『藤田浩之恋愛論』第二話「処女と恋愛論」 投稿者: 竹洞カレル
 昼休みが終わり教室に戻ると、オレの机の上に折りたたんだ紙切れがあった。開いて見
ると、メッセージが書かれている。隣のクラスの志保からだった。

「『藤田浩之を励ます会』を本日放課後、駅前のコージーコーナーにて開催してあげるか
ら、ふるってご参加しなさい。強制参加です。絶対に来い。  志保より」

 とうとう志保にまで感づかれてしまったか。オレは、ひとり静かに落ち込んだ。あいつ
に知られてしまったとなると、校内中にうわさが広まるのも時間の問題だ。あかりが怒っ
ている、という事実が広まるのならガマンが出来るが、志保のことだ、きっと拡大解釈さ
れたうわさが飛び交うだろう。そう思うと、ぞっとした。
 どこか遠くへ旅に出たい気分だった。旅はいい。人を賢くさせる。外に出てみなければ
わからないことがたくさんある。学校で教えていることは全て本に書いてある。だから、
本を読んでいれば学校なんて行かなくてもいい。それよりも旅をすべきだ。幸い、この国
には徴兵制がない。兵隊にとられるよりは世界放浪のほうがましだ。イスラエルの若者は
兵役に就く前の一年間、世界中を旅している。ユダヤ人にとってみれば、放浪は宿命みた
いなもんだ。オレはユダヤ人が羨ましく思えた。そして、志保からのメッセージが徴兵赤
紙のように感じて、ため息がこぼれた。

 放課後、そそくさと帰ろうとしたところ、運悪く、というか、待ち伏せをくらい、志保
に捕まった。

「逃げんじゃないわよ、往生際が悪い」

 下駄箱の影から飛び出てきた志保は、嫌がるオレを、まるでユダヤ狩りをするナチス軍
のように、無理矢理駅前まで引きずっていった。恋の悩みというものは、男から力を抜き
取る。何の抵抗も出来ずにコージーコーナーに連れ込まれた。

「新メニューのシュークリームが食べたかったのよ」

「シュークリームくらいでオレを巻き込むな」

「何言ってるのよ、巻き込まれたのはあたしのほうよ。ここ最近あかりったらあたしにま
で冷たいんだもん。あんたのせいよ」

 何も言い返せない自分が情けなかった。

「ねえねえ、一体何があったの?」

 志保が身を乗り出して、目を輝かせた。女は、色恋話が大好きな生き物だ。オレは、あ
かりとの約束をすっぽかして綾香とその他寺女の生徒数人とカラオケに行った、という事
実を思いっきりはしょって、あかりとの約束をすっぽかしちまったんだ、と言った。

「あら? 何よ、その程度のことであかりは怒ってるの? あの子も案外短気なのね」

 志保はオレの言葉を鵜呑みにした。これだから、頭の軽い女は扱いやすい。

「いや、まあ、悪いのは圧倒的にオレのほうだから、怒って当然なんだけどな」

「ちゃんと謝ったんでしょ?」

「二十八回もな」

「生理だったんじゃない? それでイライラしてたとか」

「あかりの生理は二週間後だ」

「なんであんたが知ってんのよ」

「オレ達は付き合ってんだぞ」

 生理をチェックしてないと、安心してHが出来ないじゃないか、これは男のエチケット
だ、と言うと志保は、なんだかあんたストーカーみたいね、と言ってシュークリームにパ
クついた。

「女の子の気持ちが分かってないから、あかりにふられるのよ」

「ふられてねーよ、喧嘩してるだけだ」

 オレは小声で、一方的に、と付け加えた。

「どっちも一緒よ、いままで楽してきたツケが回ってきたと思いなさいよ」

 オレは驚いた。楽をしてきた? オレが?

「あんたにとって、あかりほど楽な相手はいないでしょうね、本来恋人同士なら苦労して
当然のことを、あんたはしなくてよかったんだから」

 それは違う、とオレは思った。オレ達だって、ただいちゃついていたわけじゃない、そ
なりの苦労はあった。どうやったら今まで以上にお互いのことを知り合えるのか、どうし
たらそれまでの関係を壊さずにつき合い続けていけるのか、そんな当然の悩みもあった。
だけど、他の恋人達はもっと過酷な障害を乗り越えているのかも知れない。オレは、苦労
しそうなことを避けてきたわけじゃない。苦労や障害が追いつけないほど早く走り抜けた
だけだ。

「なんにせよ、この恋の伝道師・長岡志保の忠告としては、しばらくは様子を見ることね、
全ては時が解決してくれるに違いないわ」

 志保は偉そうにふんぞり返った。どこからか引用してきたような台詞を自分の物のよう
に語る志保を見て、なんだか腹が立った。

「何が恋の伝道師だ、処女のくせに」

 恋ばかりしていて、愛を知らない処女に、何が解るというのだ。

「な、ななななななんですって、あたしが処女だっていつ決まったのよ」

「じゃあ誰といつどこでHしたってんだよ」

「そんなことあんたに関係ないでしょ! あたしはこう見えても結構モテるんだから」

 その通りだった。確かに関係ない。志保が処女であろうが非処女であろうが、オレの問
題解決には役に立ちそうになかった。だが、モテるというのは悔しいが事実だった。あの
素顔と綺麗な脚がたまらない、とクラスの誰かが言っていた。そんな毛穴やすね毛がまっ
たくない素顔や脚などあるものか化粧によるものに決まってるだろう、とオレは思うのだ
が、男子生徒の中には志保のファンが存在するらしい。オレは志保を中学の頃から知って
いるから、こいつの眉がもっと薄くて途切れていることも、目の下にソバカスはあるのも
承知だ。スタイルはたしかに良いけど、とびきりの美人とは言い難い。華やかな容姿は努
力のたまものと言ったほうが当たっている。志保は決して気を抜かない。いつどこで誰が
見つめているか分からない、と言うのだ。モテるための努力をしているのだ。それは称賛
に値する。可愛らしいとさえ思えてくる。

「せっかくあたしがアドバイスしてあげてるってのに、もう勝手にしなさいよ」

 志保はシュークリームをむしゃむしゃと食べた。確かに、こいつのアドバイスは役に立
つかもしれない。あかりと同じ女なんだ。

 オレは、まだ分からない。あかりの涙声と電話の不通和音が、オレの鼓膜に響いている。
なんで泣くんだよ、何で怒ってるんだよ、こんなにも好きなのに。オレは思う。今は休ま
なきゃいけないときなのかもしれない。休み無しで突っ走ってきたオレ達の愛も、少しだ
け疲れてしまったんだ。ため息のそよぎも感じ取れる静かな休息の場を作り上げたら、オ
レは、あかりを抱きしめることが出来ると思う。

(続く)
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 こんにちは、竹洞カレルです。
 PS版To Heartやってます。やっぱ面白いです。Hシーンがなくて残念ですが、
ある意味ないほうが面白かったりします。声があるのもイメージが膨らむようで、また面
白いです。
 では、また。

http://home4.highway.ne.jp/ksugi/renai.html