スフィー様と結花あらため 投稿者:鴉片 投稿日:6月26日(月)00時37分
■8月某日。昼下がり。
■駅前。バス停。
 結花に非常呼集をかけられ、俺とスフィーはおべんとを持って呆然と集合場所に突っ立っていた。
「ねえ、けんたろ。今日はどこに遊びに行くの?」
「さあ、俺にも……」
 俺達が困惑してるところへ、見計らっていたかのように結花がやってくる。
 銀色のジュラルミンボックスと、古めかしい写真機を携えて。

  【“古めかしい写真機”ひとくちめも】
   CAMERA=MINOLTA X1 motor、MINOLTA XD
   LENS=MD rokkor 28mm、MD rokkor 35mm、MD rokkor 50mm、MD rokkor 85mm
   カメラに明るくない人にはよくわりませんよね。
   儂にもよくわかりません。

「よぉ結花、いったいどこに俺達を連れてく気なんだ?」
 俺にレフ版を受け取らせると、結花が云った。
「結花ではないっ」
 は?
「あたしは石川洋司かめんっ。JPS(日本写真家協会)党の一会員だっ」
 ででーん。
 ・
 ・
 ・
 ・。
「はあ?」
 いしかわようじって――だれ?
 それに「かめん」じゃねーし。
「ええっと…あの…結花さん?」
「結花ではないっ」
 パシャパシャッ!
 うわ、馬鹿っ、目の前でフラッシュを焚くんじゃねぇっ。
 眩しいっ。つーか痛てぇっ、痛てぇって!

 百歩譲って結花あらため石川洋司かめんってコトで話を続けることにする。なんか納得いかないが。
「それでゆ…む〜っ、いしかわよーじかめんっ、あたしたちをドコに連れてってくれるの?」
「芝生のあるところ」 きっぱり。
「はう?」
「んでもって人目につかないところ」 きっぱり。
「あう?」
「でもって、ヌード撮影にぴったりなところよ」 どきっぱり。
「あ”う”ー”ー”ー”っ”!?」

 ヌードですか?
 スフィーです。

「あたし脱ぐのっ!?」 びっくり。
「芸術のためよ!」 きっぱり。
「…お前の趣味だろ?」 じと。

 そーか今回はそーきたか。
 可愛いものに目がなく。
 手許にカメラがあって。
 そりゃやることは一つしかねーよな。

「すると何か? ハダカにストールとブーツか?」
「そうよ」
「それから何か? ハダカにティーシャツか?」
「そうよ」

 コイツは本気だった。
 胸がないくらいに本気だった。

「今回の撮影はとうぜん出版を念頭に入れてるわ!」
 出版とゆーと…、
「てーと白夜書房か? 綜合図書か? 松文館か? 笠倉出版か? ペンギンハウスか?」
 ちっちっち。
 のんのんのん。
 萌えるカメラマン石川洋司かめんは、ない胸を張って俺の提示した出版社すべてを否定した。
 そして、云った。
「さーくる社よ!」
 きっぱり、云った。云い切った。
「写真集のタイトルは『永遠の妖精スフィー』! これしかないわっ」
 あああーーーっ、云っちまった。
「あのぉ…」 スフィーがわずかばかりの抵抗を試みる。 「あたし、21歳……」
 しかし石川洋司かめんはとりつくしまもない。
「見かけは12歳ね」
「…うりゅ」
 緊迫感の漂うバス停にバスが到着する。
「さあ。いくわよ」
 このままではスフィーが剥かれてしまうっ。
 俺は五月雨堂の看板むしゅめのみさおを守る為、最後の力を振り絞った。
「いーのかそれでっ! お前がスフィーの写真集を出したら、『HONEY BEE』が再び変な奴らに占拠されることになるのは明白だぞっ!!
 え、いーのか!? それでっっっ!!」
「う”」 びし。
 石川洋司かめん。動揺。
 いや。
「それは…ありえないわ」
 石川洋司かめんは強気だ。あくまで強気の姿勢だ。
 しかし。
 かめんの下に隠された素顔の江藤結花には効いている。えらく効いているっ。
「ありえないだと? どーしてそんなことが云えるんだ!?
 結花のホットケーキを目当てに、スフィーが連日『HONEY BEE』に顔を出しているのは周知の事実っ!
 お前はか弱い仔羊の前に餓えた狼を引き込むつもりかっ!?」
「う”う”っ」 びし、びしっ。
「いーのか、いーのか!?」
「スフィーは…“食べられ”ないわ」 と。石川洋司かめん。 「あたしが守るもの」
 スフィーの腕を掴んでバスのタラップに足をのせようとする背中に俺は咆哮をぶつけた。
「一介の写真家に『HONEY BEE』の常連客が守れるものかぁ――ッ!!」
「う”!」 びしぃッ。
「『HONEY BEE』の常連客を守るのはっ! 『HONEY BEE』の看板娘の役目だろ-がっ! 違うか結花っ! 違うのかっ!」

 スフィーの腕を掴んだまま。
 スフィーの腕を掴んだまま。彼女は。
 スフィーの腕を掴んだまま。彼女は。――動けなかった。

 バス出発。
 スフィーの腕を掴んだまま。振り向いたのは。――素顔の結花だった。
 少し。涙ぐんでいた。
「そうよね…あたしが守らないと…いけないよね」
「うりゅ…結花ぁっ」
「わかってくれたか、結花っ」
「ええ、わかったわ。あんたたちの言葉が『心』で理解できたわっ」
 スフィーを掴んでいた腕を離し。此奴はあらためて少女の肩を掴んで、云った。
「スフィーのヌードはプライベートで愉しむコトにするわ」
「ふえ?」
「『HONEY BEE』にいきましょ。今なら誰もいないし、店内撮影を強行するわよっ」
「ええっ!?」
「それとも、リアンを呼んで姉妹ヌードってのもいいかもしれないわねーっ」
「おい結花っ。お前わかってねーっ、ちっともわかってねーぞっ!」
「…健太郎くん?」
「…なんだよ」
「カメラは、二台あるんだけれど?」
「……」
「……」
「……」 俺は、再びレフ版を持ち上げ、ジュラルミンボックスをも肩に背負った。 「どこまでもついてきます、先生っ」
「うむ!」
「……ま”」

「ま”じかる☆さんだーーーーーーーーーッ!!!!」

 泣きながらスフィーが叩きつけたまじかるさんだーは、フラッシュよりも眩しくて、痛かったワケで。

 ――なんかダメだ。ダメダメだ。