別れ 投稿者:おーちゃん 投稿日:5月23日(火)04時36分

 わたしの愛用の自転車、メルセデス社製、銀色のATB。
 わたしは道端に止めたそれにもたれながら、頭上を見上げた。
 わたしの視線は、目の前にあるアパートへと向かって、その一室で止まった。
 陽は完全に沈み、あたりはもう真っ暗で、暗がりを裂くように部屋の窓からは、薄いカ
ーテンの隙間を縫うように室内の光が漏れだしていた。
 はぁっと、わたしは息を吐いた。
 秋も半ばになって、夜はかなり寒くなってきていた。
 けど、寒いのは平気。
 わたしにはこれがあるから。
 ポケットから、革の黒いグローブを取りだして、両手にはめた。
 これはわたしの宝物。
 特別な人から貰った、贈り物。
 これさえあれば、薄着でも、全然、平気。
 窓を見た。
 カーテン越しにふたつの人影が映って見えた。
 わたしは知っている。
 その人影の正体を。
 ひとつは、わたしのすきなひと。
 もうひとつは、わたしの大切なともだち。
 ふたつの影が、ゆっくりとした動作で、ひとつになって、ふたつになって、くっついた
り離れたりを繰り返す。
 わたしは街灯の光を浴びながら、自転車の固いイスの感触を背中に感じながら、ずっと
眺めていた。
 ほんとうにずーっと眺めていた。
 吹きつける風も気にならなくて、自分でもよく分からないくらい熱心に、影の動きを視
線で追っていた。
 そうしながら、疑問が浮かんでくる。
“わたしはなぜこんなことをしているのだろう?”
 それこそ、何度も何度も思った。
 けど、答えが出てこないのだ。
 自分でも、理由は何となくは分かっている。
 それでも、明確な答えは、無い。
 分からない。
 だから―――こうして、こんなところで、こんなことを、ばかみたいに、しているのだ。
 ひとりでじっと部屋の明かりを眺めて、いずれ消える明かりとともに、わたしも帰る。
 わたしは、ずっと、ひとりで、ずっと、絶対に交わらない道にいる誰かを望み見上げて、
幾度となく、こんなばかなことを繰り返した。
 自問してみる。
 寂しさ?
 ううん、感じなかった。
 つらさは? 切なさは?
 ううん、感じなかった。
 感じたのは、くるしかったということだけ。
 すきなひとを、間近で見て、けれど、もう乗り越えられない壁が、その人とわたしの間
に存在する。
 そのひとに抱かれたことに後悔している?
 …どう…なのだろう?
 抱かれた。
 わたしと、そのひとが求め合って、わたしたちはお互いを愛し、慰めた。
 やっぱり、後悔している?
 …分からない。
 思う。
 あのとき、わたしと、あのひとの間に何もおこらなかったとしたら、その場合における、
わたしたちの未来はどうなっていたのだろうかと?
 今さらそんな仮定は無意味。 そんなことはわかっている。
 それでも、考えてみる。
 そうしたとき、わたしたちは、たんなる気の置けない幼なじみとして、一生仲良くつき
あっていけたのかも知れなかったかと。
 違う。
 そんなはずはない。
 わたしの“好き”という感情は、あのひとによって呼び覚まされ自覚した。
 その気持ちを、いつまでも隠してつきあえる自信はわたしにはない。 そんな自信家で
はわたしは決してない。
 じゃあ、結局、どうしていたって私たちの関係は破綻する運命だった。
 だからといって、ほかに道はなにもなかった、そう言うワケでもなかった。
 方法はあった。
 どれだけの選択肢があるのかは知らない、と言うより、わたしにはたった一つの選択し
か知らなかった。
“わたしのすきなひとを、すきなひとの彼女から、わたしの一番大切なともだちから奪っ
てしまう”
 それは選ぶことが出来た。 それは事実。
 ―――選ばなかった。
 ―――選べなかった。
 出来なかった。
 くるしくて、悩んで、くるしくて、胸の奥が熱く焼けそうな思いに苛まされて、わたし
が出した答えだった。
 わたしは、こんなにもあのひとが好きなのに―――けれど、駄目だった。
 無理だった。
 一度ならず決心はした。 
 でもその度、ともだちの、笑い顔、泣き顔、怒り顔、悲しみ顔、それらが頭の中で、ま
るで走馬燈みたいに、ぐるぐる、ぐるぐると、浮かんだ。
 そしたら、もう、わたしはいても経ってもいられなくなった。
 彼女には彼が必要だったから。
 わたしよりも必要としていたから。
 それが分かっていたから、仕方のないことだった。
 わたしのすきなひとは鈍くて、なにも気がついていなかった。
 けれど、ともだちは傷ついていた、こころに、深く、広い、大きな傷が至るところにあ
った。
 それは痛々しくて、時々見ていられないくらいだった。
 それでもともだちはそれを彼氏には見せまいと、精一杯の笑顔で傷口を覆い隠した。
 彼も、それに騙されて気づかなかった。
 けれど、彼が一緒にいれば、彼女の傷も少しずつ癒されていくのも事実だった。
 傷つきながらも、致命傷には至らず、前に進むことが出来るのだ。
 だから、彼女には彼が必要なのだ。



 彼は、わたしをほんとうに愛してくれた。
 それも、わたしを幼なじみとして見るのではなく、一人の女として愛してくれた。
 なにもウソ偽りは、無い。
 純粋に曇りのない愛。
 それは確かに存在していたのは、間違いようのないことだったのだ。
 だけど、彼にはわたしのともだちという、もうひとりも、真剣に愛していた。
 それもまた、彼の気持ち。
 わたしと、わたしのともだち。
 彼が向ける気持ちに、何も変わりはない。
 彼は器用なひとじゃない。
 同時に何人ものひとを好きになれるような器用さは持ち合わせていない。
 そして、彼は悩んだ挙げ句、わたしを選ぼうとしてくれた。
 だから、わたしは、かれが、彼女と別れ、わたしとともに道を歩もうとしてくれる、そ
の寸前で、わたしは、歩く向きを変えた。
 彼が、わたしでない彼女と、歩むよう、わたしは、彼から離れたのだ。
 わたしではいけない。
 彼には、わたしではいけないのだ。
 わたしのほんとうに大切なともだち。
 彼女が必要としているかぎり、わたしが、彼を奪うような真似は決して許されはしない
のだ。
 偽善者ぶっているつもりなんてない。
 ただ、わたしは、泣いている顔を見たくない、それだけなのだ。






 帰り道、自転車を漕ぎつつ、ふと、思いたった。
 決めた。
 もう、今日で、こんなばかな真似も最後にしよう、と、

 わたしは、もう、なにもない。
 何一つ持ってない。
 けど、テニスなら、まだ出来る。
 自信は多少ある。 体はまだ動く。
 だから、新しいテニスラケットと、ウェア、シューズを買って、見知らぬ町へ行くのだ。
 テニスが盛んなところだったらどこでも良い。
 外国、例えばフランスなんかも良いかも知れない。
 決めた。
 学校も辞めよう。
 やっと気がついた。
 わたしは、ここにいるべきでないと。
 だから、バイバイ、わたしの愛した冬弥、由綺。
 わたしは黒のグローブをはめた手で、力一杯にハンドルを握り、ペダルを踏んだ―――



―――(終わり)―――



初投稿です。
最初で、ワケの分からない話ですみません。
自分の大好きな河島はるかの、エンディング後のお話です。
駄文、申し訳ありません。
次回はもっとましなモノを投稿したいと思います。



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