえ合えば多少弱くても
操る事は可能だろう。
 月島さんは狂気に支配された表情で僕を見つめると、ニヤッと不吉な笑みを浮かべた。
「じわじわと殺してやる」
 月島さんの拳が頬を打つ。
 何度も、何度も、偏執的に同じ場所を狙い続ける。
 それは彼の執念を感じさせた。何かに執着する、病んだ精神。
 僕は、死を覚悟した。せめてもっと楽に死にたかった、と思いながら。
(ごめん、沙織ちゃん…せめて、逃げてくれ…)
(それでいいの?)
 え?
 また、あの声だ。幻覚の世界で何度も聞いた声。
 同時に、太田さんの手が緩む。
「これでしねえええええええええええええええ!」
 目の前に月島さんの拳が迫ってくる…。
「祐くん危ないっ!」
 沙織ちゃんの声が聞こえたような気がした。

 気がつけば、さっきまで僕が押さえつけられていた場所にはライトが落ちてきて
いた。重量200キロ、小型だが相当に重い。
 その端から二本の腕が…男のものと、少女のもの…が生えている。
 赤い、妄想の世界では見なれた液体が流れていた。
 僕の力が、彼らをこのようなモノにしてしまったように感じた。
 破壊の、結果。
 僕は吐き気を感じ、口を押さえようとして、気付いた。
 少女が、僕を横抱きに抱きしめている。
「祐くん…祐くん、祐くん祐くん祐くん祐くん…」
「僕はここに居るよ…」
 優しく彼女の髪を撫でてやると、彼女はむせびつつも沈黙し、頭を僕の胸に擦り
付けてきた。
 何が起こったか理解するのに時間は必要なかった。
 ライトが落ちてきて、パンチを放とうとした月島さんと僕を押さえていた太田さ
んを押しつぶした。沙織ちゃんはすんでのところで飛び込んで僕を救った。
 ただそれだけの単純な話だった。
「目が覚めて体育館に来てみたら皆が裸で倒れてて祐くんが女の子に押さえつけ
られてて月島さんが祐くんをメッタ打ちにしてて、こっそり回り込んだらライト
が落ちてきそうで、それであたし…あたし…」
 壊れたレコーダーのようにしゃべり続ける彼女の頭を撫で、僕は囁いた。
「もういいよ。もう何も心配することはないんだ。僕が守ってあげるから」
 僕ではちっとも説得力がないのではないか、と思ったが沙織ちゃんは喋るのを止
めた。
 グスグスと子供のように泣きじゃくる沙織ちゃんを宥め、僕は微笑んであげる。
 次第に沙織ちゃんは泣き疲れてゆっくりと目を閉じていった。
 僕は沙織ちゃんの手を握っていた。
 自分の中に眠っていた優しさに感動を覚えた。自己満足ではない。
 何より大事な宝だ、と思った。
 彼女が完全に寝付いたのを確かめて、僕は頭上を見上げる。
 ライト係の手と思しき物が垂れてきていた。
 脳裏に蘇る、太田さんの手が緩んだあの瞬間。
(まだ…終わらない)
 僕は沙織ちゃんの寝顔を見つめると、決意を固めて歩き出した。

 彼女は予想通り屋上にいた。
 三ヶ月前、僕に囁いた時にも、彼女はここに居たのだ。
「やっと…気付いてくれたね、長瀬ちゃん」
 そう瑠璃子さんは言った。
 僕は彼女を知っている。
 彼女は三ヶ月前からずっと僕に呼びかけていた。
 体育館で僕は彼女と通じ合った。情報を交換していた。
 そして、電波を使う力を分けてもらった。
「ごめん、気付かなくて。…辛かっただろう?」
 しかし、彼女はゆっくりと頭を振って否定した。
「ううん、いいよ。…もう終わるから」
 終わる?何が終わるのだ?
 だが、僕は答えを既に知っていた。
 全ての情報は既に交換されていた。
 「幻覚」という名の空間で、僕達二人の意識はリンクした。
 今まで忘れていたのだ。…故意に、忘れさせられていたのだ。
 あの空間で彼女は語った。
「電波の使い方を教えるにはね、二人の意識がうまくシンクロしなくちゃならな
いんだよ」
 一例として、彼女は彼女の兄自身の様に性的エクスタシーによる伝授を語った。
 二人の意識を性行為によって高め、波長を同じくする。
 が、僕達はうまく波長が揃ったためその必要はなかった。
 誰かを守れない苦しみと、誰かを守る心。
 それを利用して彼女は僕に電波を教えた。
「もうじき終わる…ってどういうことだい?」
 知っていた。知っていたが、僕の精神はそれでも確認した。
 瑠璃子さんを悲しませる事を知っていながら。
 彼女は童女のようににっこりと笑い、言った。
「皆消えるの。お兄ちゃんが死んじゃったから、私は生きていても意味が無くな
っちゃったの。だから、皆いっぺんに終わらせるの」
「何を、終わらせるんだい?」
「皆よ。私達が関わってきた人みんな。私が知っている人は皆私達と一緒に消え
るの」
 何故だ?何故。何故こんなことになってしまったんだ?
 世界の終焉。それは僕が望んだ事。
 僕が、彼女に教えてしまった、存在してはならなかった思想。
 情報の海の中に紛れ込んだ憎しみ、憎悪、破壊、終末。
「長瀬ちゃんが教えてくれた。だけど、長瀬ちゃんが悪いんじゃないよ。心を読
んだ私が悪いの」
 彼女は優しかった。
 せめて少しでも僕を責めてくれれば、僕は彼女を憎めるのに。
 胸を張って、止めさせる事が出来るのに。
「ありがとう、長瀬ちゃん。終わりに出来るね、やっと。」
「間違ってる。間違ってるよ、瑠璃子さん!」
 それでも僕は言った。言う資格もないのに、言った。
「電波は破壊の手段じゃない!他人と通じ合う手段じゃないのか!?」
 この、おためごかしの偽善者め!
 僕は自分を罵りつつも彼女を見つめていた。挑むように。
 か弱い彼女に向かって。
「じゃあ、何で…もっと早く気付いてくれなかったの?ずっと…呼びかけてたの  
に…今更ずるいよ、長瀬ちゃん…」
 瑠璃子さんの一言は、僕の心を裂いた。
 そうだ。呼ばれたことに気付いたのに、反応してやらなかったのは僕だ。あの時
彼女に答えていれば、こんなことにはならなかったんだ。
 僕は、彼女に言う言葉もなく黙り込む。
 彼女はそんな僕を静視しながら、手を掲げた。
「これ、何か解る?」
 何もない。そう見えるが、実はある。
 見慣れた物体だ。
 僕の、破壊爆弾。
 幻覚の中で電波の扱い方と引き換えに彼女が持って行った、憎悪の結晶。
 道理で威力が弱いはずだった。
「お兄ちゃん達を殺して、生き残るなんて…ずるいよね?」
 やはり、ライト係を操ってライトを落とさせたのも、太田さんのコントロールを
弱めたのも彼女だった。
「待って!じゃあなんで中和された空間を作ったんだ!沙織ちゃんを助けてあげ
るためじゃなかったのか!?」
 僕の叫びに瑠璃子さんは首を振る。
「あの人が死んだら、お兄ちゃんと闘ってくれないと思ったから。それだけだよ」
 嘘だ。そう信じたかった。
 彼女は、僕だ。破壊への憧れを抱く、かつての僕だ。
 真っ白な彼女が僕に汚されるなんて、嘘に決まっていた。
「私は…真っ白なんかじゃなかったよ」
 心を読んだように…実際読んだかもしれないが、どうだっていい…彼女は言った。
「さよなら、長瀬ちゃん」
 彼女はフェンスの傍まで走ると、爆弾を握った手を高く掲げ直した…。
 その時沙織ちゃんが僕に微笑みかけていた。
 懐かしい匂いがした…。
 瑠璃子さんは胸に体当たりを食って吹っ飛ばされる…。
「守る人がいて、良かったね…」
 そんな声を聞き僕は顔を上げ… 
 フェンスが、脆くなったフェンスが落ちてゆくのを見…。
(ありがとう、長瀬ちゃん)
 そんな声を脳に感じて…。
 僕は絶叫した。

 沙織は足を引きずりながら屋上へと上がった。
 ライトの破片で足を切ったらしい。ひどく痛む。
 しかし彼女の心はまっすぐに屋上へ向かっていた。
 祐介は、穴の空いたフェンスの前で泣きじゃくっていた。
 沙織が来たことにも気がついていない。
 ゆっくりと祐介の肩を抱いた。
「どうしたの、祐くん。何で泣いてるの?」
「一人ぼっちに…一人ぼっちになってしまったんだ…」
 沙織は苦笑すると、祐介の上着に入っていたハンカチでその顔を拭いてやった。
「馬鹿ね、あたしが居るじゃない」
 祐介はわっと叫ぶと、沙織に抱き付いた。
「本当?本当に、一緒にいてくれる?居なくなったりしない?」
「当たり前じゃない。あたし達、心が繋がりあってるもの…」
 祐介は泣きながらも沙織の胸に顔を埋める。
 沙織は目を閉じて祐介を優しく抱き留めてやった。
 懐かしい香りがする、と祐介は思った…。
                               完

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 あとがき 
美加香(以下・み):な、長い!
ひなた(以下・ひ):6時から初めて10時までかかってます
み:ひなたさん、長い割には面白くないですねぇ
ひ:ゲストキャラの分際で生意気な奴ですね。いいんですよ、これで
み:感動出来ませんね、これじゃ
ひ:瑠璃子ファンの人、ごめんなさーい!
み:沙織びいきですけど、何か思い入れでも?   
ひ:雀鬼から東鳩で一番好きな女性キャラです
み:マルチは?あんだけ前の二作で出してましたけど
ひ:実は葵の方が好きです。(ゆきさんごめんなさい!)頑張れ「葵日記」!
み:あんまり好きじゃないから「出で、優るもの」ですか?
ひ:ああ、皆に不評でしたね
み:私もあれはどうかとおもうんですけどぉ
ひ:実はあの作品はアナザーストーリーが存在します
み:ほう
ひ:とゆうか同じテーマで希望、です。「出で、優るもの」とは対になります
み:へええええ?ほんとですか?
ひ:当たり前。「NO!」だけなら誰にでも言えます。その続きが問題です
み:ゆきさん、安心してくださいね!ひなたさんは実はマルチも好きです
ひ:ついでにここでレスしよう。
    西山英志さん、最高です!師匠と呼ばせてください!
    久比野 彰さんずっと前からファンでした、デンパマン頑張って!…ところで
    何処かでお会いしましたか?富士見は一応目を通してます
    ゆきさん、マルチの魅力語ってくれてありがとうございました
    アルルさん、優しさはダークでも大事にしようと思ってます
み:よしよし。これでおわりかな?ところでひなたさん、私はレギュラーとか友達
    に吹いてた割に出ませんでしたね
ひ:何を言うか。しっかり出ている

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おまけ
 祐介たちが屋上で抱き合っている頃、体育館で一人の人物が目を覚ました。
「転入先の学校でいきなりこんなことになるなんて―」
 赤十字 美加香。作者の玩具である。
「雅史先輩いいいいいいぃぃぃ!必ずもどりますからねぇぇぇぇぇ!」
 美加香は吠えた。吠えて吠えて吠えまくった。
 何故かしっかり服は着ていた。
「お、女ああああああああ!」
 その声に痣だらけになった男子生徒が立ち上がり、背後から襲いかかる。
 美加香は黙ってその顔面に裏拳を叩き込んだ。
 再び沈黙する男子生徒。
「私のバージンは雅史先輩に捧げるのよおおおおおお!」
 再び吠える。
 赤十字 美加香。電波の嵐の中50人の生徒を沈めた女。
 実はUse Freeの雅史激ラブ少女である。
 彼女が、今、動きださんとしていた―。
                             続く!
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ひ:次回予告も完璧だ!
み:こんなのいやあああああああああ!
ひ:とゆう訳で次回は笑わせます!
み:マルチの続編はどうなったんですか!?
ひ:シリアスとギャグは交代でやる事にしたの
み:ふえええええええええええええん! 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 三作目。
 美加香、相方になる。この頃の彼女はまだ「下僕」でした。
 この作品のテーマは「優しさ」…「いたわり」とも読めます。
 優しさゆえに傷つきやすい祐介と瑠璃子の心と、
献身的な沙織の姿を描いています。