■8月某日。昼下がり。 ■駅前。バス停。 スフィーは魔法の世界、グエンディーナからやってきた(自称)まほーけーびたいだ。 なんとなく語感がゾフィーに似ているが、けーびたいのたいちょぉではなく、ここだけの話、実はお姫様だという。 まほーけーびたいおーじょ。 実に困ったものである。 スフィーはまほーけーむしょにれんこーとちゅーに逃げ出した極悪犯を追跡中、あやまって俺を轢殺してしまったらしい。 スフィーは俺をまほーの力で生き返らせたが、復活した時の俺の生命力は著しく弱まっており(残りHP:1)、 このままではそっこーで死んでしまうので、やむなく(しぶしぶと)まほーのてじょーで一心同体になることで俺を助けてくれた。 とゆーと美談に聞こえるが、「あたしを告発したら命のほしょおはしないよん(にやそ)」という(自称)びしょーじょに、誰かなんか云ってやれ。頼む(涙)。 「……こういう場合、自分の命を分け与えるものだと思うぞ」 「うわ。めいっぱいアナクロ。骨董屋が商売だからって今時そういうの流行んないと思う」 「いや、そういう問題じゃなくてだな、」 と、俺は途中で口を噤んだ。スフィーも何かを感じ取ったのか、俺と同時に振り向いた。 そこに、きょーあくなツラがまえのイワトビペンギン(もどき)を抱きしめた、グエンディーナ属性のメガネっ娘がバス停に到着したところだった。 どこをどう彷徨ってきたのか、どこをどう彷徨えばそうなるのか、少女はなぜか、ずたぼろだった。極限状態のずたぼろだった。 しかし俺達の目をくぎづけにしたのは彼女の存在でもなければ彼女の恰好にでもなかった。ひどく残念なことに、違ったのだ。 「ね、姉さん〜〜、やっと、見つけた〜〜っ」 メガネっ娘が、よれよれと虚ろに口を開く。だがそれも一瞬のことでびしっと敬礼しながら、報告した。 「…極氷上にて容疑者発見! 確保しました!」 「リアン――」 スフィーの声は、ひどく静かで、冷たかった。何故とは云わん。多分、俺も同じ気持だ。一心同体は伊達じゃない。 メガネっ娘の遥か後ろにそびえ立つ「暴れ回るひどく巨大なモノ」を見上げながら姉は妹に向かって呟いた。 「いったいアレはなんなの?」 「は!」 リアン、と呼ばれたメガネっ娘が敬礼のかまえのまま、云った。 「おそらくはペギラだと思われます」 ソフィーはリアンをとりあえずぶっ飛ばした。 ツーバウンド、錐揉み回転半。ノックダウ〜ン。メガネ割れず。すごいすごい。 【“ペギラ”ひとくちめも】 ペギラは南極に生息する冷凍怪獣です。身長四〇メートル、体重二万トンです。 口から零下一三〇度の冷凍光線を吐き、あらゆる物を凍らせて、反重力現象を起こします。 コケから取れるペギミンHに弱いです。 ちなみに放映タイトルは『ウルトラQ・第十四話・東京氷河期』です。監督は野長瀬三摩地。脚本は山田正弘。特技監督は川上景司です。 「とゆーわけで、けんたろっ! ちゃちゃっとアイツをやっつけてきなさいっ!」 「むり」 むしろ、すがすがしーくらいに俺はきっぱり云い放った。 「む〜っ。けんたろっ、いったい何のためにあんたを生き返らせてあげたと思ってるのよぉっ」 「俺…、ペギラと戦うために生き返ったのか?」 「うん」 「ちがうだろ?」 「ペギミンHくらい五月雨堂の倉庫に眠ってるでしょ」 ねーよ、そんなもの…と云おうとしたが、俺にはたしかに思い当たるものが「二冊ほど」あった。 こないだ古本屋のおっちゃんが差し入れとかいって置いてったっけ。 「…辰巳版でいいのか?」 「ふえ?」 「それとも富士美版か?」 「えう?」 俺は両手にそれぞれ森山塔の黴臭い著作物を手にしてスフィーににじり寄った。ひたひたと。にじりにじり。 「そ、そーじゃなくてって、ペギミンHだってばっ」 そのテの本に対する免疫がないのか、スフィーは顔を真っ赤にして視線をずらす。愛い奴じゃのお(じゅる)。 「だから、『ペギミンH』だろ?」 「ひうっ」 ふうぇへへへっへっへへぇ〜〜〜〜っ。 「やめんかド変態があぁっ!!」 いいところで怒突き倒される。結花なのか? またしても結花なのか? 「変態だと? 森山塔が変態だと? 塔山森が、山本直樹が変態だと――ぉっ!?」 偉大なる夜のオカズメーカー、偉大なる夜のオカズ帝国、偉大なる夜のオカズのカイゼル、右手のカイゼル! 右手のオカズ文化の一時代を築きあげた偉大なる陛下を、陛下をっ! 「それをっ、結花っ、貴様は変態だとぬかすのか――っ!!」 「変態は貴様だっ!!!!」 なんか結花っていっつも怒ってばっかいるのな? なんでだ? 宗教上の理由か? 輸血は駄目なのか? と、俺達が乙女ちっくにお花畑で囀っている間にも街ではペギラが暴れていた。 《 おめーの仲間のブチャラティだろうと 細菌をあやつるとかのフーゴのスタンドだろうと オレの周りに来れば全て止まるッ! 》 ギアッチョですか? ちがいます。 全裸に灰色のタミヤカラーを塗りたくった、股間にモザイク、蝙蝠外套のカトチャが暴れていると思いねえ。 カトチャですか? ペギラです。 「このままじゃ街は壊滅だわっ!」 拳を握りしめて結花が力説する。 「いや、案外大丈夫なんじゃないか?」 俺はポップコーンを頬張りながら、じえーたいばーさすペギラを「生」で観戦していた。 「そういうものなの?」 スフィーが横からポップコーンに手を伸ばす。しっしっ。 「……………………」 リアンは寝ていた。唇端から血涎を垂らしながら、なんかたましーが抜け出しているが、のほほんと寝ているはずだ。多分、きっと。ずっと。 「あんたたちっ、なんだってそんなにお気楽極楽なのよ! わかる!? ペギラが暴れてるのよっ!!!?」 「お前だってしょっちゅう暴れてるじゃないか。それともなにか? 結花。暴れるのはお前の専売特許なのか?」 なんかすっっっごく馬鹿にされた気がしたのだろうか。結花は蝶のように暴れ、蜂のように俺をぶっ飛ばした。 まさしく、世界一の暴れっぷりだった。 しかし。 上には上がいるものだとゆーことを、そのとき結花ははじめて知ることとなる。 「――え?」 銀河一の暴れっぷりをペギラがみせたのだ。 そして。 季節がら全国的に猛暑の厳しいはずの日本はその瞬間(何故か)氷河期になった。 ■9月某日。昼下がり。 ■喫茶店『HONEY BEE』 天気予報によると、まだまだ残暑は続くらしい。このあいだは台風も二つ三つばかり来た。なんかどたばたしてばっかだな。 「しかしなんだねーっ」 ホットケーキを丸呑みしながらスフィーが云った。 「こないだの長瀬さん、すごかったねーっ」 そうだな。 「氷に閉じ込められた日本をあっという間に『修繕』しちまったもんなーっ」 そうなのだ。 最低ランクまでレベルの下がった日本列島を、どこからともなく現れた長瀬さんがいつもの調子で最高レベルまで引き上げちまったのだ。 「これはいけませんねーっ」 とかいいながら。 「いい仕事してるのに勿体ないですねーっ」 とかいいながら。 「でも健太郎さんもすごかったです」 と吐血しながらリアンが云う。なんかあれ以来、血涎が癖になったらしい。 俺が頼んだはずのモーモーピラフが、香辛料やケチャップなんかではけして出せない臭いや色合いでブレンドされているのだ。みまみま。 現在リアンは『HONEY BEE』で住み込みのウェイトレスをしながら、逃亡した犯人を追撃中だ。 あのイワトビペンギン(もどき)は違ったそうだ。 「くちばしが金じゃなかったんです」 しくしく。 くちばしが銀のイワトビペンギン(もどき)は、どうやら5羽集めないといけないらしい。 「南極にはでっかいロケット噴射口をつくったからな。住みにくくなって、ペギラもペンギンもどんどん海外難民してくるだろうさ」 「はいっあと4羽っ、がんばりますっ」 そんなわけでリアンは今日もがんばっている。 「ところで姉さん。その後ペギラは?」 「む〜? 元気にしてるよ」 あの後じえーたいを蹴散らして暴れていたペギラをふん縛った俺は、法外な値段をつけて陳列棚に並べておいた。 俺の目論見どおり、ペギラは誰にも買われずがんがんランクを下げていって、今じゃ手乗りサイズで落ち着いている。モザイクがかったカトチャだ。 熱帯夜にはクーラーとして、とても重宝している。 残暑にはもってこいだ。 どうやってペギラをお縄にしたのか。 どうやってペギラを五月雨堂に持ち込んだのか。 どうやってペギラを棚に並べたのか。 その一部始終を目撃していたはずだが、結花は今でも納得がいかないらしい。ま、俺も反重力現象には手を焼いたがな。 「コツがあるんだ」 「ふうううん。どんな?」 ・ ・ ・ ・ たっぷり間をとりながら、俺は断言した。 「有無を云わせない」 ――なんかダメだ。ダメダメだ。