萩と月 (痕) 投稿者:鴉片 投稿日:9月21日(木)23時01分
 彼の目の前には、障子越しに零れる月の光に照らされた千鶴が青白く佇んでいる。既に下着姿で、心持ち潤んだ瞳が彼を待っている――

 ――シンプルなデザインだが、明らかに今宵の為の決戦用であろう高級ショーツには、毛筆体で「獄門島」とプリントされている。



     一つ家に 遊女も寝たり 萩と月



「千鶴さん…」

 彼は声を失いかけていた。

 我をも失いかけていた。

「これは、幸庵ですね」

 彼を誘うかのように両手を開きながら彼女はたおやかに微笑む。

「ええ。萩と月です」

 そして障子越しの二つの影は、崩れるように一つに溶けてゆく。



     駒が勇めば 花が散る

     猫が踊れば 鈴が鳴る



 意味深ですね。

 にゃんにゃんです。



 一方。

 その頃。

 ――大好きな「お兄ちゃん」のために、お風呂上がりの少女はおろしたての下着を今や身につけんばかりとしていた。

 ショーツというにはあまりにも可愛らしいデザインのそれには。

 俗にいわれたエヴァフォントで。

 ちっちゃなお尻を覆う部分いっぱいに。

 「きちがい」

 とプリントされている。

 正確には「季違い」なのだろうが、誰がどう見てもストレートに「気狂い」としか解釈の仕様がない。



     鴬の 身をさかさまに 初音かな



 つーか、ここの住人はみんなこーなのか。

 ここの姉妹は、みんなそーなのか。

 もうひとりふたりぐらい、観察してみることとしよう。



 ――彼女には、栄えたる月がよく似合う。

 うえだけパジャマ、というなかなかに殿方の歓ばせ方をわかっていらっしゃる寡黙な少女は、盆のような月をみつめるでもなしに見上げていた。

 このとき心にあったのは、前世の夫のことだろうか、それとも現世の想い人だろうか。

 ややもすれば未成熟さを残したまま、既に色香を仄かに匂わせている小尻には。

 やはりとゆーか。

 「座敷牢」

 なんかあんまりなかんじである。



     むざんやな 冑(かぶと)の下の きりぎりす



 ――はてさて。

 一家の炊事を掌握している彼女は、このところお風呂の順番は最後となることが多い。

 それは合理的な動機からだが、つまりはお風呂上がりに即、洗濯機が廻せるから――という単純な理由に他ならない。

 彼女は、朝は朝で忙しいのだ。

「なんか最近、洗濯物の量が多くないか?」

 独りごちてみるものの、わかっているのだ。

 季節は夏。

 北陸の地方都市といえども夏は存る。

 汗を掻けばハンカチが、タオルが、幾数枚あったとて足りるものではないだろうし、着替えの服とて同様である。

 いや。

 本当は。

 夏期休暇を利用して帰郷している従兄弟の存在が、気になるのだろう。

 女性が特に身だしなみに気を使うのには、常に奇麗でいたい清潔でありたいのはやはり異性というファクターがかかってくるのだろう。

「ま、いいけどね」

 彼女もやはり、女だから。

 寝間着代わりのタンクトップに。

 やはりそうなのか。

 やはり避けては通れぬのか。

 「機雷爆破」

 なんと爽快。

 つーか豪快。



     夏草や つわものどものが 夢の跡



 ――そんでもって。

 それぞれの一夜が明ける。

「ふふ。耕一さん……そろそろ起きてください」

「耕一ぃ〜〜〜っ、朝飯が冷めちまうだろぉっ」

「耕一さん。おはようございます」

「耕一お兄ちゃんっ。おはようっ」



「――あ?」

 寝惚け眼で。

 朝を迎えると。

 四人姉妹が揃って彼を起こしにきていた。

 何があるのか。

 何か理由があるのか。

「ええぃ、さっさと支度しろっ」

 布団を剥がされる。

「げ」 梓が。

「あ」 初音が。

「ぽっ」 楓が。

「まあ」 千鶴が。



 やはりそこには。

 つまりそこには。

 お約束が待っていた。



 「天狗の鼻」



 ええっと。

 朝から元気な、朝だから血気盛んな下腹部を凝視したまま朱をさして硬ぉ直している従姉妹達に、彼は絞るように声を出してそろりと打診してみる。

「――俺のパンツ、どっかそこらへんにないかな?」