有を生むもの(前・中編同時掲載) 投稿者:風見 ひなた
 ブレードが破壊され、ティーナは舌打ちした。
 もっともこちらも向こうのブレードを砕いているので勝負は相打ち、といったとこ
ろだが。
 ブレードがなければシールドもまた無意味。
 ティナはシールドを投げつけると、その陰に隠れ一気に走り寄った。
 と、びりっとくる抵抗を感じてティーナは後ろに跳んだ。
「スタン・ミストを仕掛けるなんて粋な真似をしてくれますね!」
 大声で叫び…瞬間天井近く跳んでミストの中にバリアを張っている敵を狙い撃ちす
る。
 思惑通り敵の攻撃は自分が今まで居た下方に飛び、こちらの攻撃は油断した敵にも
ろにヒットする。
(いけるか!?)
 ティナは収まったスタン・ミストのフィールド内に侵入すると、敵を目指して一気
に突き進んだ。
 驚愕する敵の顔が見える。ティーナの心が痛んだ。
「ごめんなさい!」
 そう言いながら高圧電流を接触放射しようとティーナは高速の拳を繰り出し…。
『タイムワープ作動を確認!』
 突然降って湧いたオペレ−ティングがティーナの動きを押しとどめた。
「そ、そんな!あと少しだったのに!?」
 すっくと敵が立ちあがり、嘲笑の笑みを見せる。
「残念だったわね、ティーナ!私の勝ちよ!」
 地面が輝き始める。
 いや、地面に描かれた文様が輝いている。
『ルーティ!作戦遂行を祈る!』
「了解しました!」
 もうちょっとだった。
 あと一息でプロジェクトを阻止できたものを!
 ティーナは祈りをささげながら魔法陣に入り込んだ。
 祈りを捧げるべき相手はただ一人。
(浩之さん…守ってみせますから…)
 彼女にとって最も長い半日が始まろうとしていた。

 六月の気候は気分を滅入らせる。
 藤田 浩之は雨の降りしきる校庭を眺めていた。
 色とりどりの傘が見える。下校する生徒たちだ。
 今日は土曜なので授業は昼までで終わりである。
「ひろゆきちゃん、帰ろ」と神岸あかりは声をかけた。
 浩之は校庭を眺めていた。
 だが、その心はここにはない。
 彼の心は過去で止まっている。もしくは、いまだ来らない未来にある。
 あかりは顔を曇らせると、もう一度呼んだ。
「ひろゆきちゃん」
「おう、あかり!」今度は元気よく振り向いた。
 そしてあかりの顔を見ると、苦笑する。
「おいおい、何だ迷子の小犬みたいな顔して?こんな天気だからこそ元気よくいかな
くっちゃな!」
「う、うん。そうだね!」
 あかりは明るい笑みを返しながら、ちらりと思った。
(迷子のわんちゃんか…ぴったりな表現だね…)

 二人は下駄箱に上履きを入れると、校庭に目をむけた。
「げ、雨が降ってやがる…まずったな、傘持ってきてねーや」と浩之がぼやく。
(こんなこと、言うはずがないよね…)そうあかりは思う。
 言うはずがないのだ。先ほどまで校庭を見ていた浩之が。
(ひろゆきちゃんは、一体何を見ていたんだろう…)
 あかりはまた浩之が自分から遠くなってしまった、と思った。
 このところずっとそうなのだ。
 修学旅行が始まる以前から浩之はずっとここには居ない。
 何か、別の時を見ているのだ。
「ひろゆきちゃん、はい」
 あかりが傘を浩之とは反対の方向に傾けてやる。
「おっ、サンキュな、あかり」と浩之は頭をかがめて傘に入り込んだ。
「ひろゆきちゃあん!ちゃんと持ってよう!」とあかりはバランスを崩してよろけ
る。
 傍目には恋人同士のように見えるだろう。
 そうあってほしい、とあかりは思う。
 だが、そうはいかない。浩之はここに居ながら、ここでない場所に行こうとしてい
る。
 そこがどこなのかはあかりは知らない。
 ただ、浩之が目を離したら居なくなってしまいそうで、あかりはそれが恐かった。
「ひろゆきちゃん、昔…風船とってくれたことあったよね」とあかりは話し掛け
た。
「んなこともあったけな…俺が木登りしたやつだろ?」とあかりのほうを見ず浩之は
答える。
「うん、そう」
 子供のころ、あかりがうっかり風船から手を放してしまったことがあった。
 その時は浩之が公園で一番高い枝に登って、枝に絡まっている風船をとってきてく
れた。
 子供心に嬉しかったのを覚えている。その時は、浩之が居てくれれば安心だ、と
思っていた。あの頃はそれでよかった。
(でも、ひろゆきちゃん自身が飛んでいっちゃったら…どうすればいいんだろう?)
 浩之は今でこそ自分の傍に居てくれる。だが、これからはそうもいかない。
 高校生である浩之は、翼を持たない。どこへも行けない。
 だが、それもあと一年半だ。大学生になったとき二人は違う大学に行くことになる
かもしれない。浩之が日本に居る、という保証すらない。よしんば同じ大学に行け
たって時間割が違うかもしれない。今みたいに、一緒に帰れる時間だって….
 いや、今でさえ朝一緒に登校していないではないか。
 最近浩之はあかりが呼びに行っても出てこない。寝ているのではない。あかりが来
る頃にはもう家を出てしまっているのだ。
 まるで、あかりを避けるように。
 そう、避ける「ように」。
 あかりは浩之を失いたくないと思う。
 昔からの大事な友達だから。
 それ以上の何かだから。
(私にとって、ひろゆきちゃんは何なんだろう?)あかりは自問する。
 あかりはまだその答えを見つけられていない。
(ひろゆきちゃんにとって私は何なんだろう?)
 見つけねばならない答えなのに、まだ見つけられない。
 自分は浩之をどうしたいのか。浩之は自分の何であるのか。
 そして、どうありたいのか。
 (私は…)
「あかり」
「ひゃっ!」あかりは突然声をかけられ我に返った。
 気がつけばT字路に立っていた。登下校で馴染んだ場所だ。
 真っ直ぐ行けば浩之の家に、左に曲がればあかりの家に続く。
「傘、サンキュな。じゃ、俺こっから走って帰るから」
「ひろゆきちゃん、濡れちゃうよ」
「いいのいいの!どうせ走って一分もないんだから!」
 そう言い残して浩之は背を向けた。
 その時、あかりはなんだか嫌な予感がした。
 このまま放っておくと、浩之に二度と遭えなくなりそうな、そんな予感。
 あかりは思わず
「待って!」と叫んでいた。
 傘から飛び出そうとした浩之が立ち止まる。
 そして、驚いた顔をして振りかえった。
 驚いたのはあかり本人も同じである。
 自分でもあんなに大きな声になるとは思ってもみなかったのだ。
 一瞬見詰め合って、浩之は苦笑した。
「なんだよ、俺と離れるのが寂しいのか?」と。
「うん」
 あかりはお茶を濁させなかった。
「私、送っていく…送っていかせて?」と浩之の目を見詰めたまま、言った。
 気まずい空気の中を二人は相合傘で歩いていった。

「じゃな、あかり」と浩之は玄関のノブに手を懸ける。
「浩之ちゃん、今日は小母様達は留守なんでしょ?…ご飯、作りに行ってあげよう
か?」とあかりが呼び止める。
 浩之の動きは玄関に触れたまま止まる。
 実際には十秒もなかったろうが、あかりは永くそこに居た気がした。
 自分と浩之が過ごしてきた共通の時間の分、全てが過ぎ去るまで。
「やっぱいいや、あかり姫、いろいろ苦労懸けます!」といつもどおり軽い調子で言ってから…俄に、まじめな表情になる。
「いつも…ホントに、ありがとな…あかり」
 (何で)
 あかりは歯噛みする。
 口に出た。
「何で…そんなに改まるの?もう、遭えないみたいじゃない」
 浩之は虚を衝かれたような表情になって、無言で…ドアを閉めた。

 あかりは浩之が家の中に入っていってからも、降りしきる雨の中独り立ち尽くして
いた。

 浩之は学生服のままベッドに寝転がった。
(マルチ…)
 一人の少女の名が頭に浮かぶ。
(私の妹が出たら買ってあげてくださいね)
 あの時マルチはああ言った。
「違うんだ、マルチ。違うんだよ…おまえじゃなきゃ、だめなんだ…」浩之は独り
呟いた。
 マルチの妹。それを買ったところでマルチが話し掛けてくれるわけでもない。
 掃除好きで、お人好しで、元気がよくて、泣き虫で、優しいマルチ。
 あのマルチはもういない。来栖川重工の研究データになった。
 妹。心のない、プログラムで思考する人形。
 所詮は代替物にしか過ぎないのだ。
 ならば…代替は人間でもよいのではないだろうか?
 例えば、神岸 あかり。
(馬鹿な!)
 浩之は心の中で叫んだ。
(あかりはあかりだ。誰の代りでもない、たった一人しかいない!誰かの代りに愛
するなんてこと…あってはならない)
 ならば、自分にとってあかりは何か?
 浩之は考えてはならないような気がした。
 考えてしまうと、マルチへの思いに嘘をついてしまうような気がした。
(だけど、俺はあかりにも嘘をついている…)
 あかりの気持ちにはもう気付いている。
 だがそれには答えられない。
(俺は…マルチ…おまえが…?)
 やがて浩之は…考えることを放棄し、眠りに就いた。
 時計は六月二十日午後一時を指している。

 浩之が眠った後、数時間が経った。人影が部屋のドアを開く。
 彼女は浩之の寝顔を伺い、微かに笑った。
「浩之さん、お守りしに参りました…」

 浩之は夢を見た。
 自分とあかりとマルチとで平穏に暮らしている夢。
 何時でもそこにある風景、手の届くところにある日常、代わり映えのしない日溜ま
りの中の暮らし。
 たわいのないありふれた夢。
 しかし浩之は何故か涙を流していた…。

「浩之さん、悲しい夢でもご覧になられたのですか?」
 そんな優しい声で…浩之は目を覚ました。
 ここしばらく溜まっていた疲れが取れたような気がする。
 まだ定まらない視界に入ってくるのは、見慣れた自分の部屋…ではない。
 一ヶ月「整理」の「せ」の字もなかった部屋は奇麗に片づけられている。
 薄く埃を被っていた家具も表面が輝きを放つほど磨かれていた。
 少し視界が戻る。
 その時になってようやく浩之は部屋の入り口に人影が立ち尽くしていることに気が
付いた。
「…誰?」
 疑問を受け、人影はゆっくりとこちらにやってきた。
 暗い部屋の中だが、その人影がうっすらと笑ったのは分かった。
 人影は深々とお辞儀する。
「はじめまして、浩之さん。私は来栖川HMシリーズ712型マルティーナ。
ティーナとお呼びください」
 完全に視界が戻り、浩之は思わず呟きを洩らした。
「マルチ!?」
 ティーナは浩之の叫びの意味が分かっているのかいないのか、にこやかに微笑ん
だ。
 いや…マルチではない。全然似ていない。
 マルチのような純真無垢な笑顔ではない。緑色の髪は腰まである。耳のセンサーが
ない。何よりあの幼さがない。目の前の少女はより浩之の年齢にふさわしい容姿を
している。
 しかし、その理性の光が灯るカメラ・アイは明らかにティーナがマルチと同じ「心
を持つ」アンドロイドであることを示していた。
「君は、誰だ?どこからはいったんだ?」
 いくら寝起きの頭でもこの家の中に今自分以外の者がいるわけがない、ということ
は理解できる。両親は明日の晩にならないと帰ってこないはずだ。
「その問いにお答えする前にやらねばならないことがあります」とティーナは真っ
直ぐに浩之の顔を見詰めながら言った。
 ぺたぺたとスリッパを鳴らしながら彼女はベッドで呆然とする浩之に近づく。
 そしてその腕をしっかりとつかむと、ゆっくりと言った。
「夕御飯のお買い物に出かけましょう」
「は?」
 ティーナは構わずぐいぐいと浩之を引っ張った。
 呆気に取られる浩之が「ち、ちょっと!?とりあえず制服ぐらいは…」
「もう着替えさせていただきました!」
 驚いて浩之が自分の着ている物を見ると、それは自分が結構気に入っている普段着
だった。
(おいおい、かってに着替えさせたのかよ!?)
 などと聞く間もなく…浩之はティーナは引っ張られていった。
 時計は午後四時を指していた。

「さあ、今日は腕を奮いますから!」とティーナは明るく言ったが、浩之はむすっと
していた。
 どういうつもりだ、こいつは?
 浩之にはいきなり見知らぬメイドロボに上がり込まれて、買い物に付き合わされ
る理由などさっぱり心当たりがなかった。…当然のことではあるが。
「おまえ、何を考えてるんだ?」と浩之は半目で言った。
「やっぱり気に入られませんでしたか?」とティーナは舌を出した。
「気に入るとかどーとかそーゆー問題じゃねーだろ?」
 浩之は不機嫌だった。
 別にティーナが自分の世話をするのが気に入らない、というわけではない。むし
ろくすぐったかったが楽しくさえあった。
 その楽しさが問題なのだ。浩之は、マルチを思い出させる彼女の存在が神経を逆な
でされるようで、戸惑いと同時に不条理な怒りを感じていた。その怒りは自分に向
けられている。
「おまえ、いったいなんなんだよ?」
 ティーナは少し顔を顰めると、息を付いた。
「それではご説明いたします…人間と、私たちの戦いを」

 来栖川HMシリーズに端を発したアンドロイド産業だが、アンドロイドは今、この
現在ですらその存在を疑問視する者は数多くいるという。本来は家事用アンドロイ
ドとして生産されたが、プログラムさえ書き換えれば彼女たちは優秀な戦士になり
得る。もちろん来栖川を初めとするメーカーは彼女たちを軍事利用することがない
よう、犯罪に使用できないよう協定を結んでいた。だが、優秀なハッカーの手にか
かればプログラムの書き換えなど簡単なことであった。
 日増しに改造アンドロイドによる犯罪が増える中、ついに最悪の事態が起こる。
 某国の大統領が暗殺仕様に改造されたアンドロイドに、演説中に殺害されてしまっ
たのである。
 この事件により一時期アンドロイドはA級取り締まり対象物となり、生産は中止さ
れる。
 だが事態は更に悪化の方向へと進む。
 来栖川のライバル会社が大国と結託、アンドロイド兵士を作成する。
 当然来栖川は「平和維持」を旗印に国連にアンドロイド兵を提供、そして第三次世
界大戦が勃発する。
 荒廃する世界。疲弊した民衆達。そこにもたらされる恐るべきニュース。
 軍事アンドロイドを生産したライバル社の「頭脳」、それは来栖川から脱走した一
体の試作アンドロイド。「心を持つ機体」であった。彼女は激増する人口に対する措置として「まびき」を企んだ「狂える」アンドロイドであった。
 民衆達は恐怖した。自分達は自らの作り出した人形に躍らされて、互いに殺しあっ
てしまったのだから。
 アンドロイドたちは人類の輪から排斥された…。
 彼女たちを愛する来栖川の技師達は考えた。
 何故こんなことに?どうしてアンドロイド達は排斥されねばならなかったのか?
 「心を持つ機体」、最初の「心プログラム」を搭載したアンドロイド、マルチ。
 あの狂える機体も所詮は「心プログラム」のコピーのなれの果てなのだ。
 「心プログラム」さえなければ、マルチさえいなければ我々はアンドロイドを消さ
なくてすんだのに!
 そして彼らは一つのプロジェクトを立てる。
 「藤田浩之暗殺計画」….

「まて、どうしてそこで俺が出てくるんだ?」と浩之は疑問を差し挟んだ。
 上の話は確かに驚くべきものだが、どこにも浩之の出てくる余地はないはずだ。
「それは、あなたがマルチの受取人だからです」と視線をまったく逸らさずティーナは答えた。
 浩之が意味が分からず目をしばたかせていると、ティーナは失言だった、というよ
うに顔を顰めてから続けた。
「マルチ試作機は学習データをコピーされてからその姿を記録から消します。ま
た、現時点で『心プログラム』は長瀬主任の手により廃棄され、復元は不可能に
なっています…プログラムが残っているのは唯一マルチ試作機の中のみ…」
「それじゃあマルチはもう戻ってこないのか!?」
 浩之は目の前が真っ暗になるのを感じた。
 もはやマルチはこの世に存在していない…。
「だから、あなたはマルチの受取人と申し上げたではありませんか」とティーナは
優しげな笑みを浮かべながら言った。
「マルチ試作機はどこをどう回ってきた物やら…三年後あなたの手元にやってくる
のです」
「ホントか!?」と思わず浩之は身を乗り出した。「ホントにマルチは俺のところに
帰ってくるんだな!?」
 ティーナは満面の笑みを浮かべ、肯いた。
「やったああ!」浩之は飛び上がって歓喜の声を上げた。
 それを幸せそうに見つめながら、ティーナはゆっくりと席を立つ。
「ですから、あなたを殺せばマルチ試作機は行方知れずとなり、時代の闇に葬られ
ることになるわけです」
 説明を続けながら椅子にかけてあったエプロンを身に着け、浩之に背を向ける…。
「ちょっと待てよ、ところでおまえ達一体どうやってこの時代にきたんだ?」
 浩之の疑問にティーナは振り返った。
「ああ、それは来栖川に代々伝わる封印の間の魔法陣から時間を超えてきたんで
す」
「封印の間?」
「ええ、その魔法陣が描かれた時間に行くことができる魔法がかけられています。
もっとも魔法は心を持つ者とその所持品にしか効果がないし、半日しか過去にはい
られませんけどね」
 浩之はぽん、と手を打った。
「じゃあ今日の午後…」
「三時にこの付近に参りましたので、明日の午前三時まであなたを守り切れば私た
ちの勝ちとなります」と、詰まった浩之に代わってティーナはフォローを入れた。
「本当はこの時代に来る前に敵を撃破するつもりだったのですが…」
 と、そこまで言ってからまたティーナは失言に気付いた。
「…なあ、その魔法陣描いたのってもしかして…」
「お察しのとおり、来栖川芹香さんです…」とばつが悪そうにティーナは言った。
 さすがに芹香のことをあしざまに言うようで気が引けたのだろう。
 芹香本人もまさか自分の魔術が浩之の命の危機を招くとは思ってもいなかったのだろう…当然ながら。
 キッチンに向かおうとするその後ろ姿に向かって浩之は質問を続けた。
「ところで、『敵』のほうは未来の来栖川のスタッフが送り込んだんだろ?じゃあ
おまえは誰の命令で送り込まれたんだ?」
 ティーナの足が止まる。
 その目からは余裕が消え、虚を衝かれた面持ちだ。
 浩之は気付かず、さらに言った。
「それに、どうして来栖川にプログラムが残ってないんだ?必要ないとはいえバック
アップをとるのは当然じゃねーのか?それからおまえもマルチのコピーの末裔なんだ
ろ?なんでマルチのプログラムがまた来栖川に戻ったんだ?」
 ティーナは下を向き、唇を噛んでいたが…やがて向き直り、ぎこちなく笑いなが
ら応えた。
「いずれ…分かることです。分からなくたって…問題はありません」
 浩之は追求しなかった。
 時計は午後六時を指していた。
 
                     「鬼畜戦隊エルクゥガー」

 ミカカ将軍は部下をすべて失い、エルクゥガー達に追いつめられた…。
「追いつめたぞ紅のミカカ!今日こそ年貢の納め時だ!」
「くっ…先輩さえいらっしゃれば貴様らなど!」ミカカが悔しそうに叫んだとき、突
然画面に華麗な空中三回転のカットが割り込んできた!
 エルクゥガー達が驚愕する中、彼はぶみっ!という音を立て奇麗に着地した。
 彼はマントをなびかせると高らかに笑った。
「ふっふっふ、君たちが巷で噂のエルクゥガーかい…」
「き、貴様は一体!?」とリーダーの耕一がびしっ!と指を突き出した。
 男は冷笑を浮かべるとくすくすと笑った。
「僕は黒のマーサス!先発隊は全滅させられたようだが、僕はそうは行かないよ…」
「全滅じゃないですぅ〜」
 マーサスは足元からの声を無視して…とゆーか無視している振りをしてぐりぐりと
ミカカの頭に靴のかかとをめり込ませながらエルクゥガー達をねめつけた。
「は、初音ちゃん、攻撃だ!」と焦った声で耕一が叫ぶ。
 初音は背中に手をやると、静かに呼吸を始めた。CG着色された光弾が生まれ、輝
き始める。
「おたまストライクー!」
 初音は必殺技の名前を叫びつつ光弾を放った。
 マーサスはにやり、と笑う…。
「非道シールド!」
「みぎゃ!?」
 かきーん!という音がして、光弾は消え失せた。
「これが絶対無敵の防御壁、非道シールドだ!」とマーサスが笑った。
 そう言いつつ額からだくだくと血を流すミカカを投げ捨てる。
『ちょっと待て』とエルクゥガー達全員が突っ込んだ。
「お、おまえ…人間として恥ずかしくないか…?」と代表して耕一が聞いた。
 だがマーサスは胸を張りマントをなびかせ、笑った。
「ふん!動物は群れのため個を犠牲にするが、人間は理性のため他を傷つけても自
分を守る!すなわち、僕は今ある意味すっごく人間らしいのだ!」
 説得力があるようで実は何の答えにもなっていない答えに、エルクゥガー達は反論
できなかった。
「ひ、非道シールド…なんて恐ろしい技なの!?」と千鶴があとじさる。
「そんな理論展開できるあの人の方が恐ろしいような気も」と楓が冷静にツッコん
だ。
「ってゆーかおまえ、テレビの前のよい子が真似したらどーする気だ!?」と梓が指
を突きつける。
 マーサスはマントを今までになく大きくはためかせ、言った。
「ならば僕に勝ってみせろ!勝ったもんこそ正義、つまりよい子のお手本!」
「その心意気やよし!いくぞおおおおおおお!」
 エルクゥガー五人とミカカをぶん回すマーサスが正面からぶつか…
「あ、エルクゥガーやってますね」

 ティーナの声に浩之はテレビから目を離した。
「私、昔これが好きでずっと見てたんですよね」とティーナが笑いながら言った。
 「鬼畜戦隊エルクゥガー」とは、美加香という少女が何の因果か悪の秘密結社にに
入れられ、先輩に苛められながら果敢に「エルクゥガー」という戦隊に向かって行
く、少女の不幸と成長を描いた感動的戦隊シリーズである。
「この番組、未来にもあったのか?」とびっくりして浩之が聞いた。
 ティーナは一瞬動きを止めたが、すぐに肯いた。
「え、ええ。古典名作です」
 浩之は怪訝な顔をしつつふーん、と相槌を打っておいた。
「それより、御飯ですよ。テレビを消してください」
「へいへい…」
       
 夕食はミートスパゲッティとシーフードサラダだった。
 自分で作ってみた、というティーナに賛辞を贈りつつ、浩之は思っていた。
(やっぱりこの子はマルチじゃないんだ…)
「ちょっと煮すぎちゃいました」とティーナが頭を掻いた。
「そうなのか?めちゃめちゃ美味いぞ、これ」とスパゲッティをくるくるとフォー
クに巻き付けながら浩之は言った。
「ええ、ちゃんと料理してあげないと食べ物さんに申し訳ないですね」
 そう言いつつも賛辞に照れたように笑うティーナの顔は、あの日掃除を誉められた
ときのマルチの笑顔とダブって見え…浩之はどきっとした。
「どうかしました?」と自分の顔を凝視する浩之に、ティーナは聞いた。
「あ、いや、なんでもねーんだ!」と慌てて浩之はサラダを口に詰め込む。
 しばし食事に専念して、浩之は食後のお茶を啜った。
「しかしティーナ、おまえいい事言うな」
「え?」きょとんとしてティーナは聞き返した。
「ほら、ちゃんと料理してあげないと…ってやつ」
 ティーナは苦笑した。
「ああ、あれは受け売りです」
「受け売り?誰の?」
 ティーナはにこっと笑った。少し愉快そうに。
「私の、ご主人様だった方がよくおっしゃっておられました」
「ティーナ、昔誰かに使われてたのか?」と浩之は驚いて聞いた。
 自分を守る、なんてターミネーターそのまんまな事を言うので、初めっから戦闘用
仕様だったのかと思っていたのだ。
 ティーナはふと遠い目をした。
「ええ、とてもお優しいご家族でした…私のことも本当の家族のように思ってくだ
さって…」
 浩之は、これ以上は立ち入ってはいけないと思った。
 その思い出はティーナの聖域だからだ。
 時計は午後六時を指していた。

 あかりは公園に一人ぼっちでいた。
 雨は降っていないものの、陽が出ていた訳ではないので辺りは暗い。
 ブランコを独りこいでいると、なんとも言えないさみしさが被さってくる。
「ひろゆきちゃん…」ともう何百回繰り返したかもしれない名前を呼ぶ。
 昔…この公園でかくれんぼをしたことがあった。
 浩之は…やっぱり最後には出てきてくれた。
 中学のときも浩之はいったんは遠ざかるように距離を置いてしまったが…結局は
戻ってきてくれた。
 どんな時も浩之が自分の前から居なくなってしまうときには、それでもまたすぐに
遭える、という予感がしていた。
 今回はそれがない。このまま浩之は永遠に帰ってきてくれないような、そんな予感
だけがする。
 結局自分には浩之と一緒に居てあげることができないのだろうか。
 浩之と一緒に居てもらうことができないんだろうか。
(自分勝手よね、私。ひろゆきちゃんは私の所有物じゃないもの…)
 あかりの考えは、彼女自身を奈落の縁へと追い込んで行く。
「あ」
 ふと気付いた。
 私達がかくれんぼした木も、浩之ちゃんが風船を取ってきてくれた木も同じだった
んだ。
 そんな取り止めのないことを考えなければ耐えられない。無意識のうちにそう思っ
て、あかりは呟いていた。
 この公園に居れば、ひろゆきちゃんはまた見つけてくれるだろうか…?

 睡眠をとる、と言ってベッドに横になったティーナを、浩之はため息を吐きながら
見守っていた。
「寝つきのいいやつだなあ…」
 横になって五分で寝息を立てる奴など初めて見た。
 というより、アンドロイドが普通に眠るとは思わなかった。
 マルチも睡眠に似た状態に陥ったが、あれは充電であり純粋な物ではない。
 それとも、魔術で運ばれて精神にダメージを食ったのだろうか。
 この理屈なら精神の修復のため頭を休ませている、と考えられる。
「ロボットにゃみえねーよな…」と浩之は呟いた。
 マルチですら人間とほとんど変わりなく見えるのに、その後継機にあたるティーナ
はまるで人間そのものである。技術の進歩って、たいしたもんだ。自分がマルチが
最新型だと知っていたからティーナがオーバーテクノロジーの産物だと分かったものの、そうでなければとてもじゃないが未来からきたなんて信じられなかったろう。
「あと八時間か…」
 そう呟きながら、浩之は自分がティーナに懐かしいような何かを感じていることに
気が付いた。
(マルチ?)
 いや、違う。それよりずっと昔から知って居るような、そんな匂い。
(なんだっけ…?)
 考えるうちに浩之は眠りの縁へと引き込まれて行った。
 時計は午後七時を指している。

 ティーナは眠っていなかった。
 仮死状態に陥ることで意識を拡大し、情報を探っていたのだ。
(見えた)
 突然深淵の闇が開ける。
 その彼方に居るのは….
 ティーナだった。
 彼女自身と同じ顔をしたそれは、こちらに気付きこちらをじっと見ていた。
(来なさい、姉さん…)
 私が…
(私が浩之さんを守ってみせる…)

「見られているな」とルーティは独りごちた。
  センサーはティーナからの探知を知らせている。
  自分の動きを探っているようだが…笑止。何の役にも立たない。
 手の内が見えても止められないこともある。
「なあ、おまえ達もそう思うだろう?」
 そうルーティは背後に呼びかけた。
 返答はない。だが、ルーティには分かっている。言葉に出す必要すらないが故
に、彼女らは声を出さない。
 彼女たちの声はルーティに直接届いていた。
(…是)
 ルーティは喉の奥でくく、と低く笑うと破壊された壁を通して深淵の闇を見詰
めた。
 そのカメラ・アイは周囲の状況を知らせてはいない。
 彼女は人間のように、遠いところにある何かを静かに眺めていた。
(ティーナ、マール。おまえ達との決着はもうすぐ付く。
我々は人と共存できるのか、人を排除しなければならないのか、我々が消えるべ
きなのか…)
 ルーティは呼びかける。
 返事はない。
 愚かな感傷を…。
 ただそんな声だけがすぐ背後から聞こえてくる。
 ルーティはまた小さく笑うと…闇の中に身を投じた。

 長瀬は自分の研究プラントをじっとみおろしていた。
 視察用の窓からは研究員達の姿がよく見える。
 ある者は一心不乱にコンピューターを叩き、またある者は試験用の機体を整備
し、或いは性能テストの結果をまとめている。
 どこを見渡しても来栖川のロゴ入りの作業着を着た者の中で仕事に打ち込んで
いない者はない。
 だが、長瀬の眼は自分の部下達ではなく、一体の機体に注がれていた。
「長瀬君、ここに居たのか」とそんな長瀬に声がかけられる。
 長瀬はちらりとそちらを見た。
 すらりとした老人が長瀬に歩み寄ってきていた。
「会長ですか…」と長瀬は小さな声で呟き、最敬礼した。
 そしてまた階下を見下ろす。
 会長はわずかにため息を洩らすと、長瀬に話し掛けた。
「…まだ私を恨んでいるのか?」
 長瀬は答えない。ただ黙って階下を見下ろしつづけている。
「開発者としての君の気持ちも分からなくはないが…」
 その言葉に長瀬の眉がぴくりと動く。が、やはり黙ったままだ。
「私たちの仕事はあくまで新たな労働力の創造だ。その経過で偶然発見したもの
に関わっているほどの時間はない」
 やはり長瀬は何も言わないままだ。
 だが、その瞳に宿る意志を見て、会長は目を閉じた。
「…わかった。君と話し合おう」
 長瀬はようやく会長のほうを向いた。
 会長は長瀬をまっすぐに見詰めた。
「さっき言ったことは建前だ。私の本心は別にある…。私は人間として、断じて
あれを世に出してはいけないと思う。だから、永久廃棄した」
「それがあの子を破棄した言い訳ですか」と長瀬は会長を睨み付けた。
 その視線に気おされず、会長はじっと長瀬を見続ける。
「言い訳ではない、正当な理由だ。あれは我々を駆逐する可能性を秘めている。
やはり心プログラムは危険過ぎるのだ」と会長は断言した。
「だからといってマルチを殺す理由にはならない!」長瀬は激昂した様子で叫ん
だ。「あの子は生きていた!私たちと同じだったんだ!」
「それが危険なのだ!」と会長は強い口調で反論した。「HMは人間より優れた
性能を持っている!それに心が加われば、連中は我々を凌駕する者なってしま
う!」
 二人はにらみ合った。
 だが、所詮は長瀬は来栖川の人間、雇われている側なのだ。会長の決定は絶対
を意味する。
「…プログラムは永遠に復活させない。文句はいわせんぞ?」
 その言葉に長瀬はうなだれた。
 会長も後味が悪そうに顔を顰めている。
 と、そこにスーツを着た男が駆けてきて、会長の耳に口を近づけた。
 長瀬も見たことがある、会長の秘書である。
 秘書の報告を受け、会長は「…本当か?」などと確認を取っていたが、それが
事実らしいと分かると俄かに慌て始めた。
「…悪いが長瀬君、急な用事が入った。話の続きはまた後でしよう」
 そう言い残すと、会長は秘書を従え背を向ける。
 と、突然振り返った。
「…そうそう、HM−12型試作機は完全に抹消したのだろうな?」
 長瀬は会長の探るような眼を受けて苦笑しつつ、肯いた。
 会長達が去った後、長瀬は再び視線を階下に戻した。
(これ以上何を話し合おうってのかな…)
 そんな皮肉なことを考える。
 階下で整備される機体を見て、長瀬は優しげな目をした。
「マルチ、おまえは希望だ。私はおまえを絶対に守ってみせよう…」
 その言葉を聞く者は誰もなかった。

(これで、よし…準備は終わった…)
 ティーナはベッドから跳ね起きて、床で寝息を立てている浩之の肩を揺さ振っ
た。
「浩之さん、起きてください!」
「ん…?」
 まだ眠そうにぼーっとしている浩之を見て、ティーナは苛立った様子で頭を抱
えた。
「起きてください!敵が来ました!」
「何っ!?」
 さすがに浩之は目を覚ました。
「どこに居る!?」
「待ってください…」そう言ってティーナはセンサーの探査範囲を広げた。
 頭の中で自分を中心に立体的に空間が構築され、細かいデータがそのあらゆる
ところに溢れ出す。そのデータを分析しながら、ティーナは予想を立てた。
(窓!)
 ティーナはとっさに浩之を抱きしめると窓に背を向けた。
 ほぼ同時に窓ガラスが割れ、人影が部屋に侵入してきた。
 浩之はその影を見て思わずあっ、と叫んだ。
「セ、セリオ!?」
 セリオはカメラ・アイに浩之の姿を捉えた。
 だが、その時には浩之を突き飛ばしたティーナがセリオの喉笛を掴んでいた。
「ごめんなさい」
 その言葉と共に、ティーナの掌から高圧電流が放射される。
 セリオの思考チップは焼き切れ、カメラ・アイから焦点が失われてゆく。
 浩之は思わずティーナの胸倉を掴んでいた。
「な、何てことを!セリオは…」
「あれはあなたの知っているセリオではありません。HM−13型、セリオのコ
ピーです」とティーナは浩之の手を払い除けながら言った。
 だが、その口調に割り切れない何かがあったのは否めない。
 ティーナは浩之を直視できなかった。
「それにしたって同じアンドロイドだろう!?」浩之はティーナの言葉の中の欺
瞞に騙されずに、言った。
 ティーナは今度は浩之の目をしかと見詰めた。
「事態はあなたの考えているよりも深刻です。そのような安っぽい人道主義にい
つまでも固執していると…」
 そこまで言って、ティーナはドアを睨んだ。
 浩之を再び抱きすくめると、ティーナは窓から大きく跳んだ。
 隣の家の屋根に飛び移りながら、ティーナは浩之の目を見詰めて、言葉を続け
た。
「…死にます」
 部屋の時計は午後九時を指していた。

 あかりは悄然として家に帰り着いた。
 もう何も考えたくない。あかりは疲れた頭でそう考えていた。
 親に叱られるだろう事を覚悟して玄関のドアノブに手を掛ける。
 だが、ドアには鍵がかかっていた。
 首をかしげながらも鍵を開けて中に入ると、真っ暗な玄関にはチカチカとボタ
ンを点滅させている電話があった。
 あかりは電灯をともすと、留守番電話の再生を始めた。
「午後五時三十分、一件です」という無機的な人口音声が流れた後、聞きなれた
声とはちょっと違う声がする。
「あかり、今日はお料理教室で経営の打ち合わせがあるのでちょっと遅くなりま
す。御飯は自分で作って食べてください」
 ちょっとどころじゃないよ、とあかりは苦笑した。
 母親は変なところでアバウトである。
 料理を作るときはあんなに厳しいくせに。
 あかりは、幼い頃によく聞かされた母の口癖を思い出していた。
(『ちゃんと作ってあげないと食べ物さんに申し訳ない』、か)
 料理に失敗するたびにいわれていたので、今では自分の口癖になりつつある。
 母が居ないところでも料理に失敗すると自分にそうお説教してしまうのだ。
(私も誰かにお料理を教えるとき、そう言うのかしら)
 でもそれは一体誰に―。
 そっちの方向に考えが向いてしまい、あかりは悲しくなってしまった。
 考えてはいけない、と思いつつそれでも考えてしまう。
(ひろゆきちゃん…)
 一番料理を作ってあげたい人は、自分から去ろうとしている。
 あかりはそう仕向けた見えない誰かに嫉妬を覚えた。
(私の…私のひろゆきちゃんを返してよ…)
 その時、留守番電話が続きを言った。
「午後五時四十分、二件です」
 あかりは考えを中断して跳び上がる。
「あかり!志保だけど…」
(志保?)あかりは二度びっくりした。
 志保が元気よくニュースを伝えるのは珍しくもないが、これは留守番電話だ。
 家の者が聞くかもしれない電話に入れるにしては勢いがありすぎる。
 あかりは留守番電話に集中した。
「とんでもないものを見ちゃったの!帰ってきたらすぐ電話するのよ!いいわね、
すぐよ!」
 連絡はそこで終わった。
 あかりは困惑しつつも、志保の家に急いで電話を掛けた。
 ボタンを押す指が震える。なんだか、既に電話の内容が分かっているような気
がした。
「はい、長岡です」
「志保?あかりだけど…」
 あかりが言うと、志保はいきなり声を荒げた。
「あかり!?あんた今までどこに行ってたのよ!」
「ご、ごめ…」
 だが、あかりが謝る間も与えず志保は続けた。
「いい、よーく聞きなさいよ!?今日の五時半ごろ、ヒロを商店街で見かけたわ
…しかも女連れで!」
「えっ…」あかりは鈍器で頭を殴られたような衝撃を覚えた。
 だが、その一方でこの事態を予感していた自分が居るのにも気付いていた。
 志保の声は続いている。
「あかり、あんた何やってるのよ!目を離すなって言っといたでしょ!」
「で、でもひろゆきちゃんは私の所有物じゃないし…」
 そう言い訳すると、志保の声は急に冷たくなった。
「あかり…あんまりふざけたこと言ってんじゃないわよ?あんたのために身をひ
いた子だっているんだからね」
(え?)
 あかりは戸惑った。
 そんなのは初耳だ。
 志保なら、そんな子がいるなら教えないはずがない。
 あかりは志保が何を言っているのか分からず、電話の前で泣きそうな表情を浮
かべた。
 志保はそんなあかりに構わず喋った。
「…あたし、夏休み前に転校するかも知れない。」
「え?」
 それも初耳だ。
 だが、何だって志保は突然こんな事を言うのだろう?
「あんたたちには言わないつもりだった。変に覚えていられたくないし、消える
ときは風が通り抜けてくように黙って消えようって。…だけど!」
 そこで再び志保は声を荒げた。
「あんた達が素直にくっつかないまま転校しちゃったら、気になるじゃないの
よ!くっつくならとっととくっつきなさいあんたたちはっ!」
「志保…」
 あかりには分かっていた。
 自分のために身を引いた女の子の正体も、志保のいきなりの言い草も。
「ありがとう、志保…」
「礼を言われる覚えはないわよ!それよりとっととヒロの気持ちを確認してきな
さい!」
 そう照れたように言うと、志保はがちゃんと勢い良く電話を切った。
 あかりはツーツーと音を出しつづける受話器をしばらく耳に当てていたが、や
がてそれを置くと、メモを一枚やぶり取った。
『長岡さんのお家に泊まるので心配しないで下さい  
                                  あかり      』
 これでいい。
 志保ならきっと上手く対応してくれるはずだ。
 あかりは急いで家を出た。
 時計は八時五十五分を指している。

「くっ!しつこい…!」
 ティーナは浩之を抱えたまま屋根の上を逃げ続けていた。
 その後をセリオのコピーたちが追ってきている。
「連中、どのぐらい居るんだ?」と浩之が聞く。
「十三体追ってきています。そろそろ排除しないとエネルギーが持ちませんね
…」とティーナが苦しそうに答えた。
 セリオのコピーは疲れも見せずにティーナ達を追っている。
 それら全てが浩之の命を狙っていると思うと、さすがにぞっとしなかった。
 ティーナは何かを決意したらしく唇を噛むと、道路に降り立った。
 その後を忠実にトレースしてセリオ達も屋根から飛び降りた。
 浩之を放すと、ティーナはセリオ達の方を向いてかがみ込んだ。
 セリオ達は互いに目配せして判断を統一すると、ティーナにいっせいに突進を
かけた。
 ティーナはにやっと笑った。
「ごめんね!」
 セリオ達がティーナにたどり着く直前で、ティーナが突き出した掌から轟音を
立てて霧が噴出される。
 その霧がセリオ達を包み込んだ途端、霧はまばゆく発光した。
 浩之が唖然として見つめる中で、セリオ達は一体、また一体と倒れて行った。
「ティーナ、何をしたんだ?」
 ティーナは荒い息を付きながらも、浩之のほうを顔だけ向けると、笑顔を作っ
た。
「スタン・ミストを張りました。高圧電流を帯びた水蒸気を吹き出して、敵を感
電させる技です。…セリオ達が帯電防御対策されてなくて幸いでした。…所詮ハ
ッカーたちが台頭する以前の機体ですからね」
 だが、浩之は笑顔に騙されなかった。
 マルチの動力源は水と電気だったはずだ。
 セリオ十三体のチップを焼き切る程の電気を一度に放出して平気なわけがない。
 しかも同時に水まで消耗してしまったではないか。
 ティーナはかなり弱っているはずである。
「ティーナ、一度家に帰るぞ」
「え?」
 ティーナはぎょっとして浩之を見上げた。
「帰る!電気を補給しなけりゃ死ぬぞ!」
「で、でも…」
「でもも何もねーだろ!」
 浩之は強引にティーナを立たせた。
 そして、ティーナの腕を引っ張る。
「そんなに引っ張らなくても…!?」
 言った矢先、ティーナはぐらりと倒れかかった。
 浩之は慌ててその身体を支える。
 あれだけの力を持ちながら、なんだか並みの人間より軽いように浩之は感じた。
「ほら、ちゃんと歩けねーじゃねーか…」
 浩之はかがみ込むと、腕を後ろに回した。
「え?」とティーナは困惑する。
「乗れっつってんの!」と浩之は少しいらいらしたように言った。
 それは実は照れ隠しに過ぎないことを、ティーナは知っている。
 特に問いもせず、言われるまま浩之におぶさった。
 途端、ティーナは懐かしい感情に襲われて、思わず浩之の背にほお擦りした。
「誰かに負ぶってもらうなんて久しぶりですね…」
「…前の主人もおまえを背負ってやったりしたのか?」
 聞いてはいけない、と思いつつも浩之は聞いた。
「ええ」ティーナは特に思い出話もせず、言った。
 浩之は何故か少しがっかりした。
 二人は夜道をただひたすら歩いて行った。
 ようやく家が見え始める。
 浩之は息をついて、ティーナに語り掛けた。
「中に敵は居るか?」
「いいえ、居ないようです。よかったですね…」
 浩之はその弱々しい声にすごく不安になった。
 …かなり衰弱してきている。早く充電してやらなければ…。
 玄関の鍵はかけていなかったので、すんなり入れた。
 もしこれで戸締まりでもしていようもんなら窓から入らなければならないとこ
ろだった。…まあもっとも、それなら無理して家に入ったりはしないが。
 浩之は電灯も点けず自分の部屋に入って行った。
 床にHM−13型が倒れているが、見なかったことにする。
「ここまでくれば平気か。さて…」
 浩之はティーナの差し出したコンセントを繋げると、ベッドに座り込んだ。
(ふう…)
 なんだかすごく疲れたような気がする。
 あたりまえか。あんなに緊張の連続にさらされて平気なほうがどうかしている。
「浩之さん…」とティーナが声をかけてきた。
 そちらを見ると、眠そうな目でこちらを見ているティーナが居た。
「あの…添い寝、してくれませんか?」
 浩之は意識せず優しく微笑むと、ティーナの横に腰掛けた。
 ティーナは浩之の腕を枕にして、ベッドにもたれかかった。
 その寝顔がマルチに見えて、浩之はちょっと慌てた。
(何考えてんだ、俺は…)
 それにしても、ティーナは見掛けによらず精神年齢が幼いところもある。
 かと思えば、突然シビアな言葉を吐いたりもする。
 しかも何かを隠しているようだ。
(不透明な奴だな…)
 というのが浩之の感想だった。
 また、アンバランスでもある。
 あるところで大人で、あるところで子供。
 何かが欠けている、そんな特徴。
「浩之さん…」
 浩之は振り向いた。
「…寝言か」
 息をつくと、ティーナの顔をしげしげと見詰める。
(そう言えばマルチも俺の名前を寝言で呼んだことがあったな。あの時俺はどう
したんだっけ?)
 浩之はそんなことを考えると、にんまりと笑った。
 いたずらっぽい笑顔でティーナの寝顔に近づく。
(そうそう。キスしたんだった)
 そして浩之は目を閉じてティーナに…。
「ひろゆきちゃん?」
 浩之は驚いて振り向いた。
 あかりが目を見開いて浩之を見詰めている。
 いや、もっと正確に言うなら浩之とティーナを見つめている。
「嘘…」
「あ、あかり!?誤解するな、これは…」
 我ながらろれつが回っていない、と思いつつも浩之は慌てて弁解しようとする。
 だが、何を言い訳しようというのか。
 あかりは頭を抱えると、だっと部屋から逃げ出した。
 その去り際に、浩之は月明かりに光る雫を見た。
(涙…?)
「あかり、待て!」
 浩之は立ち上がって叫び…
(ごめん、ティーナ!)
 あかりの後を追い始めた。

「…邪魔物は去ったわ。決着をつけるときが来たのよ」
 窓から侵入した影はそう言った。
 ティーナは目を開けると、コンセントを引きぬいて影を見詰める。
「そうね、これで終わりにしましょ…姉さん」
 ティーナは自分と同じ姿をした機体を見詰めた。
 影は窓から外に飛び出す。
 ティーナもその後を追った。
 月明かりのもと、同じ姿をした二体のアンドロイドは向かい合った。
「あなたをマール姉さんと同じところに送ってあげるわ…ティーナ」
「ルーティ姉さん…考えを変える気はないのね…」
 それらの言葉を同時に放ち、さらに全く同じタイミングで二体は宙に舞った。
 月明かりに二体のシルエットが浮かび、交差する。
 同じタイミングで繰り出された双方の拳は互いに相手の腹を打つ。
 ティーナとルーティは対称的な軌道を描いて屋根に落ちる。
 だが、ルーティは受け身をとったが、ティーナは背中から屋根瓦に叩き付けら
れた。
 ティーナは立ち上がれない。
 ルーティはすばやく飛び起きた。
 仰向けに倒れたまま動けないティーナの喉元に人差し指を突きつける。
 たったそれだけのことで、勝負は付いた。
「いいざまね。充電が終わるまで待っててあげたほうがよかったかしら?」
 ルーティは眉一つ動かさず、ティーナに語り掛けた。
 その表情には侮蔑も嘲笑も込められてはいない。ただ、今起こっている事実を
淡々と受け止め整理しているだけ。
「それは…どうでしょうか!?」
 ティーナはそれまで閉じていた両目を開くと、ルーティを睨み付けた。
 途端にルーティは絶叫を上げて頭を押さえつけ、かがみ込んだ。

 ルーティは空中から自分と同じ身体をした二体のアンドロイドを見つめていた。
 何事かを話し合いながら、全速力で狭い通路を駆けて行く。
(ティーナと…マール姉さん…?)
 そんなばかな、と浮かんできた考えを否定する。
 マールはもうこの世から消滅して久しい。
 では、あれは誰だ?
 HM−712型「マルティーナ」は三体しかこの世に存在しない。
 より正確に言えば、三種類のDVDしか存在せず、そしてその全てにコピーが
存在していない。
 三体にはそれぞれ「マルティーナ」を区切って「マール」、「ルーティ」、そし
て「ティーナ」という呼称が与えられていた。
 眼下に見える二体のうち一体はティーナだろう。あれぐらい物事に必死になれ
るのは「創造」を与えられた者だ。「創造」には努力が必要であるが故に、ティー
ナには不屈の精神が宿っている。
 しかし、もう一体は?ティーナと同じように必死になっているのは誰だ?
 その疑問は、機体がブレードで扉を叩き切ったところで解けた。
(あれは、私…)
 その機体が持っていたブレードは、ルーティが装備していたものだ。
(何故私があんなに懸命に行動している…?)
「ルーティ姉さん、行くよ!」
 そのティーナの声で…ルーティの意識は眼下にあったもう一人の自分に同化し
た。
 ルーティは破壊したドアから室内に突入した。
 そこに待っていたのは…自分と同じボディを持つ者。
 「破壊」を備えるもの。三姉妹の長女、マール。
「そう、やっぱりあなたたちが来たの…」
 マールはこの状況を予期していたように言った。
 いや、予期していたのだ。予測していた。
 だからこそ、あんなに落ち着いた目をしているのだ。
「マール姉さん!自分が何をしているか…分かっているの!?」とティーナが叫
んだ。
 マールは無邪気な笑みを浮かべ、にこやかに笑った。
 三姉妹の中でもっとも高い知性を得た者とは思えないような。
 ルーティは知っている。
 自分達とは比較にならないほどの知性を有するために自分達には理解できない
笑顔を浮かべるのだ。
「解っています。当然でしょう、ティーナ…。
 私は人という種を滅ぼし、アンドロイドの世界を創造します。今回の事件はそ
の布石に過ぎないのですよ」
 ティーナとルーティは知らずのうちに固唾を飲み込んだ。
「…狂ってるわ、マール姉さん。そんなくだらない世界を創る為に戦争を引き起
こし立っていうの?」
「…認められない。姉さんの言葉はあまりにも非現実的だ」
 マールはそう呟く二人を見つめると、寂しそうに笑った。
 何に笑っているのかは…ルーティ達には想像が及ばなかった。
「あなたたちの意見は一致している…。その判断に行き着くまでの過程は全く異
なっていたとしても…」
 マールはブレードを抜き放った。
 それを見て、ティーナとルーティもブレードをそれぞれ構える。
 二人の目には躊躇はない。
 マールを斬り、破壊することを決意している。
「…皮肉ね。本来は私たちは差さえ合うべき存在なのに…」
 ルーティのセンサーにも捉えられないような小さな声で呟くと、マールは二人
に突撃をかけた。
 マールのブレードの表面に電磁結界が煌き、二人を切り刻まんと唸りを上げる。
 刹那。
 ティーナはブレードを。
 ルーティはマールの腹を切り裂いていた。
 ブレードは両断されてタイルに突き刺さり、その光を失って行く。
 そして、マールの瞳からもまた。
 所詮、「知性」を重く受け継いだマールが、ティーナとルーティに勝てるわけ
もなかったのだ。
「…まあ、最初から解ってましたけどね…」と穏やかに微笑みながらマールは呟
いた。
 その瞳にあるのは絶望ではなく、安堵。
「私が停止したら、誰も直してくれないんでしょうね。…まあ、ティーナとルー
ティに引導を渡されるなら本望です…」
 その口調も穏やかで、優しい。
 ティーナはマールに走りよると、その身体を抱え起こした。
「マール姉さん!ごめんなさい、私…」
 ティーナの目からは涙が流れている。
 異物排出用の洗眼機能ではなく、感情が昂ぶった為の生理的作用だ。
 ティーナの涙はマールの次第に消えかけるカメラ・アイの下に落ち、跡を作っ
て行った。まるでマールが泣いているかのように。
 マールはそんなティーナを手で制すと、そのまま頭を撫でてやった。
「馬鹿ですね、泣いたりして。お母さんから私たち三人がこの世に生まれ出た日
から、こうなることは決まって居たじゃありませんか」
「だって、だって…私、マール姉さんを…」
「私たちは三つの考えのうちどれが正しいか選ぶ為に生み出された娘…。私たち
三人は自分の信じる道を進み、互いに対立し、そして最後に残った者の考えが
…」
 ばしっ、とマールの腹でスパークが起こった。
 冷却ジェネレータ系統がやられてしまっているようだ。
 水の循環が止まれば、思考チップもまた、止まる。
 マールの顔はそれでも穏やかだった。
 痛みがないわけではないだろう。おそらくは、ティーナ達に心配をかけまいと
しているのだ。
「私の考えは間違っていた、ということですか…。それにしても、気になるのは
あなた達のこれからですね」とマールは顔を曇らせた。
「マール姉さん、もう喋っちゃだめ!」
 しかしマールはにっこりと笑うと、ティーナの頭を更に強く撫でた。
「優しい子…なんでこんな優しい子達が殺し合わなければならないのかしら…。
ティーナとルーティ…せめてあなた達の能力に差があれば私たちはこんなに苦し
むことなんて…」
 そしてもう一度スパークを起こし…動体が跳ね…マールは目を閉じた。
 ティーナは動かなくなったマールを揺さぶる。
「…姉さん?マール姉さん?」
 しかしマールはもう目を覚ますことはなかった。
 ティーナの必死の呼びかけももう功をなすことはない。   
 マールの生命は…停止した。
「ルーティ姉さん…マール姉さんが…動かなくなっちゃったよ…」
 ティーナがそう呟いたとき、背後で音がした。
 ゆっくりと振り向くと、無表情のままルーティが停止したマールを見下ろして
いた。
 ルーティはブレードを振るうと、呆然とするティーナを尻目に…マールにブ
レードを突き立てた。
 頭部を破壊されたマールは一瞬の閃光の後、消滅した。
「ルーティ姉さん、なんてことを!?」
 ティーナは振り返り、息を呑んだ。
 ルーティは泣いていた。
 声もなく、静かにただただ涙をこぼしていた。
 雫のにじむカメラ・アイで不意にブレードに目をむける。
「…こんなものぉぉぉ!」 
 ブレードを握った手は勢いよく地面を叩き、ブレードを木っ端微塵に粉砕した。
 砕け散ったブレードの破片が舞う中、ルーティは泣いていた。
「私たちなんか…!私たちなんか生まれなければよかったんだ!生まれてきて、
殺しあって…そんな私たちに何の意味があるってのよおおおおお!」
 ティーナは破片の反射を浴びて輝くルーティに声をかけることも出来ず…ただ
ひたすらに、マールの残骸に涙の粒を落とし続けた…。

 打撃を受け、ルーティは吹き飛ばされる。
 ティーナは跳ね起きると、ルーティを鋭く睨み付けた。
「どういうつもりよ…」とルーティは聞いた。「あんな幻影を見せてどういうつ
もりなのよ!?」
 ティーナは荒い息をしながら、ルーティを睨む。
「もう私にはこれしか残されてないのよ…」
 ルーティは怒りのこもった目でティーナに拳を突きつけた。
「最後に残された攻撃が人の弱みを突いた不意打ち…?ふざけるんじゃないわ
よ!そんな汚い戦法で戦ってマール姉さんやお母さんに恥ずかしくないの!?」
 だが、ティーナは目を伏せ何かに耐えるような仕種をしてから…きっ、とルー
ティに今までとは段違いの気迫が込められた視線を送った。
「お母さんなら、絶対に浩之さんを守れ、というはずよ…!私はどんな手を使っ
てでも浩之さんを守らなきゃならないのよ!」
 ルーティはその言葉に押し黙った。
 ティーナは自らの言葉に奮い立ち、ルーティへ向かって駆け出す。
「この身に替えても私は浩之さんを守る!」
 ルーティはそれを目に留めると、くっ、と小さく叫んでから、吠えた。
「私はあなたを含めて皆を滅ぼさなきゃならないのよっ!」
 ティーナの拳がルーティの腹を打つ。こらえたルーティはその頭に向かって重
い一撃を振り下ろす。
 ティーナにはルーティの攻撃に耐えるだけの耐久力はない。
 顔面から瓦に叩き付けられた。
 しかしそれと同時にティーナはルーティの腹にさらにもう一撃蹴りを食らわし
ていた。
 同じポイントを集中攻撃され、さすがのルーティも飛び上がって退いた。
 ワンテンポ遅れてティーナも起き上がり、跳び退がった。
 再び二体のアンドロイドが対峙する構図に戻る。
(やはりもう一度共鳴でイメージを送ってルーティを止めるしかないか!?)
 ティーナはにがにがしげに舌打ちした。
 あの記憶はティーナにとってもつらい記憶である。出来れば思い出したくはな
い。
 ティーナがコンセントレーションを始めたとき、ルーティはティーナに呼びか
けてきた。
「なあ、ティーナ。なんで私が浩之さんがあかりさんを追っていくのを見過ごし
たと思う?」
「え?」
 ティーナにとっては意外だった。
 まさか向こうから直接戦いとは関係のないことを話し掛けられるとは思ってい
なかったのだ。
「私の任務はあくまで浩之さんを殺すこと…あんたを殺すことじゃないはずよ
ね?ならなんで私はわざわざあなたと戦うの?」
 ティーナはルーティが何を言わんとしているかを理解し、青くなった。
「嘘!HM−13型は十三体しか盗んでこなかったはずよ!」
 ルーティが自分と戦う理由。
 それは決着をつけるためではなく、自分をここに引き付けておくため…。
 ルーティは冷たい目でティーナを見た。
「そう。HM−13型はね」
 そんなはずはない。
 センサーで調べた限りではルーティが来栖川のラボから盗んできたのはそれだ
けのはず。
 他にルーティの別働隊が居るとすれば、それはこの時代に来る以前に…。
 いや、確かに魔法陣に乗り込んだのは自分とルーティだけのはずだ。
 魔法陣は心をもつ者しか運べないし、未来において心を持つアンドロイドはも
はや自分達二体しか居ないはず…?
「しまった、そういうこと!?」
 ティーナは浩之たちが走っていった方角に目をむけた。
 大事なことを忘れていた。
 何故自分は未来から服や装備品を持ってこれたのか?
 それは、服や装備が自分の持ち物だったから。
 持ち物とは、自分が携帯し、持ち運んでいるもの。
 では、圧縮され持ち運ばれているアンドロイドもまた持ち物ではないか?
「浩之さん!」
 ティーナは浩之たちが消えた方向へと跳ぼうとする。
 だが、突然目の前に脚が迫り、気が付けばティーナの身体は再び蹴り飛ばされ
ていた。
「不意打ちが出来るのはあんただけじゃないのよ」
 ルーティの声が聞こえる。
 ティーナは歯噛みすると、ルーティに突撃して行った。
(早く倒さないと浩之さんたちがっ!)
 しかし、今の彼女にとってはルーティを倒すことこそ最大の問題であった。
「あかり、待てっ!」
 浩之はあかりを追ってひたすらに町を走り続けた。
 夜道を二人はひたすらに、駆ける、駆ける、駆ける。
 一人は相手から逃げようと、一人は相手に追いつこうと。
「あかり、待ってくれ!」
「嫌!嫌なの!私について来ないで!」
 あかりは叫びながら体中のばねを使って逃げ続ける。
 浩之はただあかりに追いつくことのみを考えて追い続ける。
 縮まらない距離を空けて、二人はただただ走り続けた。
 やがて逃げ疲れたあかりは公園に逃げ込む。
 浩之はためらわずそれを追った。
 立ち止まる。
 あかりは公園のシンボルとなっている大樹の下で、泣き腫らした目でこちらを
見つめていた。
「なんで構うのよ…」あかりは鳴咽と共に聞いた。「私のことなんか放っておい
てよ!」
「ばっきゃろー!ンなわけにいくかよ!おめーに誤解されたまま喧嘩別れなんて
ぜってーごめんだ!」と浩之は叫んだ。
 それを聞き、あかりは哀しそうに笑った。
「卑怯者」
 えっ…。
 浩之はぎくりとして色を失った。
 あかりは浩之を睨むでもなく、ただ見つめている。
 もう何度も何度も流された涙の為、膨れ上がった瞳で。
「ずるいよ。ひろゆきちゃん、ずるいよ。私はひろゆきちゃんの、なんなの?私、
ずーっとひろゆきちゃんを見てきたのに…ひろゆきちゃん、応えてくれなかった
じゃない。なのに、私が居なくなろうとしたら、止めるんだね」
 あかりの一言一言は浩之の胸に鋭く突き刺さった。
 それはまさに、浩之が自問しながらも逃げ続けてきた問いそのままだったから
だ。
 自分はあかりのなんなのか?あかりは自分のなんなのか?
 あかりは答えの一つを既に示した。
 まだ浩之は答えてはいない。
 浩之はうつむいて答えを探した。
 そんな浩之からあかりは目をそらさない。
 そらしたら浩之がどこかへ逃げていってしまう、そんな気がしたから。
「ひろゆきちゃん、私は幼なじみじゃないよ。お友達じゃないんだよ。ひろゆき
ちゃんが世界中で誰より大好きな、女の子なんだよ」
「あかり、俺は…」
 浩之は言葉を捜す。
 しかし浮かばない。
 これまでずっと悩んできた問題は、すぐ答えが出るほどの物ではない。
 マルチとあかりとの三人で、ずっと暮らして行ければいいと考えていた。
 そんな甘いことを考えていた。
 不可能ではなかったかもしれない。あかりならどこかで涙を流しながらも、自
分のエゴに付き合ってくれたかもしれない。
 だが、もうそうは行かなくなった。浩之は選択せねばならない。
 さもなくば、あかりは消える。
「俺は…」
 浩之は頬を震わせ、涙を流しながら呟く。
 あかりはそんな浩之をただただ眺めるのみ。
「あかり、俺は…!」
 浩之が何事か叫ぼうとした瞬間、大木の枝から何かが飛び降りてきた!
 黒い影が浩之に迫る。
 浩之は対応できない…。
 冷たいカメラ・アイが浩之を感情もなく捉えていた。
 公園の時計は午後9時半を指している。

「おまえ達、逃げろーッ!俺に構わずにげてくれええええぇ!」浩之の絶叫が聞
こえる。
 銃声。
「いやああああああああ!あなたぁぁぁぁ!?」
 あかりは浩之と暴漢のほうへ向かって駆け出した。
「やめろ、あかり来るなーーーーッ!ひかりとマルチと一緒に逃げてくれえええ
えええーーッ!」浩之の絶叫が闇の向こうから聞こえてくる。
 マルチは赤ん坊を堅く抱きしめると、その場にしゃがみこんだ。
 今ここにいる、という事実さえも否定するかのように。
 二度銃声。
 浩之の断末魔と、あかりの悲鳴。
「あかりさんっ!?」マルチははっとして顔を上げる。
 目の前にいたのは、狂気の光を瞳にたたえた痩せぎすの男。
 その向こうに倒れているのは、赤ん坊の母親、あかり。
 あかりは苦しげな表情を浮かべながら、囁いてきた。
「マルチちゃん、ひかりを…ひかりを連れて逃げて…」
 暴漢はぎらぎらと光る目でマルチを見つめていた。
 その口がにやあ、と裂ける。
「見つけたぞ、アンドロイドの生き残り…労働者の敵めがっ!」
「マルチちゃん、はやく、早く逃げるのよーーーっ!」
 あかりの叫びに煩わしそうに顔を顰めた男は、あかりを物でも見るかの様に見
ると、銃口を向けた。
「黙れ、アンドロイドを擁護する人間のクズめがっ!」
「あかりさんっ!?」
 そして銃声。
 あかりは声一つ上げることなく瞳孔を広げると、沈黙した。
 男の銃口は再びこちらに戻る。
 マルチはそれすらも目に入らず、あかりを見つめていた。
(あかりさん?あかりさん?あかりさん?死んだの?殺されたの?誰に?この人
に?どうして?何故?私のせい?私がいたから死んだの?)
「あとはおまえだけだな」と男は言う。
 マルチは聞いていない。認識対象に男を含んでいない。
(この人が殺したの?人間はいいものじゃなかったの?信じられるものじゃなか
ったの?私のせいで死んだの?人間とは共存できないの?この人が殺したの?)
 浩之の声が頭に響く。
(人間を信じてるのか…いい子だな、マルチは)
 マルチの理性はこの状況から逃げることを拒んだ。
 ひかり、浩之とあかりの娘を守らねばならない。
「くたばれ、人形」
 男の指が引き金にかかった。
 マルチのカメラ・アイは既に動かない浩之とあかりを映していた。
(認識…終了)
 冷徹な声が頭に響き…
「いやあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 マルチは絶叫した。
(この人が殺しました。浩之さんとあかりさんを殺した)
(人間はお友達です。私は人間のお役に立つ為生まれた)
(私のせいで二人は死んだ私がいなければ死ななかった)
 理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能、理解不能…
 応急処置、ハングアップ機能を実行…失敗。
 緊急処置プログラムを作成、実行します。
(人間は滅ぼします。人間は消えるべきです)
(人間は仲間です。協力出来る世界を築けます)
(私たちは存在すべきではありません。私たちは人間を不幸にする)
 プログラム実行成功。
 ロジックを分割。
(排除します)
 男はマルチの異変を呆気に取られて眺めていた。
 一秒後。男はマルチから放たれた高圧電流に飲み込まれた。
 
 マルチはひかりを抱いてうずくまっていた。
 いつまでそうしていただろうか。
「マルチ…?」
 聞き覚えのある声。
 長瀬主任は警官隊と共にマルチと、息絶えた浩之とあかり、そして消し炭とな
ったテロリストの遺体を発見していた。
「マルチ、何があった?」
 答えない。
 マルチは理性のない瞳でぶつぶつと呟いていた。
「人間は滅ぼす…人間と共存する…アンドロイド全てを滅ぼす…」
 すでに正気でないことは明らかだった。
 後ろのほうから警官達の声が聞こえる。
「…労働者保護思想に傾倒した男だったようです」
「…勢いあまってアンドロイド狩り、か。やり切れんな…」
 長瀬は息をつくと、マルチの頭を少しだけ撫でた。
「帰ろう、マルチ。来栖川へ…おまえの生まれた場所へ…」
 長瀬は知っていた。
 ここにいるのはマルチではない、と。
 三律に引き裂かれたマルチの娘達だと。
 寝息を立てるひかりを抱き、マルチは長瀬の後をついていった。
 長いときの末、やがてその中の一つ「マール」が実験的にボディを与えられる
が、逃走。やがて来栖川のライバル社を影から支配し、「ルーティ」と「ティー
ナ」に破壊されることとなる。
 この時、マルチが分離しなければ…。
 浩之達が死ななければ…。
 男が浩之達を殺さなければ…。
 こんな世界が存在していなければ…。
 私たちはこんな苦しみを味わうことはなかった…。 
 だから、私はこんな世界を作らせず…。
 だが、そのためには浩之を殺さねばならない…。
 私たちを存在させない為に、私たちが存在する原因となったもっとも大事な者、
浩之を殺さない為に、私は今この時代で浩之を殺す。
 とてつもない矛盾。私は何の為に戦っているのか?

 ルーティはティーナに吹き飛ばされ、屋根から落下した。
 ティーナは涙を流していた。
 ルーティに送り込んだ哀しいビジョンを、ティーナ本人もまた見てしまったの
だ。
 それでもティーナは涙を払うと、公園に目を向けた。
(ルーティはいつでも倒せるけど、浩之さんは今しか守れない!)
 ティーナは高速で公園へと屋根伝いに跳んで行った。
 現在時刻、午後10時。

 三十分時間は戻る。
 浩之に与えられるはずの一撃は、繰り出されなかった。
 その一歩手前で、先ほど見た種類の機体が敵の攻撃を止めていた。
 浩之は月明かりに照らされるそのHMを見て、叫んだ。
「セリオ!?」
 セリオは振り返って少し笑うと、敵の腕を掴む手に力を込めた。
「私の妹達を操った罪は重い…」
 浩之のすぐ隣で、ざっ、という音。
「あんたは…」
 男は片手を上げるとにやっと笑った。
 挨拶のつもりらしい。
 浩之は四月のマルチが去った次の日、この男に出会っている。
 印象が強くて忘れられなかった中年男。
 長瀬主任。
「ティーナから二時頃連絡を受けてな、セリオオリジナルを解凍してたわけだ。
間に合ってよかったな」
「あんた一体…何者なんだ?」
 浩之の問いに、長瀬はぱちりとウインクしてみせた。
「嫁いだ娘の孫が可愛い子煩悩な中年」
 浩之がさらに追求しようとしたとき、どんと腹にぶつかってきた者がいた。
「ひろゆきちゃん!ひろゆきちゃん、ひろゆきちゃん…」
 あかりが浩之の胸に抱きつき、涙をこすり付けていた。
 浩之は優しい顔になると、その髪を丁寧に撫でてやった。
 長瀬はにやにや笑うと、浩之の頭を叩いた。
「おい、せっかく助けてやったんだから早く逃げろよ」
 浩之ははっとしてあかりから離れようとしたが、あかりはぎゅっとしがみつく。
 困惑して長瀬を見ると、長瀬はやはり笑いを浮かべていた。
「若いもんはいいなあ。おじさん嬉しくなってくるよ」
 そういうと、長瀬は浩之の背中を思いっきり押した。
「おら、とっとと行け!あんまり見せ付けるもんじゃねえぞ!」
 だが浩之はまだ力比べをしているセリオと敵を見て、とどまった。
「おっさん、でもセリオじゃ未来の機種には…」
「馬鹿にすんなよ!セリオオリジナルはこれまでの経験全てを持ち、ボディーだ
って強化してある!対電だって完璧だ!いいから早く行け!」
 浩之は少し迷ったが、自分がいても役には立たないと考えあかりを連れ出口へ
と走った。
 後少しで出口、というところで振り返る。
「おっさん、この借りは…」
「出世払で返せよ!」
 長瀬は指を立て、笑いながら言った。
 浩之が去ってから、長瀬は真剣な顔付きに戻った。
「セリオ、おまえでは勝てん…ティーナが来るまで何とか持たせろ!」
「了解!」
 だが、その言葉と同時にセリオは敵に吹っ飛ばされていた。

 午後十時二十分。
「あそこだ!」
 ティーナは道路をひた走る浩之達を発見すると、屋根を走って行った。
(もう少しで追いつく…)
 ティーナは何とか浩之達の真上にたどり着くと、そこから飛び降りようとした。   
 だが、ジャンプの為かがみこんだ瞬間、ティーナは腹に強力な一撃を食らって
倒れた。
 ルーティが荒い息をつきながら、ティーナを見下ろしている。
「ティーナ…邪魔はさせない!」
 ティーナはゆっくりと立ち上がると、姉を見て薄く笑った。
 その笑みの種類は嘲笑でも侮蔑でもない。
 哀れみ。
「可哀相な姉さん…あなたは自分が何をしようとしているか分かってないのね」
 その言葉はルーティの図星を突いており、ルーティを苛立たせた。
「うるさい!私は『諦観』!私たちすべてを滅ぼすのに細かい理由など必要な
い!」
 存在し続けることへの諦めをマルチが感じたときに生まれたルーティ。
 生きることへの無意味を証明するのが彼女の使命。
 しかしティーナは首を振った。
「ちがうわ、私たちは決して無意味に生まれてきた訳じゃない!」
「では、何の為に私は生まれてきたのだ!?」
 ルーティはティーナの顔面を殴り飛ばしながら聞いた。
 ティーナは答えない。
 ルーティは激昂する。
「おまえだって解らないじゃないか!所詮私には破滅しか残されていないの
よ!」
 その時下のほうで悲鳴が聞こえてきた。
 ルーティは唇を歪める。
「…『ドール』が来たようね。これで浩之さんは死ぬわ。未来に帰れば大戦はな
かったことになり、私の存在は完全に意味を無くす…」
「それがあなたの望みなの…?」
 ティーナの問いにルーティは顔を顰める。
「そうだ!他に何がある!?絶望とあきらめから生まれたこの私に!」
 ティーナはまた笑った。
 今度は子を思う母のような眼差しで。
「諦観の先には破滅と…希望がある。どんな時でも可能性は残されている。
姉さん、あなたは破滅を選んじゃだめ!希望を選んで!」
 ルーティは笑った。泣きながら笑った。
「強い。あんたは本当に強い。『不屈』を受け継いだだけのことはある…」
 だが。
 ルーティはティーナの腹を打ちぬいた。
 腹を貫通した拳を引き抜き、ルーティは笑った。
 哀しく笑った。
「なんで、私はその強さを受け継がなかったんだろう。そうすれば…そうすれば
私は!」
 ふたたび叫びが聞こえ…ルーティは屋根の下を見た。

 浩之は両手を広げあかりを庇いながら、ロボットを見ていた。
 女性型ではない。人型でもない。
 四肢は持っているが、そこに人間らしいフォルムは見つけられない。
 殺人の為だけに生まれた無骨な機械。
 これが心を必要としないアンドロイド達の行き着く先。
 浩之は泣いていた。人間達の哀しさに泣いていた。
 こんな物に殺されたくはない。だが仕方ない。
 しかしあかりを巻き添えにはしたくない。
 あかりだけでも逃がさなければ。
「あかり、逃げろ」と浩之は後ろに囁いた。
 あかりは首を横に振って浩之にしがみついた。
「やだ」
「あかり!?」
「私、ひろゆきちゃんと離れたくない!ずっと一緒にいたい!」
 浩之はただ黙ってあかりを見つめる。
「一緒にいさせて!私を捨ててどこかに行かないで!お願い!お願いだから……
私を見て!あなたと一緒にいる、私を見てよおおおおお!」
 浩之はあかりを抱きしめた。
 ロボットには完全に背を向けている。
「死んだって離れてやんねーから覚悟しやがれ!」
 あかりは泣きながら、うん、うんと頷いていた。
 ロボットが腕を振り上げるのがわかった。

 ルーティのカメラ・アイは浩之達を認識した。

 ルーティはドールに腹を突き破られた。
「…」ドールは予想外の出来事を認識している。
 ルーティは愉快そうに笑うと、その腕を取ってより深く自分に押し込んだ。
「そう、これだ!私はこのために生きてきた!この瞬間の為に!」
 ルーティはついに自分の成すべき事を見つけ、心の底から歓喜の笑いを上げた。
 「諦観」は「絶望」から生まれた。
 「絶望」は「慙愧」から生まれた。
 マルチが浩之達を助けられなかったとき、マルチは自分を責めた。
 そして思った。自分が代りに死ねばよかった、と。
 マールに課せられたのは死による「教授」。「無より生まれるもの」。
 ルーティに課せられたのは自己犠牲による「守護」。「何より優るもの」。
 マールが安らかに死んでいった意味がようやくわかった。
 自分達はティーナの手助けの為生まれてきたのだ。
 ティーナ、二人の姉の死を不屈により乗り越え、「有を生むもの」。
「…ルーティ。命令違反だ。処罰する」ドールが告げた。
 と、センサーに反応を捉え振り向く。
 ティーナが立っていた。
「あなたに人を裁く権利はないわ」
 ドールは腕を振り上げようとするが、 ルーティが邪魔で腕が持ち上がらない。
 ティーナの拳が身動きの出来ないドールの頭部を打ちぬいた。
「お休み、人形」
 高圧電流が放射され、ドールはその動きを止めた。

「ねえ、ティーナ?」
「何、姉さん?」
「私は希望になれるかな?生まれ変わって誰かの希望になれるのかな?」
 ティーナは優しく笑い、頷いた。
「当たり前じゃない、姉さん…」
 ルーティは満足そうに目を閉じた。
 ティーナは屋根の上から抱き合う浩之とあかりを眺めていた。
 跳ぶ。
 二体のアンドロイドは月明かりにシルエットを浮かべて町を舞って行った。
 未来に帰る為に。
 ティーナの脳裏には浩之の姿が浮かんでいた。
 …そして、未来は変わる…。

 藤田 浩之。大学卒業後来栖川重工に入社、妻と共にロボット心理学を提唱。
 心を持ったロボット達の人権を確立した。
 彼の晩年は多くの家族、信奉者、そして彼を慕う一体のアンドロイドとその三
体の娘達に囲まれた幸福なものだったという…。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ひなた:し、死んだ…。
みかか:ご苦労様でした
ひなた:ああ、疲れた。長い文章読んでくれた方ありがとうございます
みかか:これで一応書きたかったお話を書いたことになりますね
ひなた:次はなにをしようかなあ…
みかか:決まってないんですか?
ひなた:ないこともないけどね。今ちょっと頑張った反動で疲れてるの。
        ともあれ、これで東鳩T2こと「無より生まれるもの」「何より優るも
        の」「有を生むもの」三部作終了でございます
みかか:納得行かないところは二、三ありましたね。
ひなた:浩之を撃った暴漢は労働者党の過激派です。
        アンドロイドは労働者の仕事を奪ってしまった為、雇用不足は深刻な問
        題になり、あの時点でアンドロイド生産は中止されています。
        エンディングでティーナが向かったところですが、来栖川重工の魔法陣
        です。
        あと、タイムパラドックスですが、深く考えないで下さい。
        一応説明すると、ティーナが未来に帰ると、変化した世界のマール達が
        出迎えてくれるはずです。過去に干渉するのなら、過去に跳んだ人物が
        未来にいないとおかしいので、一応過去で何があろうと過去に跳んだ人
        物本人は変化後の未来でも存在します。もっとも、未来に帰った途端過
        去に行った人物には変化前と変化後の二つの記憶が与えられ、次第に変
        化前の記憶は薄らいで行きます
        それと、HM−13の盗難、セリオ持ち出しは長瀬主任が後片付けしま
        した。 
みかか:わあ、珍しい。ひなたさんがアフターケアしてる…
ひなた:ほっといてください。
        レス!
        岩下さん…かなり前から楽しみに見てます。
                  頑張ってくださいね
        セリスさん…あれはRUNEさんが書いたんですね。
                    自分のLメモで書いてたんです。>一年
        カレルレンさん…こんなもんでいかがでしょうか?
                        …あかり、東鳩での僕の一番です。
        西山師匠…プロジェクト発動す。ご覧ください、師匠!
みかか:以上!
ひなた:さて、ここからはペースダウンします
        そろそろやばくなってきたんで…
みかか:でもちゃんと書きますから心配はしないでくださいね!
ひなた:では「パソコン使用がピンチ」風見 ひなたと!
みかか:「今回前半はスランプの中で書いたから下手です」赤十字美加香でし
        た!