無より生まれるもの 作者:風見 ひなた
 ブレードが破壊され、ティーナは舌打ちした。
 もっともこちらも向こうのブレードを砕いているので勝負は相打ち、といったとこ
ろだが。
 ブレードがなければシールドもまた無意味。
 ティナはシールドを投げつけると、その陰に隠れ一気に走り寄った。
 と、びりっとくる抵抗を感じてティーナは後ろに跳んだ。
「スタン・ミストを仕掛けるなんて粋な真似をしてくれますね!」
 大声で叫び…瞬間天井近く跳んでミストの中にバリアを張っている敵を狙い撃ちす
る。
 思惑通り敵の攻撃は自分が今まで居た下方に飛び、こちらの攻撃は油断した敵にも
ろにヒットする。
(いけるか!?)
 ティナは収まったスタン・ミストのフィールド内に侵入すると、敵を目指して一気
に突き進んだ。
 驚愕する敵の顔が見える。ティーナの心が痛んだ。
「ごめんなさい!」
 そう言いながら高圧電流を接触放射しようとティーナは高速の拳を繰り出し…。
『タイムワープ作動を確認!』
 突然降って湧いたオペレ−ティングがティーナの動きを押しとどめた。
「そ、そんな!あと少しだったのに!?」
 すっくと敵が立ちあがり、嘲笑の笑みを見せる。
「残念だったわね、ティーナ!私の勝ちよ!」
 地面が輝き始める。
 いや、地面に描かれた文様が輝いている。
『ルーティ!作戦遂行を祈る!』
「了解しました!」
 もうちょっとだった。
 あと一息でプロジェクトを阻止できたものを!
 ティーナは祈りをささげながら魔法陣に入り込んだ。
 祈りを捧げるべき相手はただ一人。
(浩之さん…守ってみせますから…)
 彼女にとって最も長い半日が始まろうとしていた。

 六月の気候は気分を滅入らせる。
 藤田 浩之は雨の降りしきる校庭を眺めていた。
 色とりどりの傘が見える。下校する生徒たちだ。
 今日は土曜なので授業は昼までで終わりである。
「ひろゆきちゃん、帰ろ」と神岸あかりは声をかけた。
 浩之は校庭を眺めていた。
 だが、その心はここにはない。
 彼の心は過去で止まっている。もしくは、いまだ来らない未来にある。
 あかりは顔を曇らせると、もう一度呼んだ。
「ひろゆきちゃん」
「おう、あかり!」今度は元気よく振り向いた。
 そしてあかりの顔を見ると、苦笑する。
「おいおい、何だ迷子の小犬みたいな顔して?こんな天気だからこそ元気よくいかな
くっちゃな!」
「う、うん。そうだね!」
 あかりは明るい笑みを返しながら、ちらりと思った。
(迷子のわんちゃんか…ぴったりな表現だね…)

 二人は下駄箱に上履きを入れると、校庭に目をむけた。
「げ、雨が降ってやがる…まずったな、傘持ってきてねーや」と浩之がぼやく。
(こんなこと、言うはずがないよね…)そうあかりは思う。
 言うはずがないのだ。先ほどまで校庭を見ていた浩之が。
(ひろゆきちゃんは、一体何を見ていたんだろう…)
 あかりはまた浩之が自分から遠くなってしまった、と思った。
 このところずっとそうなのだ。
 修学旅行が始まる以前から浩之はずっとここには居ない。
 何か、別の時を見ているのだ。
「ひろゆきちゃん、はい」
 あかりが傘を浩之とは反対の方向に傾けてやる。
「おっ、サンキュな、あかり」と浩之は頭をかがめて傘に入り込んだ。
「ひろゆきちゃあん!ちゃんと持ってよう!」とあかりはバランスを崩してよろけ
る。
 傍目には恋人同士のように見えるだろう。
 そうあってほしい、とあかりは思う。
 だが、そうはいかない。浩之はここに居ながら、ここでない場所に行こうとしてい
る。
 そこがどこなのかはあかりは知らない。
 ただ、浩之が目を離したら居なくなってしまいそうで、あかりはそれが恐かった。
「ひろゆきちゃん、昔…風船とってくれたことあったよね」とあかりは話し掛け
た。
「んなこともあったけな…俺が木登りしたやつだろ?」とあかりのほうを見ず浩之は
答える。
「うん、そう」
 子供のころ、あかりがうっかり風船から手を放してしまったことがあった。
 その時は浩之が公園で一番高い枝に登って、枝に絡まっている風船をとってきてく
れた。
 子供心に嬉しかったのを覚えている。その時は、浩之が居てくれれば安心だ、と
思っていた。あの頃はそれでよかった。
(でも、ひろゆきちゃん自身が飛んでいっちゃったら…どうすればいいんだろう?)
 浩之は今でこそ自分の傍に居てくれる。だが、これからはそうもいかない。
 高校生である浩之は、翼を持たない。どこへも行けない。
 だが、それもあと一年半だ。大学生になったとき二人は違う大学に行くことになる
かもしれない。浩之が日本に居る、という保証すらない。よしんば同じ大学に行け
たって時間割が違うかもしれない。今みたいに、一緒に帰れる時間だって….
 いや、今でさえ朝一緒に登校していないではないか。
 最近浩之はあかりが呼びに行っても出てこない。寝ているのではない。あかりが来
る頃にはもう家を出てしまっているのだ。
 まるで、あかりを避けるように。
 そう、避ける「ように」。
 あかりは浩之を失いたくないと思う。
 昔からの大事な友達だから。
 それ以上の何かだから。
(私にとって、ひろゆきちゃんは何なんだろう?)あかりは自問する。
 あかりはまだその答えを見つけられていない。
(ひろゆきちゃんにとって私は何なんだろう?)
 見つけねばならない答えなのに、まだ見つけられない。
 自分は浩之をどうしたいのか。浩之は自分の何であるのか。
 そして、どうありたいのか。
 (私は…)
「あかり」
「ひゃっ!」あかりは突然声をかけられ我に返った。
 気がつけばT字路に立っていた。登下校で馴染んだ場所だ。
 真っ直ぐ行けば浩之の家に、左に曲がればあかりの家に続く。
「傘、サンキュな。じゃ、俺こっから走って帰るから」
「ひろゆきちゃん、濡れちゃうよ」
「いいのいいの!どうせ走って一分もないんだから!」
 そう言い残して浩之は背を向けた。
 その時、あかりはなんだか嫌な予感がした。
 このまま放っておくと、浩之に二度と遭えなくなりそうな、そんな予感。
 あかりは思わず
「待って!」と叫んでいた。
 傘から飛び出そうとした浩之が立ち止まる。
 そして、驚いた顔をして振りかえった。
 驚いたのはあかり本人も同じである。
 自分でもあんなに大きな声になるとは思ってもみなかったのだ。
 一瞬見詰め合って、浩之は苦笑した。
「なんだよ、俺と離れるのが寂しいのか?」と。
「うん」
 あかりはお茶を濁させなかった。
「私、送っていく…送っていかせて?」と浩之の目を見詰めたまま、言った。
 気まずい空気の中を二人は相合傘で歩いていった。

「じゃな、あかり」と浩之は玄関のノブに手を懸ける。
「浩之ちゃん、今日は小母様達は留守なんでしょ?…ご飯、作りに行ってあげよう
か?」とあかりが呼び止める。
 浩之の動きは玄関に触れたまま止まる。
 実際には十秒もなかったろうが、あかりは永くそこに居た気がした。
 自分と浩之が過ごしてきた共通の時間の分、全てが過ぎ去るまで。
「やっぱいいや、あかり姫、いろいろ苦労懸けます!」といつもどおり軽い調子で言ってから…俄に、まじめな表情になる。
「いつも…ホントに、ありがとな…あかり」
 (何で)
 あかりは歯噛みする。
 口に出た。
「何で…そんなに改まるの?もう、遭えないみたいじゃない」
 浩之は虚を衝かれたような表情になって、無言で…ドアを閉めた。

 あかりは浩之が家の中に入っていってからも、降りしきる雨の中独り立ち尽くして
いた。

 浩之は学生服のままベッドに寝転がった。
(マルチ…)
 一人の少女の名が頭に浮かぶ。
(私の妹が出たら買ってあげてくださいね)
 あの時マルチはああ言った。
「違うんだ、マルチ。違うんだよ…おまえじゃなきゃ、だめなんだ…」浩之は独り
呟いた。
 マルチの妹。それを買ったところでマルチが話し掛けてくれるわけでもない。
 掃除好きで、お人好しで、元気がよくて、泣き虫で、優しいマルチ。
 あのマルチはもういない。来栖川重工の研究データになった。
 妹。心のない、プログラムで思考する人形。
 所詮は代替物にしか過ぎないのだ。
 ならば…代替は人間でもよいのではないだろうか?
 例えば、神岸 あかり。
(馬鹿な!)
 浩之は心の中で叫んだ。
(あかりはあかりだ。誰の代りでもない、たった一人しかいない!誰かの代りに愛
するなんてこと…あってはならない)
 ならば、自分にとってあかりは何か?
 浩之は考えてはならないような気がした。
 考えてしまうと、マルチへの思いに嘘をついてしまうような気がした。
(だけど、俺はあかりにも嘘をついている…)
 あかりの気持ちにはもう気付いている。
 だがそれには答えられない。
(俺は…マルチ…おまえが…?)
 やがて浩之は…考えることを放棄し、眠りに就いた。
 時計は六月二十日午後一時を指している。

 浩之が眠った後、数時間が経った。人影が部屋のドアを開く。
 彼女は浩之の寝顔を伺い、微かに笑った。
「浩之さん、お守りしに参りました…」
 時計は六月二十日午後三時を指していた。

                     「無より生まれるもの」  完
                            …続く

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ひ:またハングったら恐いからここでいったん切ることにしましょう
み:私の出番のパートまで行ってないじゃないですか!前後編なのに―
ひ:どうやらこれ…前、中、後に分けることになりそうです
み:また嘘つきましたね、ひなたさん…
ひ:うっ!
み:今日はもう書かないんじゃなかったんですか?
ひ:僕、家庭の事情で毎週土曜は書き込みできないから急いでるんですよ
み:うそつきは嫌われますよ
ひ:しゅーん…明日、全部まとめて書けば…
み:無理ですよ、そんなの…大体ここまでだって二時間かかってるじゃないですか
ひ:しかも文章がまずくなってる。さっきのほうがよかったのになあ
み:ま、いいか。ところで、今回…
ひ:もろに恋愛ものの表現ですね…
み:明日はがんばりましょうね
ひ:そうだね。レス追加!
    NOGODさん、アレはある部分がオーフェンに似てるのであって、オーフェ
    ンパロではありませんよー!大体が自作ですね、あのノリは
み:ではまた明日!
ひ:ってゆーか今晩!