ETERNAL GUILT  投稿者:風見 ひなた
 彼女の振るう刀は月下の下でまばゆく輝く。
 刀が空気を震わせんばかりの唸りを上げる。
 腕力で音を立てているのではない。共鳴しているのだ。
 鬼気が刀からにじみ出て、敵の身体に強く巻き付く。
 仇なす者を葬り去らんと、その血を啜り食らおうと。
 いや、血を啜るというのは適当な表現ではない。
 刀が啜るのは敵の生き血などではない。
 魂。赤く燃える生命の灯火が消えんとする瞬間に肉体を離れる「本質なるもの」。
 刀が欲してやまないもの。
 死の予感に敵はその瞳に恐怖を浮かべる。
 だが彼はその指一本さえ、瞼さえも動かす事は許されない。
 より強き者の圧倒が彼の身体をきつく縛る。
 人を殺す「狩猟者」たる者が、細身の刀一本を構えた娘に気圧されている。
 ある意味滑稽だが、ある意味恐怖でもある。
 その事実は、彼女もまた鬼、そして彼を圧倒的に凌駕する力を備えている事を
示している。 
 彼女は冷徹な瞳で彼を見つめると、細く息を吐く。
「あなたのエルクゥを戴きます」
 刹那、彼女の姿は掻き消え、どさり、という音と共に姿を現わす。
 動かない鬼の生首を後に、少女は去って行く。
 その手に握られているのは蒼い光を放つ刀。
 「鬼」の武器。
 鬼を狩る為にのみ、存在する味方殺しの呪われた刀…。
 後に残るのは、もはや動かない同族の骸のみ…。
 
 彼女は独りだった。
 少なくとも、今は。
 かつてはそうではなかったのだ。
 彼女には姉妹が居た。
 いずれも彼女がもっとも愛を注いでいた者達だった。
 尊敬する男が居た。
 彼女は幼い頃はそれこそ彼を本当の兄弟であるかのように慕っていたものだ。
 両親が居た。
 彼らは彼女が思春期に入る頃には事故で焼死してしまった。
 だが、とても優しく、彼女は彼らを愛していた。
 両親が居なくなっても、彼女はきっとやっていけると信じていた。
 尊敬する男の親が、彼女たちを育ててくれた。
 彼女は家族を愛していた。
 何時までもこうやって日溜まりの中で生きていけると思っていた。

 あの日が来るまでは。

 彼女の目の前で妹が命を散らした。
 殺したのはあの男。
 彼女が最も信じていた男。
 血を分けた相手のように慕っていた男。
 密かに想いを寄せていた憧れの男。
「耕一さん…?」
 信じたくない思いに包まれながら、その時彼女は呟いた。
 河原で、鬼に覚醒した彼はそのまま妹の命を奪い…彼女を見た。
 じっと見詰める。
 しばしの沈黙と緊張。
 死を覚悟した彼女の前から、彼は姿を消した。
 追ってこい、と言うかのように。
 放心し、帰宅した彼女を待っていたのは残った姉妹の物言わぬ遺体。
 絶叫とともに芽生えるのは、狂気。

 その時からである…。
 彼女の身体の中に半覚醒のまま眠っていた力が目覚めたのは。
 男を追い、そして殺さんが為に彼女は生きる事となった。
 柏木耕一、彼をこの世から消す為にのみ彼女は存在する。

 彼女は一本の刀を持っている。
 蒼く輝く、アメジストのような輝きを放つ材質で出来た美しい刀だ。
 だが、その刀こそは彼女の家に伝わってきた呪われた刀。
 エルクゥの力を封じられ、エルクゥの動きを封じるために、エルクゥを狩る為
にこの刀は作られた。
 彼女は覚醒したとはいえ、とてもではないが耕一に勝つのは不可能であると思
われた。
 ずっと昔、まだ彼女たちが生粋のエルクゥだった頃にあれだけの力を奮った者
の転生だ。その力は彼女より純粋で、強力である。
 故に、この刀が必要だ。
 リネットが与えたこの刀でなら、耕一を狩る事も出来るかもしれない。
 しかし、その為には耕一を上回るだけの力を刀に封じる必要があった。
 刀に封じられた力は、エルクゥの力。
 その力を増大させる方法はただ一つ。
 エルクゥをこの刀で狩る事。

 家を出た彼女はもう何十体もエルクゥを狩ってきた。
 中には自らの正体に気付いていないものすらも居た。
 とにかく彼女は鬼の血を引くものを、もしくはエルクゥの転生であるものを狩
り続けてきた。
 自分が囮になっておびき寄せた事も幾度かある。
 身体に酷い傷を負い、現場から逃走するのがやっとになってしまった事もある。
 それでも彼女はエルクゥを、同族を狩り続けた。
 たった一人の男に復讐する為に。
 もはや自分のたった一つの生きがい、柏木耕一に償いをさせる為だけに。

 だが、もう彼女は狩り尽くした。
 この隆山市にどのぐらいのエルクゥが残っているだろう。
 刀は彼女にエルクゥの存在を教えてくれるが、感知できる数も減ってきている。
 あの事件からはやもう一年。
 持ち出してきた預金通帳にはまだ金は残っているので当面寝る場所に不自由は
しないが、家に帰らない目的が消えてしまったのでは何にもならない。
 柏木耕一は未だに柏木家で暮らしている。
 何とかして彼女は刀を強くしなければならないのだ。
 それでもなんとか刀は強くはなった。
 時代錯誤の辻斬りをした意味はあったようだ。
 だがまだ足りない。
 所詮は有象無象どもの魂、いくら積んでも雑魚は雑魚。
 決め手がいる。
 はるか昔、エルクゥであった頃に力を奮い、そしてもっとも強く血を受け継ぐ
者。
 誰がいる?
 柏木耕一に負けないくらい力も血も強い者は?

 その瞬間、彼女の頭の中にある人物の顔が浮かぶ。
 彼女は自らの思考に恐怖し、その悪魔じみた考えを頭から振り払おうとする。

 脳裏を「あの」光景がよぎった。
 なすすべもなく命を失って行く妹のあの次第に空ろになる瞳…。
 助けを呼ぶ事もなく力が消えて行く伸ばされた腕…。
 死すらなく、ただ虚無のみがあるその表情。

 彼女は決断した。

 月の光と共に彼女が庭に舞い下りたとき、梓は驚愕し…すぐにその表情は歓喜
へと変わる。
「…帰ってきたんだね?」
 梓は和服にもかかわらずばたばたと急いでこちらに寄ってきた。
 彼女はぎこちなく微笑んだまま梓の元へとゆっくりと歩いて行く。
 月の下で二人の影が重なる。
「…おかえり…おかえり、本当に…心配したんだから、ずっと待ってたんだか
ら…」
 梓はぼたぼたと涙をこぼしながら、彼女をしっかりと抱きしめていた。
「もう、どこにも行っちゃだめだよ…ここにいなけりゃだめだからね…」
 きつく、きつく。
 苦しいぐらいにきつく。
 愛が伝わってくるほどに、哀しいほどにきつく…。
 梓の鳴咽に震える肩が突然ぴたり、と止まる。
 代りにぽたりと地面に落ちる、血の雫。
 止まらない。
 梓はゆっくりと顔を上げると、両手で彼女の顔を挟み、にっこりと笑ってみせ
た。
 全て分かっている、というように笑って。
 背中から突き出す蒼い輝きを問いもせずに。
「あんたに殺されるなら、本望だね…」
 それだけ言って、
 死んだ。

 何故だろう。
 憎いあいつのたった一人の家族。
 憎いあいつによく似た女。
 こいつつさえいなければ、皆死なずにすんだのに。
 愛する理由もないのに、憎む理由ならあるのに。
 何故、涙がこぼれるんだろう。

「準備は整ったようだな」
 背後からの声に彼女は振り返った。
 耕一が不敵な笑いを浮かべて立っていた。
「くるがいい。決着を付けてやろう」

 雨月山の麓。
 彼女たちにもっとも縁が深い場所。
 鬼と化した耕一と、刀を構える彼女が相対する。
 耕一はふ、と笑った。
「次郎衛門とダリエリが戦い、決着を付けたのもここ。
 柏木 梓が踏み外したのもここ。
 俺達が決着を付けるのもここだ。…運命は存在する…そうは思わないか?」
 彼女は答えない。
 ただ静かに刀を構える手に握りやすく力を加えただけ。
 耕一は、いや、耕一だった鬼は再び笑う。

 勝負は一瞬の間に着いた。

 彼女の背中からは鋭い爪が生えている。
 耕一の胸板には、先端の数cmのみ刀が突き刺さっていた。
「今回はこれで終わりだな」
 耕一は静かに告げる。
「おまえを待っていたのに…残念だ。輪廻の先でまたまみえよう…」
 が、彼女は凄絶な笑みを浮かべていた。
「…いいえ、違うわ…」
 愉快で愉快でたまらない、といった表情。
「これで終わらせるのよ。永遠に、ね」
 彼女は血の気を失っていく顔で、言った。
 途端に刀が青白く閃光を発し始める。
 耕一は悟る。
 今、二人の命は繋がっている…
 彼女のエルクゥを殺せば、耕一のエルクゥとて無傷ではすまない。
(なるほど。そういう事か。何も持っていなければ…)
 耕一は何とか逃れようと刀を掴み、手後れを知る。
(…永遠の死など恐れる必要もないか…)
 表情から焦りが消えて安らかな表情になった。
 彼は今、安堵していた。

 彼女は既に命を失っていた。
 耕一はその顔を見詰める。
 自爆の一撃は結局耕一を葬る事はなかった。
 もう永遠に彼女は帰ってこない。
 刀にエルクゥを飲み込まれた。
 たとえ刀を破壊しようともはやエルクゥは帰らない。
 だが。
 刀のエネルギー量が一定なら…質の変化は、さほどの問題ではない。
 耕一は彼女の遺体を掴み上げると、その背に刀を当てた。
 一気に貫く。
 彼の背中から、刀が突き出ていた。
「…うらやましい事だ。私には待つ者は既にないが、おまえには存在している
のだな…」
 にやり、と笑うと…
 刀は再び輝いた。

「何故?何故、助けたの?」彼女は耕一の胸に抱かれながら聞いた。
 耕一は彼女を腕の中に収めたまま、笑いを絶やさずにいた。
「さて、何故だろうな…おまえに勝った時点で既に私の望みは終わってしまっ
ていたから、かな…?」
 ならば。
 それは、彼女の願いと同じ。
 彼女の、達成されると同時に消えて行く願いと同じ。
「輪廻の前で私はおまえに負けた…その雪辱を晴らす為、ただその為だけに私
は戦ったのかも知れん…おまえに勝った後、何も残らないというのに…」
「耕一さん…それは、私だって…」
 耕一はゆっくりと首を振った。
「違うな。おまえにはまだやり残している事がある…」
 彼女は哀しそうな眼で、耕一を見た。
 捨てられた子犬のような眼で。
「私は…何をするべきなんでしょう…」
 耕一の、冷笑。
「自分で、決めるがいい」
 耕一は空を見上げた。
 彼女はその胸の中で失われて行く耕一を感じていた。
 突然耕一は哄笑を上げる。
 驚いて彼女は耕一を見上げる。
「見える!見えるぞ!炎が!!」
 彼女は星空を見上げる。
 澄み切った空には、ただ冷たい輝きがあるばかりだ。
「見るがいい、あれを!あれこそが、私の命の炎だ!
やはり、思った通り…。私の炎は何よりも…美しい!!」
 彼女は耕一の胸で、泣いた。
 泣いても泣いても涙は止まる事はなかった。
 たくましいエルクゥの胸に涙をこすり付ける。
 突然抱きしめる耕一の腕。
 澄んだ音と共に砕け散る刀。
「梓母さん…あなたの償いは、今終わった!」
 それが…柏木耕一の最期の言葉だった。

 次郎衛門がダリエリと戦ったとき、彼には一人の仲間がいた。
 彼もまた、エルクゥとなり人間を守ろうと戦った。
 リネットは次郎衛門と彼に、一本ずつ仲間殺しの刀を与えた。
 その一本はエルクゥを長く封じ続け…もう一本は次郎衛門の仲間の家に代々伝
わってきた。
 彼女は、その刀を守る一族の娘だった。
 次郎衛門の子孫は柏木家となり、時が流れた。
 ある一人の青年が、自分の姪を力任せに奪った。
 姪は虚無の中で青年を殺す。
 狂った心で、姪は残された子供に名前を付ける。
 最も愛しい者の名。柏木耕一、と。
 彼女は、残酷だと思った。
 どうせ狂ってしまうのに…何故私には何も残らないのだろう。
 もう愛しい者は帰ってくる事はない。
 輪廻の先にも、永遠に。

 柏木家に帰り着いた彼女は、門の前で立ち止まった。
 もうこの中には誰もいない。
 姉妹達はとっくの昔に消えてしまった。
 梓母さんは私が殺してしまった。
 耕一さんは…もう、帰ってくる事はない。
 彼女はとうとう一人になった。
 刀はない。
 エルクゥを狩る事もない。
 これから先、彼女には何も残されてはいない。
「…もし」
 彼女は振り返った。
 絶句する。
 細身の少年が彼女を見つめ、微笑んでいた。
「泣いておられるのですか?」
 彼女は感じ取っていた。
 彼はエルクゥだ。
 そして、自分は昔から彼を知っている。
 はるかな昔から、ずっと。
「エディフェル…」
 彼女は、かみ締めるようにその名を呟いた。
 彼が生まれる、その前の人生の更にその前で使っていた名前。
 エディフェルだった少年は、彼女を優しく抱きとめてやった。
「お帰りなさい、耕一さん」

 夢の中で、耕一は思っていた。
 自分達の償いはこれから始まるのだ、と。
 ならば甘んじて受け入れよう。
 そしてそれを果たそう。
 彼と一緒に、次の時も、また次の時も永遠に償い続けよう。
 時が経ちすぎて自分達の存在が消えてしまう、その時まで。

 エルクゥは、いつまでもエルクゥ…
 そんな声が聞こえるような気がした。

                                完
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ひ:てなわけで「BLOODY BRIDE」完結でございます!
    「ええ?なにそれ、そんなの初めて見るよ!」という方、お手数ですが
    過去ログをご覧ください!
    一応今回は「優しさ」があるエンドにしてあります。
    どんなにダークでもこれだけは大事にしています。
み:………あれ?
    ひなたさん、立ち直ってる…
ひ:はははははは!どーんとこい!
み:昨日はあんなにボロボロだったじゃないですか!?
ひ:ふふん、僕の一番尊敬する西山師匠の作品のカタルシスにより僕は蘇った!
    もはや僕は昨日の僕ではない!
み:じゃあ実験!
    「所詮は自己満足の癖に何を偉そうな事を!」
ひ:馬鹿め!そんなもの他人を感動させる事が出来れば関係ない!
    いや、自分が納得できないものを書いて何がss使いか!
    片腹痛いわっ!
み:おおおおおおお!?開き直った…いえ、この高慢ちきな態度…見事に復活
    した!?
ひ:と・こ・ろ・で…昨日は落ち込んでる隙によくもいろいろと言ってくれまし
    たね?
み:ひっ!?

              ぐりぐりぐりぐり。(踏みにじってる)

ひ:これに懲りたら二度と作者に悪口などかまさないよーに
み:あああ、痛いけどなんだかひなたさんって感じ…☆
ひ:…マゾか、てめー…
    レス!
    世界で一番尊敬するss不敗こと西山師匠…

    ss書きとしての命が燃える限りあなたに付いていきます!
                        
    まさたさん…溶けるんだって、こういう事をされると僕は…(笑)
                キャラクターへの愛が込められた作品は…いいなあ
    ハイドライトさん…モーターを直接コンセントに突っ込んだ事があります。
                      でも生きてました。
                      モーターは壊れたけど(笑)
    久々野さん…いえ、これは「鬼畜シリーズ」です。
                鬼畜雅史から鬼畜猫、そして今回ときています。
                とりあえず続編は同じキャラではしないつもりですが、
                気が向けば書くかも知れません。
                あと、UMAさんにもいわれたのですが、あのセリオは先輩
                が混じってます。絶対に久々野さんのほうがうまいですよ。
   きたみちもどるさん…すみません、よく分からないんですが…続きますか?
   ゆきさん…パラサイトイブ…あの作品に関しては僕は何も言う事はありませ
             ん。いろんな意味で。
             でも恋愛小説、とは言えると思います。
   UMAさん…聞かれたので、この場を借りて言います。
               僕が辞典を作ったとき、人名なんかは入れないつもりでした。
               あと、ちょこっとLeafネタを混ぜるけど、あくまでそれは
               Leaf学園に共通するもののみ、ってことで。
               でも、もう僕の意志なんかは関係ないでしょう。
               やりたい人が好きなようにしてくれればいいんです。
               大体Lメモが好き勝手できるのにその副産物である辞典が制限
               を受けるのもおかしいですし。
               実際は「原案」の表記さえ要らないくらいです。
               僕が作ったときは「二次創作物」扱いされるような代物じゃあ
               りませんでした。
               それを読める形にしてくれたのは皆さんですから。
               …でも、最近ネタがマニアックかも。
               誰にでも判るネタで笑わせて欲しい、というのが火付け役の言
               葉です。                  
   Hi−Waitさん…いくら親しいからって他人をダシにして笑いをとろう
                       としてはいけませんよ。
み:以上…!
ひ:うーむ、それにしても本当に書いちゃったなあ…やらない、とか言っといて
み:相変わらず嘘吐きですね…
ひ:この分だとちびティーナもやるかも…
み:なんだかなあ…大体今回の話、ややこしくありませんか?
ひ:「耕一」がねえ…しかも楓ちゃんがアレだし。
    一応「B・B」を知っている人向けの叙述トリックのつもりだったんだけど。
み:なんでいちいちそんなもん使うんですか!?
ひ:僕はいつでも新しい事に挑戦してるんですよ!
み:相変わらずすっごく傍若無人…!
ひ:それが僕です!
    ええと、あと前回のラストで美加香が吐いた暴言ですが…
    忘れて下さい。僕は忘れました。(勝手)
み:では、「もしかして、私って危ない性癖の持ち主なの…?」赤十字美加香
    と!
ひ:「最近美加香がコントロールを失って恐い」風見 ひなたでした!