『Happy? Birthday』 投稿者:伊勢 投稿日:2月16日(金)18時17分
「なぁ、そういえばはるか来週誕生日じゃなかったっけ?」
 大学内のラウンジ、昼食も採れる喫茶店で俺は思い出したようにそう呟いた。
 授業も一段落し、恋人である森川由綺とコーヒーを飲みながら一服していたところ、其処にはるかと彰、そして美咲さんがやってきて、今はこうして皆でテーブルを囲んで談話をしている時だった。
「あ……」
 はるかがポツリと呟く。
「はるか、もしかして忘れていた……とか?」
 と、これは由綺
「あはは……忘れてた」
 相変わらず飄々と言ってのける。
 まるで見るつもりだったTVの番組の事でも忘れていたかのように<br>
 しかしまぁ、子供の時に比べ誕生日なんて都市を重ねるにつれどうでもよくなってくるものである。
 由綺なんかは誕生日がクリスマス・イブだから忘れようが無いのだが……
「はるかちゃん、来週誕生日なんだ」
 と、美咲さんが聞く
「うん、バレンタインデーの翌日」
「バレンタインはおまえ、贈る側じゃないか」
「チョコレートでもいいよ」
 聞いちゃいない。
「ふふふ、じゃあわたしは誕生日とバレンタインを兼ねてチョコレートケーキ焼くね」
「あ、はるかいいなー」
 彰が茶化した風に言う、が、彰の瞳が一瞬光ったのを俺は見逃さなかった。実は本気で羨ましいのだろうか。美咲さんだって義理チョコくらいくれるだろうに
「それじゃあその日はるかちゃんの誕生日パーティーやろうか?」
 と美咲さんが唐突に言う。
「…え?」
「あ……やっぱり変だったかな……大学生にもなって……」
 美咲さんが申し訳無さそうに言う。
「ううん、そんなことないよ! 誕生日パーティーなんて久し振りだし、やろうよ」
 彰が慌ててフォローを入れる。
「うん、いいな。せっかく美咲さんがケーキ焼いてくれるんだし、やろ」
 由綺も同意する。
 そして、視線が話題の主であるはるかに注目する。
「ありがとう、みんな」
 少しだけ照れくさそうにそう返事をする。
「よし、それじゃあ場所どうする?」
「長瀬叔父さんに頼んで店、貸切にしてもらおうか? あそこなら道具も揃っているし……あ、美咲さん、僕もケーキ作るの手伝うよ」
「ありがとう彰君」
「実は彰が手伝わない方が上手に出来たりして」
「ひどいなはるかー、そんなこと言うとはるかにはあげないよ」
「じゃあ美咲さん一人に頑張ってもらうから、願ったり叶ったり?」
「渡りに船……は違うか」
「はるかも冬弥君も失礼だよー」
 そんなこと言っても、このあいだ食べた彰のケーキ、なんかフツーだったからなぁ……
「そういえば由綺は仕事の方は大丈夫なの?」
 由綺は一瞬あっ、とした顔になり、しかし
「うん、多分だいじょうぶなハズだよ。前日はTVで生放送の番組があるけれど、15日は今のところ休みの日だから」
 何でも、14日のTVの生出演は緒方さんによる差し金だそうで、バレンタインデイの夜も仕事をしているというポーズをとり、ファンの余計な詮索を回避しようという目論見らしい。
『もっとも、そんなものでファンの目を誤魔化せるかどうかは怪しいものだけどね』
 とは張本人の緒方さんの弁だが
 いずれにせよ2/14の晩、俺と由綺は会う事が出来ないし、それはわかっていたことだ。
「そっか、なら大丈夫だな。それじゃあ各自何か用意しておく、ということで
 彰、場所のこと頼んでおいてくれ」
「うん、わかった」
 そうして、今日の所は解散した。



「ええっ? 店ダメなの?」
 数日後、彰がマスターに貸切にしてくれるよう頼みに行った彰から連絡があった。
「うん、なんかその日は丁度親族一同が集まるらしくって、それで店を使うらしいんだ」
「うーん……それじゃ仕方ないな……由綺の家は無理に決まっているし、はるかも美咲さんの家もご両親がいるのに騒ぐわけにもいかないし……そういえば親族の集まりって、彰は出なくてもいいのか?」
「うん、親族と言ってもマスターの兄弟達が集まるだけらしいから」
 くそう、兄弟だけなら貸してくれたっていいのに……
「そっか、じゃあ残るは俺の家か彰の家だな」
「じゃあ冬弥の家ね」
「なんでだよ」
「実はその日、叔父さんの店の準備だけ手伝わなきゃならないから」
「店は関係無いだろ? でもそうなると美咲さんのケーキ作り手伝っている暇は無いな」
 意地悪そうに言ってやる
「五月蝿いなぁ ほっといてよ。 それじゃあ冬弥の部屋でいいね」
 口を尖らせて言う。本当に残念だったのだろう
 しかし美咲さんのことなら大抵の事を捨ておいて最優先するだろうに……
 マスターに弱みでも握られているのだろうか
「……まぁいいか」
「それじゃあはるかと美咲さんに連絡しておくから、由綺に連絡しておいて」
 美咲さんだけでなく一応はるかの名前も入れている。
 別に俺相手に今更隠さなくってもいいのに
「わかった」
 そのことはあえて指摘せず短くそういった。



「ごめんね、はるか、どうしても抜けられなくって……」
「申し訳ありません、わたしの手抜かりで」
「気にしなくていいから、仕事頑張って」
 由綺に急に仕事が入った
 いや、仕事が入っていたのだ。
 ラジオの生番組に出演の予定が入っていたのだが、意思疎通が十分になされていなかったようで、スケジュール管理を行うマネージャーである弥生さんのもとまで性格に伝わっていなかったようだ。
 由綺が謝って断ってくるといった所、
「私の落ち度ですので」
 と言って弥生さんも同行した。
 普段感情を表さない彼女にしてはし訳無さそうに詫びている。
 きっと自分の不手際と、それが由綺につらい思いをさせてしまったのではないかという気持ちなのだろう。しいては、その事が仕事に影響をもたらすのではないかという不安もあるだろうが……
 そんな弥生さんを見てはるかも少し驚いたようだが(言っておくが初対面だ)、いつものように笑って気にしなくていいと言った。



 そして当日、由綺を除いた3人ではるかの誕生日を祝う……ハズだったが
「彰も!?」
『ごめん! まさか叔父さんの兄弟がこんなに、こんな……うわぁーーー!!!……ぅ……つーつーつー……』
 最後に彰の悲鳴と「うま」という謎のダイイングメッセージを残して電話は切れた。
 ……馬?
「とまぁ、こういうわけで」
「みんな忙しそうだね」
 相変わらず飄々としている。その瞳からは真意は読み取れない 
「美咲さんは大丈夫だろうから、ケーキにはありつけるだろうさ」

ぷるるるる、ぷるるるる

 ……なんか、めっちゃヤな予感

「はい、藤井です」
『もしもし、澤倉ですが……』
 やっぱり……
『あ、冬弥君、ちょっと遅くなったけど今からケーキ持って行くから……』
「ふー、よかった……美咲さんまでダメかと思った」
『え? 何かあったの?』
「いえ、彰もなんか急に用事が出来たみたいで由綺も仕事が入って来られなくなったし」
『……そうだったんだ』
「冬弥、代わって」
 はるかはいきなりそう言うと、受話器を俺から奪い取り電話を代わった。
「もしもし、はるかです。 はい、美咲さん……じゃないですか?……やっぱり、ダメです。 はい……気持ちだけで十分ですから……それなら此方から……はい、お大事に」
 かちゃ
 切っちまいやがった。
「お、おい、はるか?」
「冬弥、今から美咲さんの家に行ってきて」
「はぁ? なんだよ、いきなり。美咲さんこれから来るって……」
「昨日から美咲さん風邪引いているよ。気がつかなかった?」
「本当か? それじゃあ見舞いに……」
「ううん、ケーキだけは焼いたみたいだから、それを取りに行ってきて」
「でも、美咲さんが風邪引いているのに俺達だけ……」
「これ以上美咲さんに気を使わせたくないから……」
「わかった、それじゃあ美咲さんの家で……」
「それこそ美咲さんに気を使わせるよ」
 うっ、たしかに
 美咲さんのことだから無理にでも起き上がるだろうな。
「……わかった、でもはるかも一緒に来いよ」
「ん」

 表に出る。
 未だ2月とはいえ、不思議と余り寒さは感じなかった
「冬弥」
 はるかに後ろから声を掛けられる。
「なんだよ」
 振り向かずにそのまま答える。
 星がきれいだったのでそれを眺めていた。
「頑張ってね」
「……へ?」    ・・・・・・・
 そう言うとはるかはペダルを漕いで走り出した。
「ちょ、はるか! 待ちやがれ!!」
「〜〜〜♪」 
 聞いちゃいねぇ!
「くそっ! それならおまえ一人で行って来いよ!!」
 立ち止まってはるかに叫ぶ
 そう言うと、Uターンして戻ってくる。
「いいの? 美咲さん放っておいて」
 くっ
「だったらお前も歩けよ!」
「大丈夫」
「なにがだよ」
「ギリギリついて来られるスピードで走るから」
「余計に悪いっ!」
 シャー
 クソっ あんにゃろ!
 こうなったら無理やり引き摺り下ろしてやる!



「こんばんわ」
「ぜーっ、はーっ、フーっ、フーッ…………こん…ばんわ」
「……冬弥君?……どうしたの? 大丈夫?」
「ちょっと……全力疾走しただけ…ですから、美咲さんこそ」
 くそっ、引き摺り下ろそうと追いかけていたらいつの間にか美咲さんの家に着いてしまった。
 はるかめ……帰りは憶えていろよ。
「美咲さんは、大丈夫?」
「え? うん。少しは落ち着いたけど……ごめんね、はるかちゃん」
「ん、大丈夫ですから」
「あ、これケーキ。風邪で味覚が少しおかしくなっているかもしれないから、ちょっと自信ないけど……」」
「ありがとうございます」
 はるかはそう礼を言ってぺこりと頭を下げた
「それじゃあ、冬弥君だけでもはるかちゃんをお祝いしてあげて」
「……はい、わざわざすみません。お大事に」
 俺とはるかは美咲さんとご両親に挨拶し、もう一度お礼して家を出た。
 ベッドから起きて迎えてくれた美咲さんは、顔を赤くしながらも、申し訳無さそうに謝り(謝りたいのはこっちの方だったし、実際謝ったが)
 美咲さん、あんな風になりながらもわざわざ作ってくれたんだな。
 そう思うとなんだか申し訳ない気がしていたたまれなかった。
 
「それじゃ、帰ろうか」
「そーだよ! 帰りは俺が自転車だぞ。頑張れよ」
 少し意地悪げに言ってやる
「いいの?」
「今度は何だよ」
「だって、ケーキあるよ」
 あ……
 しまった、俺が持ってもはるかが持っても走ったらケーキが崩れてしまう。
 はるかのヤツ、こうなる事を見越していたのかよ……
 抜け目無いな

 結局自転車は押して歩く事になった
 自転車は、何故か俺が押した。

 暗い道を二人で黙って歩く。
 別に何の事は無い、ただなにも話す事が無いだけだ。
 長い間幼馴染なんてのをやっていると、大体こんなもんである。
 公園の前に通り掛る。
 俺とはるかが暇な時や授業をサボったりする時よく居るいつもの公園だ
「冬弥」
 唐突に、はるかが声を発する。
「なんだ?」
「少し寄って行こうか」



 あたりは闇に包まれ、その闇を引き裂くように街頭の光が所々射している。
 公園内は閑散としていて、人の気配は感じられない。
 昨日ならばココもクリスマスの時のようにカップルで賑わっていたのだろうが
 噴水の淵に腰をかける。
「う、冷たい……」
 尻を下ろした噴水の縁は夜の外気を受けすっかり冷たくなっていた。
 はるかは腰をおろさず、俺の隣りに立った。
「ねぇ、冬弥」
「んー」
「冬弥は、私が生まれてきて幸せ?」
「……なんだよ、いきなり」
 はるかは、答えない
「…………」
「…………………………」
「……………………………………………………」

「わからない、そんなの」
「……そう」
「ああ、わかるわけない。はるかが生まれてきていなかった世界なんて想像も出来ない」
「…………」
「もしかしたら、はるかが生まれてこなかった世界の方が俺にとって幸せだったかもしれないけどな」
「…………」
「知らなきゃ、知らないだけ……ただそれだけさ」
「………そうだね」
「でもな」
 俺は言葉を一度区切って言う
「今おまえが居なくなったら、おれはつらい。俺は不幸だよ」
 そうだよ、『もしも』のことなんてわかってたまるか。
 俺たちにあるのは『今』と『これから』だけだ。
「じゃあ…………何で誕生日を祝うのかな……」
 ……それは……
「それは…………今まで生きてこられた事を祝うためだよ」
「今まで生きてこられたこと、その事に感謝して、その喜びを皆で分かち合うんだ」
 何適当な事言ってるんだ! 俺は……
「…………それじゃあ、兄さんは不幸だね」
「…………」
「…………」
「……そうだな、こんなに旨そうな美咲さんのケーキを食べられないなんて、不幸だな」
「あはは、そうだね」
 俺ははぐらかした。なんて答えたらいいかわからなかった。
 ただ、いい加減に答えられなかった。 
 俺もはるかも、それっきりなにも言わずにただ、じっと空を見ていた……
 そして、俺が逃げ出すようにその場から立ち上がり歩き出すとはるかも無言で続いた。



 家に到着すると、早速美咲さんの渡してくれたケーキを切り分けた
 外気で程よく冷やされたチョコレートケーキはくど過ぎず、程よく甘く、非常に美味しかった。
 流石は美咲さんだ。
「ん、これチョコレートにハーシーズ使ってる」
「わかるのかよ」
 利きチョコレートなんて出来たのか?
「ん、いつも食べてるから」
 なるほど、ひょっとしたら美咲さん、はるかの好み知っていたのかもな……
 ケーキを食い終わると、俺達ははする事も無くただぼーっと座っていた。
 ステレオからはFMラジオ番組が垂れ流しされている。
 時々、由綺や理奈ちゃんの曲が流れる

 それにぼうっと耳を傾けながらさっきの事を思い出していた

『私が生まれてきて、しあわせ?』
『兄さんは不幸だね』

 なんなんだよ、一体……
 俺は得体の知れない焦燥感に駆られていた。
 俺は、なんて答えたいんだよ。
 はるかは、なんて答えて欲しいんだよ。
 美咲さんにはるかのこと祝ってやってくれって頼まれているのに、なにやってっているんだろ

「…………はるか……」
「ん、なに」
「ごめん、おれやっぱりわからない」
「なにが?」
「はるかの…兄さんの事」
「……うん、わたしもわからない」
「え?」
「死んでしまうということは、本人にとって不幸なのかな……」
 俺は答えない
「残された人たちは、それはきっと悲しい事なんだろうけど、死んでしまったらその人の意識とか、どうなるんだろう? 死んでしまっても未だつらいとか感じる事ができるのかな」
「はるかっ!」
 俺は思わず大声で叫んだ。
「きっと……だなんて、そんな他人事みたいな風に……言うなよ」
 おまえが……おまえが一番つらい思いをしてきたんじゃないか。
 そうだ、はるかは人ひとりの死を背負って生きてきたんだ。
 そんなはるかの気持ちを、俺が理解しようなんておこがまし過ぎる。
 でも……なら、せめて
「はるか…」
「ん……」
「そういえば未だ言っていなかったよな……誕生日おめでとう、はるか」
「ん、ありがとう」

 ラジオから由綺の声が聞こえてくる。
 と言っても歌声ではなく喋り声だ。
 由綺が今夜出演する番組、これだったのか。
 DJと由綺との軽快、とは言えないが、楽しげなトークが続く
 先日出たCDの話、昨日のバレンタインのはなしなど当り障りの無い話題ではあるが……
 番組も終盤に差し掛かった頃、由綺が「少しいいですか」と言った。
 そして一拍おいて
『もしもし、聞こえていますか? お祝いに行ってあげられないけど、ここから言うね。
 はるか、お誕生日おめでとう!』

 短くそう言った。

「……ありがとう、由綺」
「よかったな、はるか……」
「冬弥」
「ん」
「わたし、しあわせ?」
「……訊くなよ、バカ……」
「あはは」



 俺達は数え切れないほどの人の思いの上に生きている。
 数え切れないほどの人にささえられて生きている。
 だから、俺達が今まで生きてきたその節目の日ぐらい
 俺達を支えてくれた人のためにも、祝福しよう。
 Happy Birthday to you
 

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